第49話 番外編 保護者セラ
番外編 保護者セラ
出会った頃に比べると、随分と印象が変わったように思う。
あの頃のシュウ君は、何も背負うものもなく、ひたすらに自由だった。
もちろん、シュウ君という人格、そのものが変わってしまった訳ではない。彼は今でもすごくマイペースだし、自分がこうだと決めたことには、呆れるほど真っ直ぐに取り組んでいる。
マークとトニーが持ってる魔導具も、物凄く高性能なものだし、レインティアを滅亡から救うと決断してからは、それまでの適当に見える軽はずみな行動は、不思議なほどに、なりを潜めていった。
それゆえに、少しだけ、心配にもなる。
私達と出会ったことで、何者にも左右されないはずの、彼の奔放さを、束縛してしまったのではないかと。
創造主である姿。
マスタークラスのロードとしての姿。
そして、人である、彼自身の姿。
彼の目には、この世界は、私達は、どのように映っているのだろう。
彼は今、どのように感じているのだろうか。
私が生まれたのは、レインティアの南の玄関口である、港町ミレアにある、比較的大きな商家の家系だった。
何不自由ない裕福な家庭に暮らし、ロードになることを夢見て、アクロティアのロード養成学校に入学した際にも、両親は、ロードリングもシィルスティングも、余すことなく準備してくれた。
だけどロードになるのは、そう生易しいことではなかった。入学してすぐに私は、いかに自分が、お嬢様気質でいたのかということを、思い知らされた。
海千山千とは、よくいったものだ。学校には色んな場所から、色んなタイプの、ロードになることを夢見る、若者達が集まっていた。
私のように裕福な家庭に生まれた者。
親戚中から掻き集めたお金で購入した、一枚のシィルスティングだけを握りしめ、成り上がりに賭けた、目をギラつかせた若者。
親から譲り受けたシィルスティングを、得意げに自慢するロード二世や、または各国の王家の流れを組む、成功を約束された、やんごとなき家系の者達。
様々な思惑。見栄やプライド。いかにライバルを出し抜くか、蹴落とすか。そんな裏の感情が渦巻く、ドロドロとした人間関係。
そんな中で上手く立ち回ってゆくには、それまでの温室育ちの生温い価値観も、全て捨て去る必要があった。
…それは、卒業してレインティアの王都、ティアスで活動するようになってからも、変わることはなかった。
表向きは人当たりの良い顔をしていても、裏では何を考えているか分からない連中。自分が少しでも得をするように、少しでも上に行けるようにと、そればかりを考えているのが、当たり前の世界だった。
段々と、自分が荒んでゆくのが分かる。
いつしか自分も、そんなふうに醜い、裏の顔を持ってしまうのではないか。そんな不安を抱えながら、生きていた。
そんな鬱屈とした毎日に嫌気がさして、ロードを引退して実家の家業を継ごうかと、本気で悩んだこともあった。
そんな折りにアレスト様と出会い、アレスフォースに入隊したのは、私にとっては大きな転機の一つだっただろう。そこから私は、上級ロードにまで出世し、三番隊の隊長を任されるまでになった。
シュウ君とアレスト様は、本当に良く、似ていると思う。もちろん、違う部分もあるけれど。
奔放で、裏表なく、いつも自分の感情に、素直でいられる。そんな芯の強さを、全身から溢れる雰囲気の中に、眩しいほどに滲ませている。
困っている人を見れば、助けずにはいられず、たとえそれで自分に不利益が出ようとも、気にせず笑い飛ばすことができる。
…私は、そんなふうに行動できたことが、一度でもあっただろうか。
それを思うと、自分のあまりの非力さに、鬱ぎ込む日々だった。
アレスト様に惹かれたのも、自然の成り行きだったと思う。
その結果は……想いを告げることさえ許されず、一方的な失恋に終わったのだけれど。
だけどそれは、勘違いさせたアレスト様にも非がある。誰にでも分け隔てなく接して、自然と期待を持たせるような態度を取りながらも、決して自分の心の内を曝け出そうとはしない。
いや、そもそもが、曝け出せるだけの心の内を持っていない! どこまでも裏表がないんだもの。だからこそ誰もが、心を許してしまうし、期待してしまうし、女の子だって自然と寄ってくる。
