第42話 番外編 ごきげんアリエル
番外編 ごきげんアリエル
「創造主様なのです。ウィラルヴァ様と一緒に、私達をつくってくださったのです。
父なる神、母なる神が人間の神様ならば、私達にとっての神様は、シュウ様をおいて他にありません!」
久しぶりに私の元に、お金を貰いに来たマリちゃんは、得意気に胸を張って、機嫌が良さそうに、黒い尻尾をフリフリと揺らめかせていました。
マリちゃんがそんなに興奮するのを、私も分からないではないのです。
かつて私達の神といえば、創造神ウィラルヴァ様でした。
しかしウィラルヴァ様は今はなく、人間の神とされるウィル様とレーラ様、そして、憎むべき大敵、破壊神ルイスに分かれてしまいました。
ウィル様はご自身のことを、六竜神を含む私達のような神族と、同等と考えていらっしゃり、レーラ様はそもそも、人として転生を繰り返していらっしゃります。
私達竜族は、絶対的な神を失ったのです。
そこに現れた、創造主というお方。
マリちゃんが心酔してしまうのも、頷ける話でしょう。
「だからって…聖域を放っておいて、大丈夫ですか? あとでヒメリアス様に、怒られたりしませんか?」
マリちゃんの姉である竜皇ヒメリアス様は、そういうことには非常に厳しいお方です。マリちゃんが唯一頭が上がらない、絶対強者。
マリちゃんは一瞬、ビクリと猫耳と尻尾を固まらせましたが、すぐにグイッとぺたんこの胸を張って、腰に手を置きながら、
「私はもう、シュウ様の第一の眷族なのです! ヒメ姉様にあれこれ指図されるいわれはありません!」
額に玉汗を浮かべながらも、フフン、と自慢気に口の端を引き上げたのです。
こんなに機嫌のいいマリちゃんを見たのは、いつ以来だったでしょうか。
ラグデュアルが姿を消してからは、聖域に閉じ篭って、塞ぎ込むことも多い彼女でした。
それゆえ、私も気にはなります。
私の大切な親友であるマリちゃんを、こうも元気にさせた創造主様とは、一体どんなお方なのでしょう。
そしてその次にマリちゃんが、私の元を訪れたときには、ティアスに住居を構えるために、纏まったお金が必要だと息巻いていました。創造主様の聖域となる、大切な場所だというのです。
とはいえ……もしや、ヒモのように、次々とお金を要求して来る、だらしないお方なのでは? と疑ったのは、言うまでもありません。マリちゃんは、タチの悪い男に引っかかってしまったのでは、と。
ですが、実際にお会いしてみて、それも取り越し苦労であることが分かりました。
シュウ様は私が想像していたような、チャラチャラとした遊び人のような若者ではありませんでした。
年の割にはやや幼く見えますが、黒く芯のある、誠実そうな目つき。性格は楽天家で適当な印象も受けますが、それまでの行動を聞く限りは、何やら深い考えを持って、行動しているようにも見受けられました。
そして何より、一目そのお姿を拝見したときに、直感してしまったのです。
「ジェムズロイスの副官の黄金竜? …もしかして、黄金竜アリエナードか!?」
そう言って私の頬に伸ばしたその指先に、思わず視線が釘付けになり、心音がドキドキと高鳴ってゆくのを感じました。
名前を呼ばれたことも、やばいのです。
人の世界に来てから数千年。誰も呼んでくれることがなかった、私の本名。それをまさか、その名前を付けてくださったご本人の口から、聞くことになるとは…。
結局私の頰に触れてくれることがなかった指先には、ちょっとだけ残念な想いも浮かびましたけれど。
──どうですかマリちゃん? 私もまた、貴女と同じく、シュウ様のものだったのですわ──
意識で語りかけた私の言葉に、マリちゃんは不機嫌そうに、頬を膨らませていました。
私が、シュウ様の二番目の眷族になることが、決定した瞬間でした。
ですが、一つだけ気になります。
創造主様とは、一体どれほどの強さを、その身に秘めていらっしゃるのでしょう。
そして、そのお心は何処にあるのでしょうか。
ウィル様のように、人を守りたいのでしょうか。
レーラ様のように、あくまで人としてありたいのでしょうか。
あるいは破壊神ルイスのように、人を殺すことに躊躇いもなく、自分に従わぬ神々をも敵と見なす、邪悪さを秘めているのでしょうか。
……そんな建前を胸中に並べ、私はシュウ様に決闘を申し込みました。
……そうです。建前なのです。本音は、そんなことではないのです。
仕える主人も持たず、ただただお金を稼ぎ、ウィル様の背後を守って来ました。
かつての主人、ジェムズロイス様が、ウィル様と並び、破壊神との戦いの矢面に立たれていたからです。
ロード協会の運営資金も、ほとんどアリエル商会が担っていると言っても、過言ではありません。
私の背中には、計り知れないほどの大きな責任が、のしかかっていました。
ウィル様とジェムズロイス様に、少しでもお力添えができるようにと。偏にそれを胸に抱き、重い荷物を背負いながら、ただひたすらに、果て無き時代を歩み続けて来ました。
他大陸との交流も盛んに、世界の流通に目を配りながら、世の中のために必要だと判断した組織、あるいは国々に融資を行う。
