第34話
「余がレインティア国王、ニコラ・レイン・フォン・レインティアである。マスターロード、シュウ・リドー殿。よくぞ余の召喚に応じてくだされた」
王宮の一室で、上座に座る口髭を蓄えた小太りの男が、言葉遣いこそ丁寧ながらも、どこか横柄な態度で、両手を広げて歓迎する仕草を見せた。
十ほどの席のある、向かい合わせのテーブル。俺の隣には、アリエルとセラお姉さんが並んでいて、席には他にも、身なりの良い中年の男達が六人、向かい合って席に着いている。
アリエルとセラお姉さんの席は、急遽用意してもらったものだけど、そもそも席は空いていたように思える。おそらく、俺が一人で来ることはないと、予測してもいたのだろう。
国王の近くに座った男、宰相と名乗った男が、乾杯の挨拶をして、次々とテーブルに料理が運ばれて来た。さすがにいい食材ばかりで、この世界に来てから…いや、元の世界にいたときにも食べたことのない豪勢な品々が、所狭しと目の前に並んでいった。コース料理というわけではないらしい。まぁ、この世界にコース料理なんて概念はないが。
「ときにシュウ殿。東の門での噂を聞きましたぞ。一般兵でも扱えるような、強力な魔導具を開発なされたとか」
国王より先に、宰相が話題を切り出して来た。ニコラ王もそれに意を唱えるでもなく、黙々とステーキを切って、口に運ぶ作業を繰り返している。あんまり上品には見えない食べ方だ。
東の門といえば…ライフルのテストをした件か。結構色々破壊しちゃったけど…まぁ、城壁などの公共物を破壊したわけでもないし、そこは問題にはならないだろう。
「一般兵でも扱えはしますが、エネルギー源である魔導石へのチャージは必要ですよ。簡易魔法みたいなものです」
簡易魔法でも扱うには、相応の才能が必要になるし、火と水が共存できないように、誰もが全ての属性を扱えるわけではない。色々と制限がある。
その点、魔導具ライフルならば、子供でも引き金は引けるし、全ての属性を扱うことができるが…あえて伏せておいた。話してもロクなことになりはすまい。
「そのチャージは、ある程度の神力を持つ者ならば、下級ランクのロードであっても、可能と聞き及びましたが」
「可能か不可能かと問われれば、可能、ではあります。効率は格段に落ちますし、実用レベルではありませんけどね」
それは、間違いではない。正直マーク君とトニー君でも、斑天馬がいなければ、少なくとも戦場で戦えるほどの、継続的なチャージは不可能だろう。神留石をたくさん用意できればいいのだが、現状俺しか作ることができない以上、限界がある。軍隊に支給できれば、強力な部隊が出来上がるだろうが、そもそも物理的に製作が不可能だ。
まぁ、試してないけど、理論上は可能な方法もあるのだが…教えるわけにはいかない。
「…例えば我が軍に、その魔導具を導入できれば、帝国の侵略に備えるに、十分な戦力を確保できるかと思うのだが、どうでしょうかな?」
肉を切るナイフの手を止めて、国王がチラリと上目遣いでこちらを見る。
……あんた今の話、聞いてなかったんかい。
「製作できるのが自分一人である以上、現実的ではないでしょう。神力のチャージにも、上級、ないし中級レベルのロードを、犠牲にすることになります。それでは本末転倒です」
「上級はともかく、中級程度ならば、我が軍にも三十ほどは。半分ほどは戦列を離れても支障はございません。それでも実用不能でしょうか?」と、今度は俺の対面、一番下座に座る男が質問してきた。
他の出席者とは、若干毛色が違うように見える男だ。明らかに面従腹背な他の面々に比べ、実直そうな目つきに、物腰からも、こちらに敬意を払っていることが伺える。
「…失礼を。自分はエミール・シャウアー。国軍の総指揮代行を担う身分にある者です」
と、こちらが黙っているのを勘違いしたのか、エミールが深々と頭を下げた。
総指揮、ということは将軍ということだろうが…代行とは? 訝しげにしていると、それを察したのかセラお姉さんが、
「エミール殿は前将軍のギルス・レインが失脚したのち、将軍の座に繰り上がった副官です。代行とは彼が勝手に言ってるだけで、実際には、正式に将軍の位にあります」と、隣に座るアリエルの背中側から、小声で教えてくれた。
なるほど。それで一番下座に座らせられているわけね。自分で座ってるのかも知れないが。よく見ると他の面々は、国王を含めてエミールが発言したことを、面白くなさげに眉をひそませている。
「エミール、わきまえよ。シュウ殿が困っているのが分からぬか」話に割り込まれた宰相が、厳格な声で非難した。
