第3話
異世界が広がっていた、といっても、現在の状況は、高い天井、複数人掛けの長椅子と、女神の像が、ステンドガラスから差し込む光によって薄暗く見えているだけだ。さらに、奥を見ると扉があるようだが、その扉は閉じている。
「うっ・・・」
と声を出してしまったが、無理もない。とにかく寒いからだ。恐らく今は冬の季節なのだろう。暖房が恋しい。裸足であることが、寒さを加速させる。
そして、俺の隣では・・・。
「なんてこっタ・・・」
全裸のイケメンが、うなだれていた。
「よし分かった、これからは別行動な。」
と、慰めるように言って、その場から離れるように動き出すと、
「待て待テ!早まるナ!」
と俺の腕をつかみ、真正面に向かい合う位置についた。
「お前ふざけんなよ。こんな変態と旅をするなんて聞いてねえぞ。お前がその腕をつかんでいると、俺までそういうやつ認定されちまう。おい・・・おい!」
なんだこいつ、力が強くて、振りほどけねえ!くそ、どうすりゃ・・・そうか!
「さてはお前、あいつのふりしたモンスターだな?よし、異世界に慣れるついでに、経験値の足しにすっか。」
「逃避すんじゃネェェヨ!さてはお前、分かっててそうしてるナ?協力してくれヨォ、俺の衣服問題。」
冗談はさておき、こいつの服を探したいが、周辺に衣服と呼べそうなものはない。それもそのはず、俺達が移動した先は、どう考えても教会だった。とはいえ、扉が閉まっているので、まだ人は来ないとみた俺は落ち着いてこの問題に対処することにした。
「ないものはない、ってやつだ。それにしても、なんでお前、スタートが教会なんだ?お前、悪魔だろ?こんなとこでいいのか?」
「別にオッケーなんダガ・・・。いや、そんなことより、どうすんだヨ。なんかアイデアないのカ?」
「そうだな・・・。ここに来た人に全裸で物乞い、ってのはどうだ?信心深い人なら、きっとなんとかしてくれるって。」
「なんて事させようとすんだヨ。ていうか、何お前だけ服着てんだヨ。お前の服よこせヨ。」
ぐっ・・・。やっぱそうなったか・・・。
「誰がやるか。変態はお前ひとりで十分だ。」
「いいや、せめてお前も変態扱いにしてやる・・・オラァ!」
そう言うとこいつは俺から服を脱がそうとしてきた。冒険開始から変態にジョブチェンジしたくなかった俺は、それに抵抗しようと、イーギと取っ組み合いを始めた。そうしていると、
「うおっ、ヤベ!」
と言ったイーギの振りむいた方向を見てみると、奥の方から日が差し込んできたのが分かった。そしてそこからしっかりと人間の姿が確認できた。・・・あれ、俺って視力がひどかったはずだが・・・
なんてことを考えていると、その人影はだんだんと大きくなっていき、性別だけでなく、何を着ているかまではっきり分かるくらいくらいになっていた。あの扉を開けたことを考えると、おそらくこの建物の管理人だろう。
体格や顔つきを見るに、典型的なおっさんであることが分かった。そして、そのおっさん俺の世界でいうところの洋服とそのまんまの服を着ていて、神父にはみえなかった。
なんてことを考えていると、おっさんは俺たちに気づき、
「お?お前さん達、ここで何してんだ?」
と聞いてきた。やばいっ、どうするか・・・。
するとイーギが、
「いやー、俺、隣町で服までスッちまっテ。そのあとこいつと酒でも飲んでいたら、いつの間にかここにおったんダヨ俺達、なぁ?」
と言い、俺に目配せをした。なるほど、そういうことか。
「こいつ、嫌なことがあるときに酒飲むと、すぐどっか徘徊しちまうんだ。酔ってた俺も大概だが、今回ばかりはこいつのせいだ。」
でまかせの言い訳にしては悪くはないし、自分としてはうまくイーギに合わせた方だ。あとはこのおっさん次第、ってとこか。
すると、
「ウヮハハハ!アンタ、そんなに負けたのか!かわいそうだし、服か布切れくらい持ってきてやるよ。待ってな。」
とおっさんはそう言い、どっかに行ってしまった。
ゆ、許された・・・と思っていると、ふとより良いアイデアが終わった後になってやってきたので、イーギに話してみた。
