第13話


「馬車を一所に固めろ! 村長、馬が騒がないように、落ち着かせるんだ! マーク、防御用魔法の準備! トニーはマークと共に、村人達を守れ! 姉御、シュウ殿! 自分と一緒に迎撃を! 子供達は絶対に馬車から出るな!」


 バルートのおっさんが、テキパキと指示を飛ばす。


 やるなぁ、おっさん。ちょっと見直したぞ。


 だが、その指示は一部分だけ頂けない。


「迎撃の必要はないよ。あれは間違いなくマリカウルだ」


 馬車から飛び降りて連峰の頂きを見上げると、聳え立つ峰にかかる雲の中から、飛び出した真っ黒な竜が三匹、こちらに向かって、真っ直ぐ飛翔して来るのが見えた。


 その後方から、一際大きな白い竜が、黒竜三匹を従えるようにして、翼をはためかせている。


 よく見ると、体のあちこちや翼に至るまで、斑点のような、斑らな黒い部分が目についた。斑天竜マリカウルだ。俺が見間違えるわけがない。イラストは友達に描いてもらったものだけど…っと、そんな話はどうでもいいか。


「みんな退がってください。俺が話をしますから」


 それでも戸惑ったように渋る、バルートのおっさんを引き退らせ、一団の先頭に出る。


 セラお姉さんが少し離れてついてきた。


「話をするって、いきなり攻撃されたらどうするんですか! 聖域に立ち入ったのは私達です。向こうからしたら、攻撃対象でしかありませんよ!」


「そんな野蛮な奴じゃないから、大丈夫だよ。話は通じると思…」と言いかけた瞬間、


 ゴウゥ!


 一番先頭を飛んでいた黒い竜が、口から黒色の炎の塊を吐き出した。


 あれ? 話が違うぞ?


 誰だよ大丈夫だって言った奴!? 責任者出て来い!


「し、シュウさん! 防御魔法を展開しますので、退がって下さい!」マーク君の悲鳴のような声が響いた。


 防御魔法って…D級ロードの使える魔法くらいじゃ、防げるわけないでしょうが。


 言われた瞬間にはそう判断して、リングからシィルスティングを取り出した。


「トラディスト・フォートレス!」


 八星魔法。絶対防御の盾。母なる神レーラ・クルーの扱う、神級魔法を発動させる。


 永続魔法であるため、発動しただけで結構な神力が持っていかれた。ちょ、扱い難しいよこれ!


 青白く光り輝く巨大な光の盾が、一団を守るように空中に出現した。バリバリと真空を震わすスパークが弾け、継続的な神力の消耗に、思わず表情が歪む。場所を動かさずに維持するため、意識を集中させる。


 これが結構難しい。もしかしたら俺、防御魔法は苦手なのかも知れない。


 かなり離れたところから放たれた、黒竜の黒炎弾は、あっという間に間近に迫り、思っていた以上の強烈な炎の塊が、盾へと衝突した。


 ズガァァァン!!


 音だけで全てが吹き飛んでしまいそうなほどの、爆音が響き、掲げた両手にも衝撃が伝わってくる。視界一面が赤黒く染まり、ビュウっと激しい突風が吹き荒れた。


「きゃぁぁぁっ…!」


 セラお姉さんや子供達の悲鳴が聞こえる。


 何も見えねぇ。砂埃が舞い上がり、目を開けてもいられない。


 だが、防ぎ切った感覚はある。盾からこちら側は突風に襲われただけで、大した被害は出ていないはずだ。


「今のを防ぐか。人の子らよ」


 厳かな女性の声が響いて来る。響くというよりは、直接耳に聞こえて来る感じか。まるで意識にそのまま話しかけて来るような感覚だ。思えば、ウィラルヴァの声もそんな感じだった。


