第52話
「くっ…!」
翼から滲み出る神力だけで、吹き飛ばされてしまいそうなほどの、圧力を感じる。
明らかに神力の桁が違う。ディグフォルトの究極融合に加え、マリカの猫姫融合の影響で、俺自身の神力も、他に類を見ないほどに強化されていると思うのだが……それすらも、遥かに上回る力だ。
これはどうやったって、勝ち目などない。……いや、それは初めから、分かってはいたのだが。
──退避します! シュウ様、天窓へ!──
マリカが翼を広げ、力強く上へと飛翔した。
「逃さぬ!!」
ルイーズが叫び、その声が振動して、飛翔するために翼に寄り集まっていた風の神力が、ガラスが割れたかのようにして、粉々に散らされた。
石畳の床に落下して、慌てて身を起こす。
声だけで、翼に宿る風の神力も、霧散されてしまうのか。
厄介な能力だ。飛ぶことを封じられれば、逃げ出す手段が、ほぼなくなってしまう。
「
ディグフォルトの意思が俺の身体を動かし、ルイーズに向けて、強化された黒炎弾を放った。
続け様に、高速で回転しながら突き進む黒炎弾の、後を追うようにして、ランファルトを構えて、突進する。それもまたディグフォルトの意思だ。
戦いに関しては、ディグフォルト…もとい、闇竜神ダグフォートの経験に委ねるが、無難か。
いや、それだけじゃ足りない。マリカとも協力して、的確に判断を下していかないと、相手は史上最強の破壊神だ。
どうにかして脱出の糸口をつかまなければ、この場で、全てが終わってしまう。
ウィルがいなければ、勝機など、全く無い相手なのだ。
「あくまで歯向かうか」
一切の感情の変化を見せず、ルイーズが片手を前に突き出した。
広げたルイーズの掌に、黒炎轟弾が衝突する。
「
回転する黒炎が動きを止め、ルイーズの掌に収まっていった。赤黒い炎の塊が、妖しく揺らめく。
「楽々と受け止めたか。気をつけろマリカ、返って来るぞ」
──了解です──
ルイーズの掌に収まった黒炎が、一際その強さを増した。途端、
ゴゥッ…!! 数倍の勢いを伴い、眼前に黒炎轟弾が撃ち返される。
目の前の風景の全てが、赤黒い色に染まった。が、瞬間的に、背中の翼に、風の神力が寄り集まる。
その場に残像を残して、俺の姿が消え去る。残像を巻き込んで突出した黒炎が、石畳の床を抉りながら、壁に突き当たって、激しい轟音を轟かせた。
さすがにこんな残像に、騙されてはくれないだろうが…そう思いつつ、ルイーズの背後を取り、手にした神剣ランファルトを、真一文字に振り抜く。
ビシュッッ…!!
風だけを切り裂く、鋭い音が閃いた。
ルイーズの姿が、視界から消える。
瞬間、背後から首筋に、ゾッとするほど冷たい感触が触れた。ビクリと身体が固まり、目に見えぬ何かに囚われたように、まるで動けなくなる。
「悪い男だ。本気で、我を斬るつもりだったのか?」
耳元で、透き通った声が囁く。首筋に触れられた指先が、軽く頸をなぞった。
「だが…それもまた唆られる。お前にならば、斬られても良い」冷たく、柔らかな唇が、耳元に口づけられる。
それってどんなプレイだよ!?
マリカが咄嗟に横に跳び、ルイーズから距離を取ってくれた。
焦った。さすがに血みどろプレイは、御免こうむりたいところだ。趣味じゃ無さ過ぎる。
──そういう問題じゃにゃいです!!──
マリカのツッコミが冴えた。
──とにかく、どうにかして城の外に逃げましょう。城下の人間達に紛れれば、ルイス……ルイーズですか。ルイーズも、簡単に手出しはできないはずです──
リーベラ城の外に円を描くようにして広がった城下街には、ルイーズに忠誠を誓った、帝国貴族が住んでいる。
確かにルイーズが、自らに抗わず服従する者を、理由もなく無慈悲に虐殺したという記録はない。だが、それもどこまで信用できるのかは、怪しいところだ。
ルイーズが特例的に帝国貴族を生かすのは、人の世界を滅ぼすための手駒の一つとして考えている、だけに過ぎない。その帝国貴族を、特権階級足らしめるために、奴隷も必要だということだ。それ故に、帝国領の人々は、一時的に生かされている。
新しい玩具でも、遊んで気に入らなければ、すぐに壊す子供と大差ないのが、ルイーズという破壊神だ。
むしろ、城下街に紛れて、やり過ごそうとすれば、城下の人々をも巻き込んでしまうことになるだろう。
──じゃあ、どうすれば── マリカの絶望が伝わってきた。
「このリーベラ城は、ルイーズにとってホームグラウンドだ。破壊神としての力を、最も発揮できる場所。ウィル・アルヴァという天敵の存在がある限り、ルイーズが簡単に、この城を出ることはない」
つまり、城の外に出ることさえできれば、ルイーズ本人の追撃は避けれる、ということだ。
まぁその、城を出る、というのが、果てしなく困難なことなのだが。
どうにかして、ルイーズの隙を突いて、城の外に……いや、あるいは、こちらから隙を作ることができれば、手っ取り早いのだが。
もしくは一発、特大の大技を使って、リーベラ城を破壊することができれば……いや、確かリーベラ城には、自己修復機能があったはずだ。
どのくらいの速度で、修復されるのかは分からないが、先ほど黒炎轟弾が炸裂した石壁は、空いた大穴も、すでにほぼ修復されている。
数倍にして撃ち返された黒炎轟弾は、楽に白銀の
隙を突いて、天窓を破って飛び出すにしても、果たしてそこまで飛ばせてもらえるかどうか…。
と、
──ならば、ルイーズ本人に、破壊してもらいましょう──
マリカが、とんでもないことを言い出した。
ルイーズ本人に破壊してもらう? ちょっと意図が掴めないんだが…。
──破壊神ルイーズ! 聞こえますか!──
マリカの意識の声が、部屋中に響き渡る。
ちょ…マリカさん? 何をするつもりですか!?
