第43話


 翌朝、朝食を終えて地下に降りると、昨日錬成したヒヒイロカネが、ごっそりと消えていた。アリエルの姿も見かけない。


 代わりに新しい鉱石や宝石が、壁際に山となって積み上げられていた。その中にこっそり大量の金鉱石も混ざっているのが、実にアリエルらしくて笑ってしまった。


 マリカと二人、石のテーブルの前で向かい合い、錬成から開始する。


 マーク君達は今日は、訪問者の相手をしてもらうことにした。昨日は待機組の下級ロードを雇って、対応に当たらせていたが、勝手が分からずに、ちょっとしたトラブルもあったのだという。


 なんでも、首都ティアスだけに限らず、あちこちの街からの訪問者も、増えてきたのだそうだ。…一体、俺に何を期待しているんだろうか。


 下級ロードを雇う方針は、変えるつもりはなく、マーク君達には指導役として、一日付いててもらうことになった。明日からはまた、いつも通りにウキウキ顔で見学に来るだろう。


 ギルスも今日は見ていない。おそらく、信頼できる人材確保に、右往左往しているのに違いない。



 さて、ミスリル、アダマン、ヒヒイロカネと来れば、俺の記憶では、あとはダイヤからオリハルコンができる設定だ。


 本来ならば銅から精製して然るべきだが…まぁ、オリハルコンの鉱石としての解釈は、人それぞれで構わないだろうと、ダイヤからできるという設定にしたのを覚えている。


 神留石を作ったときに精製した、銅の魔導石は……仮にオリハリウムとでも名付けておくか。色々と使い所は多い素材だ。


 実際にダイヤの錬成を試してみたところ、思った以上に崩壊が遅く、完成には少し手間取ったが、問題なく作ることができた。


 ただし量は少ない。錬成したら、元の一割ほどのサイズになってしまった。これはなかなかに貴重なようだ。


 性能は、神力で剣や槍の刃を構成する媒体に向いていることが分かった。ただし一点集中型の性質であり、広範囲に及ぶ防御結界とは、真逆の性質である。


 続いて様々な鉱石や宝石を錬成してみたところ、ルビーなら火属性、サファイアなら水属性といったふうに、宝石系は属性ごとに適した性質を持っていることも判明した。


 セラお姉さん達や、レジスタンスの上級ロードの剣や槍には、全属性に対応できるオリハルコン製、量産型には、属性ごとにルビー等を応用すれば、問題なさそうだ。


 ああ、断っておくが、全体をオリハルコンや宝石で作るというわけではない。基本的には、アダマンがメインだ。


 ルビー等に関しては、神留石にも使用できると思う。まぁ、実際に作ってみなければ、勝手は分からないが。


 防御結界に適した素材も見つかり、無属性、または全属性ともいえるクリスタルが、拡散型の性質を持つことが判明する。また、錬成する際の熱量も極めて低く、液体状であっても、オリハリウムの器に内蔵できることも分かった。


 そういえば、後世で活躍する魔導機スティングアーマーの燃料は、液体状の神力液だったと思い出す。おそらくあれは、水晶を使用した燃料だったのだろう。神力を凝縮し抽出された燃料、としか設定していなかったのだが。


 それにしても…俺の知らないところでも、色々と設定付けられているものだ。ウィラルヴァが補足したことなのか、あるいは自然とそうなったのか。後者の場合、設定付け、と表現するのも、おこがましいことではあるが。


 この世界が現実であることは、もう疑いようのないことだが、自分でも知らなかったことを学ぶ度に、俺の創作した世界であるとは、とても思えなくなってくる。


 ……次にウィラルヴァに会ったら、真っ先に聞こうと思う。


 この世界が、一体どんな理屈で存在しているのかを……。




「さて、今日はこれくらいにしとくか」と、出来上がった魔導石をテーブルの上に置き、マリカにニコリと微笑みかける。


 地下室のドアの外から、子供達の気配がしているのが分かる。学校から帰って来たのだろう。いつの間にかそんな時間になっていたらしい。が、一向に入って来る気配はない。地下室に入ってはいけないと、ラルフ爺さんらに釘を刺されているのだと思う。


 しかし、トタタタと誰かが走って来る音が聞こえたかと思うと、


「あ、ダメだよファルナちゃん! 作業中に邪魔しちゃ…!」と、年長者の女の子の声がして、


「やだー!」


 ガチャ! と、勢いよく扉が開いた。


 飛び込んで来たファルナと目が合う。


「しゅ…いち」


 呟いたファルナが、キョトンと小首を傾げた。


 むむ…。その首の傾げ方は、マリカの専売特許だと思っていたのだが…お父さんはメロメロです。


 というか、今、秀一と呼ばなかったか? 


 …そう聞こえただけだろうか。


「おいでファルナ」


 と、床に片膝をついて両手を広げると、ファルナはニコッと微笑んで、トトトトっと駆け寄って来た。


 今ならきっと、ギルスに代わってパパだと認識させてゆくことも可能……いやいや、何考えてるんだ俺は。


 が、


「ほせき!」


 飛び込んで来る直前で、壁際に積み上げられた宝石や鉱石の山に気づき、華麗にシュタっと行き先を変更する。


「……………」


 ええい、この広げた両手をどうしろと!


 察したのか、さっきファルナを呼び止めた女の子が、笑顔でガバッと飛び込んで来てくれた。


 ええ子や。あとでキャンディあげるからね。


「宝石欲しいのか、ファルナ?」


 女の子の頭をよしよしと撫でてから立ち上がり、ファルナのそばに歩み寄る。


 青いのやら赤いのやら、両手にいっぱい握りしめて、ファルナがぽわっと笑った。


「ほせき、いる!」


 こんなちっちゃな女の子でも、宝石とか綺麗なものは好きなのかねー。…いや、玩具感覚だなきっと。


 宝石のいくつかを手に取り、岩獣の魔神を召喚して口に放り込む。


 ゴツゴツとした岩の棘が突き出たゴーレム、といった見た目の魔獣だ。しばらく口をもごもごさせた魔神が、俺の手にぺっと宝石を吐き出した。


「はい」と、まん丸いビー球のようになった宝石を、ファルナの手に握らせた。


 すっごいキラキラした笑顔で、ファルナがペコっとお辞儀をする。宝石球を握りしめて、トタタタと走って部屋を出て行った。


「あ、待ってファルナちゃん!」


 女の子が慌てて、ファルナのあとを追って行った。


「自由だなぁ。子供らしいというか…」


 ウィラルヴァもあのサイズになったら、可愛らしいものなのだろうか。……ないな。


 苦笑しながら、何気なくマリカの方を振り向く。


 冷たい逆かまぼこお目目が、そこにはあった。


 子供に嫉妬するんじゃありません! てか母なる神だぞあの子は…。


「あら、錬成は終わりですか?」


 と、セラお姉さんが地下室へ入って来た。手に一枚の用紙を持っている。


「朝からずっと掛り切りだったからね。流石に肩が凝ったよ」苦笑してみせる。


「お疲れ様です。そういえば、洗濯に使う魔導具の材料が届いてましたよ。あとこれ、簡易魔法が欲しいっていう、ロードのリストです」


 セラお姉さんがニコリと微笑み、手にしたリストを差し出した。


「ありがとう。洗濯機の材料が届いたか。それじゃ、今日中に作っておくかな」


「洗濯機、ですか…。どういうものなんです? 材料は木材が多く目に付きましたけど」


 うん。ドラム型の乾燥機付き……とか言っても理解できないか。


「まぁ、見てのお楽しみってことで」


 説明が面倒かったので、フワッとさせておいた。実際に目にした方が、理解できると思う。


 この街でも水路沿いで、固定された樽の中に洗濯物を入れて、手動でグルグル回しているのを見たことがある。要はアレと同じだ。ただし、手動ではなく魔導だが。風と火の魔導石も使っての乾燥機能付きとなれば、家事担当のおばちゃんも、すごく楽になると思う。


 脱水時には樽ごとクルクル回して……安全性を考えると、樽を樽で囲む必要もある。二層式ってのはこういう形だろうか。良くは知らないが。あと火属性の調節は大事だ。強すぎたら火事に成り兼ねない。


 木材の加工はすでに頼んであり、あとは組み立てるだけだ。要所要所に使用する魔導石も、すでに準備してある。夕食までには完成するだろう。


「そういえば、下級ロード達が話してましたけど、略奪軍の攻撃を受けた町の難民が、西町の郊外に、キャンプを張っているそうです」


 と、リビングへ向かう階段を登りながら、セラお姉さんが言った。


 略奪軍というのは、戦略上重要でない町や村を襲い、食糧や金目のもの、または女を奪うことを目的とした部隊のことだ。アレク・ファインの住んでいた村を襲ったのも、この略奪軍の一団だった。


 制圧を目的としたものではなく、そこに住む人々は皆殺しにされ、略奪が終われば、建物から水場から、全てを使えない状態にしてしまう。そうすることでその後、拠点としても使用されなくするためだ。


 運良く逃げ延びた人々が、住む場所も失い、王都へ庇護を求めに来たのだろう。よく生き残ったものだと思う。相当に辛い思いをしながら、ここまで逃げ延びて来たに違いない。


 にも関わらず、国は特別に対応するでもなく、城壁内に受け入れることすらせずに、放置状態なのだという。


 …金にならない相手だからだろう。あのニコラ王や宰相なら、考えそうなことだ。


「当然のことながら、民衆はシュウ君に期待しています。民衆の守護者であるシュウ君なら、絶対に助けるだろうと」と、セラお姉さんが苦笑した。


「いやいやいや…分かるでしょ、なんでもかんでも期待されてもらっちゃ困るよ」


 同じく苦笑を返した。


 人に期待する前に、まずは自分にできることを考えろよ、と。…それを直に言っても、どうせまた、都合の良い解釈をされるんだろうけれど。本当、勝手な連中だ。


 だがまぁ…どうしたものか。アリエルに頼めば、資金は出してくれるだろうが、来るもの拒まず、というわけにもいかない。必ずどこかで限界がある。


 申し訳ないが、今回は見送らせてもらおう。





 ……と思っていたのだが、夜になって寝床に潜り込んでからも、ずっと頭の中に引っ掛かっていた。


 ちなみに洗濯機は、問題なく完成した。神力の使い方を知らない、おばちゃん達でも使えるように、独自に起動石なるものを開発済みで、スイッチ一つで、全自動で乾燥までを行ってくれる。


 魔導具というのはそもそも、一般人でも扱えるものというのが定義だ。なので起動石というのは、物語に魔導具を導入することになった、序盤に構想を考えた。が、この世界では未だ開発されていないようだが。というか、魔導具そのものが、ほとんどウィルが開発した、ロード協会関連のものしか存在していないように思う。


 世間一般でも、魔導具はロードが扱う特別な道具、という印象が強いみたいだ。創造主である俺からしたら、魔導具はむしろ、シィルスティングを持たない、一般人のための道具なんだけどな。なんでこんなに、開発が進んでいないのだろう。…まぁいい。考えても分かることじゃないか。


 洗濯に使う水は、どうしても必要になるので、裏庭の水路沿いに設置し、水路から水を組み上げる仕様になっている。


 排水は、排水用の下水に流さなければ、法律で罰せられるというので、配管をちょっと追加することになった。水路には、水の竜脈から噴出する清水が行き渡っているし、レインラッド川とも繋がっており、魚も泳いでいる。確かに、そんな綺麗な水路に、排水を流すわけにはいかない。


 ちなみに飲み水などの生活用水には、街全体に水道が行き届いている。まぁ蛇口なんてものはないし、元の世界の水道とは、ちょっと勝手が違うけれど。細かい仕様は分からないが、街の至る所から湧き出る、湧き水を利用したものらしい。


「……………」


 マリカを起こさないように、静かにベッドを出ると、窓枠に手を掛けて、夜の庭に飛び降りた。


 夕方から、シトシトと小雨が降り続いている。雨具など持っていないため、濡れるのも覚悟だ。


 今更だが、着ている服はこの世界のものだ。向こうの世界から持って来たものは、今は部屋のタンスの奥にしまい込んでいる。


 別に大事にしているわけではないけれど。ただ、なんとなく、という感じだ。


 靴だけは、今は俺のものになったという、加護付きの靴のままだ。どんな細工がしてあるのか分からないが、汚れることも、靴の底が擦り減ってしまうこともない。


 さて。西の町の郊外って言ってたな。ティアスの西側には、ここと同じような下町があるらしいので、おそらくはそこのことなのだろう。


 と、歩き出そうとしたとき、


「どうぞ」と、いつの間にか隣にいたアリエルが、笑顔で傘を差し出して来た。


 一瞬ビクッとしたが、平静を装い、無言で傘を受け取る。


 続けて、トンっ…と、猫竜姿のマリカが、肩に飛び乗って来た。


「ありゃ…悪い。起こしちゃってたか」と真横の猫顔に苦笑してみせる。


 マリカはクルンとモフモフの尻尾を、俺の首に巻き付け、


「放っとけないのは、分かっていました」と、ちょっと得意顔で喉を鳴らした。


「歩いて行きますか? 私は飛べませんが、マリちゃんに乗って行くのもいいですね」


 うーん。見回りの兵士が見たら、敵襲かと、むやみに驚かせるかも知れない。かと言って馬車は夜中にうるさいだろうし、水路だと、ここからはかなり遠回りになる。何より、マリカが濡れる。モフモフちゃんは濡れたら、可哀想なくらい貧相になるのです。


「歩いて行こう。大した距離じゃないよな?」


 どの道、まずは様子を見に行くだけのつもりだ。


 用意していた魔導具の懐中電灯を灯し、のんびりとした足取りで歩き始めた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る