第39話

 魔物が発生するメカニズムは、ハッキリと解明されているわけではない。

世界中のどの場所でも、発生する可能性はあるのだが、大抵は魔境と呼ばれる、特定の場所に発生するのが常とされ、人の住む街中での発生例は、ほとんど報告されてはいなかった。


 が、俺はそのシステムをよく理解している。だって、俺が設定したんだもの。


 詳細まで語ると日が暮れてしまうので、掻い摘んでいうと、竜脈、の流れに深く関わっている。


 人や魔物、魔獣や神獣、竜族に至るまで、死後に身体から抜け出た魂は、大地に沈んで、竜脈の流れの中へと入る。


 魂は竜脈の流れに乗り、深く沈んで行き、魂の中に残された、あらゆるものを浄化してゆく。


 やがて完全に浄化され軽くなった魂は、竜脈の流れの中を浮き上がってゆき、大地へと辿り着き、そこで再び生を得る。汚れた魂ほど深く沈み、浮き上がって来るまでに、長い時間が必要になる。


 竜族のように、竜脈の神力の流れ、その力に干渉できる能力を持つ者は、記憶も力も奪われることなく、むしろ失った力を取り戻し、いずれは元の形で大地へと戻って来る。その力を持つ者は、この世界では神と呼ばれる存在だ。


 まぁ、竜族でもそれだけの力を持つ者は、限られるのだが。前にも語ったことがある通り、シィルスティングで言ったときに、七つ星以上、が目安となる。マリカやアリエルならば問題なく該当するってわけだ。古代竜たる所以だな。


 魔物の場合、知力にも自我にも乏しく、そこまで深く竜脈の流れに沈むことはない。


 人の輪廻転生のように、生命の誕生、具体的には妊娠して三ヶ月程度の胎児が、偶然そばにいる必要もなく、神力だけで実体化し、生を得る能力を備えている。


 魂の在り方というか、形がそもそも人とは違うのだ。同じく竜族もまた、他とは違い、独自の構造をしているのだが。


 魔物はほとんどの場合、一つの属性しか持っておらず、竜脈の流れのうち、適応した属性が強い竜脈へと流されてゆく。その竜脈の流れが澱み、溜まった場所が、世界の各地に存在する、魔境と呼ばれる場所である。


 まぁその辺り、色々と複雑な設定があるのだが……。例えばこのティアスは、元は魔境であり、浄化された土壌の上に作られた街であって、水の竜脈の根幹の一つであるに関わらず、街の周囲も含めて、魔物も魔獣も発生しない理由があったり。最初のサソリの魔境のように、同じ魔物が大量に存在する事情があったり、色々と。…とりあえず省略!


 まぁ一つだけ言うならば、人のたくさん住む場所には、魔物は発生しにくい事情がある。逆にそんな中にポッカリと、人が住まないゴーストタウンのような場所があれば、発生しやすい条件が整うのだが…まぁそれは、今回は関係なさそうなんで。


 とにかく、人も賑やかな水の都ティアスに、魔物が発生したとなれば……それは明らかに、人為的なものだと疑わざるを得ない。


 誰が何の目的で…というのが気になるところだが、そんなことをする奴は、一人しかいないだろう。いや、一人ではなく、一柱、と言った方が正確か。


「今日は子供達の登校は見送らせて、大人らも家から出ないようにと、ラルフ爺さんに伝えてくれ。マリカ、先に俺と城壁内まで飛ぶぞ。ギルスとバルートは、セラお姉さんと待機。そして、マーク&トニー、出動だ!」


「了解!」「極悪斑天馬コンビの出番ですね!」


 マーク&トニーが、スチャリと魔導具ライフルを肩に担いだ。懐から取り出した干し肉の欠片を、タバコのようにして口に咥える。


「シュウ殿、私もレジスタンスを動員して…」


 言いかけたギルスを遮り、


「城の衛兵も出動してると思う。今は表に出るな。俺達と連動して、ファルナとの関係性を勘付かれてもマズい」


「そ、それは…確かに。では、今回はお任せしましょう」


 ギルスらを屋敷に残し、外へと駆け出る。


 玄関の外には朝早くだというのに、すでに待機組の下級ロード達が数人いて、こちらの慌しさに驚いた顔をしていたが、今は構っていられない。念のため屋敷を守護するように言いつけて、マリカを見やると、