そのための資金を用意するにも、また稼がねばなりません。
ロード協会のクエストの発注も、積極的に行い、ときには帝国領の魔物討伐にも気を配りながら、戦争の犠牲となった難民達への援助として、孤児院の運営などに手を伸ばしたりもしました。
ロード達に少しでもシィルスティングが行き渡るようにと、簡易魔法からロードリングに至るまでの製作にも資金繰りを行い、ときには私が自分で、秘境の奥深くに、神獣を封印しにゆくこともありました。
私は頑張ったのです。
ウィル様やジェムズロイス様に、そう指示されたわけでもないのに。
この数千年間、私は、本当に頑張ったと思うのです。
でも、それを認めて、労ってくれる人は、誰もいませんでした。
私の背中に背負わされた重圧も、私の心の中のモヤモヤも、寝る間も惜しんで頑張った日々も、私がデキる女で、何を熟しても当たり前だと思われているその虚しさも、全てを……
シュウ様なら、受け止めてくれるような気がしたのです。
ティアスの歓楽街にある闘技場を貸し切り、シュウ様と対峙します。
シュウ様は未だ釈然としないように下唇を突き上げ、憮然とした表情をなさっていましたが、私と戦うことは了承してくださいました。
──やめといたほうがいいと思うにゃー。シュウ様は強いのです──
マリちゃんが、全然心配していないような、のんびりとした口調で言いました。
私がシュウ様に怪我をさせてしまう心配は、微塵もしていないようです。少しカチンときました。
これでもかつて、地竜軍でも一、二を争う猛者だった私です。たとえ創造主様が相手でも、そう易々と遅れを取ったりはしません。
それに、シュウ様の善悪を見極めなければならないのです。私にはその使命があります。
マリちゃんのように、ただただ無償に盲信できるほど、私は軽い女ではないのです。
──怪我しても知らないにゃーん──
「構いません……行きますよ!」
シュウ様がシィルスティングを召喚したのを見て、私は戦闘モードに入りました。
そして、その結果は……
完敗でした。
何もかもを全て、跳ね返されてしまったのです。私の力は、創造主様には遠く及びませんでした。
シュウ様は、私の全てを受け止めてくださったのです。
私が敢えて人間を巻き込み兼ねない一撃を放ったときにも、シュウ様は逃げることもせず、真っ向からそれに向き合ってくださいました。
そうして私は、マリちゃんにシュウ様の眷族の理を、コッソリ操作してもらって、正式にシュウ様の第二の眷族へと、収まることになったのでした。
…きっと、あとから怒られることになるでしょう。シュウ様が未だご自分で把握しておられず、無防備になっている眷族の理を、私たちが勝手に弄るなんてこと。
それでも、諦めることなんてできません。
私は元々、シュウ様のものなのですから。
「アクロティアに運んだら、予約リストを基準に、各国への分配量を算出してください。決して一所に偏ることがないように。たとえ聖王国であろうと、忖度する必要はありません」
首都ティアスの玄関口であるレインラッド港で、シュウ様が私だけのために作ってくださったヒヒイロカネを船に乗せ、部下にアクロティアへと搬送させます。
この部下達も、シュウ様のお屋敷の周りに、それとなく配置した行商人や釣り人、又は客を一人も乗せぬ舟の、渡し人と同じように、地竜の端くれです。
途中で水賊や海賊に襲われようとも、一人残らず返り討ちにしてくれることでしょう。
「それと、アクロティアに着いたら、すぐに引き返して来るように。すでに増員して、かつての部下達に招集はかけてありますが、アクロティアの地竜部隊の者も、手の空いた者から順に、ティアスの東の下町へと、移り住むようにしてください。住む場所も用意してあります。急がせなさい」
分かりましたと一礼した部下が、船へと乗り込んで行きました。
水の関所を抜けて出航してゆく商船を眺めながら、懐から取り出した巾着袋の中を探ります。
そこから取り出したのは、まぁるく小さなヒヒイロカネの粒。
どうしても我慢ができなくて、思わず齧かぶりついて駄目にしてしまった、シュウ様に作って頂いたヒヒイロカネを、小さく切り分けたものです。
巾着袋の中には、まだまだたくさん入っています。
朝日に照らされて、煌々と輝く黄金の一粒。じっくりとその輝きを堪能したあと、そっと口の中に放り込みます。
うっとりとする芳醇な香りが、口一杯に広がり、例えようのない幸福感が、胸に染み渡ってゆきます。
奥歯に挟んでゆっくり噛み潰すと、プチリと口の中で弾けた神力が、溢れる唾液と一緒に、喉の奥へと流れ込み、身体の芯から強力な力が湧いてくるのです。
それは、シュウ様の神力。
…それを想像するだけで、自然と頰が熱く染まってしまいます。
今朝、部下の一人が言いました。
「このところ、ずっとご機嫌ですね」
言われて悪い気はしません。
私は自分の幸せを見つけたのです。
誰がためでもなく、誰のものでもない、私自身の幸せを…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます