第20話

「ううー。ちょっとはしゃぎ過ぎましたかねぇー」


 マーク君が今にも吐きそうな顔で呻きながら、トニー君に肩を借りつつ、ヨロヨロと歩いている。


 トニー君は真っ赤な顔をしているものの、足取りもしっかりしていて、割りと平気そうだ。顔が赤くなる奴ほど酒に強いとか聞いたことあるけど、当たってるのかも知れないな。


「それじゃシュウさん。俺はマークを送っていきます。明日また来ますんで」


「うん。ああ、でも明日は、ロード試験受ける手筈になってるから、午前中はいないかも」


「了解です。俺とマークも、ちょっと集会所に用がありますんで、それが終わってから来ます」


 笑顔で軽く手を振りながら、トニー君がマーク君を引きずるように帰って行った。


「まぅ、まままぁまぅ♪」


 ご機嫌のマリカが、可笑しな歌を口ずさんでいる。終始笑顔で、顔色はほんのり赤い。


 竜族は総じて酒に強い。そして好物だ。マリカもその例に漏れてはいないらしい。


 そして俺はと言うと…実はそんなに飲んではいないんだな。酒は飲むものではなく、飲ませるものだ。お、名言だなこれ。


「しかし飲みましたなぁ。こんなに飲んだのは、生まれて初めてですぞ。いい冥土の土産ができましたわ」


 ガハハと笑いながら元村長さんが、ゆでダコのような顔で、若い男に支えられている。


 おばちゃん三人や若い女性一人も結構飲んでいたけど、元村長さんは一番飲んでいたなぁ。年甲斐もなく。


 ノウティス領にいたときは、酒なんてほとんど口にすることもなかっただろうに。相当強いと思うこの人。


 …ま、俺が飲ませたんだけどな!


「シュウ殿に目の前で酒樽を空にされては、こちらも飲まないわけにはいきませんものなぁ。結局シュウ殿の半分も、飲めませんでしたがな」


 あれ? そうだっけ? いやいや、樽飲みしてたのは蟒蛇マリカだよ。酔どれマリカに勧められて、途中ちょっとだけ真似しはしたけれど。


 まぁ常発能力の影響で、どれだけ飲んでも、酔潰れるということはない。それもあって少しは飲んだ記憶はあるけれど……あれ? 少しだったかな…まぁいい。お金はちゃんと払ったんだし問題ない。


 ちなみに難民の中であと一人いる、大人勢のお婆ちゃんは、眠くなった子供達を連れて、先に宿に帰っている。


 とはいえ、眠くないとダダをこねた子供が五人ほど残って、皆んなとワイワイ騒いでいたけどね。そっちは今は俺とマリカの周りで、マリカと仲良く手を繋いでいたり、うち一人の年長者の女の子は、俺に背負われて眠っていたりする。


 …これから先、どうなるかは分からないけれど、たまにこんな日があったら楽しいだろうな。それだけで頑張れる気がする。


「大丈夫ですか? 今日はもうゆっくり休んでください。お風呂入るなら、明日の朝にした方がいいですよ」


 マリカに言われた元村長さんが、そうしますと言って、またガハハと笑った。そのまま一行は宿に戻って、それぞれ割り振られた部屋へと案内された。


 この時代、元の世界のように電気など存在しないし、ロード協会に関連する施設を除けば、明かりといえばランプや蝋燭が主流だ。


 もっと時代が過ぎれば、電気のように明かりを灯す魔導具が開発されて、街灯なども夜道を照らすようになるのだが、そうなるまでにまだ数百年は必要だろう。


 …いや待てよ? 確か明かりを灯す魔導具は、そんなに難しい構造じゃなかったと思う。俺ならすぐに作れたりするんじゃないだろうか? 一応、魔導具製作に必要不可欠な、魔導の理に干渉できるシィルスティングは持ち合わせているし。


 その他の魔道具にしたって、いずれは誰かが開発するものだったとしても、そいつが絶対に作らないといけないという決まりはないだろう。別に俺が作ってしまっても問題はないはずだ。


 仮に問題ありそうでも、自分達で使う分には問題など起こるはずもない。流通させなければいい話だ。


 お金に余裕ができたら、そっち方面にも手をつけてみようか。


 最終目標は、ロードが搭乗して戦うことのできる機動兵器、魔導機スティングアーマーの開発だ。


 ……それは流石に難しそうだけどね。それに近い物は目指そう。


 部屋にあったランプに、火魔法で明かりを灯し、ベッド脇のテーブルの上に置く。


 時間的には、まだ十時とか十一時くらいのものか。元の世界にいたときは、寝るには早過ぎる時間帯だけれど、こっちに来てからは、早寝早起きも当たり前になってしまった。


 何しろ皆んな、朝が早い。辺りが明るくなってきた頃には、もう活動を始めている。そんな中にいたら、必然的に自分も早起きになってしまうものだ。


 スヤスヤとベッドで毛布に包まり、寝息を立てるマリカを見やりながら、ベッドに腰を下ろす。


 ……ちくしょう。当たり前のように俺の部屋にいて、当たり前のようにベッドを占拠してるだと? マリカは隣の部屋で、女の子二人と同室だったはずだが?