「マリカ、アリエルはどうしてる?」


「ロード協会の集会所にいるみたいですねー。魔物の発生には気づいていて、すでに対応してるようですよ」


 のんびりとした口調で答えた。別段、緊迫感は感じていない様子だ。まぁ当たり前か。竜族だもんな。魔物程度で動じたりはしない。


「シュウさん、俺らもすぐ合流しますんで、先に行ってください!」


 マーク&トニーが斑天馬に跨り、颯爽と駆け出して行った。


 リングからディグフォルトを取り出し、竜の翼を背中に召喚融合する。


 マリカが白黒の羽を背中から、バサッと広げた。


 お互いに目配せし、地を蹴って一気に飛翔する。先に駆け出したマーク君らを置き去りにして、やがて城壁の上を軽々と飛び越えて行った。


「あ、あれは!?」


「マスターロード様と斑天竜様だ!!」


 城壁の上を巡回中だった兵士の、驚愕と歓喜の混ざった声が響いてきた。


 少し高く飛翔し、街中の様子を見やる。街のあちこちから、黒い煙が上がっているのが確認できた。


「北側にはアルちゃんがいます。東南は斑天馬コンビが来ますので、西側にいきましょー」


 まるで買い物にでも行くかのような、楽しそうな口調でマリカが言った。


 貴族区のある中央、ティアス城の辺りは、警備も万全だろう。そっちは放っといても大丈夫そうだ。西側は、一番多く火の手が上がっているのが見える。歓楽街や一般住宅の多い区間で、衛兵の数も少ないだろう。ロード協会の集会所からも離れているので、居合わせたロードも、ほとんどいないと推測できる。


 多分マリカはそこまで考えたんだろうな。過大評価ではなく、ぼんやりおっとりしてるように見えて、意外に頭の回る子だ。伊達で賢竜と呼ばれているわけではない。


「あっちの方が山脈に近いですからねー」


 うん? …ああ、マリーフィードか。聖域の竜脈の流れも利用してるってことか?


 なるほど、ルイスが遠隔でティアスに魔物を発生させるとしたら、導線となる竜脈の流れが必要ってことか。ロード協会の通信器みたいに。


 というかなぜルイスは、このタイミングでティアスに魔物発生の秘術を……まぁいい。それはあとで考えよう。あるいはマリカに考えさせよう。


「ウフフ。シュウ様と一緒。ウフフ」


 なんかマリカが、すっごいご機嫌なんですけど。




 ──近場で、火の手が上がっていた場所に着地する。歓楽街だ。悲鳴を上げて逃げ惑う人々。あるいは逆に、怖いもの見たさで路地裏から、恐々と覗き見る野次馬ら、完全にカオスな状況になっている。


 兵士らしい姿をした男達が数人、家の屋根ほどの大きさの、歪な怪物を相手に戦っていた。


 まさにデーモンと呼ぶに相応しい形様だ。名前は多分、当たらずとも遠からずだろうが、少なくとも俺の持ってるシィルスティングの中には、あれと同じ姿をしたものはいない。


 シィルスティングではない魔物として、俺が設定したものなのかも知れないが、記憶にないなぁ。


 仮にデーモンと呼んでおくか。


「退がれお前ら、俺が相手をする!」


「はっ…! ま、マスターロード様!?」


「救援感謝します! 我々では歯が立ちません!」


 よく見るとすでに数人ほど、事切れた兵士達が、路地に横たわっていた。


 さすがに犠牲が出ているか。急いで倒して次に行かないと…!


