第40話

「お帰りなさいませシュウ様! 屋敷の方は、特に何事もありませんでした!」


 家に帰り着くと、屋敷の玄関先から庭を囲んだ柵の前に、二十人ほどの下級ロードがいて、そのうち毎日のようによく見かける子が、俺とマリカの姿を見るなり、ビシッと小気味良く敬礼した。


 家を出るときより人数が増えてるな。まぁ、いつでも日中は、これくらいの数が集まってくれているけれど。…同じ待機待ちするなら、ロード協会の集会所にいた方が儲かると思うんだが、それよりもこっちを優先してくれてるってのは、こちらからしたら有難いことだ。


「ありがとう。いつも助かるよ。これ換金して、皆んなで飯代にでもしてくれ」と、少し奮発して中級の簡易魔法を取り出し、所有契約を解除すると、近くにいた一人に手渡した。


 飯代というのはもちろん建前だ。この人数でも一人当たり、一般人の一月分の稼ぎにはなる額なのだから。一般の感覚より少々多めに援助していかないと、シィルスティング一枚を購入するのにも、大金がかかる。


 こういうことは非常に大事なことだ。マスタークラスであろうと、下級ロードを蔑ろにしてはいけない。ギルドに所属することもできない階級で、中には食うに困っている子もいたりする。ファルナに拾われる以前のアレクがそうだった。


 その下級ロードの中から、どんな英雄が誕生するか分からない。アレクのように。


 恩を売るというわけではないが、英雄を必要とする世の中なのだ。それを分からずに、屋外ロードを軽視する上位ロードが、どれだけいることか。自分で設定したことながら、全く嘆かわしい。


 まぁ俺はまだ、公式には一般人だけども。



 屋敷に入りリビングへと向かうと、すでにアリエルや、マーク&トニーも帰還済みだった。思い思いにソファーに腰掛けたり、壁を背もたれにしたり、寛ぎつつ会議中、といった雰囲気だ。


「おっと。ここの席はシュウ殿ですかな」と、上座に当たる席に着いていたギルスが、腰を浮かせかけたが「構わないよ。年功序列ってのもある」と冗談めかせて言ってみせた。


 テーブルに用意されてあった麦茶をコップに注ぎ、一気にゴクゴクと飲み干す。


 ふう〜。ようやく一息って感じだ。


「マーク君とトニー君はどうだった? 魔導具を使っての、初めての実戦だったわけだけど」


 無双状態だったってのは、マリカに聞いたけど、現場の感想は気になるところだ。


「十分に通用しました。相手は闇と、少し火の属性を備えていたようですが、弱点に当たる光と水の属性弾は、特に有効的でしたね。闇は流石に効果が薄かったですが、概ねどの属性も、ダメージはデカかったです」トニー君が答えた。


「ただ、街中で火や地属性の弾丸は、使い辛かったです。余波で建物も少し壊しちゃいました」マーク君が頭を掻きながら苦笑した。


 ふむ…。属性ごとに、状況に応じた弾丸の種類を増やすのも、有りかも知れないな。戦場なんかでは、より広範囲な種類も必要になるだろう。この辺りも研究が必要ってことか。弾丸の種類を増やすということは、ライフルの砲身から加工しなければならない。


 このライフルはそのままに、新しくバズーカとかマシンガンとか作って持たせた方が、手っ取り早いかも知れない。斑天馬に括り付ければ持ち運びもできるし。まぁ、あとで考えよう。


「街中の被害って、どれくらいのものだったんだ? 被害者はどれくらい出たか分かる?」


 トニー君が冷静な顔つきで、顎に手を当てて考え込み、


「総発生数は、百体ほどだったそうです。どれくらいの死者が出たかは分かりませんが、思ったより人的被害は、少ない印象を受けましたね。それでも対応した兵士を中心に、全体で百人以上は死者が出てると思いますが」と、直感的な意見を述べる。


