第14話
「ごめんなさいにゃ! ちょっとお姉様の真似をして、偉そうにしてみたかっただけなんですぅ! 二度と逆らわないにゃ! なんでもゆうこと聞くから、許してくださいにゃ!」
猫耳フードのついた白黒のマントをすっぽりと被った、白地に黒の混ざった長い髪の女の子が、地面に両膝を着いて、両手を組んで、必死な顔で懇願していた。
うん。マリカウルだ。マリカウル以外の何者でもない。良かったぁ。俺のよく知っているアホの子だ。会えて嬉しいよ。
ちなみに語尾にニャーニャー付いてしまうのは、感情が高ぶったときだけで、普段は普通に話す。むしろクールを気取っているくらいだ。ということは、今のこの遜った態度も、演技ではなく、本心から出た言葉だろう。その辺りは信用できる。
癖っ毛の長い髪は、基本が白ながら、竜の姿と同じく何箇所か黒い部分がある。白い毛が途中から黒く変わり、毛先がまた白くなっていたりと、一本の髪の毛だけを見ても、黒くなる部分が、完全に決まっているようだ。人の髪とは性質が違う。
それは髪の毛だけではなく、皮膚も同じで、見た目で分かる服から露出した部分でいうと、左の首から鎖骨にかけて、右肩から右肘にかけて、右膝と左太腿の部分が、痣のように黒っぽく変色していた。竜の姿のときと黒い部分が同じなので、服の下は背中にも黒い部分があると思う。
お腹の方は白いはずだ。腹黒ではないはずだ。もふもふの尻尾は真っ黒だけど。ちなみに顔には染みは無い。
竜族でも一、二を争う飛翔能力を持っていることと、黒い斑点模様のその容姿が、斑天竜といわれる所以でもある。斑点というか…牛柄に近いけどね。ホルスタインだ。貧乳だけど。
身体つきは華奢で、身長は俺の胸ほどか。古代竜の中では小さい方だし、人の姿に化けたときも、同じ割合なんだろう。
可憐というのがピッタリの、可愛らしい顔つき。こうしてニャーニャー言ってるときは幼く見えるが、普段はツンとしていて、クールビューティを無理して気取っているため、身長の割には大人びて見える。時おりボソッと黒いことを言ったりするが、憎めない可愛い妹タイプ。…というのがマリカウルの設定だ。
ああ、追記で、賢いくせにどこかずれてるアホの子、というのもあったか。
「シュウ君…? これは…どうすればいいのでしょうか?」
セラお姉さんが困った顔で訊いてきた。
どうすればも何も、もう敵意もないようだし、なんの問題もないでしょう。
シィルスティングの融合を解除しリングに戻す。水蛇神ナーガは、辺りの消化を命じて、出したままにしておいた。黒炎は水じゃなかなか消えないけどね。ほっとくわけにもいかない。
「さて、と。一応、初めまして、だね。マリカウル」
ニッコリと親しみを持って笑いかけると、マリカウルが一瞬、キョトンとした顔をした。
「いいえ。神話の時代にお会いしたことがあります。私の父がシィルスティングになってお仕えした際、側に控えておりました」
…うん? 何言ってんだこの子? 父がシィルスティングになった際、っていうと…
あ! ダメダメ、それは話しちゃいけないやつだ!