「神剣ランファルト、武具召喚!」


 ランファルトを、輝く白銀の剣へと武器召喚する。


 翼をはためかせて飛び上がり、両手で大きくランファルトを振り被った。


 途端、上方を向いたデーモンが、目の前に巨大な炎の塊を作り出した。


「させません!」


 マリカの風魔法が飛ぶ。俺に向かって突出した炎の塊が、向きを返されてデーモンに直撃した。


『グオォォォォォゥン!!』


 とても声には聞こえない、まるで重低音の管楽器が響くような悲鳴を上げて、デーモンが、がむしゃらに腕を振り回す。当たった建物の壁や屋根が、粉々になって飛び散った。


神牙閃光斬アルタッドブレード!」


 ズシャァァァァァッッッ…!!


 ウィルの技を真似て、白銀の刃に、光の神力を纏わせ、重力の勢いに任せて、デーモンを頭から真っ二つに両断した。


「お、おおっ!!」


「つ、強すぎる! これがS級!」


「マスターロード様が魔物を倒したぞぉ!」


 兵士達や野次馬達が、歓喜の声を上げた。


 いや悪い気はしないが、今はそんなこと気にしてる余裕はない。


「マリカ、次だ!」


「はいっ、シュウ様っ!」


 楽しそうに尻尾を振りながら、マリカがニコニコ顔で返事をした。




 マリカと二人で、西側に集中していた魔物達を、次々と撃破して回る。


 意外にマリカが魔法だけではなく、腕力も強くて、俺が攻撃する前に、一撃でデーモンを殴り倒したりする場面もあった。


 …いやこれ、初見のときマジで戦いにならなくて良かったわ。ワンチャン負けてたと思う。


「マリカ、斑天馬の目を!」


「はーい。…マーク&トニーの無双状態です。走り回りながら、ずっと俺のターンだ!をやってますねー」


 いや、こないだ一緒にトランプやったときに、俺が言ってた言葉を、ここで使ってくるか。応用は間違ってないが…。


 いちいち和ませてくれるなー。やっぱマリカは欠かせないわ。


 ──シュウ様。街の北側は、ほぼ制圧しましたわ。何人か邪魔な衛兵も一緒に、薙ぎ倒してしまいましたが、問題ありません──


 と、不意にアリエルの声が聞こえてきた。


 問題ないですか。そうですか。


 …ないのかー。そうかー。


「ま、マリカ、アリエルにお疲れ様と」


「はーい」


 マリカに言伝を頼んで、シィルスティングをリングに戻して、一息つく。


 結構な数を倒した。これだけ倒せば、あとはマーク&トニーや、街のロード達に任せてしまって大丈夫だろう。モクモクと立ち昇っていた煙も、だいぶ消化されてきてるみたいだし。


 と、


「マスターロード様! サインください!」


「う、うちの子の頭を、撫でてやってください! どうぞご加護を!」


「シュウ様! 是非我が屋敷にて、お礼の食事を! あ、わたくし、これでも貴族の端くれでございまして…」


「どけよ! シュウ様は庶民の味方なんだ! 王族や貴族はすっこんどけ!」


「シュウ様、せめて握手だけでも!」


 あっという間に集まった人々に群がられて、人混みの中をあっちこっちに引っ張り回された。


 ちょ、ハーレム状態なのは悪い気はしないけど、あからさまに抱きつかないで! マリカが人を責める目つきで見てるから!


 こらこら、子供がこんな中に入って来たら危ないでしょ! 離れて向こうにいなさい!


 あ、誰だ今尻触った奴わ!?


「あらら、にんきものですねー」と、頭上をパタパタと飛びながら、呑気な声を出すマリカ。と、


「あれがマリカウル様か!」


「なんて可愛いの! こっちに降りて来てー!」


「ば、馬鹿お前、竜神様に向かって軽々しい口を!?」


「斑天竜様ぁ〜!」


 マリカにも民衆の声が集まり始め……ああ、満更でもなさそうですねマリカさん。敬われるの好きだもんね。




 それからあとも次々と人が集まり始め、まるでパレードか何かのようにして、お祭り騒ぎになった。


 結局俺達が解放されるまで、たっぷり二時間は、無駄な時間を過ごす羽目になった。

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