第53話


 後方から、この世の全てが破壊されでもしたかのように、強烈な爆発音が響く。


「こちらへ。ルイス様の目を欺くことができます」


 名無しの竜人が、通路の奥の部屋の中へと、俺達を促した。


 いや、達、とは言っても、その場に存在している身体は、俺一人だが。


「大丈夫なのか? あとでお前が、ルイーズに滅ぼされたりはしないか?」


 そんなことに構ってられるような状況ではないのだが、自然と口に出た。


「ご心配なさらず。私の身体は、換えが効きますゆえ」


 名無しの竜人が扉を閉め、軽く手を触れると、鈍い光を放った扉が、跡形もなく消失していった。


 あとには、硬質な石の壁だけが、その場を塞いでいた。


「部屋の隅に、隠し通路がございます。そこを抜ければ、城の裏側に出られましょう。

 城の外ならば、ルイス様により、飛翔を妨害されることもございません。なんとか結界を破壊し、リーベラを離れられますよう」言って、深々とお辞儀をする。


「…お前は、どういう存在なんだ? 俺を裏切れるようには、造られていない、と言ったな? 俺がつくった創造物なのか?」


 ハッキリ言って、このような人物を設定した記憶はない。ないのだが……なんとなく、俺はこいつを知っているような気がした。


「……シュウイチ様が、私をつくったわけではございません。私は、ただの人形。ただの、身代わりにございます」


「身代わり? それはどういう……」


「時間がございません。お急ぎ下さい」


 石壁の向こうから、またも激しい破壊音が響いてきた。同時に、石壁を擦り抜けるようにして、八星の神級の盾が、カードとなってリングへと戻ってくる。


 確かに。のんびり話をしている時間は、なさそうだ。だが、


「なぜお前は、俺をルイーズに引き会わせた? 仲違いする結果に終わることは、分かり切っていたはずだ」


 これだけは、どうしても腑に落ちなかった。


 自分を倒して逃亡するのは、良策の一つと言いながらも、ルイーズと会うことを切望した。そして今では、自身が滅ぼされる危険を犯しながらも、逃亡のための手助けをする。


 その意図が何処にあるのか、何が狙いなのか。その理由が、まるで思いつかない。


「……シュウイチ様ならば、ルイス様がどういう状態なのか、理解して頂けると思いました。そして、その解決にも導いて頂けると」軽く目を伏せつつ、静かな口調で言った。


 別段、それまでと変わらぬ話し方のように見える。だが、視線をこちらに合わせず、目深に被ったフードで、顔を隠すようにしたその姿は、どこか不気味で、何かよからぬことを企んでいるようにも、見受けられた。


 ……全く意味のわからない奴だ。言っていることも、どういう意味なのか、まるで理解できない。


 マリカが危険視していることが、なんとなく分かったような気がした。


「とにかく、礼を言う。この借りは必ず返す」


「……どうか、お気をつけて」


 深々と頭を下げた名無しの竜人を残し、部屋の隠し通路から、城の裏側へと抜ける。


 狭く真っ暗な、まるでダストシュートかのような通路を、滑るようにして移動し、城の裏側、側防塔の見張台へと到達すると、そこからマリカが翼を広げ、すぐさま外へと飛び立った。


 眼下には、リーベラ城下の煌びやかな貴族街が広がり、街の明かりに加え、あちこちの見張り台のような塔に、灯火がたっているのが見えた。しばらく飛ぶと、建ち並ぶ建物の質が急激に落ちてゆき、一見、廃墟にも見える、薄汚れた建物ばかりになってゆく。


 この辺りから、持たざる者達の住まう、奴隷街ということだろう。


 と、


 ゴゥッ…!


 奴隷街の路地の暗闇から、いくつかの炎の弾丸が放たれた。


 マリカがすぐさま反応して、難無く避けたが、まるで地面から滲み出るようにして、真っ黒な翼を持った、異形の人影が姿を現わす。


 飛び立った異形の人影が、高速で移動する俺の後を、迷いなく追随して来た。


 その数は、五つ。しかしよく見ると、五つの影の後方からも、さらにいくつもの影が、迫ってくるのが見える。


 ガーゴイル、とでも呼ぶべき魔物だろうか。おそらくはルイーズの、もしくは、その配下の誰かしらの、召喚魔法だろう。


 かなりの飛翔能力を持っているようだ。今の俺は、単独のマリカほどでないにしろ、それに近い飛翔能力を備えているはずなのだが。


 それでも振り切れそうにない。一旦、迎撃するのが無難だろうか。


「ランファルト、竜砲召喚!」


 白銀竜ランファルトを、右肘から先を覆う、輝く竜砲へと変化させた。


 やや低く高度を取りつつ、飛翔したまま振り向き、後方へと向けて砲身を構える。


 黒いガーゴイルの群れが、一斉に火炎弾を撃ち放って来た。


 それを左右に揺れながら躱しつつ、竜砲ランファルトの狙いを定める。


光竜砲撃ファルトブリッツ!」


 夜の闇を切り裂き、超高速の輝く一閃が、真っ直ぐに伸びる。軽く砲身を動かし、光のレーザーを照射するように、五体のガーゴイルを一気に撃ち落とした。


「急げマリカ! こいつら、際限なく湧いて来るぞ!」


 ──了解です、最高速でいきます!──


 次から次に、街の至る所から、黒い影が飛び立って来る。


 幸い、行く手の方からは、魔物の発生は無いようだが…それも時間の問題だ。モタモタしていたら、あっという間に周りを取り囲まれてしまうだろう。


 そのまま全力で飛翔を続け、やがて、奴隷街の端が見えてきた。


 建ち並ぶ廃墟のような、土壁の建物も疎らになり、荒れた地面にゴツゴツとした岩が突き出た、荒野のような風景になってゆく。


 向かう先に、帝都の周りをグルリと取り囲む、切り立った岩山が聳え立っていた。


 その岩山自体が、竜脈から神力を引き出す、強力な結界になっており、そこから帝都全体を覆って、ドーム状にして、不可視の結界が発生している。


 肩越しに、背後を見やる。


 数十体にも増えた黒い影が、迷いなく追跡して来ていた。


 なんとか結界を破壊し、脱出しなければならないが、黒煌双滅破弾オスクリタバレットを使っている暇はないだろう。追っ手はすぐそこまで迫っている。


 ガーゴイルどもを殲滅させるのも、一つの手段かも知れないが……いや、奴らは、際限なく湧いて来る。倒すだけ無駄だ。


 岩山のどこかには、ウィルがリーベラへの潜入に使っている、秘密の抜け道があるはずだが、それこそ探している暇などあるはずもない。


 ならば、取るべき選択は一つだ。


焦砲黒炎弾ダークフレアバレット!!」


 ディグフォルトの最大技を、結界めがけて撃ち放つ。続けて、


「ランファルト…万全じゃないだろうが、全力で行くぞ! 穿て、極限竜砲!

 白銀の咆哮グランツゴッドバースト!!」


 巨大な赤黒い炎の弾丸のあとに、同じだけ膨大な質量の、白銀の閃光が射出されていった。


 ドゴォッン…! と轟音を立てて、焦砲黒炎弾が結界に激突する。続けて同じ箇所に、白銀の咆哮が照射され、眩い閃光が迸った。


 辺り一帯が昼間のように明るくなり、結界が、まるで夜空にヒビが入るように、ギシリと軋んだ音を立てる。


「貫けぇぇぇっ!!」


 白銀の咆哮を、途絶えさせることなく、継続して撃ち続ける。


 膨大な神力の消耗に、意識が軽くグラつくのを感じたが、寄り添ったマリカの光の神力が、すぐさま失った分を補うように、流れ込んできた。


 ──そんなにたくさんは…持ちません…!── 辛そうな表情だ。


 そもそもマリカは闇竜。光の属性を生まれ持っているとはいえ、光竜に比べれば、さほど強い光の神力を持っているわけではない。


 限界ギリギリまで、白銀の咆哮を撃ち放つ。


 後方からは、ガーゴイルの影の群れが、着々と近づきつつあった。


 ピシリ…! と、不可視の結界に入ったヒビが、さらに鋭く音を立てる。


 だが、


 グ…グ…グ……!


