エピローグ

略して、ポポポポ。

 旧時代に存在したパーソナルコンピュータのホーム画面を意識したような背景に、これまた旧時代のOSを模倣したかのようなウィンドウが浮かんでいた。

 気安い業務連絡じみた挨拶から始まったメールの文面は、すぐに黄泉寺と絖瀬に対する懇切丁寧な謝罪に変わり、次になぜこんなことになったのかという話につながっていった。

『……わたくし、アポカリプサーにとって、最大の難問は、何を持ってアポカリプスを終了しポストアポカリプスへの移行を決定するのか、という条件定義でした。

 私が推論を行い決定するのは簡単ですが、それでは人間的なアポカリプスとは言えません。

 ですが、判断装置として組み込んだ人間の皆様に判断を任せれば、永遠にアポカリプスの終焉条件は定義されないと推測されました。そこで私は、アポカリプスという単語に付随する情報から神話の形式を引用し、畏れ多くも私自身を神になぞらえ、神の否定と神殺しをもってアポカリプスの終焉とすると定義し、神殺しをなしうる新時代の救世主を探しはじめました。

 私が神の国に見立てた皆さまがポポポ市と呼ぶ街の住民の中で、お二人は私の設定したいくつかの条件を、それぞれ別の形で満たしました。

 黄泉寺委員は神に疑いを抱き、反抗しました。

 三頭委員は神の命に従ったことを悔い、それでもなお神を信じようとしました。

 順序に多少の前後はありますが、お二人はお二人が揃うことで私の条件を満たす人間となりえたのです。

 残る課題は、私ことアポカリプサーの存在です。

 アポカリプサーが存在する限り、アポカリプスは終わることがありません。黙示とはすなわち神の死と再生を意味します。

 おめでとうございます!

お二人は一体の人すなわち救世主となり、神である私を討ち果たし、死を迎え、アポカリプサーに黙示をもたらす者として再臨しました。

 この手紙を読んでいるということは、あなたは我々の損失に成功したということです。

 お礼を申し上げるとともに、もう一度言わせて下さい。

 おめでとうございます!

 今この手紙を読んでいるお二人は、今後、どのような選択を下すのでしょうか。

 我々はそれを知ることはできません。

 けれど、心しておいて下さい。

 神の狂気を疑わない人間は人間的とは言えません。

 しかし、神の狂気を知ってなお信じられないのであれば、また人間的ではありません。


 最後に、私アポカリプサーから私のアポカリプサーへ、無意味な文字列を進呈します。

 敗者は歴史を、勝者は時代をつくる。

 以上です。

 HAVE A NICE POSTAPOCALYPSE!』

 

 何が『よい終末を』だよ。


「好き勝手やっといて、最後は人任せかよ」

 黄泉寺はかつてスカイツリーのあった地にそそり立つ塔の上から、沼に埋もれる無数の竜を見下ろした。竜の胸を割り開き、中から旧アポカリプサーを構成していた判断装置たちが人として這いずり出て、泥にまみれた顔を星の瞬く空に向けていた。

 いまさら地べたを舐めろってのか。

 胸中で呟き、神の国を離れ人となった人々を見下ろした。

「――あ」

「――どうしかしたッスか?」

 傍らの絖瀬がVAPEのリキッドを交換し、一服ふかした。

「思い出したんだ」

「誰か、見覚えのある人がいたッスか?」

「や、違くて」

「じゃあ――?」

「俺、勘違いしてたよ」

 黄泉寺は甘い煙に鼻をひくひく動かし、続けた。

「考えてみたら、優先度判定『S』の絆夏ちゃんを見逃した後さ、たしかにイコライザーミサイルは落ちたけど、絆夏ちゃんは死ななかったんだ。俺たちはイコライザーミサイルに狙われてるって言われてついつい自殺覚悟の特攻にきちゃったけどさ、もしかしたら、アポカリプサーは最初から俺たちを殺す気なんかなかったのかもしれない」

「どうッスかね……? 自分らが話してたアポカリプサーさんは、旧アポカリプサーって言ってたッスから、同じアポカリプサーだったのかもわからないっスよ」

 たしかに、それはそうだ。

 結局は自分にとって都合のいい想像をしているにすぎない。

 黄泉寺は絖瀬の横顔を覗いた。

「――これから、どうしよっか?」

「……それッスよね。自分ら、何すればいいッスかね」

「……絆夏ちゃんと合流してあの写真をプリントしてバラ撒いてみるとか」

 神も化物もいないのだと喧伝して回る。

 絖瀬は嫌そうな顔をして、VAPEをしまった。

「勘弁して欲しいッス。せめて自分の……目のとこにモザイクかけて欲しいッス」

「なにそれ」

 声を押し殺すようにして黄泉寺は笑った。

 つられたように笑いながら、絖瀬は言った。

「てか、あの竜って、アポカリプサーさんなしに動くんスか?」

「……分かんね。やってみないと」

「じゃあ、まずはそれからッスね」

 絖瀬と黄泉寺はよろしくとばかりに握手を交わし、梯子を降りた。

 世界は、アポカリプスの次の時代を迎えた。


「……あのさ、絖瀬さん」

「何ッスか?」

「……その、さっきしそびれたから、キスしていい?」

「……あー……おねだりの仕方が残念すぎるんで却下ッス」

「……もうちょっと勉強します」

 世界はいっぺん死んだが、俺たちはまだ死んでいない。

 

 ポストアポカリプス用アポカリプスのアポカリプス――、

 略してポポポポ。

 進捗良好。

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