第48話


 俺の一つの身体の中に、三つの存在が同時に重なった。斑天竜の姿が、翼だけを残して消え去り、身を委ねたマリカの意識が、俺の意識の隣で、寄り添うようにして内在しているのを感じる。


 究極融合…ともまた違う形だ。憑依融合とも、召喚結合とも、全く違う。


 そもそもマリカは、シィルスティングではない。一体なんなんだこれは…?


「ほう。面白いものを見せてもらった。まさかそのような理が、存在していたとはな。


 …いや、今、つくりだしたのか?」


 ラグデュアルがどこか愉快気に、フッと鼻を鳴らした。


 何を言っているのか、よく分からないのだが…。理をつくりだすとか。理とは初めから存在しているものだ。


 とにかく。賢竜マリカウルならば、俺にできないことができても当然だ。詳細はあとで問い質すことにして、とりあえずは…


 仮に、猫姫融合とでも名付けておくか。


 マリカの闇、光、風の神力が、身体の中で、心地良く混ざり合っているのを感じる。究極融合のディグフォルトの、溶け合う、という感覚ではなく、寄り添う、と表現するのが、すごくシックリくる感覚だ。


 不思議と気分がいい。不安も、怒りも、全てがどこかに消え去ってしまった。ティアスに来てから何かと背負うものが増え、タバコも吸い尽くすほどに溜め込んでいたストレスも、一切感じない。


 いつもの俺という感じだ。


 それにしても…この姿を見てもなお、まだラグデュアルは、余裕があるようだ。チート級にパワーアップしてると思うのだが。


 当然と言えば当然か。曲がりなりにも、竜帝の名を持つ男だ。マリカも二つ名持ちの古代竜とはいえ、竜帝に比べれば、大きく劣る。


 闇竜神ダグフォートならば、互角以上の力を発揮できるだろうが…シィルスティングの状態の、漆黒竜ディグフォルトでは、どう頑張っても八星クラス。


 ラグデュアルの九つ星レベルには及ばない。


 漆黒竜ディグフォルトを、十星の闇竜神ダグフォートとして、解放召喚することも、可能ではあるのだが……それは奥の手中の奥の手だ。使えば漆黒竜ディグフォルトを、失うことになる。そういう設定を作ってしまった。


 それ以前に、せっかくの究極融合状態を、解除するのも忍びない。


 このまま一気にいくぞ!


 二対の翼を大きく広げる。


 その動作には、俺が翼を広げる意識を持った瞬間に、マリカが対応してくれた。


 後世に活躍する魔導機スティングアーマーが、二人乗りで操縦や索敵・情報処理などを役割分担していたが……その感覚に近いように思う。


 ふむ…この体験は、スティングアーマーを開発するのに、役立つかも知れないな。


 ──シュウ様。今は、戦いに集中しましょう──


 マリカの声が脳裏に響いた。


 はい。そうしましょう。


 こっちの考えも筒抜けというわけね。まぁ逆に、マリカの思っていることも、なんとなく伝わってくる。ディグフォルトの方は、思考までも俺と一体化しているけれど。一体化というか……二つの意識が、同じ場所に重なっているという感覚で、主格はあくまで俺自身だが。


「ラグデュアル。何か隠しているなら、今のうちに見せておけ。ここから先は……手加減などできないぞ」


 言って、両手でスチャリと、神剣ランファルトを構える。白銀の刀身が、ブンっと大気を震わし、その輝きを増した。


「心配するな。…すでに用意してある」と、ラグデュアルが端正な顔立ちにそぐわない、邪悪な笑みを浮かべた。


 ふむ。用意してある、というのはどういう意味なのか……


 ──気をつけてください。罠か何かあるのかも知れません──


 マリカの声が聞こえると同時に、ラグデュアルの前方に、光の砲弾が出現した。


 最初に喰らった砲弾より、ふた回りは大きい。


「脆弱なシィルスティングしか扱えぬ者など、私の敵ではないのだ!」


 言い放ち、本気の暁光弾が放たれた。


 光属性の攻撃なら、耐性の高いランファルトで対応できる。逆に闇属性の攻撃なら、ディグフォルトで対応できるはずだ。


 おそらく先ほどランファルトを打ち壊した逢魔弾なら、今の俺には、ほとんどダメージが入らないだろう。だが、この暁光弾を受けるのは致命的になる。弱点特効に当たる属性だからだ。


 対してラグデュアルは、光と闇の、両方の属性を備えており、どちらの攻撃も耐性が高……


 あれ? よく考えたらヤバくねこれ?


