第47話


「なるほど……貴様の正体、なんとなく見えて来たぞ」


 ラグデュアルがスゥっと目を細め、胸元に抱きついたルーテを、迷惑そうに横に押しやった。


「何を言っているのですか、ラグ様。ウィル・アルヴァでしょう? 瞭然じゃないですか」


「ウィル・アルヴァは今、帝都にいる。ルイス様が確認済みだ。こいつはそれ以外の誰か、ということになる。黄金竜を従える人間というから、てっきりジェイムズの奴かと思っていたが…」


 ラグデュアルの手に、光り輝く一振りの剣が出現した。暁光剣ソルレヴァンテ。かつてシャロンの英雄、シュン・ラックハートの振るった聖剣だ。


 ジェイムズというのは、地竜神ジェムズロイスの人間名だ。ラグデュアルと面識があったのは驚きだが…まぁ、不思議なことではない。俺の描いた物語では、出会うことのなかった二人だが、何も俺の知っている物語が、全てというわけでもないだろう。それがこの世界だ。


「控えなさい、ラグデュアル。誰に牙を剥いているか、分かっているのですか」


 マリカが、俺とラグデュアルの間に割って入り、厳かに言い放った。


「正体が見えた…と言ったであろう。女が余計な口を挟むな」


 荒々しく言い返したラグデュアルが、剣を構えて突っ込んで来た。


 すぐさまマリカの前に出て、神剣ランファルトを構える。


 シルヴァの全身融合も、漆黒の剣士の憑依融合もない状態だが…しのごの言ってる状況ではない。ディグフォルト完全融合だけでも、それなりに戦えるはずだ。


「如何程の者か、試させてもらおう!」


 聖剣ソルレヴァンテが、唸りを上げて振り下ろされる。


 良し。見える。アリエルと戦ったときも、身体能力だけでなく、視力も融合状態にしていれば、もっと楽に戦えていたのだろう。


 ギンッ…!!


 ソルレヴァンテを受け止め、鍔迫り合いの状態になる。


 交わる刃の向こうで、ラグデュアルと視線がぶつかった。


 呆れるほどに整った顔立ち。切れ長の深い黄金の瞳が、グッと凶暴な色に染まった。


「貴様が誰であろうと、ルイス様の覇道の邪魔はさせぬ。半端者の隣神りんしんが、今さら世界に口出しするでない!」


 むう…言ってくれる。こいつ、マジに俺の正体が分かったっていうのか? しかしなぜ…。


 いや、何かしら勘違いしている可能性も高い。特に最近は、勘違いされることが多いし。


 半端者というのはともかく、隣神というのも、意味がわからないしな。


「自分の役目を放り出して、好き勝手してる奴に、言われたくはないな」


 負けじと言い返し、スッと鍔迫り合った刃を滑らせた。ラグデュアルが一瞬、体勢を崩すが、すぐに剣の鍔で、ランファルトの刃を力任せに弾いてきた。


 弾かれた剣を持ち直し、野球のバットを振るようにして、ラグデュアルの胴を狙う。


 が、ラグデュアルがスッと後方に飛び、渾身の一振りは空を切った。


 ラグデュアルの翼がバサリと広がる。


「役目が変わったのだ。私は逢魔竜。世界に暗黒を齎す者」


 輝く光竜の翼に、ノイズのようにして、無数の黒い粒子が蠢いた。


 これは…闇竜の力?


 バカな…なんでラグデュアルに、闇竜の力が…!?


 ラグデュアルは純粋な光竜。光に特化した神力しか持ち合わせていない。たとえ破壊神の配下になったとはいえ、竜族としての本質は、変わらないはずだ。


 そもそも破壊神ルイスは、闇に特化した竜神というわけではない。多少の得手不得手はあれど、ウィル、レーラ共々、全ての属性を兼ね備えている存在だ。破壊神の加護も、闇に特化した力を齎すものではない。


逢魔連轟弾おうまれんごうだん!」


 無数の黒い粒子が、翼の前に、十数個の闇の砲弾を形成し、連続で一気に襲いかかって来た。


「くっ…!」


 間違いなくこれは、暁光連轟弾ぎょうこうれんごうだんの闇バージョンだ。多数を相手にするときに、ラグデュアルがよく使っていた技。ということは…


 避けても、追尾して来る!


「ネーロ、マウラ、退け!!」


 マリカはともかく、六星クラスの魔竜であるネーロとマウラでは、こんなものを喰らったらひとたまりもない。咄嗟にランファルトを盾に召喚し直し、両手で支えて、前方に構えた。


 後ろにいたネーロとマウラが、左右に散ってゆくのが分かった。良し良し、ちゃんとゆうこと聞いてくれたな。


 と……



 ──避けろ、受けるんじゃない!!──



 頭の中に、誰かの悲鳴が、聞こえた気がした。


「……!?」


 瞬間、身体が動いた。ランファルトの盾をその場に留め、退避する。大きく右へと跳躍し、その途中にいたマリカを抱きしめて、翼で守るように全身を覆った。


 ちょうどその瞬間、十数個の闇の砲弾が、連続でランファルトの盾に衝突した。


 ドガガガガガガッッッ…!!!!


 凄まじい炸裂が巻き起こり、辺り一面が、粉塵のような煙に包まれた。


 ランファルトが、粉々に破壊され、細かな銀の粒子が寄り集まり、一枚のカードになってリングに戻って来る。


 まさか……バカな! ランファルトの防御力を上回っただと!?


 闇竜神ダグフォートでも不可能な芸当だぞ!


「ククク……クハハハハ!! いいぞ! まだまだ上手く扱い切れぬが、想像以上の強大な力よ!」


 ラグデュアルが狂ったように高笑いする。


 マリカを抱きしめて、身体を覆って丸めていた翼を、バサッと勢いよく広げ、同時に突風を発生させて、視界を晴らす。


 少し離れたところで、シールドを展開して炸裂の衝撃に耐え切った、ネーロとマウラの姿が見えた。


「くっ……ランファルト、超再生リファインスターン


 リング内のランファルトに再生処理を施し、もう一度剣に武器召喚した。かなりの神力を持っていかれた。しかも、一度撃破されたシィルスティングを、完全に元通りにするには、時間が必要であり、万全の状態ではない。


 それでも手持ちのシィルスティングでは、最強の一枚だ。頑張ってもらうしかない。


 それにランファルトは、元は光竜神ラウヌハルトだ。弟のラグデュアルに遅れを取ったままでは、姉としての立場もないだろう。


「マリカ。ネーロとマウラを連れて、遠くに離れてろ」


 胸に抱いていたマリカの頭を撫でて、翼で隠すように、背後へと押しやる。


「ダメです! ラグデュアルは、尋常じゃありません! 深い、闇の加護が見えます!」


「光竜帝に、闇の加護? だから闇の力も使えるわけか…」 


 と口で言うのは簡単だが、実はそんなに単純な話ではない。光と闇は、相反する力だ。


 マリカのように、両方の性質を生まれ持っているならともかく、後天的に両方の性質を掛け合わせるのは、困難を極める。…竜族の理に反することだ。人間ならばともかく、竜族は、生まれ持った特定の属性に縛られている。


「それに…今のラグデュアルは、どういうわけか、暁光竜の加護も自分で持っています。明らかに、普通じゃありません!」


 ……加護を自分で? いや、それはあり得ないことだ。加護は与えるものであり、自身で持つことはできない。


 なぜかと問われても困る。そういうものだからだ。自分で持っていたら、それは加護とは言わない。


 …マリカの目は、加護を見ることができる。ということは……


 いや、やはりあり得ないことだ。どういうことなんだ一体? 破壊神ルイスは、ラグデュアルに一体、何をしたんだ?


 それに、さっき聞こえたあの声は、誰だったんだ? 咄嗟のことで、てっきりウィラルヴァかと思って、素直に従ったが、ウィラルヴァが、たとえ声だけとはいえ、この世界に干渉できる道理がない。それに声音も、全く違うものだった。


 分からないことだらけだ。


 これが物語を中途半端に形造ったツケというならば、受け入れなければならない部分だろう。その意味では、ラグデュアルとマリカが、離れ離れになってしまったのも、もしかしたら俺の責任なのかも知れない。


