黄泉寺は恐る恐る手を挙げた。

「あの、それで、結局、俺たちは何をすればいいんでしょう?」

 すぐ横で、絖瀬もぶんぶんと首を縦に振っていた。

『はい。お二人の作業自体は従来の活動と変わりません。お二人は互いの業務内容について詳しくないと思われますので、協力しながらポストアポカリプス用アポカリプスを進行させてください』

 先程までの口調はどこへやら、やけにあっさりとした回答を受け、黄泉寺は愛想笑いで応じるしかなかった。

『今回は初日ということなので、試験飛行を兼ねて、すでに安全が確保されている場所で活動することにしましょう。お二人とも、準備はよろしいですか?』

「――あ、はい」

「お、おっけーッスよぉ……」

 各々がそう返事をすると、ゆっくりとポポポメカ二号が上昇し始めた。これまでと同じように駐機されている場所自体がエレベーターとなっているらしい。

 一瞬、全天モニター全体が明るくなり、すぐに明度調整が入った。外だ。

 ポポポ市の灰色の雲に覆われた映像と違って、抜けるような青空である。

「――と、そうか。えーと、絖瀬さん?」

 返事がない。絖瀬はポケっと口を半開きにして空を見つめていた。しっかりしていそうで、意外と抜けている人なのかもしれない。

「絖瀬さん?」

「ふぁいっ!?」慌てて立ち上がろうとした絖瀬は、シートベルトを両肩に食い込ませて「がぅっ」と悲鳴をあげた。

「えーと、なんかすいません」黄泉寺は絖瀬の目尻に溜まった涙に同情しつつ続ける。「とりあえず今日は俺が操作するって感じでもいいですかね?」

「あっ! はい! もちろんッスよぉ! あらためて、よろしお願いしますッス!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 小さく会釈し、黄泉寺は操縦桿を握った。

「アポカリプサー、目的地まで誘導して」

『はい。離陸後、方位を一‐四‐○に取ってください』

 黄泉寺は絖瀬を驚かせないようにゆっくりスロットルペダルを踏み込んだ。竜が歩き始める。絖瀬はポポポメカ二号の操作をたしかめるように、自分の座席と黄泉寺との間で視線を往復させていた。

「これって、だいたい車とおんなじッスね」

「らしいですね。どのみちアポカリプサーが操作を補助するんで、わかりやすい方がいいとかなんとか……それじゃあ、飛びます」

 黄泉寺は操縦桿を引きあげた。

 竜が翼を広げ、六本の足が床を離れた。

 同時に、黄泉寺はスロットルペダルを深く踏み込んだ。赤い巨体がぐんと加速し、肉眼よりも鮮明なモニターに映る風景が混ざり合いながら後ろに流れていく。

 隣で、絖瀬が感嘆の声をあげていた。不覚にも黄泉寺は、また、可愛いと思った。

「竜って、すごいッスねぇ……自分、一回乗ってみたかったッスよぉ」

「ああ、そういえば、乗ったこと無いって言ってましたよね」

「そうッス。文化的資源損失課って、人的資源損失課のみなさんが帰った後に乗り込むんで、移動はUFOだったッス」

「へぇ、UFOに乗っ――はぁ!?」

 UFO? 未確認飛行物体? 

 頭の中にアダムスキー型の円盤が現れ、黄泉寺は思わず首を振った。拍子に操縦桿が傾けられて竜が鋭く旋回する。急に発生した横二.四Gに振り回され、絖瀬が涙目で叫んだ。

「黄泉寺さん! 黄泉寺さん! 落ちる! 落ちちゃうッスよぉぉ!」

 うぉ、と黄泉寺は慌てて操縦桿を起こしにかかる。と、

『何をやってるんですか黄泉寺委員』

 そう冷たく言い放ち、アポカリプサーが速やかに空中姿勢を回復させる。

『まだ開発途中の機体なので、細かなデータが必要なのです。平時通りの運用を心がけるよう、よろしくお願いします』

「……りょ、了解、アポカリプサー」

 新型コクピットシステム、プレフロンタルコーテックスに、気まずい沈黙が降りた。

 絖瀬は手で胸を押さえて荒い息をついていた。その激しい吐息だけが唯一の音だ。

 黄泉寺は小さく頭を下げた。

「ご、ごめんなさい、絖瀬さん。えと、大丈夫です?」

「だ、大丈夫ッス……誰にでもミスはあるッスからぁ……でも、なんだか気持ち悪くなってきたので、しばらく、揺らさないようにお願いしてもいいッスか?」

「りょ、了解!」黄泉寺は張り切って言った。「アポカリプサー、自動操縦で」

『申し訳ありませんが、容認できかねます』

「え」

『先ほどお伝えしたとおり、当機は最新鋭の実験機なのです。手動操作の記録が必要です』

「……了解、アポカリプサー……」

 やけに人間臭くなったと思ったら、気が利かなくなった。

 黄泉寺は操縦桿を握り直した。手汗でべちゃべちゃになっていた。緊張していると悟られたくなくて、黄泉寺は努めて明るい声を出した。

「あの、絖瀬さん」

「は、はい? なんッスかぁ?」

「さっきのその、円盤で移動したって、どういうことですか? 俺、そんなん見たことないんですけど」

「円盤?」絖瀬は訝しげに眉を寄せ、すぐに顔を明るくして言った。

「あぁ! UFOッスね? いや、円盤型じゃなくって、葉巻型のUFOッスよ」

「は、葉巻型?」

「そうッス! だいたい五人くらい乗れる、なんていうか、小型の飛行船っていうか……マッコウクジラの頭みたいな形っていうか……長っ細い棒みたいな形ッスよ」

 マッコウクジラ?