 総発生数が百体ほどか。…俺とマリカで半分は倒した計算だ。結構頑張ったもんな。


 と、マーク君がニパっと笑顔を浮かべ、


「それより、シュウさんの人気が、すごいことになってますよ!」と、民衆の間で広まっているという、俺の噂話を聞かせてくれた。


 まず一つ目に、なぜだか俺は、民衆の守護者ということにされてしまっているらしい。おそらく、アリエルと戦ったあと、集まった人達に説教したときのことが、響いているんだと思う。そういえば確かに、皆んなを守るためにはウンタラカンタラ、結構口すっぱく講釈垂れたっけ…。結局都合のいいように解釈されて、諦めて退散したけれど。


 民衆の守護者っていう二つ名は、この物語には、正式にちゃんと存在しているんだけどな。アレクの親友であるディート・F・サンダー・フォル・アルディニアという男、次代のアルディニア公爵が、若い頃に呼ばれていた二つ名だ。大凡、今から二、三十年くらい後の出来事だろう。


 ちなみにフォンとかフォルとかいうのは、フォンが国王を表す称号であり、フォルが公王、ウィルが聖女王であり、ロイが皇帝を表している。


 それにしても、好き勝手に持ち上げすぎだとは思うが…マリカがいることも、大きく関係しているのだろう。


 他にも色々言われているらしい。


 序列三位のギルドを潰し(厳密には潰していないが)、神級のドラゴンを退治し、伝説級のシィルスティングを所持し、魔導具を操る強力な配下を従え、アリエル商会を手中にし、国の身勝手な要求も突っぱねた。


 神をも従える世界最強のマスターロードであり、貴族区などの高級住宅街ではなく、敢えて下々の住む下町に住居を構え、下級ロードを厚遇する。常に庶民ら弱き者の味方であり、アレスフォースが見捨てた難民を保護し、子供達の面倒を見ている、優しく温厚な救世主。しかしひとたび敵意を持てば、アレスフォースほどの強豪ギルドであろうと、拠点もろとも粉々に壊滅させてしまう、猛々しさも兼ね備えている。


 また、絶対の腹心である斑天竜マリカウルは、主に対する卑しき考えを見抜き、徹底的に追い詰めて、恐怖のどん底に叩き込むという。ただし、命だけは絶対に奪わない。死してしまえば、それ以上の恐怖を与えることができなくなってしまうから……。


 ……ええーっと。大陸を横断するくらいの尾ひれがついてしまってないかそれ?


「的確ですね!」とニコニコのマリカ。


 どこがだよ! てかアレスフォース潰れてないから! アレスト・フォギー、まだティアスに帰って来てもないから!


 つか、マリカのその風評はなんだ? あんたお菓子くれた間者に何したのよ一体!?


「そういえばアリエル殿、商会の方は大丈夫だったのか?」キセルのタバコに火をつけて吹かしながら、ギルスが訊いた。


 お。タバコですか。俺もあとで少しもらおうかな。


 持って来てたタバコは、なんだかんだでもう一本も残ってない。常発能力の影響で、健康状態を維持されているためか、あまり吸いたくはならないのだが、ティアスに着いてのんびりできる時間が増えてきたら、地味に減っていったんだよね。


 あるいは、知らずにストレスが溜まっていたのかも知れない。魔導具開発に根を詰めていたこともあるし、ルードとかニコラ王とか…今後もう二度と関わるまい。


 とにかく、タバコはティアスでは、街中でも取り扱ってる店は見かけなかったし、今度生産地のアルクフルト領の商家にでも、注文しておこうと思う。まぁ絶対ってものでもないから、余裕があれば、ってところだけれど。


「ご心配なく。このところ、ウェルズ海峡の海賊の動きが活発らしく、あちこちの商会が被害を受けているようなのです。うちはビクともしませんが…それでも、倒産の危機に嬪している商会もありまして、その援助をするために、私の了承が必要だったようです。流通のバランスが崩れることは、こちらとしても好ましくないことなので」