シュウ君も同じだ。彼はズルい。マリカちゃんだってアリエルさんだって、まるでそれが初めから約束されていたかのように、自然に彼の隣に並んでいる。
難民の女の子達だって、大人になったら、シュウ君のお嫁さんになるんだって色めき立っているし、屋敷の外に待機している下級ロード達の中にも、あわよくばを狙って、毎日、四六時中、張り付くようにして、屋敷の様子を伺っている女の子達もいる。
ズルい男の典型だ。無意識に、その気もないのに、自然に振舞っているだけなのに、期待だけはシッカリと持たせてくる。
どうして私はいつも、こんな男にばかり惹かれてしまうのだろう。
…分からないけれど、胸の奥に温かく、そして少しだけの痛みを伴いながら、棲みついてしまった彼の笑顔は、もうどうやったって離れてくれそうにはない。
「はぁ……」
最近増えてきた、今日何度目かも分からないため息をつきながら、テーブルの上に置かれた資料に目を落とす。
子供達も皆んなが寝静まった深夜。シュウ君の作った魔導具ランプの灯りが、積み重なった資料を、皓々と照らし出している。
それはここ何日かで、一気に溜まってしまったものだ。
書かれた内容は様々。どれもが、彼が目当てで、屋敷を訪れた訪問者達からの提案や、要請によるものだった。
このレインティアにおいて、唯一のS級マスターロード。彼に対する、民衆の期待は大きい。
とはいえ、未だに正式なマスターロードにはなれていないけれど、それも、些細な問題だ。
彼の実力は本物だ。みんながそれに気づいている。
単純な融資の話から、用心棒としての専属契約を結びたいという、都合のいい話に始まり、中には、名前だけを使わせてもらいたいという、訳の分からない話もあった。
そんな中で、シュウ君の手を煩わせずとも、私達だけで対応できそうな内容であれば、無碍に断ることもせず、アリエルさんが中心になって話を進めている。
お金の絡む話は、完全にアリエルさんに任せ切りだけれど、例えば下級ロード達を雇って対応できる、魔物の討伐や隊商の護衛などについては、私とバルートで対処している。下級ロードだけで荷が重そうな依頼のときには、アリエルさんの部下が引率して、ついて行くこともある。
話の分からない理不尽な権力者や、街のごろつきなどを懲らしめて欲しいなどという要望には、マークとトニーが斑天馬に乗って、直接出向いたこともあった。
…噂ではあの二人、極悪斑天馬コンビと異名を取り、今では街のごろつき達や、裏の組織からは、相当に恐れられている存在だという。何をしたかは知らないけれど。
とにかく、色んなことが、順調に運ぶようになってきた。マスターロード、シュウ・リドーの名前は、今やレインティアでは知らない者はいないし、民衆の守護者と謳われながら、信頼され、称えられる存在と認知されてきた。
多分シュウ君は、そんなことまるで、気にもしていないんだろうけれど。
カタリ……。
「ん…?」
不意に、隣の彼の部屋から、小さな物音がした。
不思議に思って、なんとなく、窓際に歩み寄り、そっとカーテンに手を伸ばす。
その視線の先に、コッソリと屋敷を抜け出す、彼の後ろ姿を見つけたときは、思わず微笑みが漏れた。
結局、そうなんですね。放ってはおけないんですね。
カーテンの隙間から、マリカちゃんとアリエルさんを連れて、歩いてゆく姿を眺めつつ、なんとなく、嬉しい気持ちを感じていた。
私にとって、救世主であったシュウ君。
きっと彼はこれから先も、たくさんの人達を、救ってゆくことになるんでしょう。
ならば少しでも、そんなシュウ君の、お手伝いをしたいと思うのです。
私は、彼の保護者。そうあることを、自分で決めたのだから。私は、彼に対しての責任があるんです。
だからシュウ君? いつでも一人で、全てを背負い込もうなんて、思わないでくださいね?
貴方の重荷は、私も一緒に背負います。
貴方を想う気持ちを、密かに胸に抱きしめながら。
貴方の支えになりたいと、心から思うのです。
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