「斑天竜マリカウル! 俺はシュウだ! お前と話がしたい!」


 盾をリングに戻し、飛翔してくるマリカウルへと声を飛ばす。


 辺り一面は飛び散った黒炎で、大変なことになっている。が、馬車周辺は全くの無事だ。絶対防御は伊達じゃない。と、


「……ん? 何か言ったか人の子よ。遠すぎてよく聞こえんわ」


 ……ああ、はい。分かりました。もうちょっと待ってから声かけますね。まさかの一方通行。


 というか、語尾が『にゃ』じゃないのね。猫竜のクセに。ラグデュアルと話すときは、いつもにゃーにゃーゆってるクセに。


「とにかく。今の一撃を防いだことは、褒めてつかわす。だが、我が領域に無断で立ち入った罪、万死に値する」


 つかわす、って。我が、って。万死に値するって…… 


 プププ。何いっちょまえなことゆっちゃってんの。


 ……あれ? あれ本当にマリカウルか? なんか、俺の知ってるマリカウルと、随分違う口調なんだけど……。


 そうこうしている間に、その体の巨大さが分かるほどに、マリカウルと三匹の黒竜の姿が近づいてきた。黒竜は7〜8メートルほど、マリカウルは12メートルと言ったところか。


 黒竜は鱗に覆われたトカゲのような容姿で、巨大な翼が蝙蝠のように、バッサバッサとはためいている。魔竜の一種だろう。


 対してマリカウルは、長い毛を優雅に風になびかせ、滑空するようにして、黒竜の少し後をゆったりと飛んでいた。…加減して飛んでいるようだ。その気になれば、彼女にとって、数秒で辿り着ける距離であるに関わらず。


 余裕を見せている。あるいは、余裕があるように見せたいのか? 分からないが、少なくとも敵対の意思を示していることは間違いない。


 どういうことだ。無闇に人を襲うような、悪い子じゃなかったはずだ。一体何があった、マリカウル?


 まさか、俺が描いていなかった物語の、その後の展開に、彼女を変えてしまうような大事が起こったのだろうか? だとしたら、一体何が? 何があったんだ!


 …不意に、魔竜の二匹が左右に分かれ、挟撃する体制を取った。正面の一匹が飛ぶ速さを増し、真っ直ぐ突っ込んで来る。完全にやる気だ。


 …マズイな。こっちは余裕ぶってる場合じゃない。


 セラお姉さん達もそうだけど、子供達だけは絶対に守らないと!


「シルヴァ全力融合。漆黒の剣士憑依融合。魔剣ディグフォルト武器融合。光盾ランファルト防具融合! 水蛇神ナーガ召喚、結界を張って子供達を守れ!」


 次々とシィルスティングを取り出し、戦うスタイルを確立させる。


 全力で行く。これで何かあったら、全部俺の責任だ。そんなことになったらセラお姉さんに怒られる……くらいじゃ済まない。失望されてしまう。


「な…な…!?」


 後ろにいたセラお姉さんが、俺の姿を見て、驚愕の表情を浮かべた。


 シルヴァを全身融合させ、身体全体が毛むくじゃらの魔狼人間の姿になる。そこに漆黒の剣士を憑依融合…その剣の技術だけを身に宿し、父なる神ウィルのスタイルを真似、漆黒竜ディグフォルトを剣に、白銀竜ランファルトを盾に変換させる。


そして水蛇神ナーガは防御用のシィルスティング。大きな白蛇だ。こっちは馬車近くに待機させ、子供達やセラお姉さん達を守らせる。


 白銀のシルヴァの体毛が、漆黒の剣士の憑依の影響で、真っ黒に染まっていった。さらに右手にディグフォルトの、黒と紅蓮に輝く色、左手にランファルトの、輝ける白銀の色、それぞれが鮮やかに入り混じり、胎動するマグマのように、全身が変色する。


「な…な…!?」


 今度はマリカウルの声が聞こえた。


 …うん? まあいい。とにかく、まずは魔竜からなんとかしないと!


 とにかく全力だ! 相手は神族。後で神力切れでぶっ倒れてもいいから、こんなとこで出し惜しみするなよ、俺!


 正面から突っ込んできた一匹の魔竜を、白銀の盾で受け止める。


 大口を開けて噛みついてきた魔竜の牙は、白銀の盾により阻まれた。


「ググォォウ!」


 魔竜の重低音の唸り声が、振動となって大気を伝わり、魔狼の体毛が小刻みに震わされる。


 瞬間、盾を強引に口から引き抜く。魔竜の牙がガリガリっと折れ、地面に飛び散った。そこに漆黒の剣士の、剣の技術を用いてディグフォルトを振るい、魔竜の首を切断する。


 まず一匹!