 ──スピードで上回りましょう。コツコツとダメージを積み重ねれば良いのです──


 マリカの意識が流れ込み、瞬間的に身体が動いた。迫り来る暁光弾をスレスレで躱し、信じられない速さで、ラグデュアルに肉薄する。


 速い…! これが斑天竜の世界か。ディグフォルト究極融合状態じゃなかったら、まず反応できなかっただろう。


「ちっ…! ハエのようにちょこまかと!」


 ラグデュアルが舌打ちし、聖剣ソルレヴァンテを振るう。一瞬、ランファルトで受け止めようかとも思ったが、コンマ数秒の感覚で、闇魔法が身体を包むのが分かった。


 瞬間的にマリカの意図を解する。ソルレヴァンテが空を斬り、俺の残像が斬り裂かれる。


 瞬間、ラグデュアルの背後に、回り込んでいた。


風牙練衝斬ふうがれんしょうざん!」


 風魔法、風牙陣の力を刀身に宿らせ、風纏いの一撃を振り下ろす。風魔法はマリカが適正があるため、いちいちカードを取り出す必要がないのは有難い。


 どうでもいい情報だけど、この技もアレクが好んで使っていた技なのです。ちょっとした追加効果のある、すごく使い勝手のいい技だ。


「ちぃっ!」


 いち早く反応したラグデュアルが、ソルレヴァンテで、その一撃を受けた。


 ギィン! と白と緑の火花が弾け、風牙練衝斬が防がれる。


 が、


「ぐおぅっ!?」


 弾けた火花に混じり、凄まじい突風が、ラグデュアルを襲った。体勢を崩され、勢いよく後方に飛ばされてゆく。


 すぐさま、マリカが追撃をかけた。


 体勢を整えることもできず、ランファルトの斬撃が、ラグデュアルの横腹に減り込む。


 が、切断するには至らない。ランファルトも万全な状態ではないため、物理的な斬れ味も足りないらしい。

 それでも攻撃の手を緩めることなく、連続で全力の斬撃を、ラグデュアルに叩き込んだ。


 あとはもう一方的だ。タコ殴り状態だ。おかしいなぁ。俺は最強の神剣を振るってるはずなんだが。全くもって切れやしない。鈍らかこいつ…とは思わないでいてあげよう。ランファルトちゃんも、頑張ってくれているのです。


 やがて、


「いい…加減にしろ!」


 ブチ切れたラグデュアルが、自身の身体を中心に、光の爆発を引き起こした。眩い閃光が弾け、咄嗟に後方に退避する。


「調子に乗るな、人間風情が!」


 バチバチとスパークを放ちながら、輝く光の球体に、ラグデュアルが包まれている。


 凄まじい神力を感じる。神力量だけなら、ディグフォルト究極融合状態の俺をも、軽く上回っているだろう。


 ──極限暁光弾きょくげんぎょうこうだん、来ます!──


 ラグデュアルの最大技だ。放つまでに相当の準備時間を、必要とする大技だが、威力はこれまでのものとは、比べ物にならない。


「了解っ。迎え撃つぞ!」


 その意思は、ディグフォルトが下したと言っていい判断だ。同一化してるから、俺の判断でもある。思いは一つというやつだ。


 あれだ、やがて父なる神ウィルと、英雄アレクが同一化すれば、きっとこんな感覚になるのだと思う。


 人は変わらない。だが、やるべきことは見えている。ランファルトをリングに戻し、スッと目を伏せた。


「深淵に揺蕩たゆたう、因果の報い…漆黒の理を持ちて、業火と化せ」


 竜脈の奥深く、大地の深奥に存在する、闇の神力の根源に、管理者ダグフォートの権限を持って、アクセスする。竜脈の流れの中に、強引に道を切り開き、強大な闇の神力が、一気に身体の内に流れ込んで来た。