エミール将軍は宰相に向けて軽く頭を下げ、それきり黙りこくってしまった。
別に、困って黙っていたわけではないが…まぁいいか。
「ゴホン。……我らとしましては、軍備の拡大は急務でありましてな。現状、帝国の侵略に対しても、隣国の援軍に頼り切りの状況で」
「それはいかん。一刻も早く、我々だけでも対処できるだけの戦力が必要だ」
「他にはない強力な武具が揃えば、ビズニスに並び立つことも可能でしょうなぁ」
示し合わせたかのように、口々に捲し立てる。
すごく回りくどい…。この人達にとっては、それがいつも通りの話し方なんだろうけれど。
「単刀直入にどうぞ。言葉に深みを持たせる、社交界特有の遣り取りには、慣れていないもので」
それが話術というものならば、身につけなければならないのだろうが…どうにも性に合わない。すごくストレスを感じる。
そういうところも、俺のダメなところなんだろうが……。だからこそセラお姉さん達にも、頭の中を簡単に読まれてしまうんだろうし。
きっと俺が今イライラしていることも、この場にいる全員に、バレてしまっているのだろうな。
それで構わないじゃないか、なんて考えちゃう奴は、こういう席には向いていない。政治家にはなれないタイプだ。…俺のことだけど。
「では、お言葉に甘えさせていただきましょう。
シュウ殿。我らは貴方様に、国軍の全権を委ねたいと考えております。国の守り神と崇められている、斑天竜マリカウル様を従える貴方様です。これ以上の適任者は御座いますまい」と、宰相が食事の手を止めて、両手を膝の上に置いて、真っ直ぐにこちらを見据えた。
「全権……ですか」
ちらりとエミール将軍に目を向ける。意図を察したのかエミール将軍は、口の端を僅かに上げて苦笑し、目を伏せて軽く会釈をした。
思うところはあれど、了承はする、といったところだろうか。だが、
「…自分には、いずれは各国を回らなければならない事情があり、レインティアに腰を据えて、軍事に準ずることが、厳しい立場にあります。国の重職に就くことは、難しいでしょう」
これは予め決めていたことだ。その申し出を受けるわけにはいかない。
「ほう。それはどういった事情ですかな?」と宰相が片方の眉をピクリと上げる。
ここは、ある程度は明かしても支障はないかな。
「自分の目的は、帝国の侵略からこのレインティアを、引いては各国の罪無き民衆を救うことにあります。ビズニスやエストランドとも連携を取り、またプレフィス聖王国や四聖公国とも繋がりを作り、父なる神ウィル・アルヴァの現し身を探し出して、その総指揮を執ってもらいたいと考えているのです」
もちろんそれだけではないのだが、この場では、ここまでに留めておいた方が無難だろう。このことは、ここに来る前に、セラお姉さん達とも示し合わせている。今のところは、予定通りの会話が続いているな。
「なんと…そこまで考えておられたとは」と、エミール将軍だけが、感嘆の息を吐いた。
他の面々は、驚いた顔つきをしながらも、それでもどこか、面白くなさそうな雰囲気だ。
…何が気に入らないのよ。
「父なる神が、人としてこの世に存在することは、伝承として伝えられてはいますが……どこまで信憑性が持てる話なのですかな」
エミール将軍を除く面々が、どこか皮肉めいた笑みを浮かべ合った。
…ウィルさんや。あんた信頼ないで。今どこで何してるんだよまったく…。
まぁ、この反応もあり得ると、予想はしていた。レインティアでは、ウィルの知名度が決定的に低過ぎる。セラお姉さん達も知らなかったし。
それに、本当に父なる神ウィルが登場して、自分たちの上に立たれるのも、面白くないのだろう。
「大それたことを…。とにかく、こちらの申し出は断られた、と判断しても宜しいのですかな?」と、宰相が呆れたような物言いをした。
「そうですね。それ以外の形で協力体制を取れれば、と考えています」
「ふん。一般人風情が、生意気な口を」と、ニコラ王がワインをグビリと煽った。
おっと。風向きが変わったぞ。
「こちらからも一つ、聞きたいことがございます」
ここで初めて、アリエルが話に入ってくる。風向きが変わったのを見て、相手のペースに巻き込まれるのを嫌ったのだろう。
手元の料理に口をつけつつ、会話をアリエルに託した。
「ファルナ・フォッグという少女をご存知ですね? フォッグ家の屋敷を訪ねたところ、王家に養子として引き取られたと伺いました」
アリエルがニコニコ顔を崩さずに、淡々とした口調で問いかけた。
