三十分をかけて商店街から隣町へ移動する。延々と聴き続けたセンチメンタルなジャズにやられたのか、夕日が水っぽかった。また視界に黒焦げの死体が入った。顔をしかめる。

 同時に、疑問が湧いた。

「……なんでこのあたりに黒焦げ死体があるんだ?」

 中道五番町商店街は、最初に落とされたイコライザーミサイルの威力圏内にある。

 イコライザーミサイルは着弾と同時にそこに存在する物を空間ごと圧縮し、凝縮させたエネルギー共々、すべてを破壊する爆風として開放する兵器だ。なぜか開放の際には圧縮された物体が元の形を取り戻しながら吹っ飛んでいくのだが、それが威力の源泉である。

 ただ、生命体の復元に関しては事情が違う。

 吸い込まれたあらゆる動物は圧縮された時点で死亡し、開放時にもとの形に戻るかは運任せとなる。仮にもとの形に戻ったとしても脆すぎるため、開放時の風圧と巻き込まれた他の人工物との衝突ですり潰され、文字通り粉々になってしまう。

 人型の黒焦げ死体は、近辺の廃墟にあってはならないはずなのだ。

「……まだ自衛隊の生き残りがいたとか……や、こんなとこまで来ないよな……?」

 肩の力を抜こうと、黄泉寺は肩をぐるりと回した。

 落ち着け。黒焦げになっているということは、死体ができたのはいまじゃない。確認すべきは最後の巡回がいつだったか……。

「アポカリプサー、このあたりで最後の巡回をしたのはいつ?」

『二週間前です』

「戦闘はあった? 人的資源の損失は?」

『優先度判定C以上の人的資源が十四個発見され、うち十二個の損失に成功しています。その後、巡回担当者は撤退しました』

「十四人中、十二人で撤退? 二人、生き残ってるってこと?」

『二個です』アポカリプサーは冷淡に数え方を訂正し、さらに続けた。『担当者が損失させた人的資源は十二個。担当者の撤退理由は『面倒だったから』となっています』

 またか、と黄泉寺は瞑目して両手を小さく挙げた。

 ポストアポカリプス用アポカリプサーは自らのAIとしての限界を正確に把握し、より人間的な《崩壊後世界ポストアポカリプス》を構築するために、アポカリプス生成における判断システムに人間そのものを採用した。黄泉寺をはじめとするポポポ委員は、アポカリプサーに人為的ミスを期待されているのである。

 ポポポ委員は求められた通りに現場で数々の判断ミスを犯す。意識的なものであれ、無意識的なものであれ、寛容なアポカリプサーは罰したりはしない。怒るとしたらアポカリプサーに選定された判断システム=人間の上司くらいである。

 ――とはいえ。

 半年前にアポカリプサーに選んでもらえなければ黄泉寺はポポポ委員会に入れず、人的資源として計上されていた。それは委員になった今でも同じかもしれない。

 もしも全く働かずにただの判断ミスシステムとしてしか機能しなければ、そのうちアポカリプサーに『あなたはいりません』などと冷淡に切り捨てられてしまうかもしれない。

 だから黄泉寺は、最低限の仕事だけはこなすように心がけていた。

「……オッケー、アポカリプサー。〈ロアリング〉で動体検知しよう」

『はい。動体検知ですね? ポストアポカリプス用アポカリプスメーカー一号のロアリング運動を開始します』

 いちいち変なところで間延びする合成音声が途切れると、ポポポメカ一号が長い首をもたげた。顎関節などないかのように――実際ないが――がぱりと大口を開いた。まるで息を吸い込むような予備動作をみせ、止まる。

 次の瞬間、竜が辺りを睥睨するように首を巡らせながら、咆哮した。

 破壊的な音圧が割れ残っていたガラスを粉砕し、衝撃波まがいの音の波紋が瓦礫を吹き飛ばしながら広がっていく。

 生存者側が『竜の威嚇行動』と呼称している、ポポポメカ一号の動体検知機能である。基本的な原理としては潜水艦などでも使用されているアクティブソナーと同じだ。

 ポポポメカ一号のそれはVer.二から使用する音声に変更が入り、心理学的な見地から最も強く人の本能的恐怖を喚起する音を採用するようになったという。

 もっとも、外部音声の遮断されたコクピットには、そんな声など届かないのだが――、

 ポーン、という、時報のような音色だけは聞こえた。アポカリプサーの呼び出し音だ。

『ソナーに感あり。ひとつ。人的資源です。方位三‐四‐三、十一時方向、二.四キロメートル先です』

「マジかよ……いまそんな気分じゃないんだけどなぁ……」

 黄泉寺は全天モニターに表示されたHUDを参考に首を振った。地平に近づいた太陽の光が目にしみる。黒い点のようなものが見えた気もするが、逆光では何もわからない。

「アポカリプサー、主任しゅにんに連絡して」

『はい。主任にお繋ぎしますね』

 軽いノイズ音。続いていつもの声がする。

「どしたの黄泉寺くぅん。緊急事態かぁ?」

 その一言だけで、ヘアワックスでべたべたのオールバックと頭頂部にうっすら積もる細かな埃まで目に浮かぶようだった。

「……人的資源らしきものを発見しました」

「らしきものって、見てないわけかよぉ」

「はい。目視では確認していません。ひとりだけらしいんで、ちょっと――」

「困るンだよなぁぁぁぁ」主任は黄泉寺の言葉を遮るように言った。「発見したってだけでさぁ、いちいち、いちいち、連絡されっとさぁ!」

 主任はいつもこうだ。どう答えたところで反応も変わらない。

「はい。わかってるんですけど――」

「わかってたら連絡してこないよねぇ? わかってないよねぇ? わかってないことくらいはわかってるかな? どうなの?」

「……すいません」黄泉寺は喉元から出かかった、相変わらず面倒くせぇなこのタコは、という文言を喉から腹へと流し込み、報告を続けた。

「規則だと発見時に報告ってなってるじゃないですか」

「なってるよぉ? だからなに? みんなやってる? やってないよね? ただ面倒だからやってないと思ってた? 違うよね? いちいち連絡してたら無ッ駄ッ! に時間かかるからだよね? っていうか、さっさと損失させて事後報告でも問題ないよねぇ? もしかして黄泉寺くんは三ヶ月目にして初日に覚えたノウハウを忘れてしまったかな?」

「……すいません。じゃあ、処理してからまた報告します」

「最初からそう言って欲しいなぁ。ほんとにさぁ。これだからバイトもしたこと――」

 すかさず黄泉寺は通信を切断して叫んだ。

「したことなくて悪かったなぁ! 始める前に世界が壊れたんだよジジイ!!」

 十六の誕生日を迎えて、夏休み中にバイトとやらに精をだし、貯めた金でデジタル一眼買って、冬は旅行しようと計画していた。ポポポ委員会のせいで夢はあぶくのように弾けた。

 行きたかった旅行先からは見たかった風景が消失しているだろうし、買おうとしていた一眼レフはメーカーごと文化的資源として損失したことだろう。

 黄泉寺はポポポメカ一号の足を進ませつつ、これでもかとばかりに叫んだ。

「だいったい! 規則を破りゃ破ったで説教すんだろうが! 時代錯誤のオールバッカーのくせしやがって! なんなんだよ! 今朝着てたあのバラの花の透かしが入ったクソみてぇなセンスのシャツ! 似合ってねぇよ! ああいうの着たけりゃもっと痩せろ!」

 脳裏を過るは主任のねっとりとした視線である。他に叱りつけやすい若い人間がいないからか、最初期の黄泉寺の成績が良かったからか、特によく怒られていた。

 視界の端で通信ランプが点灯し、すぐに、あはは、と快活な笑い声が聞こえてきた。

「黄泉寺くん、落ち着いて。いきなり大声だすからアポカリプサーが気を利かせて僕の方に繋いじゃったよ」

 黄泉寺は瞬時に真顔になった。ほぼ同世代の、でも年上のポポポ委員、沢木さわき直宏なおひろだ。

「あ、えと、すいません。ちょっと忘れてました――って、あれ、さっきの」

 もしも罵倒が主任にも聞こえていたなら、帰投先は地獄に変わってしまうだろう。

「ははは。大丈夫。緊急通信は近くにしか届かないから、僕しか聞いてないはずだよ」

「……よかった……」

 本当に、よかった。黄泉寺は安堵の息をついた。

 愚痴を聞いていたのが沢木だったのも不幸中の幸いだ。沢木はイケメンなのに何かと気にかけてくれる。おそらく先ほどの罵倒も密告したりはしないだろう。

「気持ちはわかるけど、悪口以外でストレス発散したほうがいいよ。いつも言ってると、つい出たりするからね」北東十キロほどにいるらしい沢木が無線越しに言った。

「――それで、人的資源は見つかったの? 手伝いに行ったほうがいいかな?」

 黄泉寺は口を真一文字に結んた。

 まず同意を示し、さりげなくたしなめ、アドバイスして、ついでに手伝おうという。沢木はほとんど完璧といってもいい、顔だけではないイケメンだった。しかも女性には誠実な対応を見せるし、人ウケしないらしい黄泉寺にまで優しい。

 だからこそ、嫌われたら最後だという嫌な緊張を強いられるのだが。

「あ、えっと……大丈夫です。その、自分でやれます。一旦、通信切りますね」

「了解。何か気になることがあったら呼んでよ。手伝うからさ」

「あ、あ、あ、ありがとうございます……」

 脳裏に金髪をサラリとなびかせる沢木が過る。幻影にさえ緊張しながら、黄泉寺は通信を終えた。気づけば反応があった地点は目と鼻の先だ。

 いいイケメンのおかげでほどよい緊張感が得られた。今がチャンスだ。

 黄泉寺は胸に手の平に『生』と書いて飲み込んだ。緊張を解きほぐすためではなく、維持するためにしているルーティンである。

 自衛隊の装備を含めた既存の兵器ではポポポメカ一号の外装を貫くことはできない――とされている。アポカリプサーが膨大なデータと何千億回という演算を繰り返して導きだした結論であり、この三ヶ月間で散々実証された事実だ。

 特殊なルーティンを用意してでも緊張状態を作らなければ、噂に聞いたベルトコンベアを流れる刺し身にタンポポを乗せる仕事のような感覚に陥る。

 主任に怒られたばかりで凡ミスだけは避けたかった。

 黄泉寺は全天モニターに目を凝らし、周囲を確認した。オペレーティングシステムも兼ねるアポカリプサーが視線を感知、ポポポメカ一号の首を視線方向に振る。

 動物じみた挙動自体が生存者に対する罠になっている。

 ポポポメカ一号は首を伸ばした状態でおよそ十メートルの体躯をもつ。首の先には熱線放射口を隠す竜の頭部を模したカバーと偽装の目玉――竜の挙動を目視した人的資源は、移動のチャンスと誤認するのだ。

「今だー……逃げろー……俺は見てないぞー……」

 仮に黄泉寺の視界の外で動いたとしても、代わりにアポカリプサーがカメラで捉える。

『人的資源を発見しました。方位一‐九‐三、六時方向、距離十五メートルです』

「りょうかーい!」

 黄泉寺は意気揚々と首を振り――何をしようとしていたのか、わからなくなった。

 子どもだ。十歳か、もう少し小さいかもしれない。

 ブカブカの軍用ブーツ、裾を大きく折り返した茶色のズボン、ポケットだらけの煤けたジャンバー、大きすぎるくらいの自衛隊の鉄帽。どう見ても子どもなのだが、鉄帽に巻かれた風にたなびく鉢巻には、荒々しい筆文字で『中道五番町商店街決死隊』と書かれていた。

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