第41話

 屋敷の地下室は、元々は食品や酒類などの、貯蔵に使われていた倉庫のようだ。


 そこをちょっと改装して、魔導具の開発に使う研究室にした。今のところは、屋敷内にいくつか設置した、魔導具ランプの製作にしか使用していないが、今日からは大いに役立ってもらおう。


「この壁って…アダマンですか?」


 地下室の硬質な壁をコンコンと叩きながら、アリエルが言った。さすがに目敏いね君。普通の鉄鉱石は割と格安で手に入るんで、マリカに魔法で壁に敷き詰めてもらって、錬成で一気に溶かして、そのまま固めさせた。数時間程度で完了した作業だ。


「実験に失敗して爆発でもしたら、大変だからね。これなら相当な衝撃にも、耐えれるだろうから」


 核シェルター並みだと思う。まぁ、爆発するとしたら内側だけどね。


「それにしても…また随分とたくさん買い込んで来たなぁ」と言って、アリエルが運び込んだ金鉱石の山を見やる。


 何トン分あるんでしょうかこれ。無論、金だけじゃなくて他の素材もあるのだが、そのほとんどを金が占めている。


 無言の要求だ。


「さて。それじゃ始めるか」


 部屋の中に集まったメンバーは、マリカ、アリエル、マーク君とトニー君、そしてギルスだ。


 セラお姉さんとバルートは、上でいつものように、訪問客の対応に追われている。下級ロードの子も、数人ほど雇って対応しているみたいだ。


 ファルナは子供達と遊んでいる。子供達は今日はもう、学校は休みにしてもらった。大人達は仕事に出かけて行ったけれど。


「思ったのだが…魔導具のライフルを、うちのレジスタンスのメンバーに、配備することはできないだろうか。多少、出来が悪いものでも構わんが…」


 金の錬成を行いがてら、ギルスの提案を聞いた。


「魔導具の構造を見せてもらったが、あれ一つで、全ての属性に対応させているのであろう? 光、闇、火、水、風、地、それら全てを個別に理を組み込ませている。それだけ、製作に時間がかかる」


「その通りだ。神留石はただの燃料でしかない」


 正直、今使ってるライフルの中に、新しい弾丸を組み込んだとしても、属性ごとに一種類増やすのが限界だろう。それ以上だとアダマンに組み込める理の許容量を、オーバーしてしまう。


「それを、光は光だけ、闇は闇だけ、という構造のライフルにすれば、製造にかかる時間を、大幅に短縮できるのではないか?」


 確かにその通りだ。一応は俺も考えていた構想ではある。…さすがだなギルス。


「軍隊というのは、役割によって部隊が構成されておる。速射が可能な光のライフルは、先制攻撃に適している。不可視の弾丸である闇ならば、暗殺や奇襲に役立とう。炎であれば拠点攻撃、氷結は足止め、雷撃や炸裂は、密集した敵陣への攻撃に有効だ」


「なるほど。役割分担して部隊編成するわけか。それだと確かに、余計な属性を付与しても、むしろ無用の長物にしかならないな。

 …よし、と。マリカ。固まったら下に置いてくれ」


「はーい」


 いつものように、マリカが風魔法で固定した金鉱石を、神力を込めて溶かす。何度も繰り返した錬成方法だ。


「それと、防御結界に対応した、魔導具の製作は可能だろうか? 戦場では、必要不可欠になる機能だ」


「防御魔法がですか?」石のテーブルの上で固まってゆく金鉱石を見守っていたマーク君が、視線を上げて小首を傾げた。


「そういやお前、戦場に出たことはないんだっけ」隣でトニー君が苦笑いする。


 そういやトニー君とバルートのおっさんは、元傭兵ロードだ。マーク君とは違い、戦場の事情にも詳しいのだろう。


「ヒヒイロカネできました〜」と、マリカがのんびりした声を出した。


「はいよ。ほらアリエル。とりあえず一個目」


 出来上がったヒヒイロカネを受け取ったアリエルが、目をキラキラさせながら、両手で頭上に掲げた。


「ヒヒイロカネです! これ一つで十枚は、特上金貨ができますわ!」


 マリカと並んで、ピョンピョンくるくる、踊るように飛び跳ねる。


 そんなに喜んでくれるんなら、お父さんいくらでも頑張っちゃうよ。


「戦場ではまず、両軍がぶつかる前に、ロードの遠距離攻撃が飛び交う。騎兵や歩兵は、それを掻い潜りながら、突撃することになる」


 マーク君にも理解できるように、戦場での基本的な戦闘の流れを、話して聞かせる。


「よって、どれだけ早く、相手の遠距離部隊を無効化できるかが、勝敗の分かれ目となる。大将首のある本陣や、重要な部隊には、防御魔法の得意なロードが配置されていて、大掛かりな結界にて、自軍を守っている」


 ロードは近接攻撃を得意とするロードが大半だけれど、戦場では個に対する力よりも、多に対する力の方が重宝する。もちろん戦況によっては、個に対する力も必要不可欠ではあるが。


「騎兵や歩兵の中にも、小規模結界を扱えるロードが混ざっている。どれだけ仲間を守れるかが、戦場では大事なことなんだ。ロード協会のクエストを熟す、賞金稼ぎロードとして成功しても、必ずしも傭兵ロードとして大成すると限らないのは、そういった理由がある」


「…さすがによく理解しておいでだ」と、ギルスが舌を巻いた。


 そりゃまぁ、自分で設定したことなんですから。


「なるほど…。確かに僕ら賞金稼ぎロードでは、防御魔法というのは、あまり重宝されませんね。精々が自身を守る程度のもので」


「賞金稼ぎロードだと、自分の身は自分で守るってのが鉄則だからな。戦場では、武具カード一枚だけで戦う歩兵が、大半を占めている。それらを如何に守るかってのも、傭兵ロードとしての手腕が問われるってわけだ」


 たまに一般兵は捨て石程度にしか、考えてない将もいるけどね。特にノウティス帝国はそれが顕著で、防御結界はエリート部隊の周りにしか、展開されないのが常だ。


「よし。これで二個目。マリカ、次を」


「はーい」


「ああ…なんて麗しき輝き…」


 ヒヒイロカネを手に、うっとりと眺めるアリエル。


 どんどん行きますよー!


「レジスタンスでは、防御魔法の使い手が不足しているのだ。上級レベルのロードも、五人はいるのだが、皆、攻撃系でな」ギルスが困り果てた顔で、ため息を吐いた。


「中級はどれくらいいるんだ? チャージ力が、どれくらいあるのかが大事だ」


 でなければ長時間の戦闘が難しくなる。神力切れが、そのまま部隊の壊滅に繋がり兼ねない。せめてシールドだけでも、維持できる神力量を確保できなければ、とても実戦投入はできないだろう。


「三十人はいる。小規模ながら結界を扱えるのは五人ほどだ。現状、戦場では、千人のうち二百名弱しか、投入できない計算になる。しかも、一般兵のほとんどは、シィルスティングを所有していない」


 武具カードは国家が独占する技術だからな。…なるほど。ギルスが俺に接触して来たのは、その部分を改善したかったってのが大きいのだろう。


 武具カードではない通常のシィルスティングを購入するにも、資金がかかり過ぎるし、神力の通わない普通の武具など、神力弾の一発で粉々だ。棒切れを持って戦いに出るに等しい。


「…レジスタンスに魔導具を配備することは、俺も考えた。ライフルの製造技術は、すでに確立しているが、それとは別に、剣と槍の開発も行いたい。完成すれば、接近戦の部隊も編成できる」


 剣はバルート、槍はセラお姉さん用だったけどね。そっちも簡易式のものを製造できれば、千人くらいなら、なんとかなるかも知れない。万単位になってくると、さすがに厳しいけれど。


 全属性に対応したものを作ろうとすれば、組み込む理の構造も複雑になるし、下地の魔導石も、全属性に対応した精密なものを用意しなければならない。が、一属性だけならば、何から何まで俺が作ったものじゃなくても、製造は可能だと思う。


 具体的には、どこか腕のいい鍛冶屋にでも頼んで、錬成したアダマンをこちらが指定した形に加工してもらえれば、それだけでも大幅な時間短縮になる。


 もっと細かなところでは、例えば、弾丸に回転を与える理を砲身に組み込むのは、俺じゃなくても、そこらの魔導技師でも可能だろう。あるいはアダマンの理に干渉できる、シィルスティングを所有しているロードがいれば、一から全てを教えてもいい。


 部分部分で、人に任せても構わない箇所がある。


 続けてそう説明したら、ギルスは納得したように頷き、


「了解した。人材はこちらで手配しよう」


「ただし、情報は漏れないようにお願いしますね。ギルス様を信用しないわけではありませんが…」と、トニー君が口を挟んだ。


 うん。そういうとこしっかりしてるね君。


 ギルスは気を悪くしたふうもなく、


「分かっておる。元より、信用できる人物でなければ接触できんよ。お尋ね者なのでな」声を上げて笑った。


 そういえば指名手配されてたねこの人。


「三つ目できました〜」とマリカののんびり声が響いた。


「ウフフフフ」と、アリエルが頰をポワっと赤らめながら、ヒヒイロカネに頬擦りしている。


 そういえば黄金竜でしたね貴女。よっぽど金が好きなんだろう。だけど、その綺麗な顔で、よだれを垂らして黄金に頬擦りするのは、やめた方がいいと思います! 


 と、


 パクっ…!


