ニゲル -Niger-

 この趣向を承知で情事に応じたのは、彼が初めてかもしれない。最後は喉で頼むよと注文をつけた彼を連れて、カヌスはいつもの場所へと向かった。

 旧市街にあるアパルトメントの一室だ。もはや住むべき人もいないが、だからこそ好き放題できるというものである。どの部屋も入り口は壊れて、開かないか、あるいはドアがなくなっているかといった状態であるが、それぞれの個室にはシャワーがあり、一部を除けばまだ水が通っている。

 カヌスが案内した部屋の真ん中に大きなベッドを確認すると、連れ込んだ男は着ていたぼろのコートを断りもなく埃まみれの床に放り出した。ベストもシャツも手早く脱いで、コートと同じように散らかす。髭もきれいに剃ってあるような男の行儀が思いのほか悪いことに、少しばかり面食らった。彼は最後に腰に帯びた細剣を抜くと、よれたシーツをかぶせただけの粗末なベッドに腰かけてカヌスへ目を向ける。

 これを使うといい。差し出された鈍色の細剣を受け取る。存外軽かった。反りあがった諸刃の刀身は、かなりのひねくれ者の証だ。

 カヌスが細剣を眺めているうちに、目敏い彼はランタンスタンドの代わりのサイドテーブルに常備している「薬」を見つけると、勝手に腕へ注射する。使い終わった注射器は、ぽいとそこらに捨ててしまった。甲高い音が室内に響く。そのうえ、さあ準備は整った、さっさと始めろと言わんばかりに横になって、手足を投げ出す始末。ムードのない無粋な人物である。これはハズレを引いてしまったかと頭を抱えそうになるのを堪えて、カヌスは改めて男の品定めをする。手をつけるならば、どこからがいいだろうか。

 最初はやはり、足だろう。彼の隣に座り込み、丈夫そうな左大腿部に細剣の剣先を突き刺す。男の肉の色を確認するために、剣をひねっては前後左右に揺らして、穿った穴を広げた。男がわずかに声をこぼす。情緒のない退屈な男かと落胆しかけていたが、なんのことはない、刺してやれば当たり前に喘ぐではないか。

 男の持ち込んだ細剣で、その男の足の肉を掘り出す。情欲をかきたてるに充分な肉だ。脂肪はごく少なく、健康的な艶がある。これならばカヌスでなくとも、ほしがる人物は少なからずいよう。やや鈍感そうなのが難点だが、それを差し引いても充分に魅力的である。

 いましがた愛撫した部分に尻を乗せるようにまたがって、右の肩口から左の脇腹にかけて大きな切れ目をつくる。吹き出るのは、生唾を飲むほど鮮やかな血である。切れ目をなぞるように、剣を何度も往復させて、少しずつ皮膚を脱がせる。斬りつけるたび、彼が色気もなく奥歯をかみしめていることに気が付いた。やめろよ、つまらない。指摘すると眉をしかめる。この男、簡単に誘われたくせに遊び慣れていないらしい。

 細剣を左の肋骨のすぐしたのあたりに突き刺しては、ひねって引き抜く。これを数度繰り返したところで、じれったくなって剣を置いた。カヌスの持ち歩いている大柄なナイフのほうが、ずっとやりやすい。すでに熱を持ち始めている手前、これ以上「おあずけ」をくらのは御免だった。

 ナイフが骨にあたるほど深く差し込んでつくった穴に、手を突っ込んだ。硬い骨に、柔らかい肉、あふれ出る愛液。男のなかをかき乱すように、ぐちゅぐちゅと手を出し入れした。耐えられなくなった彼がようやく嬌声をあげる。少し乱暴ではあるが、手にあたった適当な肉を掴んで強引に引きちぎって、体外に出してしまう。無作為に切れ込みを入れていたから、千切ること自体は難しくはない。無論容易くもないが。いずれにせよ、こうしてやれば彼もからだを震わせて、歓喜の鳴き声をこぼす。

 もう一つ、腹の真ん中にも穴を穿ってやるのがいい。ナイフで入念に斬り込みを入れて、両手をつかってなかをねんごろにほぐしてやる。そうしたら、ほら、彼もいよいよもって淫らに身をくねらせる。

 しばらく前戯を楽しんでいるうちに、カヌスにも限界が訪れた。ズボンのベルトをはずし、熱く脈打つものを取り出す。しっとりと湿っているところに、男のからだから取り出した肉片をまとわせる。いましがたまでいじっていた腹の穴に入れようとして、そういえば喉でする約束だったと思い出した。

 もう一度細剣を手に取る。性急な手つきで、彼の喉に剣先を押し当てた。体重を乗せて、頚椎まで届くように力を加える。ぼきりと鈍い音がした。

 彼の顔を見ると、どうしたことか、色づいた唇を小さく震わせながら、潤んだ目でカヌスを見据えている。ハズレだというのは誤認であった。

 カヌスのからだはこのさきを欲しているが、それを堪えて、丁寧な手つきで喉にしっかりと穴をあけてやる。数度細剣を刺し直していると、咽喉を掘り出すようなかたちになった。

 ふいに彼がカヌスの腰に腕を回した。わずかに上体を持ち上げて、カヌスのものを受け入れようとしている。首の筋肉は機能を失われて、頭はだらりとさがっているが、構わずこの続きを促している。

 カヌスが彼に応じないわけがなかった。彼の喉に張り詰めたものをおさめると、不格好に腰を振って、肉の感触を味わう。待ち侘びていた白濁の液がこぼれるまで、たいして時間はかからなかったように思う。

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