 だが、この世界は空想でもなければ、漫画や、アニメの中の世界でもない。現実に存在している世界だ。


 どういう理屈で存在している世界なのかは分からないが、実在する以上、その責任が俺一人に伸し掛かってくるのは、ただの理不尽でしかない。


 俺には俺の、ラグデュアルにはラグデュアルの、マリカにはマリカの意思があり、責任がある。


 この世界を作ってゆくのは、俺の創作じゃない。この世界を動かしているのは、歴史を作ってゆくのは、この世界に生きている全ての人々だ。


 これはもう、俺だけの物語じゃない。


 ドクリ…! と、胸の中で何かが胎動し、ディグフォルトの神力が、一気に膨れ上がっていった。


「む……」と、不意にラグデュアルが顔色を変えた。「ルーテ…先に本陣に帰っていろ」

傍に控えるルーテフォーテに、視線を向けることもなく、一方的に告げる。


「で、でもアタシは…」 


「言われた通りにしろ。…あの女のように、捨てられたいか?」


「わ…分かりました」


 ルーテが怯えた顔をして、バサリと翼を広げて飛び立って行った。


「ルーテ…」


 マリカがルーテの後ろ姿を見つめ、一瞬、泣きそうな顔を見せた。いつもはピンと元気よく立っている猫耳が、力無くしな垂れている。


 その顔を見て、多少の冷静さが戻って来る。


 今、一番辛いのは、マリカだ。最愛の伴侶と身内に裏切られ、それでも気丈に振舞っている。


 だが、だからこそ…


「ラグデュアル……どんな事情があるかは知らないが、ルイス・ノウティスに付いたのは、最大の誤りだ」


 その結果マリカを悲しませた。そうなることは、分かり切っていたはずだ。




「…よくもマリカを泣かせたな」




 ゴゥッ…!と、広げた翼から、闇と炎の神力が溢れ出る。


 今までになく神力が高まった状態だ。おそらく、融合している漆黒竜ディグフォルト…マリカの父である、闇竜神ダグフォートの怒りも、混ざっているのだろう。


「ふん…やはり本物の闇竜神だったか。そうだとは思っていたがな!」


 言い放ったラグデュアルの全身から、光と闇の神力が立ち昇った。


「マリカ……とにかく離れていろ。すぐに終わらせるから」


「嫌です! 待ってたって、失うだけなんです!」


 背後にいたマリカが、ギュッと力強く、背中に抱きついてきた。


 聞き分けの悪い子だな…という思いが、胸中に浮かんだ。おそらく、ダグフォートの思いだろう。全く同感だ。


 五感に至るまで、ディグフォルトと共有しているからだろうか。ここまでシィルスティングの感情を感じたことは、初めてだが…これだけ同調できている状態なら、可能だと思う。


 召喚融合の、さらに新しい段階が。


 召喚結合と同じく、設定にはなかったが、構想にはあったものだ。


 最終的には、主人公であるアレクだけが使える、召喚方法にしようと思っていた、召喚融合の完成形。


 シィルスティングと心を通わせ、最大の信頼度を勝ち得た者だけが辿り着ける、究極の召喚融合だ。


「漆黒竜ディグフォルト…歩みを委ねて一と成れ。

 究極融合、アルティームユニオン!!」


 全身融合していたディグフォルトが、さらに身体の深奥にまで侵食してくる。細胞の一つ一つまでが完全に混同し、溶け合い、一つになっていった。


 活性化した細胞に内包する神力が、爆発的に高まってゆく。ディグフォルトの闇の神力と、俺の持つ人としての全属性の神力が、重なり合い、団結し、一つの理として、その場に顕現した。


 背中に抱きついたマリカが、呆気に取られているのが分かる。


 …いいから、ちゃんとくっ付いていなさい。


「ほう…少しは戦える姿になったようだ」


 ラグデュアルが、それでもまだ余裕を見せた顔つきでいる。


 これでも動じないか。まだ何か隠し球を持っていそうだな。


「少しかどうか試してみろ」


 背中にマリカがくっついたまま、神剣ランファルトを構えて、前に飛び出した。


 軽いからね、マリカ。この状態なら、大して邪魔にならない。背中なら翼が盾になって、守ることもできるし。


逢魔弾おうまだん!」


 ラグデュアルが闇の弾丸を放つ。


 光属性の暁光弾ほどのスピードはない。溜めもなく放った一撃のため、威力も然程ない。


 楽々とランファルトで弾き飛ばした。


逢魔連弾おうまれんだん!」


 小型の闇の弾丸が、マシンガンのように放たれた。


風牙陣障壁ふうがじんしょうへき!」


 マリカが前方に、風の障壁を展開した。闇の弾丸が障壁に衝突し、次々に炸裂してゆく。


 風の障壁は呆気なく破壊されたが、炸裂により、神力の残痕である黒煙が広がり、ラグデュアルの視界から、隠れる格好になる。


 一気に上昇し、煙から飛び出る。マリカの風魔法のサポートが入り、飛翔速度が上がる。ランファルトを構え、再度ラグデュアルに突撃した。


 ギンッ!! とランファルトの斬撃が、ソルレヴァンテに受け止められる。白い神力の粒子が、派手に飛び散った。飛び込んだ勢いを殺さず、そのままラグデュアルを押し込んでゆく。


 ラグデュアルの靴底が、ガリガリと地面を削り、後ろへと押しやられてゆく。と、バサリとラグデュアルの翼が広がり、一気にその場に押し留められた。お互いグッと地面を踏ん張り、競り合う刀身がギリギリと軋む。


 漆黒の剣士を憑依融合していないため、剣技での勝負は、できれば避けたいところだ。が、思い返せばダグフォートも、漆黒の剣士に劣らないほどの、剣の達人(竜)だった。


 究極融合状態なら、その能力も完全に引き出すことができるはずだ。


 これに加えてマリカほど早く動ければ、完璧なんだろうが……無い物ねだりしてもしょうがない。


 などと考えていたら、


「シュウ様…私の力も…」


 背中に抱きついたマリカが、猫竜の姿になって、ディグフォルトの翼に重なるようにして、斑天竜の翼が広がっていった。


 フワリ…と暖かい感覚が、首の後ろから、脊椎に添って入ってくるのが分かる。


「なんだと…?」ラグデュアルが驚愕し、ガキィン!と剣を弾いて飛び退った。

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