 徐々に、白銀の咆哮が、力負けして来ているのを感じた。


 後方のガーゴイルの群れが、その鳴き声が聞こえるほど、接近して来ている。


「くっ……力不足か…!?」


 半ば、諦めかけて次の手を考え始めた、


 そのときだった。



 ゴゥッ…!



 突如、後方から、一際巨大な白銀色の閃光が、ガーゴイル達を薙ぎ払いながら、こちらへと向かって伸びて来た。


 途端、


 ──当たるんじゃないぞ。上手く避けろよ?──


 頭の中に、聞き覚えのない、初老の男の声が響く。


「…!!」


 咄嗟に横に飛んだ。間一髪のところを、漆黒竜と斑天竜の翼を、僅かにかすめて、白銀色の閃光が通り過ぎてゆく。


 これは……間違いなく、白銀の咆哮だ!


 この世に一枚しか存在しない、白銀竜ランファルトの最大技。


 ……いや、俺が持ってる二枚目は別として。


 しかもこの威力……俺が使った白銀の咆哮の、数倍は強力な神力を宿している。


 突如飛来した新たな白銀の咆哮が、俺の放った白銀の咆哮を後押しするようにして、同じ箇所に衝突した。


 ズガァァァァン…!!!!


 呆気なく、リーベラの結界が破壊され、ぽっかりと大穴が開く。


 ──急いで脱出しろ。結界はすぐに塞がる──


 先ほど聞こえた初老の男の声が、頭の中に響いてきた。


 すごく温かみのある、不思議と心を落ち着かせる、頼もしい声だった。例えるならば……父の声。それ以外に表現のしようがない。


「ウィル・アルヴァ!!」知らず知らず、大声で叫んでいた。


 ディグフォルトの闇竜の瞳が、遥か彼方…奴隷街の一角の建物の上に、一人の男の姿を見とめる。


 暗闇の中、その容姿まで確認することはできなかったが、すぐに直感できた。


 る。あそこに。最も信頼すべき、最も尊敬すべき、大英雄の姿が。


 ──シュウ様、急ぎましょう!──


 マリカに言われて、ハッと我に返る。


 結界に開いた大穴が、その外側からジリジリと音を発しながら、修復されようとしていた。


 慌てて外へと飛び出る。


 後ろを振り返ると、修復された結界の向こうから、先ほどと同じ声が響いてきた。


 ──じき、会いにゆく。そのときまでティアスで、大人しくしていろ……と言っても、お前は聞かぬのだろうがな──


 言葉の最後の方は、どこか愉快気に、笑っているようにも聞こえた。


「ウィル。リーベラで何をしている? レインティアの滅亡まで二年……いや、もっと短い時間しか、残されていない」


 ファルナは今は三歳だが、もう一ヶ月もすれば四歳になる。いや、それ以前に、俺が歴史に関わってしまった以上、レインティアの滅亡が、俺の設定通りに進むとは保証できなくなっていた。


 もっと早まってしまう可能性さえあるのだ。現に、暗黒竜らしき存在は、すでにその姿を現している。世に暗黒を齎す、逢魔の名を持つ、最強の竜帝が。


 ──心配するな。…成るように成る!──


 全然安心できない返答が返ってくる。


「あのなぁ、そんな適当なことばかり…」


 言いかけた俺の言葉を遮り、


 ──そんなことより、早くゆけ。結界の外だろうと、追っ手はすぐに来るぞ──


 言われて結界の内側を見ると、新たに発生したガーゴイルの群れが、バチバチと音を発しながら、結界を通り抜けてくるのが目についた。


 ──行きましょう、シュウ様!──


 マリカがバサリと翼を広げる。


「くっ……ウィル! 待っているからな!」


 後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、飛翔をマリカの意識に委ねた。


 ──ああ。いずれ、必ず──


 温かいウィルの声を背中に感じつつ、俺達は、帝都リーベラを後にした。

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