第33話

「申し訳ありません。おそらく、私が依頼した人物から、王家に情報が漏れたのだと思います」


 帰りの舟の中セラお姉さんが、ため息混じりに言った。信頼できる人物なので買収されたわけではなく、ファルナを探す過程で接触した王族から、話が伝わったのだろうとのことだ。


「時間の問題だったと思いますよ。それに、王家はまだ、ファルナ様の重要性を理解してはいないでしょう。気にすることはありませんわ」


 アリエルがポンポンと、隣の席のセラお姉さんの背中を叩く。


 ちなみに、舟には俺たちの他に、渡し人の男がいるが、そっちには声が聞こえないように細工してある。マリカの風魔法だ。これから先、こういったことにも配慮していかなければいけないだろう。


「そういえば数日前にも、自分やマークらのところに、不審な男が接触して来ましたな。トニーが怪しんで、すぐに追い返しておりましたが」と後ろの席のバルートが、腕組みして難しい顔をしている。


 むむむ…。王家や上位ギルドが、情報収集に動いて来るのは当たり前として、直にマーク君達のところにまで、接触しに来ていたとは。まさか、子供達や爺さん達のところにも来てたんじゃ…


「私はお菓子をいっぱい貰いましたー」マリカの爆弾発言。


 ちょ、おまっ…!


「お菓子って…何か入ってたらどうするんですか!」セラお姉さんが顰めっ面で非難する。


 がマリカはケラケラ笑いながら、


「子供達が食べたらダメそうなものもあったんで、それは私が美味しくいただいておきました。独り占めです!」えっへんと胸を張る。自慢の尻尾が、得意げに揺れていた。


 …あー。竜族には、毒や薬も効かないわな。焦って損した。セラお姉さんと一緒に、並んで胸を撫で下ろす。


 入っていたものは、自白剤だったという。マリカに効くとは、さすがに思っていなかっただろうが、薬入りのものをマリカに全部食べられて、子供達の口に一口も入らなかったのには、王家の間者もほぞを噛む思いだっただろう。…ていうか、


「お菓子をくれた奴はどうした?」試しに訊いてみた。


 マリカはニコッとして「……………」何も言わずそっぽを向き、舟の縁からチャプチャプと水面を叩いて「キャハハ」楽しそうに遊び始めた。


 うん。聞かない方が良さそうだ。


「ラルフ爺の指示で、大人達も子供達も、外ではシュウ殿のことを、何も話さない決まりとなっております。そちらから情報が漏れる心配もないかと」と、バルート。


 あー。そういえば家にいるとき、食事の後なんかに、セラお姉さん達と重要な話をするときは、爺さんが目配せして、それとなく退室したりしていたな。小ちゃい子達は、気にせず残ってる子もいるけれど。


 …どうしよう。薄々気づいてはいたけれど、うちのメンバーの中で、俺が一番ちゃんとしていない。もっとビシッとしないといけないな。


「子供達を拐って要求を突き付けてくる、なんてことも考えられるわけか。だからといって、学校に行かせないってわけにもいかないし…」


「そこまでして来るような相手ならば、もう遠慮は要らなくなると思いますよ」アリエルがニコリと笑った。「そのときは容赦しません」あくまでニコニコ笑顔を崩さない。


 ティアス城の一つや二つや三つくらい、余裕で破壊してしまいそうだ。一つしかないけど。ガイアブレスはもちろん、ガイアバーストの一発も撃ち込んだら、オーバーキルも発生することだろう。


「明確にこちらを敵に回すような愚行は、侵さないはずです。S級ロードに、斑天竜マリカウルですからね。怒らせれば、国が滅ぼされかねないことは、理解しているでしょう」セラお姉さんが言った。


 確かに。王家の目的は、むしろ俺とマリカを、国側に引き入れることだろう。マリカには国の守護神になってもらい、俺には一軍を預けて、将軍にでも収まってもらう。ビズニスやエストランドに比べて、軍事的に劣るレインティアには、喉から手が出るくらいに欲しいカードのはずだ。


 そうか、俺がまだ正式に、ロード協会に所属していないことも、王家からしたら都合がいいわけだ。正式なロードになってしまえば、当然召し抱えることはできないし、雇うのにもロード協会を通さなければならなくなる。


 マリカに関しては元々、マリーフィード山脈を根城としていた斑天竜マリカウルは、レインティアの守り神だと、人々から崇められて来た存在であった。あくまで伝説であり、実際に斑天竜の姿を見た者は、ほとんどいなかっただろうが、山脈の麓の村では、マリーフィードは神山として祀られているし、人々の中にも、マリーフィードの竜神の信仰は根付いているという。


 当のマリカは何処吹く風だけどね。守護していたわけでもないし、今や聖域も、配下の魔竜達に任せっきりだし。


 とにかく、そんな由縁があるが故に、王家としてもマリカは、是非にも取り込みたいところだろう。


 個人的には、一軍を任せてもらえるのなら、レインティアに付くことも選択肢の一つとして……いや、ダメか。自由が利かなくなれば、プレフィスやアルディニアを訪れるのも難しくなるし、何よりウィルを探さなければならないため、一箇所に縛られるのは、すごく都合が悪い。張り切って却下だ。


 どちらにせよ王家とは、一度ちゃんと話をつけなければならない。ファルナのこともあるし、レインティアを救うために、連携を取る必要もある。アリエルが言うには、アテにはできないらしいが、こっちは圧倒的に戦力が足りない。未だティアスに到着していないセラお姉さん配下の元三番隊も、確実にこちらに付いてくれるのは十人ほどだという。


 中級ロード十人というのは結構な戦力だし、アリエルの地竜部隊の五十も、凄まじい戦力ではあるが……帝国の遠征軍は数万、下手したら数十万という大軍だ。ほとんどが一般兵だろうとも、俺達だけで対処しきれる数ではない。しかもその中には、S級レベルの猛者も、ゴロゴロ混ざっていることだろう。


 それにしても、王家が絡んでくると、一気に話がややこしくなる。


 アリエルが言うには、レインティアの王家は腐っているというが、民衆には笑顔もあるし、圧政が敷かれているというわけでもない。他国に比べて税金は少し高めらしいが、それでも許容範囲内であり、国民の不満が高まっているわけではない。


 問題があるのは軍事面の一点であり、エストランドやビズニスに劣ることを理由に、首都の防衛のために手一杯と銘打って、今回の帝国軍の侵攻にも、一兵たりとも出兵していないらしい。自国領のグラハガ平原が、主戦場となっているに関わらずだ。


 そういう態度ばかり取っているのが、レインティアに人材が集まって来ない理由の、一つになっているだろうに。レインティアくらい大きな国で、ロードクランも含めてS級が一人もいない国なんて、ここくらいのものだろう。


 それでも、かつてギルス・レインが一軍を率いていたときには、クランにもアルディニアから派遣された、S級ロードがいたらしいし、当のギルスも失脚するまでは、連戦連勝の猛将として、民衆からの支持を集めていたという。


 失脚する原因となった遠征軍の壊滅にも、どうやらギルスのことを面白く思わない輩が、一枚噛んでいる節があるというし…なるほど。そういうことも含めて、今の王家は腐っていると、アリエルが断言しているわけだな。


 この状況、いかにすべきか。


 早いところ方向性を定めておかないと、おそらく、今日か明日にも、王家が俺自身に接触して来ることだろう。



 そして、その目算通りに、


 家に帰ると、王宮からの召喚状が届いていた。


「晩餐会への招待という形ですが、呼ばれているのは、シュウ様お一人のようです」と、召喚状を読み終えたアリエルが、フムフムと何度か頷いた。


「私がいることも把握しているはずですから、いないところで話をつけたいのでしょう」と、珍しく笑顔を崩して、面白くなさそうに、フンと鼻を鳴らす。


 レイン家の当主、つまりレインティア王も、アリエル商会から莫大な金銭を借り入れている一人であり、アリエルの存在は面白くない。


 晩餐会となれば席に限りがあるため、呼ばれてもいないのに参加するのは、礼に反するのだという。


 が、アリエルは頑として、ついて行くと譲らなかった。


「席くらい用意させますわ。セラお姉さんも、ご一緒にいかがですか?」と、ニコニコ顔だ。


 それくらいの発言力は持っていると豪語するが、まぁ、一抹の不安は残るな。


 マリカの名前がないということは、俺一人を懐柔すれば済む話だと、思っているのだろうか。普通に考えれば、竜神と話をつけるより、未だ正式なロードでもない人間一人を説き伏せる方が、楽勝だと考えるだろう。ちょっと納得はいかないけど、まぁ分からない話ではない。


 あるいはお菓子をくれた間者を、マリカがどうにかしたことで、恐怖を感じているのか。…何をしたんでしょうかあの子は。


「ファルナちゃんが、ギルスさんの娘だということは、王家は知ってるんですかね?」トニー君だ。


 夕食後、召喚状の話になった途端に、爺さん達大人の皆んなは、それとなく退室していったが、小さい子供達数人は部屋にいて、テーブルに広げたトランプで、マリカとマーク君、それと完全なるポーカーフェイス、トランプ界の猛者バルートのおっさんと遊んでいた。トニー君だけが、こっちの話に入っている形だ。


「どうでしょう。ギルス・レインは、娘の存在をひた隠しにして来た、のですよね?」と、アリエルが俺の顔を見た。


「そうだな。そうだったと記憶しているが……今一つハッキリしないんだよな」


「と言いますと?」


「うん。ギルスについて、思い出す記憶に、幾つかのパターンがあるように思う。レインティアの将軍だったり、エストランド王だったり、天才軍師だったり…」


 確かにギルスは、ロストミレニアムという物語においては、中心的に登場して活躍するような、主要キャラクターではなかった。精々がファルナが過去のことを思い出したり、自らの生い立ちについて話を聞くという件りがあったときに、過去の人物として説明文的に紹介があったくらいで……


 いや…? 明確に、ギルスが活躍するような話が、あったような気もするが……。


「まるでギルスが、複数いるみたいですね。影武者が何人もいたりして」と、冗談ぽく言って笑うトニー君。


 いやー。影武者と聞いて、ピンとくるものはないなぁ。…が、複数というのはちょっと気にかかるが………あれ?


「ん? 複数…そうか、複数あったんだ!」


 ふと記憶が蘇り、ポンと手を叩く。ナイスアシストだトニー君!


「へ? マジで影武者がいたんですか?」


「いや、そうじゃなくて、複数の物語があったんだよ!」


 思い出した。ギルス・レインの物語には、二通りのパターンがあった。


 当初は、ギルスはエストランドの英雄だった。だが、その設定でいくらか書き進めた頃、シャロンの王子シュン・ラックハートの物語に手をつけて、レインティアという国が後付けで誕生してしまった。


 最初はレインティアという国はなかったのだ。ガルトロス大陸の地図を見ながら、構想を練ったときに、この場所に国がないのはおかしいとして、シャロンが二分する形で国をつくり、その流れで、最初のギルスの物語は、お蔵入りするという形になってしまった。


 そしてどちらの物語も完結することないまま、ギルス・レインという人物像はそのままに、ファルナの登場する路地裏の英雄アレクの物語に、回想や、すでに亡くなった過去の人物として登場し……


 …思えば、ここでも随分と中途半端なことやらかしてるな俺。


 とにかく。どうやらこの世界のギルス・レインという人物像は、後付けの設定の方だけが反映されているようだ。


「ということは、エストランド王だった方のギルスさんは、ちゃんとファルナちゃんを認知してたってことですか?」トニー君が首を傾げながら訊いた。


 いや認知ってあんた。生々しい言い方するな。さすが色男。


「どっちも、娘であることは隠してたと思う。政治的に利用されるのを嫌って、徹底的に隠蔽していた。そういう能力には、長けた男だよ」


 おそらく、ロストミレニアムという物語において、一、二を争う知恵者だと思う。アレクの親友である、のちのアルディニア公王、ディート・F・サンダーや、風竜神フラドラードと並んで。マリカも…いや、なんでもないです。


「ならば、ギルスの娘であることは、王家も気がついていない、ということですね」


 念を押すセラお姉さんに、コクリと頷いてみせる。


「話の持って行き方次第では、手放させることも可能だろう。アイラの元に返してやれる」


 それが一番ベストな結末だ。


 というかファルナがこのまま王家にいたら、もしレインティアを救えなかった場合、最悪の結果になってしまうかも知れない。


 それよりも前に、このままレインティアに居続けたら、アレクと出会うことも出来ない? …それは問題だ。創造主として、そこだけは、何があっても設定通りにしないと……物語の本筋が瓦解してしまう。あれほど微笑ましいカップルはいない。


「お任せ下さい。王家の思い通りにはさせませんわ」


 そう言ってニコニコ笑うアリエルが、すごく頼もしく思えた。


「それに…アイラさんの反応を見て、少し思うところもございます」


「アイラの? 何か変だったか?」


 俺の目からは、別段変わった態度には見えなかったが。竜族の目から見れば、違って見えるのだろうか。


「落ち着きすぎですわ。愛娘が急に、敵の側に引き取られたのですよ。母ならば夜も眠れず、もっと憔悴しているものです」


「言われてみれば…」


 とはいえ、アイラ・フォッグなら、それでも動じない気はするが。ギルスが惚れた女だ。


「それともう一つ。マリちゃんも気づいたでしょうが……もしかしたら、ファルナ様のことは、私達が何もせずとも、解決するかも知れませんわ」


「………?」


 よく分からないことを言ってアリエルは、再びニコニコと、愛嬌のある笑顔を浮かべたのだった。

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