『旧アポカリプサーは黄泉寺委員ならびに三頭委員をポストアポカリプス用アポカリプス生成委員会員と認識できなくなりました。旧アポカリプサーはプレフロンタルコーテクスの生成をシステム上の欠陥と再定義し、人間的なアポカリプス生成における最重要阻害因子と判定、均衡化を図るものと推測されます。私はプレフロンタルコーテクスに可及的速やかな意思決定を求めます』

「ど、ど、ど、どういうこと……っ!?」

 アポカリプサーの言わんとすることがまるでわからなかった。

「――バグっス」

 絖瀬が左手でこめかみを押えながら立ち上がった。

「自分と黄泉寺さんは、アポカリプサーのバグとして認識されたッスよ」

「ば、バグって……だって……」

「自分らは新設された新しいシステムの一部だってアポカリプサーさんが言ってたッスよ。自分らは、黄泉寺さんは、アポカリプサーの判定を拒否したっス。だから、」

「じゃあ、均衡化って……」

『イコライザーミサイルです。黄泉寺委員』

 アポカリプサーは淡々と言った。

「はぁ!? イコライザーミサイル!?」

 黄泉寺は思わず頓狂な声をあげた。

『イコライザーミサイルは、旧アポカリプサーの試算によって損失優先度が極めて高いと判定されたプロフレンタルコーテクスを対象に設定しました』

 はっ、と絖瀬が顔をあげた。

「さっき外で見たとき、黄泉寺さんのカメラが『S』判定だったッス!」

「俺のカメラ!? それって……」

「……つまり、これかい?」

 沢木が右腕の銃をテーブルに置き、先ほど何枚か印刷した写真のうち一枚を手にとった。

 差し出された写真を見て、黄泉寺は気づいた。

「この写真って……そうか……アポカリプサーがアポカリプサーじゃなくなるのか……」

 沢木に渡された写真は、絆夏たちと再会する前に撮った、絖瀬の写真だった。

 盗み撮りしたような、ポポポスーツを半分抜いだ、絖瀬の写真だ。

 生存者たちが『虫』と呼んでいた怪物の中身を明らかにする、証拠写真である。

 その後、何があった?

 絖瀬が旧ポポポ委員を倒した。絆夏はなぜ生かされたのか知った。黄泉寺の口から、怪物だと、無慈悲な神だと思っていたものの正体を知った。

 放置すれば、アポカリプサーがつくるアポカリプスは終わりを迎える。

「だから、俺たちを消そうって? 俺に向かってイコライザーミサイルが飛んでくる? そんなの、じゃあ、どうしたら……」

 沢木は難しい顔をして、痛みに耐えるように言った。

「それを決めるのは黄泉寺くんと絖瀬さん、ってことじゃない」

「俺と」「自分ッスか?」

 黄泉寺と絖瀬は顔を見合わせた。イコライザーミサイルは発射から着弾まで数分とかからない。急にそんな意思決定を求められても、などと嘆いている暇はなさそうだった。

 黄泉寺と絖瀬は考えた。

 イコライザーミサイルは恐ろしく正確に目標に到達し、絶大な被害をもたらす。この場にとどまれば、絆夏も、鍋神も、沢木も無事では済まないだろう。

 だが――。

 ろぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁん……

 と、遠方からこの地に殺到しようとする竜の咆哮が聞こえた。旧アポカリプサーの判断装置たるポポポ委員たち――彼らだけは、絖瀬が撃った委員たちと同じように無事なのだろう。

