第19話

王都である首都ティアスは、街の周りをグルリと石積みの城壁に囲まれた街で、中央部分には深い堀に囲まれたレインティア城が、悠然と聳え立っている。


 街中には網の目のように、水路が張り巡らされていて、運河の都とか、水の都とかいわれている。


水の都といえば水竜神ティンの、聖王国プレフィスじゃないかという意見もあるが、プレフィスの首都レティスは、聖湖リグルーンを囲む形で広がった街並みで、街中の雰囲気だけでいえば、圧倒的にティアスの方が、水の都っぽい造りだ。


 水は地下水が湧き上がってきたもので、最終的には街の南側の水路から、レインラッド川に流れ込んでゆく。


流れは比較的ゆっくりで、水路の幅も広いため、商船の出入りも多い。大きな水門のある、水の関所を入ってすぐには、港も設置されているくらいだ。


 地下水が枯れたら、大変なことになるんだろうなぁ。おっと、フラグじゃないよ? そもそもここは、ガルトロス大陸には三つある水の竜脈の根幹、その噴出口の一つで、枯れることなどあり得ない。



「はぁ……」


 と、幌馬車がセラお姉さんの顔パスで、街の関所の門を潜るなり、セラお姉さんが憂鬱そうにため息を吐いた。


 どうしたのか聞いてみたら、セラお姉さんは力なく笑いながら、


「これからが大変なんです。遠征を指揮していた二番隊の副隊長は、戦死しているから、必然的に私に、すべての責任が押し付けられることになるんで…」


 ああ…そうか。難民達を無事にティアスへ送り届けて安堵していたものの、セラお姉さんには、それ以上の問題があったんだ。


 こればっかりは、俺も手助けしようがないもんなぁ。


「査問会とか開かれますかね?」馬車の手綱を引いていたトニー君が、肩越しに振り向きながら言った。


 査問会って…そんなものまであるのか。大手ギルドは大変なんだな。


 まぁ今回のことは…帝国軍の奇襲は予期できなかったものだし、部隊が壊滅したとはいえ、生き残った者も多数いるらしいし、あまり大事にはならない気もするけど。


 …でもないかも知れない。今回の任務失敗で、アレスフォースのギルドポイントは、大きく減少しただろう。特に死人が出たとなれば、ギルドの順位を左右するギルドポイントは、格段にマイナスされるという規定だ。アレスフォースはレインティアクランで、序列三位のギルドらしいけど、それに変動が出るかも知れない事態だろう。


 大きなギルドほど、責任問題にはうるさい。大丈夫だろうかセラお姉さん…。


「覚悟はできています。いざってときは拾ってくださいね?」冗談っぽく笑う。


 どこまで本気なんだか。


「シュウ君のロード試験のことですけど、急ぎますよね? 明日には受けれるように手配できると思いますけど、どうしましょうか」


「うん。早い方がいいな。お願いできる?」


「はい。じゃあ、明日迎えに来ます。今日はこのまま、こちらで用意した宿で休んで下さい。子供達も皆んな一緒ですから」


 おお、それは楽しくなりそうだ。


 子供達難民の皆んなは、これからギルドが、住む家や仕事を用意してくれることになる。


 そうなると、もしかしたら皆んなバラバラに、ってことになるかも知れないけど、その辺りは妥協しなきゃいけない部分だろうな。


 親とも逸れた子供達ばかりなんで、できれば一緒にいさせてやりたいけど…。


 ちなみに人数は、子供達が十四人。大人勢は元村長さんら老人を含めて七人。うち、稼ぎ頭になれそうな若い男性は、一人だけだ。若い女性も一人いるけど、一人はお婆ちゃんだし、残りの三人も中年の女性ばかり。


 元いた世界とは違って、こっちの世界では男手がモノを言うからなぁ。皆んなが一緒に暮らす、ってわけにはいかなくなると思う。


 ワンチャン俺が稼げるようになったら……いや、甘えさせるのも良くないか。父なる神ウィルも、子供達を特に大事にして、孤児達に施しはするけれども、同時に自立を促すように、はからってもいた。俺もその姿勢を見習うべきだろう。


「マーク達も、一度本部に戻ります。報告をしなければいけませんので。とりあえず知り合いの宿まで送りますから、今夜はそこで休んで下さい」


 そして明日の朝には迎えに来るという。場所を指定してくれれば自分で向かうと言ったけど、迷子になりそうだからダメと却下された。


 え。信用ないの俺? もう子供じゃないよぅ。ひとりでできるもん!


「信用してないわけじゃありませんけど…もしかしたら、しばらく会えなくなるかも知れないんで」急に声のトーンを落として俯く。


 ああ、査問やらなんやらで忙しくなるんですね。俺が思ってる以上に、やばい立場に立たされているんじゃなかろうかこれ。


「まぁ、死ぬわけじゃありませんし。隊長の座は下ろされてしまうかも知れませんが」


 健気に笑う。


 ロードとしては、それが一番の問題な気はするけど。落ち目のロードほど、悲惨なものはない。待遇は悪くて、誰にも見向きされなくなり、受ける仕事にも人が集まって来なくなれば…あとはもうジリ貧だ。そうやって落ちぶれていったロードも数多い。