「おい、俺達は異世界からやってきました、みたいに、フツーに打ち明ければよかったんじゃないのか?」
するとイーギははっとしたようにこう言った。
「あ、結構大事なことを言い忘れてたゼ。幸いあのおっさんもいねえことだし、今のうちに話しとくか。こうやって下界で冒険していても、絶対にやっちゃいけないことが2つある。1つは、自分がこの下界でない存在だとバラすこト。そんでもう一つが、同程度な知的生命体を殺すことダ。こいつらには例外はあるガ、今んところは例外は気にしないで、覚えといてくレ。」
マジか。じゃあさっきの状況は結構ヤバかったのか。
そんなイーギの言葉をよく噛みしめていると、いくつか疑問が湧いた。
「ん?その、同程度な知的生命体ってのは、具体的にはどんな奴なんだ?」
「ざっくりいうと、お前と意思疎通ができて、容姿がお前に似てるやつ、ってとこだナ。つまり、しゃべるモンスターはセーフになるってことダ。・・・あ!ぶっ倒すべき悪魔や天使はもちろんだガ、幽霊やしゃべる武器みたいなやつもセーフだ。ちなみに、さっきバラすと言ったが、バレるのはセーフで、ああそうだよ、って感じで認める発言をするのはアウトだ。」
「・・・何か基準があるようでないようで、ご都合主義で頭が悪いな、決めたやつ。」
「まあそんな責めてやるなヨ。」
「あと、もう一つ質問があるんだが、それらを破ったらどうなるんだ?」
「バラしたら俺達の世界に強制送還されるガ、もし殺したら速攻で地獄に飛ばされることになるゼ。俺、痛めつけるの嫌いだし、ましてやお前を相手にそんなことしたくないから、せめて殺しはやめてくれヨ?」
マジかよ。地獄行きはさすがに避けたいな・・・と思いつつ、少し現実に引き戻されていると、
「おう!持ってきたぞ!」
と、おっさんが服を持ってきて、イーギに手渡してくれた。イーギは
「ありがとう、ありがとう・・・!」
と頭を下げていた。心なしか、イーギの目が潤っているように見える。一瞬、こいつが本当に悪魔か疑った。
イーギがその服に着替えている間、俺はおっさんに話しかけられた。
「それにしても、お前さんの服、随分と変わってるなぁ。どこのもんだ?」
そう言われて、俺は自分の着ているスウェットが異世界とは程遠いことに気がついた。もしこの服から自分がこの世界の人間でないと気づかれないように、慎重に答えることにした。
「ああ、これか。こいつは・・・今の若者の間で流行っているファッションだ。初めて見るのか?」
「そうだな。初めて見たもんだから、不思議に思っちまった。・・・ん?お前さん達、靴を履いてないじゃないか。どうしたんだ?」
あ、靴履いてねえ。しくじった。
「すまないんだが・・・靴も、恵んでくれねえか?」
するとおっさんは、
「ガハハハ!靴まで無くしてやがる!ここまでおバカな奴で笑ったのは初めてだ。いいぜ、持ってきてやる。」
と言い、またどっかに行った。
「本当に運がよかったな・・・」
と心の本音を漏らすと、
「ああ、ホントにナ・・・」
と言い、イーギはため息をついた。しかし、次の瞬間、
「まあでも、旅にアクシデントは付き物だし、結構スリルがあって面白かったナ!」
と言いだした。
言われてみると、俺は、ここに来る前からそんなハプニングとかスリルを味わって楽しむことを望んていたんだ。なんでこんなことに気づかなかったんだろう。
・・・たぶん、疲れることを避けていたんだろう。本当の自分と、あるべき自分の衝突を避けてきたんだ。だから、こんな自分を、また別の自分が封印して、それらを恐れるように俺を洗脳したんだろう。
だが今は違う。もう隠さない。このチャンスをものにしてやる。ずっと隠し続けてきた俺を、掘りつくしてやる。そう思うと、
「フッ、アハハハハハ!」
と腹を抱えて笑ってしまっていた。そうすると、
「ギャハハハハァ!」
と、イーギもケラケラ笑っていた。
そうだ、これが俺だ。俺なんだ。
そう思うと、俺はいつの間にか涙をこぼしていた。そういう涙ではないことは、俺が一番よく分かっていた。
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