 黒煌双滅破弾オスクリタバレット


 この技が使われるのは、俺の知る限り、史上二回目だ。かつて終焉戦争の最中、闇竜神ダグフォートが、裏切り者の闇竜帝を討伐した際に、使用されたことがある。


 光球に包まれるラグデュアルの顔に、ハッキリと焦燥の色が浮かんだ。


「黄泉よりの跫音きょうおん、暗面の列強…司る双璧、創製そうせいの覇者。神言の理を掲げ、の罪を滅せよ!」


 呪文のように呟き、両手を大きく横に広げる。巨大な闇の神力が、両手を中心に、砲弾となって形成されていった。


 …断っておくが、やってるのはディグフォルト…もといダグフォートだ。決して俺が、厨二病真っ盛りというわけではない。断じて。


 え? 同一の存在? なにそれ誰が決めたの俺もう25だよ? こっちの世界に来てからは、十代に見間違えられることも多いけれど。


 何はともあれ、それだけ集中力の必要な作業だ。口に出しながらじゃないと、とてもじゃないが成功させられない。


「覚悟はいいか、ラグデュアル」


 広げた両手の前に形成された、闇の神力の凝縮された砲弾が、グルグルと回りながら、有り余った強大な神力を、辺りに放出させてゆく。


「ぐっ…!」と、ラグデュアルが歯噛みし、包み込む光球を、さらに強固に輝かせた。


 ……と、


 そのときだった。





 ──もう良い。資格は十分に検分した──





 突然、背筋が凍りつくほどの、ゾッとする冷たい声が、曇った夜空に響いた。


 ハッとして頭上を見上げる。


 が、そこにあるのは、何の変哲もない曇り空だ。真っ暗な中、雲上に輝く月明かりが、薄っすらとまあるく、ボヤけて見える。


 なんだ…? 一体どこから……


「し…しかしまだ、完全というわけでは…」


 ラグデュアルが、狼狽したかのように、どこかに向けて話している。


 ──もう良いと言った。二度も深淵の淵に、叩き込まれたいか。

 ソルレヴァンテを解放せよ。お前はそのまま、侵略軍へと戻るが良い──


「………仰せのままに」


 頭を垂れたラグデュアルが、歯を食い縛るようにして、俺に向けて憎憎しげな視線を飛ばした。


 一瞬何かを言いかけ、思い直したかのように軽く息を吐くと、手にした聖剣ソルレヴァンテを、こちらに向けて放り投げた。


 ……何がしたいんだこいつは?


 思った瞬間、


 グンッ…! と、身体がソルレヴァンテの方に、引き寄せられる感覚を覚えた。途端!


 ビシッ…!! ソルレヴァンテが粉々に飛び散り、俺の身体を中心に、六芒星のような、輝く魔法陣が形成された。


 これは……!


 ……なんだろう?


 まさか、封印魔法か何かか!?


 瞬間的に退避しようとしたが、


 …すでに遅かったらしい。


 前方のラグデュアルの姿が、クニャリと歪む。やがて視界の全てが、真っ暗闇に覆われたかと思うと、ズンッ…と、まるで水の中に落ちるようにして、身体が下方に沈んでいった。同時に、両手の神力の砲弾が、竜脈の中に、流れるように消え去っていった。


 ──これは…転移魔法です!──


 マリカの悲鳴のような声が響く。


 竜脈の中に…落とされたということか。聖剣ソルレヴァンテをエネルギー源にして、強制的に決められた場所へ……


 って、強制転移かこれ。強制転移って、嫌な思い出しかないんですけど?


 ウィラルヴァによって、この時代に送り込まれ、食べ物もなく彷徨った三日間が、脳裏をよぎる。


 あのときと違うことは、時代を越えるわけではないことと、ディグフォルト融合状態により、気絶することはないこと、といったところか。


 そして行く先は……これも、嫌な予感しかしない。


 さっきの声には、聞き覚えがある。


 口調はすごく冷たく、まるで温かみを感じないものだったが、その声音は、あいつと同じだった。


 創造神ウィラルヴァ。


 三つに分かれた、この世界の絶対神だ。


 と、いうことは…行き先は一つ。


 ノウティス帝国の帝都、リーベラ。その中心に聳え立つ居城…かつて神話の時代には、世界の中心地であった、創造神ウィラルヴァの居城、リーベラ城だろう。


 ──シュウ様? 着いたら、すぐに逃げましょう。私の飛翔速度なら、問題なく逃げ切れるはずです──


 うん。それは分かってる。だからこそ俺も、まだちょっと余裕がある。


 だが、いい機会だ。


 破壊神ルイス・ノウティス。


 かつて創造神ウィラルヴァであった、本体部分。


 なんかさっき、資格がどうとか言ってたな?


 なんのことかよくは分からないが、話をしてみる価値は十分にある。それで、新しく見えてくることもあるはずだ。


 ──そんにゃ余裕ぶってられる、相手じゃにゃいです!──


 マリカの鋭い指摘が入る。


 そうは言っても、現実問題、この転移魔法を止める術はない。これはもう、流れに身を任せるしかないだろう。


 鮮やかな神力の光が流れる景色の中、真っ直ぐに前を見据える。


 そういえばラグデュアルが、帝都リーベラには、ウィル・アルヴァがいるとか言っていたな。


 上手くいけば、ウィルにも会えるかも知れない。…まぁ、ウィルの帝都での活動は、レジスタンスと協力しての、潜伏行動が主であるため、簡単に見つけ出すことはできないだろうが。


 元いた世界で俺は、母子家庭に育ったため、父親というものがどういうものなのか、今一つピンとは来ないけれど…俺の中にある、理想の父親像。その象徴として、ウィルを描いていた……今となっては、そんなふうにも思う。


 まぁ、明確にそんなビジョンを持って書いていた、というわけではないんだけどね。あくまでなんとなく、今思えば、というだけの話だ。



 そんなことを考えながら俺は、転移魔法の竜脈の流れに、静かにその身を委ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る