 あのウィルだってちょくちょくハマっている奈落の道だからね。まぁ彼の場合、百年も時が経てば、別人としてやり直すことができるけれど。



 ──セラお姉さんの用意してくれた宿に辿り着き、子供達と一緒に馬車を下りる。もちろんマリカも一緒だが。


「それじゃあまた明日の朝に」


 バイバイと手を振ったセラお姉さんが、幌馬車とともに去ってゆく。続いてバルートのおっさんが無言で一礼し、二台目の馬車の手綱を引いていった。


「僕達は後で合流できると思います。割りと自由な立場なんで」と、気楽な表情のマーク君とトニー君が、ニコニコしながら、三台目の馬車を引いていった。


 緊張感ないな、お前ら! ま、そういうとこが良いところだけど。笑いながら見送る。


 ヒヒィーン…。


 はたと横を見ると、一頭あぶれてトニー君達が交代で乗っていた馬が、置いてけぼりを食らって途方に暮れた顔をしていた。


 …見なかったことにしよう。


 さて、と…。これからどうしたもんかな。


 んーっと伸びをして後ろを振り返る。元村長さん達大人が、宿の女将さんと宿の受付口で話をしている。記帳をしつつ、軽く身の上話をしているようだ。


 子供達はマリカと俺に戯れついて、ワイワイと賑やかだ。いいねこの雰囲気。暗い気分も一気に吹っ飛ぶよ。と、


「ねぇシュウお兄ちゃん、お腹空いた!」


 子供の一人が、俺のジーンズにすがりつくようにして訴えた。


 そういえば、俺もちょっと小腹が空いたな。時間的に三時過ぎってところだ。おやつの時間が過ぎているではないか! 一大事だ!


 が……しまった。セラお姉さんに少しお小遣い貰っとくんだった。持ち合わせがないことに気づき、愕然とする。


 くっそぅウィラルヴァ! なんでお金を持たせてくれなかったんだよぅ! アホなのかお前は! 頭ポーンか!


「お金がいるんですか? それなら早く言ってくれればいいのに。

ちょっと待ってて下さいね。お財布から貰ってきます!」


 と笑ったマリカが、背中からバサッと翼を生やして、飛び上がった。あっという間に空の彼方へと小さくなってゆく。


 わぁ〜。はやぁ〜い! 流石は斑天竜だね。


 ……て、お財布から貰ってくるだと?


 どういうことだと首を傾げていたら、凡そ十五分くらいしてから、マリカは唐突に戻ってきた。


 この十五分でどこまで飛んできたのだろう。分からないが、その気になれば、たった一日で大陸の端から端まで飛んで行ける奴だ。お一人様限定だが。


「どうぞ。ピッタリいちまんゴールドありますよ」と、手にした巾着袋を差し出す。


 一万ゴールドといえば…日本円で百万円ほどか。誰の趣味なのか、金色のラメが散りばめられた巾着袋の中を覗いてみると、大小の金貨と銀貨がたくさん入っていた。


 大金貨一枚で千ゴールド。小金貨一枚で百ゴールド。大銀貨が十ゴールドで、小銀貨が一ゴールドだったかな。ちなみにここには入っていないけれど、別に銅貨があって、十枚で一ゴールドの計算だ。


「おまい…これをどこから?」


 どっかから盗んできたんじゃなかろうな?  ギギギと首を動かしてマリカを見やると、マリカは得意げに胸を張り、


「これでも古代竜ですからね。このくらい用意できて当然ですよ」フフンと鼻を鳴らした。尻尾もブンブン揺れている。


 通りすがった周りの人は、その尻尾をアクセサリーか何かだと思ってくれているだろうか。…ないか。まぁ、ロードがシィルスティングを使った、と思うだろうから大丈夫だな。そもそも羽根生やして空飛んできたし。


「まぁ、一度に用意できるのは、いちまんゴールドが限度ですけどね。それ以上は渡してくれないんです。昔はもっと渡してくれたんですけど」


 ちょっとショボンとするマリカ。猫耳が力なく垂れ下がる。


 それは…あれか? マリカウルの宝物庫か何かがあって、そこの管理人…もとい管理竜でもいるってことだろうか。


 そういえば君、憂さ晴らしにたまに人間の町を訪れては、派手に飲み食いして豪遊してるって設定だったね。


 そのせいで、一度に一万ゴールドしか持ち出せなくなっちゃったわけか。なるほど。


「ま、まぁとにかく、これでご飯屋さんにいけるぞ、子供達!」


 わぁ〜ッと子供達から歓声が上がる。


 とりあえずこのお金は、マリカから借りるってことにしよう。なぁに、ロードの試験に合格さえすれば、この何倍も一気に稼げるようになるんだ。気にすることはない。


 何より今日は、子供達…大人もだけど、難民達にとって記念すべき日なんだ。パァーッと盛り上がらないでどうするよ!


 子供達と元村長さん達を引き連れて、近くの飯屋を占拠する。


 好きなものを頼んで、食べて、飲んで、歌って、皆んなでどんちゃん騒ぎになった。


 もちろんお酒も。蟒蛇うわばみ姫の酔どれマリカを筆頭に、元村長さんやおばちゃん達も、いい感じに酔っ払ってくる。


 日も暮れてきた頃には、いつの間にやってきたのか、マーク君とトニー君の姿も加わっていた。


 俺の酒が飲めねーのか? 一番高い酒持ってこぉーい! てな勢いで、皆で楽しくワイワイする。


 子供達の事情を聞いて、気を利かせた店主さんが、近くの甘味処からケーキや甘い物を取り寄せてくれて、子供達もすごく楽しそうだ。


 これだよこれ。これがないと、人生やってられないよなー。


 そういえば父なる神ウィルも、宴会が大好きだった。なんでも、息抜きというものは必要不可欠らしい。戦場でも飲み会を開くほどの酒豪だ。


 結局その日は遅くまで、店主さんや常連さん達まで混ざって、宴会が繰り広げられた。


 セラお姉さんがいたら、止められただろうか。…いや、今日ばかりは、そんなことはなかっただろう。結局マーク君とトニー君しか来なかったけれど。


 ちなみに、マリカが持ってきたお金は、半分がなくなった。


 必要経費だよ君。問題ない問題ない。



 いやホント。

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