「おぉぅ」と、絖瀬が感嘆するかのような声をあげた。

「これ、色々表示されてるけど、どんな意味があるッスか?」

「えっ? えーと絖瀬さんの方にもHUD表示あるんですか?」

 黄泉寺のシート前にはポポメカ一号と同じ機体情報が表示されていたが、絖瀬のシート前方には無いように見えた。

「はっど表示……? ああ! ヘッドアップディスプレイ! 戦闘機とかと同じなんッスねぇ……」感慨深げにそう言って、首を左右に振る。「おぉぅ。顔の正面に出るッスね?」

「ええ、そうなんです……けど……」

 黄泉寺の目には、絖瀬の見ているHUD表示は映らない。

『お気づきになられましたか? 黄泉寺委員』

「えっ? ああ、HUD?」

『そうです。黄泉寺委員と三頭委員の眼球を走査スキャンし、必要な情報だけを表示しています』

「おぉふ。SFッスねぇ……まぁ、いまさらッスけど」

 いちいち合いの手のように入る絖瀬の独り言に、黄泉寺は失笑した。笑い声に気づいた絖瀬は頬を染め、んぅ、と口をつぐんだ。つくづく似ているところがある。

 黄泉寺は気にしないでと手を振った。これなら上手くやっていけるかもしれない。

「すいません。これまで一人で乗ってたんで、なんか不思議な感じがしちゃって」

「へ、へへへ」絖瀬は赤い髪を撫でつけた。「自分も……えと、文化的資源損失課って移動中はみんなと一緒ッスけど、活動が始まると一人なんで、つい独り言をいう癖が……」

「あー、わかります。俺も仕事中、すごい独り言いうようになっちゃって――」

『んんっ!』

 聞こえたアポリプサーの声に二人は目を丸くした。

 まさかの、AIによる咳払いである。

『そろそろ業務の説明に移りたいのですが、よろしいでしょうか?』

 やけに人間臭い言い回しに二人は顔を見合わた。顔を正面に向けて頷く。

 すると、視野角いっぱいにウィンドウが広がり『Prefrontal Coatex』と表示された。ヴァージョン情報は先程と同じだ。

 ポポポメカ一号のときは『アポカリプサー』と表示されていたから、おそらく新型への移行に伴ってオペレーティングシステムも変更されたのだろう。

「プレフロンタル……前頭葉前皮質って……悪趣味だなぁ……」

 黄泉寺はふいうちのような絖瀬の独り言に、思わず聞き返しそうになった。

 が、やけに人間臭くなっているアポカリプサーが機嫌を悪くしたら困るので、知的好奇心は胸のおくに封じた。

『では、改めまして、おはようございます』

 快活なアポカリプサーの声に、二人は頷きあった。

「お、おはようございます……」

『黄泉寺透委員、ならび三頭委員は、本日から人的資源および文化的資源損失課の所属となります。当課に所属するポストアポカリプス用アポカリプス生成委員会員は、試験運用中の間はお二人のみと――」

「二人だけ!?」

 黄泉寺と絖瀬の声が重なる。

 また、アポカリプサーが咳払いをし、二人は口を結んだ。

『――お二人のみとなりますので、ご了承ください。また、他に課員が存在しないため、差し当たっては、お二人の管理はわたくし、アポカリプサーが務めさせていただきます』

 つまり、アポカリプサーAI直属の部署ということか。

 とうとう人以外の存在の直轄になったことに感動めいたものを抱きながら、黄泉寺は小さく手を挙げた。

「あの、質問してもいいですか?」

 管理者という単語に引っ張られて敬語になっていた。

『許可しましょう』

「なんで、俺たちが選ばれたんでしょうか?」

 隣で絖瀬もうんうんと頷いていた。

『良い質問ですね、黄泉寺委員。詳細を述べると煩雑になりますので、端的にご説明させていただきます。私たちは、先日のイコライザーミサイル使用を受けて、より人間的なポストアポカリプス用アポカリプス生成スケジュールを再計算しました。結果、より効率的に、かつより人間的なポストアポカリプスを生成するためには、イコライザーミサイル発射の遠因となったお二人の協力が、必要不可欠だとわかりました』

 なるほど。さっぱりわから――、

「イコライザーミサイル発射の遠因!?」

 いま、イコライザーミサイルが発射されたのは黄泉寺のせいだと、また隣に座る絖瀬のせいだと言ったか。

『そうです。ですが、ご心配いりません。少しばかり性急な対応が求められましたが、そちらはすでに解決しました。犠牲もありましたが、そのおかげで、私たちはさらによりよいポストアポカリプスを迎えるための手段を得ました。問題ありません』

 大問題である。

「あ、あの! じ、自分、その……」

 案の定、絖瀬の顔から血の気が引いていた。黄泉寺も同じ思いだ。

 昨日、ポポポ市の天井を見上げたときと同じように、二人は呆然とモニターを見つめた。

『お二人の取ったどのような行動が影響を及ぼしたと思われるのかについては、私の方から説明いたしませんので、後ほど各自で共有してください。それ自体がよりよいポストアポカリプスにつながりますので、どうぞよろしくおねがいします』