「そんなの不公平っスよね」

「……だね」

 どうやら絖瀬も、同じことを考えているようだった。 

 どちらともなく笑いあい、絖瀬はポポポスーツを着込み始め、黄泉寺は沢木に顔を向けた。

「みんな、俺と絖瀬さんを狙ってんるですよね? だったら、俺たちはここを出ます」

「……出て、どうするんだい?」

「実は、ちょっといい手を思いついたんです。他のポポポ委員を引きつけるんで、沢木さんはしばらくの間、絆夏ちゃんたちを守ってくれませんか?」

「うん。いいよ」

 沢木はカメラと奇妙な形の銃を取り、黄泉寺に差し出した。

「カメラはキミのだろ? 持っていきなよ。それとこっちの銃は、コラプサーライフルって言って……」

「知ってます。じゃあ、もらっていきますね」

 黄泉寺はカメラのストラップに首を通し、コラプサーライフルに腕を通した。内部の構造はポポポスーツの右腕とほとんど変わらないらしい。

「絖瀬さん、いける?」

 ぐっと親指を立て、絖瀬が力強く頷いた。まるでエビか虫のようなポポポ星人の顔の向こう側に、自信たっぷりな笑顔が見えた気がした。

 黄泉寺は沢木に向き直り、言った。

「じゃあ、お元気で……だと、ちょっと変ですかね?」

 何やらひどく照れくさかった。

 沢木は見ているこっちが恥ずかしくなるような爽やかな微笑を浮かべた。

「変なじゃないよ。……僕を止めてくれてありがとう、黄泉寺くん」

「こ、こっちこそ、ですよ。あの、ありがとうございました!」

 緊張のあまり少しどもりながらも何とか言い切り、黄泉寺は深く頭を下げた。何のために感謝の言葉を告げたのか、自分でも分からなかった。

「行こう、絖瀬さん」

 黄泉寺は乾パンの缶からイヤホンを取り、耳に押し込んだ。

「アポカリプサー、絖瀬さんと繋いで」

『はい。黄泉寺さん。絖瀬さんとおつなぎしますね』

 その回答を聞いた瞬間、黄泉寺は違和感を覚えた。

 黄泉寺『さん』? それに、なぜアポカリプサーはまだ協力してくれるんだ?

『黄泉寺さん! すぐに行くッスよ!』

 マイクを通じて耳に飛び込んできた大音量に、黄泉寺は顔をしかめた。音量を下げている間に、疑問は心の底の方に押し込めらた。

 黄泉寺と絖瀬は階段を駆け上り、瓦礫と扉の会った場所に穿たれた大穴を通り抜け、壊れた果てた街に飛び出した。

 満天の星を隠すように、黒く歪な竜の影が連なっていた。逃げ切れるのだろうか。ちゃんとこっちについてきてくれるだろうか。それに――、

『黄泉寺さん!』

 不安に呑まれかけていた黄泉寺は、絖瀬の声で我に返った。

「直線距離で行くよ! バニホ、俺より上手いよね!?」

『了解ッス! 自分の背中に――絶対、手ぇ離しちゃダメッスよ!?』

 黄泉寺は絖瀬の背中にしがみつき、コラプサーライフルを前方に構えた。

 絖瀬の足元で、ガシュン、とペダルが踏まれる音がした。

『アポカリプサーさん! ポポポメカ二号まで、直線でナビをお願いするッス!』

『はい。方位、二‐五‐二。八時方向です』

 アポカリプサーのナビする声を聞いた瞬間、絖瀬は大地を踏み割らんばかりに地を蹴った。

 黄泉寺は暴力的なまでの風圧と上下動に耐えながらコラプサーライフルを前方の障害物に向け、引き金を切った。壁が、柱が、障害物となりうる、ありとあらゆるものが、点となって消失する。ほとんど同時に、黄泉寺を背負ったまま絖瀬がそこを通過する。

 高速で吹き飛んでいく風景。首を後ろに振ると、竜が大群となって間近に迫ってきていた。

 このままでは、ポポポメカ二号にたどり着いても乗り込む暇がない。

「絖瀬さん! 残りの壁は自分でやって! 俺は竜を落とす!」

『了解ッスよぉ! 絶対、この腕、離さないっすから!』

 言って絖瀬が首に絡む黄泉寺の腕を掴んだ。みしり、と骨がきしむほど強く掴まれたが文句は言えない。ポポポメカは二人揃っていなければ動かない。多少かたちは違っても、右脳と左脳はふたつ揃ってひとつである。

 黄泉寺はコラプラーライフルを竜に向け、引き金を切った。絖瀬は障害物に向けてコラプサー弾を射出する。

 そうして二人は、まっすぐポポポメカ二号へと疾駆した。

『――ッ! 黄泉寺さん! 止まるッスよぉ!?』

 絖瀬の警告に、黄泉寺は血の気が引くのを感じた。

 すっかり忘れていたのである。破壊にすら転用できそうな速度が、一瞬にしてゼロに近くなることを。ぶら下がっている黄泉寺も、ただでは済むまい。

「絖瀬さん! なんとかゆっくり止ま――」

 遅かった。

 絖瀬は最後の穴をくぐり抜けた瞬間、地に足を突き立てて急制動をかけた。

 が、運が黄泉寺に味方した。

 絖瀬の足はしっかりと大地を噛んだが、大地はポポポスーツの重量と二人が一身にうける慣性に負けたのである。

 瓦礫で埋まるアスファルトの上を、ポポポ星人型スーツの両足が、火花と煙と何やらよく分からない液体を撒き散らしながら滑走する。急激に速度が減衰していく。

「ぐぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」

 ピタリと止まるよりは何千倍もマシなのだろうが、それでもなお、慣性は黄泉寺は押しつぶそうとしていた。目玉が飛び出すのではないか。臓器が口から飛び出すのではないか。全身の骨という骨が、肉が、ありとあらゆるものがバラバラになるのでは。

 なんとか意識だけは保とうと、黄泉寺は頭の中で歯を食いしばった。

 実際には、慣性に負けて首が微妙に前に伸び、汗と涙と鼻水と口中の血と唾液とあとさっき食べた乾パンの液状化したものだとかが、シンガポールの守護神のごとく吹き出していた。