「どういうことですかシュウ君? 神話の時代って…」セラお姉さんが怪訝な目つきで俺を見る。
「ええっと…」
あかんやつや。まずはマリカウルに事情説明しないと、何を言ってどんな混乱を招くか分からない。
いや、セラお姉さんにはいずれは話すつもりだけど、今はちょっと上手く説明できる自信がない。
「…? ウィル様? ご自分の正体を隠してらっしゃるのですか?」
言ってしまったあとで、マリカウルがハッとしたように口に手を当てた。
「な、なぁーんてにゃー! 冗談にゃーん!」猫顔でパァーっと両手を広げて見せる。
セラお姉さんが白けた顔で、ジトっとマリカウルを見つめた。
「ウィルっていうのが本名なんですか。名前からして偽られていたわけですね」同じ冷たい目つきが俺に向いた。
違うよ! ていうかウィルっていったら、超有名人の名前でしょうが! …と思ったら、セラお姉さんもマーク君達も、ウィル・アルヴァという名前には心当たりがないという。
…そうか。そもそもウィルは、自分から父なる神だと名乗ることは、ほとんどない。一人の人間として、破壊神を相手に戦い続けているんだ。生き神として民衆に持ち上げられることはほとんどなく、ただの一英雄でしかない。偶像崇拝という形で、ウィルと関係のないところで、一大宗教にはなっているけれど。
流石にプレフィスやアルディニアでは、大英雄としてもその名は知られているが、レインティアでの知名度は低いんだな。あるいは、今の時代は、積極的に表に出て活動していないのかも知れない。
「本名は……シュウイチ・リドー。家族や親しい友達からは、シュウって呼ばれているから、少なくとも名前に関しちゃ、嘘は言ってないよ」
本名をカミングアウトしてみる。このくらいなら支障はないはず。支障がないというのは、信じてもらえるはず、という意味だけど。…創造主だって言っても信じてもらえるはずもないので、そこだけは伏せておかないといけない。
まぁ、マリカウルには信じてもらえそうだから話すけど。彼女なら、創造神ウィラルヴァのことも、直に知っているはずだし。
逆に一般には知られていないんだよな、ウィラルヴァ。失われた神の名前だ。
「聞きなれない名前ですね。でも、アクロティアにいる友達に、似た感じの名前の奴がいますよ。シュウさんって、アクロティア出身なんですか?」マーク君だ。ナイスフォローだ。
そういえば、商業都市アクロティアの設定を作った際に、日本人っぽい名前を、何人か練り込んでいたのを思い出す。良かった。何が役に立つか分からないもんだ。名前付けに困って、友達の名前とかを、適当に設定してただけだったのは内緒だけど。
しかし…その設定がちゃんと反映されてるってことは、サムライマスターやニンジャマスターとか、実に日本っぽいものも存在している可能性が高いな。まぁ、今はどうでもいいことだが。
「そういうわけでもないけど。でもまぁ、同じ人種だと思ってもらえれば。肌や髪の色とか容姿とか、こんな感じでしょ?」
「確かに。僕の友達もそうだけど、シュウさんて、闇の民の血が濃ゆいんでしょうね」
おぅ、その設定も反映されてるのか。闇の民というのは、神話の時代に、闇竜神に仕えていたとされる人間達のことだ。まぁこの時代では、闇の民とか光の民とか関係なくて、色々混ざってしまってて、直系の子孫とされる各国の王族ですら、いわば雑種となってしまっているけど。
ちなみにどの一族の血を引いているかで、扱えるシィルスティングの属性に、大きく影響する。そういう一面があるから、何々の民だとかいう呼び方も、ロード達の中では、廃れることなく生き残ってきたのだろう。
「あ、あの…シュウ…様と呼べばよろしいのですね? ウィル様ではなくて?」
マリカウルが困った顔で、おずおずと訊いてきた。
「様付けじゃなくていいけどね。最初にハッキリ言っとくけど、俺は父なる神じゃない。むしろ、ウィルがどこにいるのか、教えて欲しいくらいだよ」
そう苦笑してみせたが、マリカウルは全然納得していないふうだった。
漆黒竜ディグフォルトは、実はマリカウルの父である闇竜神ダグフォートが、シィルスティング化した姿だ。神話の時代に闇竜神ダグフォートは、創造神ウィラルヴァから分離した、父なる神ウィルに忠誠を誓い、シィルスティングとなって、一番身近で主に仕える道を選んだ。
同じく光竜神ラウヌハルトも、白銀竜ランファルトとなり、ウィルと共にある。ついでだから他の六竜神についても言うと、水竜神ティンは聖王国プレフィスの守り神であり、地竜神ジェムズロイスは人間として生き、風竜神フラドラードは竜の聖域ヴェルフィート山脈を守護していて、火竜神ミラーはノウティス帝国の同盟国であるグラフト公国の守り神だ。
実質、四竜神になってるってことか。まぁ六竜神全てが揃ったところで、破壊神ルイスの足元にも及ばないけれど。それだけウィラルヴァの本体である破壊神ルイスは飛び抜けている。
…と、そんなことより、今は目の前の問題を上手く解決しないと。