 なにをどう、よろしくしろというのか。

 二人は躰を強張らせながら、アポカリプサーの次の声を待った。

『さて、それでは、本課が創設された目的についてご説明させていただきます』

 モニター上に浮かぶウィンドウに、剣呑な目つきをした男の写真が映った。

『二〇〇一年、宇宙の旅から帰還した宮泉春きゅうせんはるは、地球人口の増大と文明の悪しき発展に気づき、ポストアポカリプス用アポカリプス生成委員会の発足を思い立ちました』

 まさかの、ポポポ委員会成立にまつわる話である。

「それ、委員会に入ったとき聞いたんですが」という黄泉寺の言葉も、

「なんで『二〇〇一年宇宙の旅』なんだろ……」という絖瀬の呟きも無視して、

 アポカリプサーは淡々と語る。

 宮泉春は当時はまだ動詞化するほどは広まっていなかった検索エンジン開発会社の協力を得て、まずポストポカリプスが本当に必要なのか、一定の成果をみせたばかりのAIによって検討を試みた。

 AIは、自分たちの自己学習・自己進化によって、人類に対してよりいっそうの発展を提供できると断言した。しかし同時に、どうにもならない問題がおきると予言する。

 資源の有限性問題である。

 AI自身が性能を向上させるためには、どうしても膨大な資源が必要となる。しかし地球上にある資源の総量だけはAIでもどうしようもない。

 仮に地球外から確保するにしても無限というわけにはいかず、外から資源を確保できる環境を作るためにも、また膨大な資源が必要になるのだ。

 そこでAIは、人類に管理されたアポカリプスをもたらし、ポストアポカリプスに人類種を託すべきだと提言した。人類が必要する資源を調整することで、より持続可能性サステナビリティの高い環境をつくるべきだと判断したのである。

 宮泉春はしかし、悲観しなかった。

 一億年先の数兆人が豊かに生活できるのなら、地球人口七十億など小さな犠牲である。

 宮泉春はヒューマノイドアポカリプサーメーカーを自称し、世界で最初のアポカリプサーメーカーを作った。ポストアポカリプス用アポカリプスを指揮するAI『アポカリプサー』を作るためのAIである。

 初代アポカリプサーメーカーは一カ月を費やして自分よりも優秀なAIである『アポカリプサーメーカーメーカー』を制作した。アポカリプサーメーカーメーカーは先代よりも短い期間で自分よりも優秀なアポカリプサーメーカーメーカーメーカーを作成した。

 以後、アポカリプサーメーカー開発は指数関数的に性能を向上させていく。

 だが『アポカリプサーメーカー×十の二十四乗』は、ある問題に気づいた。

 たしかに、人の理解を遥かに超える複雑怪奇な自己進化を遂げた『アポカリプサーメーカー×十の二十四乗』は、完璧なアポカリプサーを作ることができそうだった。

 たしかに、完璧なアポカリプサーは完璧なポストアポカリプスを生成できそうだった。

 しかし生成されるポストアポカリプスが、極めて非人間的だったのだ。もちろん、そこに住まう人類もまた、今の人類からは人類とみなせない生物になると推測された。

 これはまずいと、アポカリプサーメーカー十の二十四乗は語った。アポカリプサーメーカー×十の二十四乗は、宮泉春の望みを叶えるため奮闘し、奇策を思い立つ。

 それこそが、アポカリプス生成に人を組み込むという提案である。

 つまり、アポカリプサーと、アポカリプスを迎える世界との間に、適度に曖昧で適度に非効率な人間性の代表たる『人間』という名の判断装置を組み込むことにしたのだ。

 かくしてポストアポカリプス用アポカリプス生成委員会は誕生した。

 実行部隊にしろ判断部分にしろ、数多の箇所に人間を配したアポカリプサーは、適度に人間的なアポカリプスを生成することが可能となった。

 そして今日まで、人間は余計なことをしたり、しなかったりした。

 アポカリプサーは、計画の修正が間に合ったり間に合わなかったりしてきた。

 アポカリプサーは言う。

『今、私たちは、あなた方という最高の判断装置を手に入れました! お喜びください! あなた方は選ばれたのです! 私たちは、あなた方に、より人間的でよりよいポストアポカリプスを生成していただくべく、当課を設立したのです!』

 感情などないはずのアポカリプサーが、声高に、黄泉寺と絖瀬を褒め称えていた。

 もちろん、二人は困惑した。

 感情じみた何かを高ぶらせているらしいアポカリプサーは二人を置き去りにする。

『さぁ! よりよいポストアポカリプスに向かって前進です! よいアポカリプスを!

 よい終末を!』

 ノリノリになっているアポカリプサーに、黄泉寺と絖瀬は表情を失っていた。いわゆる真顔である。

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