それを聞いて、不意に、ニコラ王達の顔色が変わったのが目についた。
おや。なんだか様子がおかしい。
「よくもまぁ白々しいことを…」と、ニコラ王が憎々しげに呟く。
…うん? ちょっと予想してた反応と違う。
てっきり、ファルナの存在を盾に、色々と要求してくるものとばかり思っていたのだが。どちらかといえば、この話題には触れたくないような雰囲気だ。
「ファルナ・フォッグという少女は、確かに昨日、王家の養女として王宮に迎えられました。…が、今朝の段階で、行方知れずとなっております」
エミール将軍が、シレッとした顔で言った。まるでニコラ王達の反応を、楽しんでいるかのようだ。
というか、行方知れず? どういうことだろう。どこかで隠れんぼでもしているわけじゃなかろうし…。逃げ出すにしても、三歳の子供一人じゃ、城を出ることもかなわないと思うが。
それにエミール将軍の言い方も気にかかる。自分のことを代行だと平然と公言していて、ニコラ王とは対立する姿勢を見せている。元はギルスの副官だというし、もしかしたら、今でもギルスと繋がりがあるのかも知れないな。
だとしたら、ファルナの行方が知れなくなったことにも、一枚噛んでいる可能性もあるわけか。
「エミール…そなたは口を挟むな」宰相が怒気の含んだ声を出す。
「行方知れず、ですか。それはまた物騒なお話で」
アリエルが淡々とした口調を崩さずに、ニコラ王を見やった。まるで、予め知っていたかのような、落ち着いた態度だ。
そういえばファルナのことは、俺達が手を下さずとも、勝手に解決するみたいなことを言っていたが…これもアリエルの予想通りの流れというわけなのだろうか。
どういうことなのか訊きはしたのだがアリエルは、いずれ分かります、とだけしか教えてくれなかった。
「これで優位に立ったつもりではあるまいな、アリエル商会の主よ」ニコラ王が忌々しげに言い放つ。
…話が読めないのだが、まぁいいでしょう。どの道ここから先は、アリエルさんの出番です。
「ファルナ・フォッグがどこに行ったのか、把握しておられないのですか?」あくまでニコニコ顔を崩さない、白々しい物言いだ。
アリエルは把握してるってこと、か? でなければ…ファルナが転生した母なる神である以上、アリエルら竜族にとっては、放ってはおけない特別な存在だ。キャンディが必要なくらい。
ニコラ王はフンと鼻を鳴らして、そっぽを向き、
「まぁ良い。こちらにはまだ手が残されておる」と、口の端を上げて、憎らしい目つきをした。
「陛下、その話はわたくしが」と、宰相がニコラ王の発言を遮る。
「セラ・ディズル。そなたに関することだ」と、今度はセラお姉さんに矛先が向けられた。
なしてセラお姉さん? 眉を顰めてセラお姉さんと視線を交わす。セラお姉さんも、どういうことなのか分かってはいない様子だ。
「そなたに下されたレインティア追放の裁定は、未だ有効のままだということを、忘れてはいまいな?」
「な…! そ、それは……私はあのとき査問会で、正式に裁定を言い渡されてはおりません!」セラお姉さんが思わずガタッと席を立って、抗議の声を上げる。
「言い渡されてなかろうが、国としての決議は決まっておる。そなたはレインティアに身を置くことは許されぬ身だということを弁えてもらおう」
「あらあら、それは予測しておりませんでしたわ」と、アリエルが苦笑した。
宰相はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるニコラ王に、チラリと視線を送り、ゴホンと咳払いをすると、
「まぁ…こちらとしても、できれば撤回して、シュウ殿との友好を築きたいところではありますが…何分、一度決まったことを覆すというのは、国の沽券にも関わることですからな。そう簡単にというわけには…」
随分と…遠回りな言い方をする。
「とはいえ、S級ロード様のお付きの上級ロードであれば、国の決定にも、絶対に従わなければならない、というわけでも御座いますまい。ロード協会の後ろ盾も御座いますからなぁ。
ただしその場合、セラ殿本人はともかく、その近しい方々、例えば城下で宿を営む親戚夫婦や、ミレアの町で行商をする実家の方々が、どのような扱いを受けるか…。心無い者はどこにでもいるものです。無論、国としましては、そのような者を取り締まる立場に、ありはしますが…果たしてどこまで目が行き届くことやら」
「それは…」と、セラお姉さんが絶句した。
「……………」