「ええーと。まず俺の持ってるディグフォルトについてだけど、これはウィルの主力シィルスティングである、ディグフォルトと同質のものだけど、同じ個体じゃない。わかりやすく言うと、二枚目の漆黒竜ディグフォルトだ」
「…あり得ません」キッパリとマリカウルが断ずる。
うん。俺もそう思う。だけど事実だからなぁ。
俺のリングの中には、どうやら俺が創造(創作)したシィルスティングは、全て入っているようだ。ウィラルヴァがそうしてくれたらしい。これまでの旅路でも、未確認のシィルスティングを思い出す度に、持っているかどうか確認してきたけれど、一枚の漏れもなくカードを取り出すことができた。
逆に俺の知らないカード…例えばセラお姉さんが持っているフライパンのような、俺がつくったものじゃないシィルスティングは持っていない。多分、他にも色々知らないカードは、沢山あるんだと思う。
「うーん…どう言えばいいものか」
説明に困って視線を泳がせていると、不意にセラお姉さんと目が合った。
「………………」無言でこちらを見つめるセラお姉さん。
おそらく、いつもどおりに察してはくれていると思う。セラお姉さんの洞察力は半端ない。海千山千のロード達の中で、上級ロードとして立ち回っている身だ。その中で培われてきた能力なんだろう。
ちょっと期待してセラお姉さんを見つめ返してみたが…
「シュウ君…マスターロード様には、秘密も多いのは分かりますけど、いつまでもというのは困ります。できればティアスに辿り着くまでに、私にだけでも教えてもらえませんか? 私は…責任者なんです」
…うん。そんな思い詰めたような顔をされると、弱い。責任があるというのも分かるし、こっちだって身元引受人になってもらうつもりだ。
正体不明のマスターロードを、自分達の本拠地に連れて行くんだ。レインティアにもマスターロードはいるだろうけど、数は少ないはず。一人増えれば、それだけロードの勢力のバランスを崩すことになる。
時期がきた。そう考えなければならないだろう。幸いマリカウルもいることだし、フォローを期待しよう。どこかズレてるアホの子だけれど、賢いことだけは間違いない。
「分かった。えっと…マリカウル? 俺とセラお姉さんだけ背中に乗せて飛んでもらえる? そうだな…あそこの山の上まで」
「仰せのままに」
マリカウルが素直に頭を下げ、再び斑天竜の姿になった。
ふわふわサラサラした長い毛を掴んで背中によじ登り、翼の間に跨る。
モッフモフだモッフモフ! きゃっほー!
「ちょっと行ってきます。バルート、皆を頼みますね」
俺の後ろに跨ったセラお姉さんが、いつもの怖い顔でこちらを見上げる、バルートに告げた。
「御意。しかし、大丈夫でしょうか。またドラゴンが襲ってきたら、我等だけでは対処のしようがありませんが」
「それならば問題ない。しばし待つが良い」
マリカウルが厳かに口を挟み、自分達が飛んできた連峰の方を見上げる。
ややあって、二匹の黒い魔竜が、山の頂よりこちらに飛翔してくるのが見えた。
「我が僕に守護させよう。元より、付近の竜達は襲っては来させぬが、魔物も少なからず徘徊しておるからな」
「斑天竜様のご厚意、感謝いたします」バルートのおっさんが仰々しく頭を垂れる。
「うむ。苦しゅうない」ちょっとマリカウルがご満悦だ。敬われるの好きだもんね貴女。
「それじゃ、行こうか。マリカウル発進!」
「了解です。しっかり掴まっていてください」
マリカウルが翼を広げ、フワッと飛び上がった。
翼に宿る風の力。ドラゴン達の飛行能力の秘密だ。翼を持つドラゴンには、自身の生まれ持った属性に関わらず、標準機能として備わっている。マリカウルの場合、その力が他の竜族と比べても飛び抜けて強く、風竜神と並び、竜族でもトップを争う。
が、背中に誰かを乗せると、その辺の飛竜並みのスピードしか出せなくなる。
シュン・ラックハートに、残念竜と呼ばれてブチ切れていたなぁ。
そうだ。シュン・ラックハートの物語がどうなったのかも、ちゃんと聞いておかないとね。ていうか暁光竜ラグデュアルはどこにいるんだろう。
色々と積もる話がある。ちょっとワクワクしながら、マリカウルのモフモフの背中に、抱きつくようにして顔を埋めた。
これは癖になるー。なんか柔らかい甘い匂いがするし。…いかんいかん。これは魔性の誘いだ。我に返ってムクッと起き上がる。
ふと後方を振り向くと、視界の中で小さくなっていく馬車の中から、子供達がわらわらと出てきているのが目についた。元村長さん達大人の制止も振り切り、飛んできた魔竜二匹に群がっていく。
子供は怖いもの知らずだね。誰に似たんだか。親の顔が見てみたいものだよ、全く。
「あれって確実にシュウ君の影響ですよね」
言われて肩越しに後ろを見やると、ジト目のセラお姉さんと目が合った。
…し、失敬な。英才教育の賜物と言ってくれたま……冗談ですごめんなさい。心読まないで。腰に回した手に力入れないで。
マリカウルが山頂に到着するまでの数分間。背後からの強烈な威圧感に、冷や汗が止まらなかった。
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