「この声は斑天竜か。シュウイチの眷族となり、その器の中に納まっておるのであろう。
テンネブリスとはまた、違った理に乗っかっておるようだが…ふむ、中々に興味深い、寄り添い方をしておるようだな」
──だまれ、メンヘラおんな!──
「………なんと申した?」
ルイーズの額に、ピキっと青筋が走った。
構うことなくマリカが、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
──こんな薄暗い、カビの生えた城の中に、グジグジグジグジ引き篭もりやがって!
そのうち頭からキノコが生えて、すでに空っぽの中身も、スカスカになるまで吸い取られて、干からびてしまうぞ!──
「なん…だと!?」ルイーズの瞳に、ハッキリと怒りと、そして少しばかりの戸惑いの色が浮かんだ。
さらにマリカは構わず、
──そんな生きてる価値も無い、キモい変態ババァに、従ってる部下達が不憫でならないわ!
ウィル様とレーラ様がいなくなって、心だけじゃなく、頭の中までスカスカになったか!
精神おかしい、性格悪すぎの阿婆擦れオバサンの面倒なんて、シュウ様やウィル様だけでなく、誰だって見たくないんだよ!
見掛け倒しの、終わってる尻軽女が、偉そうにウィラルヴァ様を気取ってるんじゃない!
一人で勝手に朽ち果ててろ、この妖怪ババァ!!──
もうやめてあげて! ルイーズのライフポイントはとっくにゼロよ!!
「きぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁ!!!!」
ルイーズの全身から、バリバリと怒りの神力が立ち昇った。
「我をキノコ頭と愚弄するか! それだけは絶対に許さぬ!!」
ええっ!? 沸点そこぉ!?
キノコなの!? キノコ頭と言われて、そんなにブチ切れてるの!?
目に見えるほどに凝縮した、神力の渦が、触手が寄り集まるかのように、蠢き、ルイーズの全身を覆ってゆく。
凄まじい圧力だ。普通の人間ならば、この場に居るだけで、跡形もなく蒸発してしまうほどに。
…ていうか、どうすんのこれ!? 今の俺が使える最大技、ラグデュアルに放とうとしていた、
──問題ありません。備えてください、絶対防御の魔法を!──
半ばマリカの意思により、母なる神、レーラ・クルーの特技である、八星の神級魔法を取り出す。
「全て残らず吹き飛んでしまえ!!」
ルイーズを覆った禍々しい神力の渦が、一気に爆発し、膨れ上がっていった。
「トラディスト・フォートレス!」
目の前に、青白く輝く光の盾が出現する。
前回使ったときには、空間に固定するのにも相当な神力を消費されたが、今回は光属性に適性を持つ、マリカのサポートもある。
バヂィッ…!! と強烈な衝撃音を発しながら、ルイーズの爆発させた神力の渦が、神級の盾に衝突した。
ビリビリと空間が震え、凄まじい轟音と共に、盾を支える腕に衝撃が伝わる。
踏ん張った靴の底が、少しずつ石畳の床を滑っていった。同時に、神級の盾も、その場に維持できずに押しやられてゆく。
ドゴォッン…! 謁見の間の石壁や天井が、衝撃波を受けて吹き散らされた。無事なのはルイーズの足元と、神級の盾の後方のみだ。
──今です。盾をその場に留めて、退避しましょう!──
マリカがバサッと翼を広げ、飛び上がろうとする。
が、
「シュウイチ様、どうぞこちらへ」
名無しの竜人の呼ぶ声がした。
ハッと背後を振り向くと、盾に守られ破壊を免れていた扉の向こうに、佇む竜人の姿が見えた。
「飛翔しても妨害されてしまうでしょう。まずは、城の外へ」深々と頭を下げる。
言われて、マリカの意思を強引に拒絶し、扉へと駆けた。
──信じるのですか? 危険な奴ですよ!──
神級の盾を、拡大させて、その場に留める。ルイーズなら簡単に破壊してしまうだろうが、ほんの数秒でも、時間を稼げれば御の字だ。破壊されたシィルスティングは、数キロ範囲内であれば、自動でリングに戻って来る。そちらも問題はない。
「私は、シュウイチ様を裏切れるように、造られてはおりませぬ。今は信じて頂きたい」
まるでマリカの意識を介したかのように、名無しの竜人が言った。
いや、あるいは本当に理解しているのかも知れない。創生の時代よりウィラルヴァに仕えていたというなら、そういった能力を持っていても、不思議ではないだろう。
「貴様も裏切るか、虚無の模造物の分際で!」
バチバチと目も眩むスパークを放つ、神級の盾の向こうから、ルイーズの怒号のような声が響く。
「お急ぎ下さい。母なる神の盾とて、数秒も持ちませぬ」
促され、名無しの竜人と並んで、謁見の間を飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます