ルツ -Ruth-

 埃臭いいつもの部屋。

 肌艶のいい、汚れのないきれいな両手の平に穴を開けて、そこに鎖を通してベッドの錆びたフレームにくくりつける。それだけで敏感に小さく声をこぼすのは、まだ若い男だ。少年と呼んでもいいかもしれない、ほんの少しの幼さを残した顔つきの男。線が細く全身の肉付きは悪いが、若さ故の瑞々しさを持つ。子供に欲情するカヌスではないが、彼はそこまで「子供」らしくない。涼し気な顔や、黙って立っているさまは充分に成熟して見えた。だからこそ連れ込んだ。

 横たわる彼の胸に膝を置きながら、カヌスはシャツの袖をめくりあげる。今回は下ごしらえに少しばかりの力仕事が必要だった。

 落ち着けよ。手から鮮血をこぼす男をなだめるよう優しい声をかけながら、彼の腹にまたがる。腰はおろさず、両手を重ねて彼の胸の中心に置いた。ふっと小さく息を詰めると同時に、男の胸を強く押す。全身の体重を乗せて、いまは見えない骨をきれいに折るように。

 目論見は成功した。ぱきりと軽い音がして、男がからだを強張らせた。遅れて甘い声をこぼす。それだけでカヌスの中心を火照らせるには充分な色香があった。

 男の薄汚れたシャツの前をはだけさせる。あらわになった胸元は、少し見た具合では内側の変化がわからない。

 腰のベルトに挟んであるナイフはカヌスが常から持ち歩いているもので、部屋に連れ込んだ男を愛撫するときに使う。いまもそうだ。男の胸にぐっと刃先を押し込む。だが、心臓には触れないように。それは道具に頼ってはならない。この手で触れて、撫でて、慈しむためにとっておかなくてはならない。

 表面に切れ込みを幾筋もつくって、それをもとに手で皮膚を脱がせてやる。切れ切れの喘ぎ声をこぼした男の秘部が露出した。このときにはすでに、息を切らせた彼が恥じ入るような目をカヌスに向けていた。性急な男である。まだだよと穏やかに伝えつつ、彼のなかへゆっくりと手を入れた。折れた骨と窮屈に収まった肺をよけつつ、中心で鼓動する心臓にそっと触れる。カヌスのしたで男がひときわ大きく震えた。手に鎖を通したときから変わらず、敏感で淫乱な男だ。

 カヌスは喉の奥が焼け付くような感覚に襲われながら、彼の心臓をゆっくりともみほぐす。そのたび、彼は生娘のような嬌声をあげて手足を痙攣させる。少しだけ爪をたててひっかくと、絶頂を迎えたかのように裏返った声で泣いた。

 さきに満足するなよ。犬のように短い呼吸を続ける男のなかを弄びながら、カヌスもズボンを寛げる。彼の甘い誘い声を聞いたときから、カヌスのそこにはずっと熱いものがこもっていた。

 両手を使って、男の胸元の穴を少し広げる。ぬめぬめとした淫靡な液体がまとわりついて、いっそう気分を高揚させる。

 両の親指をそろえて、うえから心臓を潰れない程度に圧迫してやる。男はついに涙をこぼしながら喘いだ。若いわりに誘惑のうまい男で、この苦しそうな顔に興奮しない者はそういないだろうと思わせた。カヌスも例外ではない。男のからだから半分ほど飛び出した二つの肺のあいだ、心臓の真上に腰のものを下ろして、まずはゆっくりと前後にゆする。その途中も男はずっと吐息をこぼしていた。

 しばらくは彼がよがるさまを鑑賞していた。ふいに芽生えたいたずら心から、左の肺を思い切り握り込んでみると、男はことさら悦んだように声を高くした。足をばたつかせ、手を揺らして鎖を鳴らし、身をよじらせて全身で快楽にひたる。

 もはや我慢ならず、カヌスも腰を揺らすのを急いた。ぎゅっと男のなかに自分のものを押し込んで、上から強く押さえつける。ぐちゅぐちゅと出し入れしていれば、いずれ飛び出すものがある。

 最後を迎えたのは同時だったか、わずかに男がはやかったか。うっかり力を入れすぎた手が肺を破裂させたのが決め手だった。呼吸を失った彼は、事後までもからだをくねらせる。二回目の誘惑は魅力的で逆らい難いが、そろそろ時間だ。というのも、カヌスにはこの後に仕事の予定があるし、そろそろ「薬」の効果が切れて、彼も眠るだろう。

 仕事がカヌス一人でのことであれば、この男と続きを楽しめたものを。口惜しさと同時に、これから合う人物の退屈さに嫌気が差した。

 悪いな、次があればそのときに。官能的な男の黒髪を撫でてから、服を脱ぎ捨ててシャワーに向かう。このさき誰を犯したとしても、この若い男のことは忘れまいと確信した。

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