「え…えええええっっ!?」マリカウルの声だ。


「グォォウ!!」


 仲間がやられたことを知った左右の魔竜が、飛ぶスピードを上げて迫って来る。迫りながら、開けた口から先ほどよりも強力な黒炎弾を吐き出した。


「盾よ拡がれ!」


 左手の盾を、身長と同じほどに巨大化させ、左からの黒炎弾に備える。そして右からの黒炎弾は…


 黒炎弾なら、こっちの方が本職だ!


「ディグフォルト、魔砲変換! 全力で撃て! 焦咆黒炎弾しょうほうこくえんだん!!」


 魔剣ディグフォルトが、形を変えて右腕全体を覆い、漆黒竜が大口を開けた、巨大な砲門へと変化した。魔竜の放った黒炎弾より、数倍巨大な赤黒い炎の塊が、魔竜の放った黒炎弾を飲み込んで、魔竜に直撃した。


 ドォォォン! ドゴォォォン!!


 同時に、左側の魔竜の炎が白銀の盾に衝突した。グッと足を踏ん張り、衝撃に耐える。炎の熱は大して熱く感じない。ほとんどノーダメージだ。


 絶対防御の盾より扱いやすいなこれ。次から防御はこれにしよう。多分だけど、ロードとしてドラゴン系に対して、適性が高いんだと思う。


 辺り一面が、黒と紅蓮の色に染まる。ディグフォルトの黒炎が炸裂したためだ。そもそもディグフォルトは、闇竜神の力を持つシィルスティングだ。たかが魔竜程度の力に、押し負けるほどヤワじゃない。


 辺りの空中を完全に支配していた黒炎が晴れたとき、生い茂った草花とともに、魔竜が消し炭になっていた。骨の一部は残っているようだが…とにかく、これで二匹目!


「グワァァウッ!!」


 訳が分からぬうちに二体も仲間が倒され、混乱気味の魔竜が、形振り構わずに巨大な鉤爪を振り下ろして来た。


 ッギィィンッ…!!


 盾で受け止め、細かな光の粒子が、火花のように舞い散る。瞬間、


「シールドカウンター! 逆撃の咆哮!」


 ウィル・アルヴァの戦い方を真似て、相手の攻撃を受け止めた瞬間に、盾の表面から白銀の波動を迸らせた。攻撃の威力も倍にして跳ね返し、回避行動さえ許されず、まともに衝撃を受けた魔竜が、後方へと弾き飛ばされる。


 ここで追撃っ!! ディグフォルトを再び魔剣の姿に変化させる。先ほどよりも大きく、長く。高く、強く、速く、飛べ!


 思い切り地面を蹴り、弾き飛ばされた魔竜に、弾丸のように急接近する。


「うぉおおぉぉぉぅ!!」


 雄叫びを上げ、竜の眉間を狙って全力で刃を振り下ろした。刀身が呆気なく魔竜の頭に食い込み、そのままの勢いで両断した。


 三匹目、完了! 残りはマリカウルだけだ!


 空中で一回転して、飛び込んだ勢いを殺し、地面に足をつく。風魔法に加え、若干ながら重力にも干渉する、魔狼シルヴァの能力だ。


 マリカウルを振り返り、腰をグッと落として、油断なく身構えた。


「にゃ…にゃ…にゃ……」


 すでに地面に降り立っていたマリカウルが、十メートルほど前で、ガクガクと全身を怒りに震わせていた。


 見た目は翼の生えた、巨大な猫と竜が混ざったような風貌だ。頭の上にピョコンと生えた猫耳。長い毛が風になびき、全身が白を基準とした、白黒の体毛に覆われている。大きな翼は見惚れるほどに美しく、薄っすらと発光しているかのようにして、陽の光に照らされていた。


 瞳は黒味がかった黄色。光竜の血が混ざっている闇竜であり、闇竜神ダグフォートの三女。つまりは、竜族の姫ということになる。神話の時代より生き抜く古代竜。その格は、六竜神に次ぐほどに高く、崇高なものだ。


 可憐に裂けた口元が……口元が……


 ……あれ? 怒りに震えているというより、怯えてワナワナしてないかあれ?


 気づいた途端、マリカウルの全身が、足元からボンッ!っと黒い煙に覆われた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る