 …まぁ、目くじら立てることでもないか。


 床に腰を下ろし、ベッドに肘をつくようにして、ふうっと息を吐く。


 なんだか、久し振りに静かで、落ち着いた雰囲気な気がする。今までは目につくところに子供達がいたからかな。子供って、いるだけで賑やかだよねぇ。


 まだ若干、顔が熱い。気分的には酔いはさめているのだが、身体の方はまだそうでもないらしい。


 それにしても今日は楽しかった。これでセラお姉さんや、ついでにバルートのおっさんも居たら、完璧だっただろうな。


 そんなことを思いながら、床に座ったままコロンと、ベッドの端に頭を預けて、目を瞑る。マリカのモフモフの尻尾が、クルンと首に巻きついてきた。あったかいなこれ。


 …そんなふうにして、俺はゆっくり微睡みに落ちていった。





 

 ふっと目を開けると、美女ウィラルヴァの端麗な顔が、目の前にあった。


「うおっ!?」


 一瞬ドキッと胸が高鳴り、慌てて飛び退く。


 心臓に悪い出方をするんじゃありません!


「悪かったな。随分と気持ち良さそうに寝るものだと思ってな。思わず見入っておったわ」


 輝くように艶やかな金髪をふわりと揺らして、ウィラルヴァが立ち上がる。


 こいつ…! 今になって出てきやがるとは、どういうつもりだ?


 と、ふと周りを見回すと、そこは宿屋の一室ではなく、白くフワフワと輝く雲のような地面に、頭上には果てしない闇の広がる、あの創世の場所だった。


 ウィラルヴァの部屋と名付けよう。そうしよう。


「何が我の部屋だ。そんなことより…随分と楽しそうだったな」


 腕組みをして仁王立ちしたウィラルヴァが、不機嫌そうに背中の翼を、バサっとはためかせた。


 よく見ると、頰も若干、膨れ気味だ。


 あれ…? もしかして、羨ましいのか?


 ニヤニヤしながらウィラルヴァを見やる。


 ウィラルヴァはフンと鼻を鳴らし、


「バカにするな。宴会など我は興味ない」


 言い終わって、またもぷうっと頬を膨らませた。


 ………ええい、騙されんぞ。


「そんなことより、いくつか文句がある」


 ずいっとウィラルヴァに詰め寄り、ビッとその鼻の先を指差す。


「靴については礼を言うが、せめて金と食料くらい持たせてくれたっていいだろ!? 右も左も分からない世界に放り込んでおいて!」


 差された指の先を見つめたウィラルヴァが、目をパチクリとさせた。が、すぐにキッと目尻が釣り上がり、


「な、何を言うか。換金用に簡易魔法を大量に持たせておいたし、お前を送り込むのに合わせて、キラーラビットや鳥を召喚しておいてやったであろう。美味で知られる大兎の肉を、飛竜に掻っ攫われたのはお前だし、鳥を黒焦げにしたのもお前ではないか!」


 え? あれって…ウィラルヴァが用意したものだったの? はつみみぃ〜。


「何が、はつみみぃ〜、だ! 我自身は、三神の時代に関与することはできぬのだぞ。理を曲げられるのは、創造主であるお前だけだ。折角お前にくっ付けて送り込んだ貴重な食料を、丸っと無駄にしおって。観察することしかできぬ我が、どれだけハラハラした思いで見ておったか分かるまい!」


 あら。そうだったの? いや、俺はてっきり、嫌がらせが成功して、ほくそ笑んでるものとばかり…。


「しかも簡易魔法など、売るどころか自ら使うこともせず、リングの肥しにしおって…。簡易魔法ならば、永続魔法と違い、手放しても、常発能力に関係がないことぐらい、考え出したお前が一番良く分かることではないか!」


 ……………。


 …………ハッ! そうだった!


「ハッ! そうだった! ではないわぁ!

 我の好意を尽く無駄にしおって! あげくそれを逆恨みされ、文句を言われる筋合いなどあるか!」


 フーッ、フーッと鼻息荒く、ウィラルヴァが逆に俺に詰め寄ってくる。頭突きされそうな勢いだ。


「い、いやいや…そ、それでもほら、あれだ、その…そうそう、なんだってまたあんな、何もない荒野なんかに飛ばしてくれたんだよ。もっといい場所があったでしょうに!」


 なんとか無理やり、粗探しをして言い返す。


 ウィラルヴァは一旦、顔を引いてふうーっとため息を吐き、


「セラ・ディズルのせいだ」と言って、スゥーっと目を細めた。


「導きの靴、とマリカウルが名付けておったが…その靴には、お前と相性の良い、力になる存在の元へと導く力がある。あのとき、お前が北に向かわず南に向かっておれば、ウィル・アルヴァに会えたのだ」


 へっ!? マジっすか!