 突然アリエルが、ヒヒイロカネにかぶりついた。


「なっ…!?」


 マリカを除いた一同が、唖然としてアリエルに視線を集中させる。


 あ…アリエルさん?


 アリエルはハッとして、


「も、申し訳ありません、つい我慢できなくて…」と、バツが悪そうに照れ笑いした。


「アルちゃん好物ですもんねー」と笑顔のマリカ。


 …思い出した。この子、金を食べるんだ。というか地竜全般が鉱石を食べて、一時的に神力をチャージすることができる。


 アリエルが口をもぐもぐさせながら、そそくさと齧られたヒヒイロカネを懐にしまった。


 そ、それはもうオヤツにでもして下さい。


「と…とにかく、量産型のライフルや近接武具は、使用する魔導石の目処も立っている。ただし防御結界は、もっと適した魔導石を開発しないと、ミスリルやアダマンでは、局所的な小型の結界にしか対応できない。精々が個人用の盾だな。大掛かりな結界の開発には、少し時間がかかると思う」


 気を取り直して、会話とヒヒイロカネの製作を再開する。


「ということは…どちらにせよ、ストル・フォーストに会いにゆくには、防御結界の完成、もしくは試験を待ってからということになるな」


 うん? どういうことだ?


 首を傾げつつ金の錬成に集中していると、察したギルスが、


「ただの訪問のために、軍事作戦下のグラハガ平原に立ち入ることはできんよ。ストル殿に会いにゆくには、義勇軍を組織して参戦する必要がある」


 ああ…そういうことか。正式なマスターロードならともかく、今の俺は一般人扱いだ。軍事作戦下に置かれているグラハガ平原には、一般人が立ち入ることはできない。


 上級ロードのセラお姉さんでさえ、関所で止められて通行できなかったもんな。マスターロードならば、問題なく入れてもらえるんだろうが。


 そして義勇軍を組織して参戦するにも、魔導具を配備してからでないと、そもそもの戦力にならない。


 …今のところ、戦争に参加するつもりはない。ギルスがいれば、戦力さえ整えば、参戦することも可能ではあるが、時期尚早だろう。


 じゃあ、いつなら大丈夫か、という話になると…やはり魔導具の配備が整い、ビズニス・エストランドとの連携が取れるようになってから、というのが無難だろう。


 消極的な考えではあるが、慎重になるのも当然だ。


 戦場は遊び半分で行くところではない。


 ああ…アリエルがいれば、地竜部隊と共に、ロード試験を待たずとも参戦することは可能か。


 …が、そうなると長くティアスを空けることになる。今は、レジスタンスを戦える集団にすることが、急務だろう。


「兵の数を増やすことは、考えているのか? いるとしたら、どれくらいだ?」


「相手の数による。とは言え、レジスタンスでは、三千ほどが限界だろう。それ以上となると、国としての徴兵が必要だ。修練の問題もある」


 なるほど。そうなるとクーデターも視野に入って来るわけか。エミール将軍も味方のようだし、成功率はかなり高いのだろう。


 ギルスが表立って呼びかければ、一万ほどは集まる気もするが…どちらにせよ、魔導具が揃わなければ、完全に烏合の衆だ。


 こう考えると、大した神力がなくても扱える武具カードって、マジに軍隊向きのシィルスティングなんだと思う。製造も魔導具ほど複雑じゃないし、数も揃えられる。


 ロードリングを持たない一般兵も多いだろうが、シィルスティングは所有契約さえしていれば、問題なく使用できる。ただし、ロードリングを所有していることでのメリットは大きいが。


 例えば武具カードの場合は、破損した場合、リングに戻せば、ロードの神力を消費して修復されるが、リングを所有していない場合、カードに戻った武具カードに、神力を直接送らなければならない。


 神力を送るための理は、カードの中に内蔵されてあるため、所有者はカードに掌を当てるだけで、神力が吸収されてゆく。だが、例えば真っ二つに折れてしまった刃の修復には、最短でも十分ほどの時間が必要になるだろう。


 リングを所有していれば、その時間を極端に短くすることができるし、修復しながら他の武器で戦うこともできる。他にもリングを所有することでのメリットは多い。


 まぁ、相当高額だけれど。ロード協会直売で、一個十万ゴールドだ。とても一般兵まで行き渡らせられる額じゃない。それに、そもそもの品数が少ないのだ。ロード協会に登録されているロードでも、予約の順番待ちに泣かされている者も数多い。


「わかった…。とりあえずは、魔導具の加工を任せられる鍛治職人、それと魔導技師を探して来て欲しい」


「分かった。早速手配して来よう」と、ギルスが落ち着いた足取りで部屋を出て行った。


「さて。それじゃ錬成を続けようか」


 結局その日は、夜遅くまでヒヒイロカネの錬成に費やすこととなった。

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