トキ -Toki-

 ここのところ、珍しいことが立て続けに起こる。きょうなどは、特に。

 住むものもない旧市街地を歩いていたところを、ずいぶんと若い男に呼び止められた。彼は情報がほしいと言って、そのためならカヌスの提示した条件も構わないとうなずいたのだ。

 やはり、連れ込むのはいつもの部屋。ベッドばかりが目立つ、質素で粗野な部屋である。

 男はカヌスに促されるまでもなく室内に入り込む。丁寧なことに、靴を脱いでからベッドのうえにのぼったではないか。足を投げ出してぺたんと座り込んではいるが、どこかできちんと躾られた男に違いない。よくよく見れば身綺麗であるし、肌には張りと艶があり、髪も櫛を通したように艶やかだ。

 その服は脱いだほうがいい。彼の腕に「薬」を打つついでに伝えてやると、そうと相槌を返して、躊躇いもなく上着のボタンをはずしていく。空になった注射器を片しているあいだ放っておいたら、ズボンまでおろして、下着だけになった。脱いだ服はひとまとめにして、サイドテーブルに置く。床に放り出さないのだ。

 それで。彼が次を聞くから、膝立ちになってベッドのフレームに両手をつくように伝えた。彼は従順だ。カヌスがベッドにあがって、彼を後ろから胸のあたりを抱きかかえても、抵抗する素振りもない。

 左手で彼を抱いたまま、愛撫に使うナイフを逆手に抜く。彼の腹の位置、左脇に刃を当てると、力いっぱいに引いた。

 吹き出す鮮血。やはり、彼の血は赤い。

 甘い叫び声をあげて背を反らした彼をことさら強く抱き寄せながら、ナイフを脇に置いた。口を開いたかれの内側に手を滑り込ませて、柔らかい恥部を撫でまわす。カヌスが手を動かすたび、彼は煽情的に喘いだ。少し無理をしてうえのほう、胃の近くにまで触れると、熱っぽい息を吐き出して痙攣する。

 からだの力が抜けた彼がへたり込みそうになると、かえってカヌスの手は深くまで届いて、それにまた反応していた。左腕で彼を支え直してやりながら、一方で弄ぶことはやめない。より窮屈にしめつけられる、肉と肉との隙間に指を入れて、内側から彼をひっかいた。悦ぶ彼から一度手を引き抜いて、入り口のあたりを優しく、それでいて執拗に撫でまわすと、今度は腰をひねって身をくねらせる。

 ふいに彼の手がカヌスの左腕に触れた。抱き寄せていたのを解放すると、彼はゆっくりと振り向いて、唐突に愛撫用のナイフを握る。何をするのかととめる間もなく、彼は刃で自らの舌先を二つに割いた。鮮やかに色づいた唇をカヌスの顔に寄せて、深く、長いキスをする。

 情事の最中に呆気にとられたのは、これが初めてだ。どくどくと流れ続ける愛液をたっぷりと飲み込まされてから、ゆっくりと離れた彼の顔を見る。うっすらと笑っていた。

 予定を変える。

 カヌスは彼を仰向けに寝かせると、その胸から最初の切れ口にかけて垂直の穴を開いた。皮膚をゆっくりとどかして、あけすけになる彼のなかに顔をうずめる。甘い香りを知りながら、温かく湿った場所に幾度もキスをした。たまに甘噛みもした。彼は全身を震わせながら、両の腕でカヌスの頭をしっかりと抱きしめ続ける。

 口を使って腸を引きずり出し、舌先で臓器を揺さぶり、鼻先で圧迫する。長いことそうしていたと思う。二人が息切れしたころになって、ようやくカヌスはズボンをおろした。それまで忘れていたかのような気さえした。

 彼は言葉も交わさないうちに、カヌスの腰元に手を伸ばし、自分の内側へと誘い込んで、ぐちゅぐちゅと強くこすり始めた。ずいぶんと心得ているようで、カヌスはいとも容易く欲望の汁を彼にもっていかれた。この瞬間の、なんと心地良いことか。

 常であればこのままシャワーへ向かうカヌスも、今回ばかりは違った。彼の隣に倒れ込んで、長く息を吐き出す。確かベストの内ポケットにタバコとライターがあったはずだと、いつの間にか床に放り出していた服を引っ張り上げる。横着をして、からだは起こさないまま、少し痺れたような感覚の残る片手でタバコだけ拾った。ライターはどこかに落としたか、いくら探ってもみつからない。床にはいつくばるほどの気力もない。

 すぐ隣から、掠れた笑い声が聞こえた。乾いていて、自嘲気味である。

「思ったより、はやいじゃん」

「こんなサービスされちゃ、そりゃあね」

 じゃ、と、彼が本題を切り出す。

「頑張ったご褒美。教えてくれよ。このさ、鐘の音を。ずっと聞こえるんだ。耳元で、ずっと響いてやがる」

 カヌスはわずかに沈黙した。当然知らないわけでもないし、情報を出し渋っているのでもない。この男は見るからに「別の側」からの来訪者だ。だから、聞こえるのだとすれば、導いてやらねばならない。ここに啓示はなく、標もないのだ。

「ここを出て北に、白い塔が見えるはずだ。そこへ向かうといい。最近はさっぱり見なくなったが、運がよければ白い聖布を肩にさげた『Mist of Maria聖歌隊』と出会うだろう。そうしたら伝えろ。ラクリマの鐘に呼ばれた、って。いいな、ラクリマの鐘だぞ」

 わかった。彼は短く答えた。少ししてからだが戻れば、すぐにでも行動しそうな様子である。そのまえに、カヌスは次の誘いを頼んだが、気が乗ったらとあしらわれてしまった。

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