 そういえばアリエル商会、アクロティアの孤児院なんかにも、大掛かりな援助を行っているらしい。慈善事業にも随分と積極的だ。


 ウェルズ海峡の海賊といえば…確か、裏でノウティス帝国が手を引いている組織だったな。今回の魔物発生といい、なんか急に色々と動き始めた感がある。


 もしかしたら…ウィルが帝都リーベラに潜入し、何かしらの活動を始めたのかも知れない。藪蛇に終わらなければいいが。


「当分の間は、魔物発生にも気をつけないといけませんね」とセラお姉さんが言うが、


「いや…魔物発生の秘術には、ルイスにもそれなりの準備期間が必要だ。おそらくだけど、向こう三ヶ月ほどは、特に心配する必要はないと思う」


「へ? ルイス? これってルイス・ノウティスの仕業なんですか!?」


 マーク君が素っ頓狂な声を上げた。


 おっと。まだ話してなかったんだっけ。


「えっと…魔物発生の秘術は、用意した魔物を、竜脈の流れの中に送り込み、任意の場所に具現化させる秘術だ。どこでも、というわけではなくて、竜脈の流れが繋がった下流でなければ成功しない。しかも一度使った流れは、乱れてしばらく使用不能になり、正常な状態になるまで、三ヶ月ほどは必要だ」


 当初ルイスは度々、各国の主要都市にこの秘術を仕掛けていた。が、送り込めるのが低級な魔物のみで、精々が都市を混乱させる程度にしか効果がなく、よほど効果的なタイミングでなければ、使うことはなくなっていった。


 …という設定だったはずだ。それでも、撃退できるほどの戦力を持たない町や、攻め込まれてズタズタの状態にあるときに仕掛けられたら、相当の被害が出てしまうだろう危険な術だ。バカにできたものではない。


 問題は、なぜ今のタイミングで、このティアスにその秘術を仕掛けて来たのかというところだけど……。


 ティアスは今、上位ギルドのA級ロードが出払っている状態であり、それなりに戦果が望めると踏んだのか…あるいはウィルがリーベラで何かしらの成果を上げ、嫌がらせ目的も兼ねていたのか…。


 わからないが…まぁ、撃退できたのだからよしとしとくか。悩んだって答は出ないと思う。


「それにしてもアリエル…あちこちと色んなところに援助してるんだな」


 感心してアリエルに視線を向ける。アリエルはニコッとして、


「それが私の役どころですので。そのために稼いでいるようなものです」と、恭しく頭を下げた。


 大したものだ。俺もそうだけど、特にウィルなんかは、アリエルには頭が上がらないだろう。いつもニコニコしている仏のアルちゃんだけど、裏では思った通りの苦労人であるのは間違いない。


「…苦労かけるな」


 何気なくつぶやき、何か俺にもしてやれることはないかと思案する。


 具体的に金を稼ぐ方法となると…ロード協会のクエストを熟すか、あるいは魔導具を開発して販売してしまうのも手か。そちらはウィルの了解を取ってからの方が良さそうだが…


 と、そこまで考えたとき、


「……………」


 不意に笑顔を崩したアリエルが、次の瞬間、トトトトっと俺の方に駆け寄った。


 スタッ、と俺の背後に回り込み、やおらガシッと背中に抱きついて、顔を埋めてスリスリする。


「ち、ちょっ…何してるんですか!?」


 セラお姉さんが大きな声を出した。


 アリエルはフフッと笑い声を出し、


「背中だけお許しください」と、ぎゅっと抱きしめた腕に力を込めた。


 ……そっか。思ってた以上に苦労してるんだな、やっぱり。と、しんみりした気分になり、胸に回されたアリエルの腕をヨシヨシと撫でた。


「シュウ様だけです。…分かってくださるのは」と、アリエルが小さく呟く。


「ふぅ…」とマリカがため息を吐くのが聞こえた。逆かまぼこお目目にはなっていない。


「ふむ。…勉強になる」「確かに」


 と、ギルスとトニー君が続けてつぶやいた。


 どういう意味だよそりゃ。このイケメン女たらしコンビめ…。


「ところで、これから先どうするんですか?  当面は、ロード試験が完了してからでないと、大きな行動はできないとは思いますけど」場を仕切り直すかのように、マーク君が言った。