 身振り手振りを混じえて懸命に伝えようとする絖瀬の姿は可愛らしいし、嬉しくもあるのだが、黄泉寺は上手く画を思い浮かべられなかった。

 それを察したのか、絖瀬は「あ」と小さな声を出した。

「アポカリプサーさん。黄泉寺さんに自分らの乗ってたUFO見せてあげて欲しいッス」

『私たちに敬称はいりませんよ、三頭委員。どうぞ、こちらです』

 黄泉寺の見ているHUDの片隅に、短い金属棒としかいいようのない銀色の塊が映し出された。ずんぐりとして、角がなく、窓も見当たらない。まさに棒だ。

『ポストアポカリプス用アポカリプス輸送メカ、Ver.七.五五六七です。現行ヴァージョンでは最大乗員数は操縦者・副操縦者を含めて八名。最大積載量は六十トンです』

「六十トン!? これで!? すげぇな……」

「すごいッスよねぇ……まぁ、装備が重いらしいッスけどね」

「へぇ……って、装備?」

「えぇと……ポポポ星人スーツって自分たちは呼んでたッスけど――」

 ポーン、とアポカリプサーからの呼び出し音が鳴った。

『ポイントに到着しました。付近に着陸してください』

「あー……了解」

 黄泉寺は小さく絖瀬に会釈して、操縦桿を倒した。

 へへ、と会釈し返した絖瀬はモニターを見やって、気抜けしそうな歓声を上げた。

「うわー、でっかいお地蔵さん……じゃなくて、大仏さんッスねぇ……」

 その視線の先では、ところどころ煤けた巨大な阿弥陀如来像が、焼け野原となった大地に慈愛の眼差しを向けていた。

 驚かせてしまったお詫びにと、黄泉寺は大仏の周囲をゆるりと旋回してみせた。そのまま廃墟化した市街地へ向かい、付近にあった公園の野球場にポポポメカ二号を降ろす。

 再び、ポーン、と軽い音が鳴った。

『目的地に到着しました。お疲れさまでした。これより巡回に入ります。三頭委員』

「は、はい!?」絖瀬は弾かれたように顔を上げた。「な、なんか用ッスか?」

『周辺地図を参照して探索地を決定、黄泉寺委員に伝えてください』

「あ、なるほど。ここからは自分のターンって感じッスね?」

 絖瀬はずり落ちかけていたメガネを押し上げて、彼女にだけ見えているであろうHUのあたりを睨んだ。先程の会話から察するに、周辺の地図が表示されているのだろう。

 顎に手を当て正面を睨んでいた絖瀬が、目を黄泉寺に向けた。

「黄泉寺さん、方位……一‐九‐○……?に学校があるんで、そっちにお願いしまス」

「えーと、学校? ですか?」

「あ、そっか。えっとですね?」絖瀬は人差し指を振った。「自分ら文化的資源損失課は、動植物以外のありとあらゆるものを対象にしてるッス。なんで、普通は大きな建物の廃墟とかに行くッスよ。でも、さっき空から見た感じ、この辺は散々巡回されてるッス」

 そういえば、アポカリプサーも初日だから安全なところにすると言っていた。絖瀬の見立てはほぼ間違いないだろう。

 最初に落とされたイコライザーミサイルの余波の影響もある。生き延びた人的資源の数もそう多くなく、ほとんどは北へ逃げたに違いない。

「そこで! そういうとき、自分は学校の巡回に行くようにしてたッスよぉ!」

 絖瀬は自慢げに胸を張って続けた。

「文化的資源損失課のみなさんは学校にはほとんど行かなかったッスけど、自分はよく学校で損失対象の資源を見つけてきたッス――なぜなら!」

「なぜなら?」

 その子どもっぽい仕草に黄泉寺は頬を緩める。

 絖瀬はもったいつけるようにうんうんと頷いて、

「学校は最初の避難所になることも多いッス!」

 ドヤぁ、と絖瀬はキメ顔をした。パっと見はふたつか三つは上のようだが、時折やけに子どもっぽくなる。かわいい。

 頬が熱くなるのを感じた黄泉寺は目を逸らし、メガネを押し上げた。

「――じゃ、じゃあ、人的資源があるかもなんで、歩行モードで索敵しながら行きます」

「はいッス! よろしお願いしますッスよぉ」

 だいぶ打ち解けてきたのか、絖瀬はニコニコ笑っていた。かわいい。

 黄泉寺はメガネが曇りそうな熱をごまかそうと、慌てて訊ねた。

「そ、それで、避難所とかになってると、文化的資源が多く残ってるんですか?」

「んぉ? あー、まぁ、だいたいそんな感じッスねぇ……」

 なにやら歯切れ悪くそういうと、絖瀬は遥か遠くを見つめるような目になった。

「……あの、ちょっと重い話してもいいッスか?」

「……いきなりですね……でも、いいですよ。これからパートナーになるんですし」

 パートナーという単語の言い難さったらなかった。しかし、その気持ちは本当だった。

 二人とも、イコライザーミサイル発射の遠因となったからこそ、アポカリプサーに選ばれたのだ。黄泉寺がそうであるように、絖瀬も重い何かを背負い込んでいる。運命共同体といってもいい状況にあるのだから、共有できる余裕がある内に聞いておきたかった。

「どんな重い話なんですか? 先に言っときますけど、俺も結構闇深いッスからね?」

 言って、黄泉寺は片頬を吊った。

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