第15話
山頂には御誂え向きに、木製のベンチとテーブルが設置されてあった。マリカウルの休憩所の一つらしい。聖域のあちこちに設置してあるとか。どれだけ暇してたんだろう。
見渡す限りの丘陵と、草原が広がる壮大な景色。下方を見ると、子供達が一部焼けた草原で、魔竜二匹と楽しそうに戯れる姿が、小さく見える。すでに黒炎は消化済みのようだ。水蛇神ナーガは、馬車の側でとぐろを巻くようにしてうたた寝している。
俺もあっちに残れば良かったなぁ。いいなぁ。楽しそうだなぁ。指を咥えて眺めていると、
「シュウ君。子供達を大事に思う気持ちは分かりますが、今はこっちの話が大事ですからね?」
セラお姉さんに釘を刺されて、ショボンとしつつも、人型の少女の姿になったマリカウルと、テーブルを挟んで向かい合う。セラお姉さんは、俺の隣に腰かけた。まだちょっとマリカウルに対しての、警戒心があるようだ。物腰がちょっと緊張しているように見える。
対してマリカウルの方は、元々あまり深く物事を悩まないタイプでもあるためか、ちょっとウキウキしたような顔で、俺とセラお姉さんに交互に、キョロキョロと好奇心旺盛な瞳を向けていた。
「とりあえず、ジャスミンティーでもいかが?」
マリカウルがどこからかティーセットを取り出し、コポコポとカップにお茶を注ぐ。
「い…いつの間にそんなものを」セラお姉さんが唖然として言った。
「ジャスミンティー、大好きなんです。いつでも飲めるように、オリジナルの魔法を開発しました。完成するのに、二百年かかったんですよぉ?」
ニコニコと答えるマリカウル。「ささ、どうぞどうぞ」と、俺とセラお姉さんの前にカップを差し出した。
「え、えっと…斑天竜マリカウル様…ですよね? この聖域の支配者の?」
「如何にも。妾が斑天竜マリカウルである」
セラお姉さんの問いに、マリカウルは芝居掛かった厳かな口調で答えた。
そういうのは巨大な竜の姿のときならまだしも、華奢な猫耳フードの少女の姿で言ったって、威厳も何もあったものじゃない。
「それって、ヒメリアスの真似? だめだめ。マリカウルはマリカウルの良さがあるんだから、人の真似してちゃ勿体ないよ」
と言ったら、マリカウルの猫耳フードが、ピコピコと動いた。
「ヒメ姉様を知ってるんですか? 私のことも詳しそうな口ぶりだし…やはり貴方はウィル様なのでは…」
………動いた、だと?
まさかとは思うけど、その服、猫耳も含めて身体の一部? いや、体毛を利用して、魔法で服にしているのだろうか。
ああ、頭に猫耳が残ったままなんですね。斑点の痣も消せばいいのに…どうやらマリカウル、人化の魔法は苦手みたいだ。よく見たら、黒いもふもふの尻尾も、マントの下から覗いている。
「それなんだけど…説明しづらい事情があってね。まず間違いないのは、俺はウィル・アルヴァではないってこと。むしろウィルを探してるんだけど、居場所に心当たりはない?」
マリカウルはキョトンと首を傾げたあと、「んー」と人差し指をほっぺに当てて空を見上げ、
「分かりません。最後に見かけたのは、数百年前に、メルティア共和国が陥落したときです。ビズニス軍と協力して、難民を救い出していらっしゃいました」
むむむ。知らない戦いだ。ていうかメルティア共和国さえ初めて聞いたぞ。あったんだそんな国。
「そうか…そういえば、ラグデュアルはどうしたの? この聖域に一緒に住んでるんじゃないの?」
ラグデュアルが一緒にいるなら、ここはマリカウルの聖域ではなく、ラグデュアルの聖域になっているはずだ。言っちゃなんだが、マリカウルよりラグデュアルの方が、竜族としてずっと格が高い。
と、マリカウルの顔が、急に不機嫌になった。分かりやすく頬を膨らませて、目つきが板付のかまぼこを逆さまにしたような形の、すごく冷めた生気のない、ジトッとした目つきになる。
「ラグデュアルって、どこの軽薄竜の名前ですか? わたくしは存じ上げません」言って、ずずっとお茶を啜る。
軽薄竜ってあんた。…まさか振られた?
