第17話

 

「神話の時代から八千と二百年か。人の時代が始まってから八千年以上経ってるんだな」


「はい。とはいえ、神話の時代に比べると、まだまだ始まったばかりと言えますけどね」


 マリカが揺れる幌馬車の中で、器用にお茶を飲みながら答えた。


 ウィラルヴァがこの世界を創造したときから数えると、約二十万年くらいになるんだっけ。人類の祖といえる光、闇、火、水、地、風の民が、竜族の奴隷として創造されてからは、約二万年、といったところだ。ま、その辺り、ちょっとあやふやな設定も多いんだけどね。


 

 一行は二匹の魔竜に先導される形で、マリーフィード山脈の、険しい山道を進んでいた。


 馬車がガタゴトと揺れ、あまりの道の悪さに、クッションなしでは、まともに座っていられない。それでも進める道があるだけ、マシといえるだろうか。


 そんな馬車内に漂う、ジャスミンティーの華やかな香り。…マリカ以外は、溢しまくっているもんなぁ。俺も溢したし。


 馬車の右側から顔を出すと、切り立った崖がストンと落ちていて、背筋が冷やっとするが、そこからの景色は壮大だ。これだけ標高が高くなると、辺りは緑もない岩山がほとんどだが、遠くには岩山の間を縫って、渓谷や丘陵が見え隠れしている。


 空は雲一つない快晴。風もそんなに強くなく、子供達が幌馬車から身を乗り出して、キャッキャと騒いでは、元村長さん達大人に、何度も嗜められていた。


 魔竜の背中に乗っている子もいる。元村長さんら大人は、やめさせたいようなのだが、マリカに構いませんよと言われて、スゴスゴと引き下がってしまった。セラお姉さんも、これには目を瞑ったようだ。


 たまに馬車の通れない箇所があって、その度に魔竜が、まるで豆腐でも潰すかのように、岩盤を粉砕して道を作り、その度に子供達から、わぁーっと楽しそうな歓声が上がっていた。魔竜二匹は、得意げに鼻息を鳴らしている。懐いたもんだなぁ。


「その間に、ウィル様が勝利することが五回。破壊神ルイスが勝利することが、三回ありました。ここ二度ほどは、ウィル様が連勝しています」


 マリカがまるで自分のことのように、フフンと自慢気にドヤ顔した。


 ということは、約二千年ほどは、文明のリセットが行われていないってことね。周期によって違いはあるけど、大凡で一千年置きに、聖戦が行われているという設定だ。


 まぁリセットといっても、国がそのまま残ることもあれば、新しく生まれることもあるし、全ての人間が死んでしまうわけではない。


 根絶することなど不可能だ。いかに破壊神といえど。まぁ、人口は…おそらく一割ほどにまで激減し、世界のほとんどは、壊滅状態に陥りはするけれど。そしてウィルが復活すれば、竜族の聖域を中心に徐々に復興していくわけだ。


 そもそも、聖王国プレフィスとアルディニア公国、または各竜族の聖域など、特殊な護りに阻まれて、破壊神が簡単に手出しすることのできない領域も存在する。


ウィルが破壊神を根絶することが不可能なのと同じで、破壊神の方もまた、人間を根絶することは不可能なのだ。


 聖王国プレフィスまで行けば、全ての歴史が記録されているのだろうか。いずれは訪ねることになるだろう。人の住む王国の中で唯一、水竜神ティンの聖域に造られた、聖王国プレフィスだけは、物語を通して一度も滅びることのない大国だ。


 今現在、世界は、双方決定力不足の、膠着状態にあるという。つまりは、大陸の西部を破壊神が支配し、東はウィルの側の勢力、つまりは、ロード協会の権威が及ぶ勢力にあり、大陸を二分して一進一退の攻防が続いているらしい。この状態は、物語中で大半を占める情勢だ。


 大陸の中央よりやや北部に、聖峰ヴェルフィート山脈に西側を守られる形で、亜種竜神と呼ばれる、地風神カイルストルを祀る軍事大国、守護国ビズニスが存在することが、大陸を二分させる、大きな要因である。