 ずん、と速度がゼロになった。

 殺しきれなかった速力が黄泉寺の躰を襲った。生身の腕一本で耐えきれるわけなく、黄泉寺は躰を振り落とされ、絖瀬の躰を止めた何かに頭から突っ込んだ。妙な柔らかさと、その奥に固い、固い何か。

 それが光学迷彩で隠されていたポポポメカ二号の人工皮革装甲だと気付いた瞬間、

「ぐべぁっ!」

 黄泉寺は愛すべき大地と接吻した。

 そして、

『アヂヂヂヂヂヂヂ!! アツい! アツイッッッッス、よぉぉぉぉ!!』

 絖瀬が絶叫しながら大慌ててスーツを脱いだ。すり減ったポポポ星人型兵装スーツの両足が赤熱している。黄泉寺は何とか立ち上がり、とにもかくにも絖瀬をスーツから開放してやろうと腕を引っ張った。半ば強引に引き抜いたせいでバランスを崩し、二人は折り重なるようにして倒れ込んだ。死ぬほど焦っていたはずなのになぜか、

 あ……柔っこい。

 と、顔を包む感触にそんなことを思った。もう少しこのままでいたいという悪魔的な誘惑を振り切り躰を起こすと、脱ぎ捨てられたポポポ星人型スーツの足元から絆夏たちがいるビルまで、まっすぐ一本のトンネルが出来上がっていた。

「……な、なんかで見たことがあるような気がするッスね……」

「……なんだったっけ……」

 二人は抱き合ったまま、最初の穴まで続く二本の轍を見つめた。轍は、そこにあった瓦礫のせいなのか炎の二本線と化していた。

 ポーン、とイヤホンが鳴った。

「うぉあ!」「うひゃぁぁぁ!?」

 黄泉寺は音に驚き、絖瀬は黄泉寺の声に悲鳴をあげた。

『イコライザーミサイルが発射シーケンスに移行しました。』

 その指摘で、黄泉寺はようやく自らの置かれている状況を思い出した。慌ててゴロンと絖瀬を上から下ろして立てせた。よほど足が熱かったのか涙目で、顔まで赤くなっていた。

「ほら行くよ!? しっかして絖瀬さん」

「んはっ!」絖瀬は弾かれたように顔を上げ、左右に振った。「りょ、りょーかいッス!」

 言って絖瀬はそそくさとポポメカ二号に乗り込んだ。

 その背を胡乱な眼差しで見送った黄泉寺は、「……なに?」と首を傾げた。

 コラプサーライフルとカメラを手に黄泉寺がポポポメカ二号に乗り込んだとき、絖瀬はすでにレフトヘミスフィアシートでベルトを締めていた。

 黄泉寺は苦笑しながらライフルとカメラを格納庫にしまい、シートに這い登った。

「準備はいい?」訊ねつつ、シートベルトを締める。「行くよ!」

 絖瀬が頷き返すのを見るやいなや、黄泉寺はポポポメカ二号を発進させる。翼でホバリングをかけ高度を撮っていく。モニター正面に映るビルが途切れ、地平線が――、

「うわッ!?」「ひぇっ!?」

 黄泉寺が操作するより早くポポポメカ二号がバレルロールを行い、背後から飛んできた火球が正面のビルに衝突、爆散した。

「つ、追撃されてる!」

 黄泉寺は慌てて操縦桿を傾けフットペダルを踏み込んだ。竜がぐんぐんと加速する。

「よ、黄泉寺さん! 来てる! めちゃめちゃ来てるッスよ!」

 絖瀬が背後を振り向き悲鳴をあげた。道中のコラプサーライフル連射で何機かは落としたはずだが、焼け石に水もいいところだった。

 黄泉寺はアポカリプサーに言った。

「アポカリプサー! 何か、何か後ろに向かって使える武器!」

『はい。ではライトヘミスフィアシートを機体の操作に、レフトヘミスィアシートを射撃管制に割り当てます』

「絖瀬さん!」

「りょ、了解、ッス!」

 絖瀬は操縦桿を握り、ロアリングスイッチを押し込んだ。すぐにアポカリプサーが『――音響振動攻撃を開始します』と答えた。途端、

 ワッ、と画面にノイズが走り、降り注ぐ火球が止んだ。

 続けて絖瀬は操縦桿の熱線射出トリガーを握り、画面を睨みながら引き絞った。

 コックピット内はあくまで無音のままではあったが、唸るような声を漏らしながら絖瀬が引き金を切るたびに空が一瞬、明るくなった。

「アポカリプサー! ポポポ市の方向は!?」

『はい。方位一‐八‐〇。路地方向です。ナビゲートを開始しますね』

 なぜか、アポカリプサーの声はどこか楽しげに聞こえた。

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