いや、そんなまさか。ラグデュアルに限って、それはあり得ない。マリカウルを突き放すなんて。
問い詰めると、マリカウルはすごくショッキングな言葉を口にした。
「ラグは死にました。一千年ほど前でしたでしょうか。ラックハート王子が寿命で死んだのちも、彼はシャロンを守護していました。ですがあるとき、攻め寄せてきたノウティスとの戦いに敗れ、討ち滅ぼされてしまったのです」淡々と語る。
「一千年前って…それだけの時間があれば、ラグデュアルくらいの神力の持ち主なら、とっくに復活してると思うんだけど…」
言った後で気づく。
帰って来ないのね。だから軽薄竜なわけか。どこで油を売ってることやら。
聖域の管理をマリカウルに押しつけ、露店で買った焼鳥を頬張りながら、のんびりと旅をするラグデュアルの姿が浮かぶ。トニー君を上回るほどの金髪イケメンだ。きっと女の子からもモテモテだろう。
「恋って、百年あれば冷めるんですね。千年あれば凍って溶けて流れて跡形もなく消え去ってしまうってものです」不機嫌な猫顔だ。
白けた逆かまぼこお目目が、恨みの深さを物語っている。
「シュウ君って…なんでそんなに、マリカウル様のことに詳しいんですか? まさかとは思いますが、シュウ君も…竜族、なんですか?」
セラお姉さんがどこか不安げな顔で、俺の横顔を見つめた。
そんなセラお姉さんを横目で見やりつつ、
「人間だよ。まだ二十五年ほどしか生きてない。母なる神レーラみたいに転生してるわけでもないし、父なる神ウィルみたいに、継承を繰り返しているわけでもない」ハッキリと言う。
そしてマリカウルの顔を真っ直ぐに見据え、
「真面目な話だけど…マリカウルは、創造神ウィラルヴァを知っているよね?」本題に触れた。
さて、これで知らないと言われたら、結構、詰んじゃう気がするが。
マリカウルはキョトンと首を傾げたあと、
「もちろんです。全ての神々の頂点に立たれるお方です。神話の時代より生きる古代竜なら、誰でも知ってます。もちろん、今のウィラルヴァ様がどうなっているのかも、全て」コクリと頷く。
よし。それなら話が早い。
「俺は、ウィラルヴァによって、創世の刻からこの時代に送り込まれた。この世界の基盤を作った創造主だ。マリカウル。お前も俺が創作した。といっても、実際につくったのはウィラルヴァだろうけどね」
「………にゃ?」「……どういうことですか?」
ああ…やっぱり意味が分からないか。そりゃそうだよな。
一から説明することにした。
俺がこの世界ではない、別の世界の人間だということ。
俺が創作した、ロストミレニアムという物語があること。それが、この世界だということ。
あるとき、ウィラルヴァにこの世界へと連れ出されてしまったこと。
この世界で、何か、を成し遂げねばならないこと。おそらくは、破壊神ルイスを完全に滅ぼすこと…その手助けをするために、ウィルに出会わなければならないこと。
俺の持つシィルスティングが、ウィラルヴァによって齎されたものであること。自分で創作したものは、ランファルトであろうとディグフォルトであろうと、全て所有していること。コピーというか…同じ物をもう一度作った、といったところか。
あと、俺が実はマスターロードではなく、登録もされていない野良ロードだと言ったら…セラお姉さんは驚きはしたものの、まるで落胆したそぶりはなかった。
「登録されているマスターロードであろうとなかろうと、シュウ君の実力は本物ですから。むしろ誰にも手つかずのマスターロー…いえ、なんでもありません。とりあえずこのことは、今は伏せておいた方がよさそうですね。
…というか、私もシュウ君の創造物ってことですか? まさか…私の過去も全部知ってるってことですか!? 秘密も何もかも全部!?」
セラお姉さんが真っ赤な顔でフライパンを握りしめた。
知らない知らない知らない知らない!