「うむ。マジだ。しかし、ウィルよりもさらに相性の良いセラ・ディズル、それにマーク・ティフォンらが近くにおったため、お前はそちらの方へと引き寄せられた。こればかりは、いくら我でも予想だにできぬことだった」


 再びウィラルヴァはため息を吐き、長い髪を掻き分け、ガシガシと頭を掻いた。


「まさかウィルやレーラよりも、相性の良い存在があったとは…いやしかし、悪くはない結果だ。結果的にマリカウルを引き込むこともできたのだし、これについては、合格点と言っておこう」


 それは、まぁ、俺も上手くいったもんだと思う。


 それにしても、相性の良い存在へと向かわせる靴だったのかこれ。事が上手く運ぶ靴、ってわけじゃなかったんだな。


 ウィラルヴァは、ここでようやく落ち着いた表情を見せ、


「…そのような効果は必要ない。何を成すかは、お前自身の問題だ。我の力の及ばぬ時代ゆえ、全てはお前自身にかかっておる」


 なるほどなぁ。…ん?


「力が及ばないって言うけど、加護は大丈夫なんだな。それだってウィラルヴァの力だろ?」


「その力は、すでに我の元を離れておる。それはもはやお前のものだ」


「俺のもの? マリカはウィラルヴァの加護だって言ってたぞ。というかマリカが、俺は加護が受けれない身体だって言ってたけど、それもどういうことだ? ちょっと理屈が分からないんだが…」


 そう、理屈だ。今気づいたが、それじゃ理屈が合わない。


 ウィラルヴァの力は、三神時代のあの時代には、持っていくことが出来ないはずだ。正確には、持っていったところで、三神の力と反発し、消え去ってしまうはずだ。


「その通りだ。だから、お前のものにした。お前のものであれば、あの時代でもお前のものだ。シィルスティング同様にな。しかし…確かにマリカウルは、加護が受けれない身体だとか言っておったな。

靴のことも、我の加護だと。よもや、全てに気づいておるわけではなかろうが。

あるいは……まんまと滑り込む腹積もりか?」


 ウィラルヴァが腕組みし、口元に指を当てて考え込む仕草をする。


 やや俯き気味の視線が、虚空を見つめ、サラサラした金色の前髪が、微かに揺れる。白く綺麗な肌に、どこか儚げな整った顔つき。


 …悔しいが美人だ。黙っていれば、絶世の美女といってもいい。


 喋ったら口煩くて気が強くて偉そうで自分勝手で台無しだけどな!


 …と思ったところで、ウィラルヴァにキッと睨まれた。


 ごめんなさい。


「…まぁよい。そろそろ時間だ。お前の意識を身体に戻さねばならない」と、ちょっと残念そうに息を吐く。


 意識…? 何? これってもしか、夢を見てるようなものなのか? 身体はあの時代に在って、意識だけが連れて来られた的な?


「その通りだ。ちなみにこの場所も、最初のあの場所とは違う。お前は我の部屋だとか言っておったが、考えてみればその通りと言えような。お前に会うためにつくっておいた、特殊な場所だ。ロードリングに理を組み込んでおいた」


「ああ、そう。…て、時間だって? もう終わりなの!? ちょっと待て、まだ聞きたいことは山ほどあるぞ!」


「時間は時間だ。どうすることもできぬ」


「じ、じゃあ、またすぐに呼び出してくれ! 明日! 明日の夜にまた! 早く寝るから!」


「無理だな。次のチャンスはいつになるか分からぬ。そのときまでに、聞きたいことを纏めておくと良い」


「いやいや、どういう理屈よ!? じゃ、じゃあ、一つだけ! 変えられない歴史はあるのか!? 俺は、レインティアを救えるのか!?」


 ウィラルヴァはその言葉に、ふっと悲しげに目を伏せた。


「不可能だ。レインティアは滅ぶ。…お前がそう定めたのではないか」


 なっ……。た、確かに、その通りではあるけど!


「変えられることはあるはずだ! 俺は諦めない。セラお姉さん達の故郷を滅ぼしたくはない! 子供達だって、ようやく辿り着いた安住の地なんだぞ!」


「ほう?」と、ウィラルヴァが、どこか愉快げに微笑を浮かべた。


「創造主である自分ならば、運命を変えれるとでも言うつもりか?」試すような目つきで俺を見る。


「そうは言わないが…。でも、少なくとも俺は、ただ黙って見ていることはできない。変えられることがあったら変えてやる。なんだって、やってみなければ分からないじゃないか」


「あははは! ちょっとは本気になったようだな、面白い!」


 楽しげに笑ったウィラルヴァが、ツン、と俺のおでこを指でつついた。


「ならば変えて見せよ。どのような結末になるか、楽しませてもらおう!」


 ウィラルヴァがそう言い放った途端に、目の前の光景が、白い靄に包まれるようにしてぼやけていった。

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