 ふむ。そういえばロード試験の方は、どうなっているのだろう。一向に連絡はないが。


 ストル・フォーストに会いに行くには、しばらくティアスを離れる必要がある。グラハガ平原で交戦中の、ビズニス軍の指揮をしているはずだから、往復だけで半月…急いでも十日ほどは必要だろう。飛んで行くならもっと早いだろうが……軍事作戦下の空域を飛ぶのは、何かと問題がある。


 さすがに試験をぶっちぎって、出発してしまうわけにもいかない。試験官はこのティアスのトップロード、三人しかいないA級ロードの、いずれかになるのだから。


「ティアスファーマのジネヴラ様も、レギンフォーレストのテオ様も、未だティアスを離れたままのようです。いつ戻って来るのか、見通しは立っていないとか」セラお姉さんがため息を吐いた。


 もしもしセラお姉さん、知らない名前ですよー。…まぁ、流れからアレスト以外の、A級ロードだというのは分かるが。


「アレスト・フォギーはどうなんだ? フラグが立ってるんで、すぐにでも戦うことになるとばかり思ってたんだが」


 アリエルの手をポンポンと叩いて離れさせると、セラお姉さんの隣のソファーに腰を下ろして、テーブルの茶菓子に手を伸ばす。


 そういや腹減ったなぁ。もう昼時だ。朝飯も食い損ねてるし、お昼は何を食べようか。


「アレスト様も同じく、ですね。まぁこんな事態ですし、皆んなクエストを早めに切り上げて、戻って来るでしょ」気楽なマーク君の口調だ。


 うん。まぁこの問題も、あれこれ悩んだってしょうがないことだ。そうなると…


「魔導具の開発を再開するかなぁ。アリエル、鉱石と…あと宝石の類いも、色々と準備してもらえるかな?」


「錬成するのですか? そういえば、洗濯機…でしたっけ。あれの素材も、そろそろ届く頃だと思いますわ」


 そういえばそんな話もあったな。どの道ティアスにいる限りは、ロード試験を待つことと、魔導具の開発くらいしかやることがない。それに…


「まずは、金の錬成をしてみようと思う。俺の予想では…ヒヒイロカネっていう純金ができるはずだ。上手くいったら、売っ払って金にしてくれていいよ」


「ひ、ヒヒイロカネですか!?」


 アリエルが途端に大声を出した。あまりの声の大きさに、マリカがビクッと尻尾を逆立てたほどだ。


 そ、そんなに反応するかね!? 作っちゃヤバイものなのか?


「特上金貨や記念金貨に使われる、希少素材です! 本当に作れるのですか!?」


 俺の膝に両手をついて、ググッと顔を近づけ、必死な形相のアリエル。


 ちょっ、顔近いよ! セラお姉さんの目つきが怖いよ!


「滅多に採れない素材で、商会でも品薄で、困っていたのです! 各国からも注文が殺到してて、向こう数年は予約待ちの状態で…」


 相当に貴重な素材で、世界でもアリエル商会くらいしか、扱ってない素材なんだとか。それくらいなら錬成できる人が……いるわけないか。ウィルなら可能なのだろうが。


「特上金貨や記念金貨っていえば、一枚一万ゴールドする金貨ですよね。僕も叔父の家でしか、見たことないっすよ」マーク君がぴゅうっと口笛を吹いた。


 この世界の通貨は、硬貨に使われる素材や質量が統一されていて、価値が一定のものだ。描かれている模様が他国のものでも、問題なく、どこの国でも使用できる。ノウティス帝国ですら、そのシステムを導入しているくらいだ。


 逆に紙幣は、一応は大抵の国で、独自に発行されてはいるが、価値はまちまちで、国内でしか使用できない。ロード協会をはじめとした施設で、換金できたりはするのだが、国によってレートにかなりの差がある。


 アクロティアのような商人の街では、紙幣というものは、ほとんど意味をなさず、硬貨しか信頼されていない。逆に紙幣での取り引きを許容するということは、信頼を示すことになり、駆け引きとして使用されることもあるという。


「まぁ、とにかくやってみよう。ものは試しだ」と、未だ鼻息の荒いアリエルの頭を、ヨシヨシと撫でてやった。

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