どう対応すれば良いものか、呆れて物も言えずに黙り込む。そういえば確かに、レインティア追放という処分は、ルードが根回しして、国が決定したものだったはずだ。まさかここでそれを持ち出してくるとは。
こちらの弱みは、ファルナに対して後手に回ったことのみだと思っていたのだが、流石に色々と考えてくるものだ。
──シュウ様。どうぞお気を静めて下さいませ──
と、不意に頭の中にアリエルの声が響いた。
──怒りを表す闇と炎の神力が、荒ぶっておられます。シュウ様の怒りを察知したマリちゃんが、飛んで来て暴れ回るかも知れませんわ──
おっと。それはとても困る。
…いや、むしろそれで構わない気もするが。やっちゃっていいんじゃないか? まじで。
てか、ここから俺達の屋敷まで、かなりの距離があるけど、そこにいて俺の怒りを察知するって、どんな能力よ。竜族に人の常識が通用しないのは、確かではあるが。
「どうでしょうかな。事を荒立てたくないのは、お互いに同じのはず。今日のところは、お互いに一つずつ、相手の要求を飲むというのは」
と、宰相が妥協案を提示してきた。
「こちらとしては、魔導具の提供…無論、可能な数で構いません。それと、断られはしましたが、シュウ殿の総司令官への就任についても、諦めてはおりませんぞ。あとは、そうですなぁ…斑天竜マリカウル様が、正式に我が国への加護を与えて下さるというなら、願ってもないことにございますな」
国としての要求は三つ。その内一つでも飲んでくれれば、セラお姉さんのレインティア追放は、取り消してくれるとのことだ。
全く虫のいい話だが。
「どれも受け入れられないと言ったら、どうしますか?」
と、アリエルが強気に打って出た。
「ほう? 国外追放で構わないと?」
「それについては、先ほど貴方が仰られたように、必ずしも従わなければならないものではございませんわ。商売を営む身内については、アリエル商会にて保護・援助いたします。国が気に病むこともありません。護衛の兵士を派遣するなど、特別な対応をする必要はございませんわ。どうぞこのアリエルに、全てお任せ下さい」と、ニコニコ顔で胸元に片手を当てる。
宰相とニコラ王が、軽く頰を引きつらせた。
「ファルナ・フォッグについても、私どもで捜索いたしましょう。これについては、正直、見つけられるかどうかは怪しいところであることを、ご了承下さい」
それは、見つけても教えないよと、暗に宣言してるようなものだ。ニコラ王と宰相の頰が、さらにピクピクと引きつっていった。そもそもニコラ王は、ファルナがいなくなったのは、こちらの手引きだと考えているだろう。
「く…くはは」とエミール将軍が思わず失笑し、すぐに「失礼」と白々しくポーカーフェイスを気取ってみせる。
いいね、このおっちゃん。ちょっと気に入った。
「それと、もう一つ大切な話がございます。今日お伺いしたのは、実はこちらが本命なのですが」
アリエルが笑顔を崩さず、これまでより少し語気を強めて、言った。
「今期分の貸付金の返済が、滞ってございます。明日中にも、利子分の一千万ゴールドだけでも受け取りに参りますので、ご用意していただけますか?」
途端にニコラ王と宰相の顔が青褪めた。
「こ、これまで商会は、返済の督促などして来なかったではないか!」
「確かに、無理に要求して、国の財政が破綻するようなことになれば、こちらとしても支障がございますゆえ。ただし、いつまでもというわけにはまいりません」
アリエルが一旦言葉を切り、ここで笑顔を崩して、真顔でニコラ王を見据えた。
「貸し付けた利子すら回収できないとなれば、商会としての沽券に関わりますわ」
言い知れぬ迫力をにじませる。
「ぐっ…!」
ニコラ王と宰相が、揃ってぐぬぬと歯軋りした。
完全に同じやり方でやり返した形だ。周りの取り巻きも含めて、何も言い返すことができないでいる。
アリエル商会……実質的に、国の存続をも左右するほどの権威を持っているということか。融資を打ち切られたら財政破綻する国が、一体どれほどあるのだろう。
と、不意にアリエルが、元のニコニコ顔に戻り、クスッと笑い声を上げた。
「どうでしょう。事を荒立てたくないのは、お互いに同じのはず。こちらからも妥協案がございます」
と、完全に立場が逆転した形で、有利にことを進めたのだった。
そしてこの晩餐会において、一つだけ確かなことが分かった。
アリエルだけは敵に回しちゃいけない。
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