 ちなみに南には、ウェルズ海峡が帝国の進軍を阻んでいて、ウェルズ諸島連合によって、防衛線が敷かれている。が、まぁそれは置いといて…。


 逆にビズニスが落ちれば、流れは一気に破壊神寄りに傾くだろう。今現在、ノウティスとビズニスとの間には、レインティア国と、傭兵国エストランドが健在していて、勢力的には、ウィルの側に若干の利がある、といったところか。


 そのウィルがどこで何をしているかは、全く分からないけれど。


 マリカも、ウィルの所在は、心当たりすらないというし。


「エストランド西部…グラハガ平原に、帝国軍が進軍してきたらしいですが、竜族もそれを、把握してるんですか?」セラお姉さんが口を挟んだ。


「もちろんです。ですが青の軍神ストル・フォーストが、精鋭を率いて出陣しました。問題はないと思います」マリカが確信を持った顔で答えた。


 ストル・フォースト。英雄戦士であり、双頭の双子竜である地風神、ビズニスの守り神カイルストルの片割れだ。


 もう片方はカイル・ヴィジットという英雄戦士で、どちらか片方だけ人間として生まれることもあれば、両方とも生まれることもある。どっちがいつ人として生まれてくるのかは、二人で相談して決めている。偶然生まれるわけではないのだから、いつの時代でも、必ずどちらかは存在している。


 神話の時代には、ウィルの腹心だった古代竜だ。六竜神には数えられていないが、勝るとも劣らない実力を備えている。


 もちろん、俺のキャラクターだ。会ってみたいなぁ。


「その様子だと、知ってる人みたいですね?」


 セラお姉さんの声で顔を向けると、マーク君やトニー君まで、楽しそうな顔でこっちを見ていた。


 考えてることが、モロに表情に出てしまうようだ。嬉しそうな顔をしてたんだろうな俺。まぁ、いいんだけどねそれで。


 というかマーク君やトニー君、あとオマケでバルートのおっさん達には、俺の事情を話してはいない。それでも文句一つ言わずに、話を合わせてくれるのは…それだけ、信頼してくれてるってことだろう。


 もちろん、セラお姉さんが事情を聞いたってことで、丸っと納得してくれてるってのもあるだろうけど。


 どちらにせよ、ありがたいことだ。今後何かあったら、絶対に力を貸す。絶対の絶対だ。


「そのうち、ストルにも会いに行こうと思う。いつも最前線で戦っているストルなら、ウィルの行方も知ってるかも知れない」


 その可能性は、極めて高いだろう。


 とにかく、今がどの時代なのか、大凡は把握できた。思った通り、割りと物語の初期に当たるようだ。


 …いや中期? うーん、また微妙な時代に送られたものだなぁ。初期、中期、どちらとも取れる、中途半端な時代だ。


 うん。創造主として、初期ということにしておこう。光の国シャロンはもう無いけれど、エストランドとレインティアが存在しているなら、初期と言っていいと思う。


 えーと…そうなると大事なのは、このレインティアがいつ滅ぶのか、だけれど。


 マリカが言うには、今まで三度の暗黒時代が訪れているらしいから…むむ?


 ここまでくると、大分こんがらがってくるな。記憶も曖昧な部分もあるし、元の世界から、せめて設定集だけでも、持ってこれたらいいんだけど。


 まぁいいか。導きの靴がある以上は、難しいことを考えずに、目の前の事態に対処していけば、自然と解決していくはずだ。間接的に、ウィラルヴァがコントロールしてくれるはず…だよな? 信じていいんですよね、ウィラルヴァさん。


 レインティアについては…滅びの要因となる、恥・暗黒竜の降臨事件が起こるのを待って、対処すればいい話で、今できることは何もないだろう。


 これって…対処した結果、レインティアを滅ぼさずに、救うことができるのだろうか?


 それはやってみないと分からないけれど…。


 もしかして、俺が何をしても、変えることのできない結末がある?


 変わるものは、正直あると思う。俺と出会わなければ、マリカだって、こうして人間と旅をすることはなかったはずだ。セラお姉さん達に関しては……………サソリの群れに勝てなかったと思う。想像もしたくないから、これ以上は考えまい。


 国一つを左右するほどの変化。


 後の歴史にも、大きく関わってくるような、大きな変化を齎してもいいのだろうか。というか、齎せるのだろうか。


 試してみる価値はありそうだ。もしも、レインティアが滅びる前兆を感知したそのときには、全力で事に当たってみよう。その結果を見て、色々と判断しなければならないことがあると思う。


「……………」


「……ん?」


 ふと気がつくと、セラお姉さんをはじめ、馬車に乗り合わせた皆が、無言で俺の顔をじっと見つめていた。


 ああ。またやっちゃったのね。今度はどんな顔をしていたのだろう。


 マリカだけは、ちょこんと俺の隣に正座して、ニコニコとして、楽しそうに尻尾を揺らしている。


 馬車に乗るのも初めてらしい。修学旅行気分なんだろうね。


「たまに、すごく怖い顔をしていますよね。…何を考えているのかは、分かりませんけれど」セラお姉さんが苦笑した。


 バルートのおっさんがコクリと頷き、


「そういうときは、声をかけづらいですね」 


 怖い顔で言う。


 あんたに言われたくないわ。


「ぷふっ…」


 そんな俺の表情を見たセラお姉さんが、プイッと顔を背けてふき出した。口に手を当てて、プルプルと背中を震わせている。


 勝手に人の頭の中の台詞を読んで、笑ってるんだから、世話無いわぁ。オチを先読みばかりしてると、嫌われますよ貴女。


 まぁセラお姉さんは、分かってて黙ってることが多いみたいだけど。


「どうしました姉御?」バルートのおっさんが、ピクリと片方の眉を上げる。


「た、ただの思い出し笑いよ。気にしないで」セラお姉さんがふうっと息を落ち着けた。「そ、それはそうと、山脈の東側に出るのは、どれくらいかかりそうですか?」


 問われたマリカが、ニコッと微笑んだ。「二日もあれば抜けれますよ。魔竜で飛んで運べば、今日中に着きますけど、それはダメなんですよね?」


「そうですね。さすがにそこまでしてもらうわけには」苦笑するセラお姉さん。高いところは苦手ですしと付け加えたが、まぁ詭弁だと思う。


 別に俺としては、運んでもらって万々歳なのだけれど、セラお姉さんからしたら、他者の力でなんでも簡単に解決できてしまうのは、子供達の教育上よろしくないことらしい。


「ではのんびり行きましょうか。ああ、魔物が出ても、魔竜が一口ですのでご心配なく」


「あ、あはは…助かりますぅ」


 額に汗を浮かべながらセラお姉さんは、あんまり上手じゃない愛想笑いを見せた。



 

 そして特に何事もなく岩山を上って下って、二日後にはマリーフィード山脈の東、レインラッド平原へと抜けることができた。


 魔竜とはそこでバイバイしたが、すごく名残惜しそうに、何度も振り返りながら飛んでゆく魔竜の姿を、子供達がいつまでも眺めていたなぁ。随分と仲良くなってたもんね。また会えるといいね。


 マリカは人間の姿のままで、馬車で座って、ジャスミンティーを飲んでいた。


 これでいて一部の竜族からは、賢竜とも名高いマリカウル様だ。いてくれると頼もしいことには変わりない。


 普通の人間とは随分と価値観が違うんで、何かしら問題を起こすかも知れないが、そこはまぁご愛嬌ということで。


 とにかく。これまでは、思った以上に順調に来ていると思う。セラお姉さん達と出会えて、マリカも仲間に出来て、何より導きの靴だ。なんだかんだでウィラルヴァの加護があるってのは、心強いんだよね。


 俺一人じゃ、正直言って、大したことは出来ないと思う。何しろ、何をすればいいのかすら、よく分かっていないんだから。


 セラお姉さん達は自分のギルドがあるから、もしかしたら首都ティアスで、別れることになるかも知れないけど……うーん。それはちょっと寂しいな。


 まぁ、俺が依頼人になって、協力してもらうとか、方法はいくらでもあるだろう。そのためにもまずは、正式なロードになって、お金稼ぎしなきゃね。先立つ物がなければ、何もできまい。


 

 そしてその六日後。


 俺達はレインティアの首都、セラお姉さん達の本拠地である、ティアスの街に辿り着いた。

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