第18話 番外編 一千年の孤独

番外編 一千年の孤独




 なんにもない一千年だった。



 ラグが破壊神配下の四天王との戦いに敗れ、いなくなってしまってから、私は広大なマリーフィードの聖域を、一人で管理していかなければならなくなった。


 ごく稀に発生する魔獣を駆逐し、聖域を流れる竜脈に異変がないかを監視する。聖域に迷い込んだ人間がいれば、すぐさま追い返しにゆき、それとなく帰り道へと誘導する。その際、軽く脅しをかけておくことも、忘れてはならない。二度と聖域に立ち入ることがないようにと。


 初めて持った自分だけの縄張りに、それでも最初のうちは、やり甲斐を感じることもあったけれど、それも百年もすれば、ただの憂鬱へと変わっていった。


 そして、気づく。


 聖域の管理なんて、別に私じゃなくてもできることじゃないかって。


 配下の魔竜に任せきりでも、全て滞りなく為し遂げる程度のことだ。私でなければならない理由なんて、何処にあるだろう。面白みもない役目。そんな毎日を送ることが、段々と苦痛になってゆく。


 ラグの隣にいた頃は、そうではなかった。


 ラグを支えられるのは私だけだと思っていたし、ラグに足りない部分を補ってあげるのが、私の一番の生き甲斐だった。



 あの頃は、毎日が楽しかった。



 ほんの数百年。たった数百年ほど待てば、ラグが復活して、あの楽しかった日々が帰って来る。…そう信じて、私は待ち続けた。


 だけどいつまで待っても、ラグは帰っては来なかった。


 気がつけば、一千年もの月日が流れていた。



 聖域のあちこちの山頂に設置してある、古ぼけた木製のベンチ。特に景色の良い場所を選んで、ラグと二人で作ったものだ。


 その一つに腰を下ろし、コポコポとカップにお茶を注ぐ。


 二人でお気に入りだった時間。のんびり、寄り添いながら、他愛もない話で笑い合う。


 ラグが好きだと言ってくれたジャスミンティー。私の名前を持ったお茶。その魔法を完成させるのに、どれだけの時間がかかったことか。初級の水魔法を覚えるのだって、水の属性を生まれ持たなかった私には、一筋縄ではいかなかった。


 ……それもみな、過去の思い出だ。


 今は一人きりになったベンチで、誰と話すこともなく、孤独のカップを傾ける。そんな毎日だった。






 緑の風の吹き抜ける草原を、一人歩きながら、ざわめくように葉を擦り合わせる草花の薫りに、ふと懐かしさを覚えて見上げた青空。


 ゆっくり流れる白い雲の向こうから、ラグの輝く翼が見えはしないかと、淡い期待を寄せた。




 私は待ち続けた。




 星降る夜に、ラグと二人で歩いた散歩道。


 一人きりの足音を夜道に響かせながら、鼻先を擽りフードを揺らした、柔らかな夜風の匂いが、あの日と同じに感じて、ハッと隣を見上げた。


 見上げた視線の上には、まあるいお月様が、ただ静かに、私だけの夜道を照らし出していた。




 私は捨てられたのだ。




 そのことを認めるのに、不思議とそんなに抵抗は感じなかった。


 ただただあるがままの事実を受け入れ、ラグを恨むことができた。


 一度認めてしまえば、あとはもうスッキリと割り切ることもできた。




 私は必要なかったのだ。



 眷族としても…。恋人としても…。




 きっと今頃はどこかで、私以外の誰かと、新しい場所を見つけたのだろう。


 それならば、私も次に進むまでだ。


 あんな軽薄竜のことなんか、綺麗さっぱり忘れてしまおう。



 ──そんな虚しさを胸に秘めながら私は、聖域を守護することに専念していた。




 そして、それは突然に訪れたのだ。





 なんにもやることがなくて、ポカポカお日様のさす山頂の岩場で、お昼寝をしていた昼下がり。


 聖域に、複数の人間達が侵入して来たとの報告が入った。


 いつもなら、配下の魔竜に任せて、のんびり高みの見物をするところだが、人間達の半数が、年端も行かぬ子供ばかりだと知らされた。


 ただ追い返すだけのつもりだが、間違いがあって、怪我でもさせたら可哀想だ。


 配下の魔竜達のうちでも、特に若い三体の魔竜を引き連れ、連峰を飛び立つ。


 最初に威嚇のための黒炎弾を撃つのも、いつもの流れだ。決して当てることのないよう、精々が人間達の上空をかすめる程度のものだった。


 だが、人間達のうち、ロードらしき黒髪の男が、魔竜の黒炎弾を完全に遮断して、防ぎ切ってしまった。


 そしてその男と対峙し、男が漆黒の竜と白銀の竜を召喚したのを見たとき、私は父なる神、ウィル・アルヴァ様に喧嘩を売ってしまったのだということに気づいて、愕然とした。


 しかし、それもすぐに間違いだとわかった。




 私はシュウ様に出会ったのだ。




 創造主であるシュウ様は、人という脆弱な体でありながら、護衛となる眷族の一人も伴わせていなかった。


 それどころか、ご自分が一体どのような存在なのかも、ちゃんと把握していらっしゃらなかった。自分のことを、ただの人間だと思っている。


 本来ならば父なる神ウィル・アルヴァ様……いや、創造神ウィラルヴァ様とも並ぶべきお方だというのに。

 そしてその瞬間、ピンと閃いた。


 …このままシュウ様の配下となり、聖域を旅立ってしまおうと。


 聖域にも、ラグにも、もはや未練はない。


 このままなんにもない、虚無にまみれた置物のような毎日を送るよりも、創造主様の一番目の眷族となって、世界中を旅して回るんだ。


 そうすればもう、一人ぼっちじゃなくなる。あわよくば、シュウ様のお嫁さんにしてもらうチャンスも巡ってくるかも知れない。


 私という存在を、誰よりも最初に認めてくれた、かけがえのないお方の……。



 シュウ様の認識が甘いのをいいことに、理に干渉して、こっそりとシュウ様の眷族に潜り込む。


 そこは、まだ誰もいない、真っさらな、私だけの場所。


 ラグの隣にいたときよりも心地良い、暖かな場所。


 私の居場所。



 いつかシュウ様にもバレるだろう。私が勝手に、本当にシュウ様のものになってしまったことが。


 だけどシュウ様ならきっと、誰かと違って、身勝手に放り出したりなんかしない。私のことを、誰よりも分かってくれるお方だもの。




 そうして、一人ぼっちじゃない毎日が始まった。




 私は斑天竜マリカウル。




 創造主シュウ様の、第一の眷族。




 この場所は、誰にも譲りません!

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