セラお姉さんは俺が創作したどのストーリーにも出て来ていない、完全にこの世界のオリジナルの人間だよと言ったら、セラお姉さんは少し落ち着いて、フライパンをリングに戻してくれた。
よかったー。
「突拍子もない話だと思うけれど…まぁ、全部を信じて欲しいとは言わないけどね。結局のところ、信じてもらえなくても差し障りはないと思うし、俺の目的は変わらない」
「信じますよ。シュウ君が突拍子もないことは、今に始まったことでもないし。そんな下らない嘘をつく人じゃないってことは、分かってるつもりです。まぁ、なんでシュウ君の創作のはずの世界が、という疑問は残りますけどね。
でも、創造神…ウィラルヴァ、様ですか? そんな存在が絡んでいるとなると、何でもアリな気はします」
セラお姉さんがニッコリと、優しい笑顔を見せた。「そんな特殊な事情を抱えてたんですね。何かあるとは思ってましたけど…シュウ君らしく、想像の斜め上を行ってましたね」なぜか嬉しそうにアハハと笑った。「どのみち、ちゃんと話してくれるならば、全て受け入れようって決めてましたし……」視線を外して、ポツリとつぶやく。
なんだかすごく機嫌が良くなった感じだ。
と、
「ウィラルヴァ様が…」マリカウルがつぶやいて、何やらうーんと考え込んでいる。
「どうした? 何か気になる?」
問いかけるとマリカウルは、んーと大きく首を傾げながら、
「多分ですけど……私と出会わせたかったのではないでしょうか」言って、パッチリお目目で真っ直ぐ俺の目を見つめた。「さっきの話を聞く限り、シュウ様の出会ったシュウ様のキャラクターは、私が初めてですよね?」
ああ…そういえばそうだな。マーク君にしてもティフォン家は知っているけど、マーク君自身を知っているわけではない。トニー君だってバルートのおっさんにしたって、全く初見の人物だった。
「つまりです! 私は、シュウ様のものなのです!」
……はい?
やおらガタッと立ち上がり、グッと拳を握りしめて力説するマリカウルに、一抹の不安を覚える。
「私にシュウ様の手助けをしろということなのです! いいえ、むしろ、お嫁さんになれということなのです!」
あ。アホの子発見。揺るぎないなお前。
セラお姉さんが慌てて割って入った。
「いきなり何を言い出すんですか! その理屈で言うなら、この世界で最初に出会った人物である私にも、同じことが言えます!」
ちょ…落ち着いてセラお姉さん。フライパンを握りしめないで!
「ふ…。どうせ行き遅れた残り物のくせに」ボソッと呟くマリカウル。
煽るんじゃありません!!
「だ…誰が残り物だぁ!」
セラお姉さんが振り下ろしたフライパンをヒョイと躱し、マリカウルがあっかんべーをしてお尻をペンペンと叩いた。素早さと悪ノリだけは世界一の斑天竜だ。これはもう嫌な予感しかしない。
「おーばさんこーちらー、手ーの鳴ーるほうえー」キャハハハと走り回るマリカウル。
「お前の方が何千歳も年上だろうがぁぁ!」
セラお姉さんが憤怒の形相でマリカウルを追いかけ回し、手がつけられない状況になった。
「ああ…お茶が美味しい」
ティーカップを口元に運び、冷めたジャスミンティーを啜る。
味なんてしないけどね。
それにしてもいい天気だなぁ。
後ろが静かになるまでの数分間、俺はのんびりとお茶と景色を楽しんだ。あ、子供達が魔竜の背に乗って遊んでる。いいなぁ。
…現実逃避とか言うな。長い人生、どうしようもないこともあるのだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます