第12話


「この地図通り行きますと、もうしばらく先に渓谷があるはずです。その辺りから、竜の棲まう聖域へと入ると思われます」


 バルートのおっさんが地図を片手に一人、一団の先頭を歩いている。


 辺りはまだ丘陵に近い見晴らしの良さで、道らしき道はないものの、今のところ馬車もスムーズに進めている。もちろん、乗り心地はあまり良くはないが。


 馬車の数は三台に減らし、一台に対して三頭の馬が引く体制にしてある。先頭の馬車には俺とセラお姉さんと、村長と…村長っていうか、元村長と言った方が正確か。とにかく、他にも四人の子供達。マーク君と残りの子供達は、二台目の馬車。最後の馬車には、その他の女性や老人達だ。


 子供達、最初の頃は暗い顔をしてて、大人しい子達ばかりだったけど、今では目元のクマも取れて、血色のいい笑顔を見せるようになった。三食ちゃんと食べさせているし、暇があったら一緒に遊んでいるからね。俺も今ではすっかり人気者だ。魔物に乗っての鬼ごっこは、セラお姉さんが怖いからもうやってないけど。次々とシィルスティングを召喚して、必殺技を見せてあげると、すごく喜んでもっともっととせがまれる。調子に乗って召喚融合とか、上級技術である憑依融合とか色々やって見せていたら、また危うく山一つ吹き飛ばしそうになって、慌てて逃げてセラお姉さんと隠れんぼした。怖か…楽しかったなぁ。


 ちなみに一頭あぶれた馬には、トニー君が跨っていて、最後尾の位置で、辺りに警戒の目を向けていた。美男子に白馬とは、こうも似合うものなのか。ちょっと嫉妬だ。


 天気も快晴。風が吹けば冷んやりするが、むしろ心地いいくらいだ。なだらかな丘陵の、のんびりした景色の向こう、向かう先には、高い連峰が聳え立っている。マリカウルの聖域だ。その手前に渓谷があるということだろう。最初の難関は、その渓谷をどうやって越えるかということになりそうだ。


 最悪、シィルスティングを召喚して飛んで運ぶ。問題ない。なんなら白銀竜ランファルトで運んだら、その辺りに棲息する雑魚竜程度なら、びびって近寄っても来ないだろう。


 …と言ったら、セラお姉さんに呆れた顔をされた。


「マスターロード様が凄いというのは…頭では分かっていましたが、実際目の当たりにすると、自信喪失してしまいますね」ため息を吐く。雑魚な竜など存在しないらしい。


 まぁ、マスターロードじゃないんだけどね。あくまでそれ相応の実力があるってだけで…。その辺りのことは、いずれセラお姉さんに相談するのもいいかも知れない。というかそうしよう。レインティアの首都に着いて一息ついたら、身元引受け人になってもらおう。名案じゃないか!


 というかセラお姉さん、最初の頃のフレンドリーな話し方と違って、すごく丁寧な口調になっているけど…トニー君曰く、どうやら、それが本来のセラお姉さんの口調らしい。出会った当初は、俺が馴染みやすいように、気を遣ってくれてたのだろうな。逆に俺はめっちゃタメ口になってるしね。


「だけど、馬は大丈夫でしょうか? いきなり掴まれて空を飛ばれたら、ビックリして暴れ出しそうな気が」


「それも大丈夫。催眠魔法で眠らせてから運べばいいから」


 馬車の側面の幌を捲り、ピョコっと顔を出す。今は降り坂の途中で、膝下くらいまでの草や花が生い茂っているだけに見えるが、どこに突き出た岩が隠れているか分からない。そのため一行は、先頭を歩くバルートのおっさんの歩調に合わせ、ゆっくりと前進していた。道無き道を進むのは、もっと苦労するかと思っていたが、今のところは非常に緩い。渓谷以降は本格的な山越えになるから、大変なのはそれ以降になるだろう。


 岩を崩して道を切り開きながら進むことになるかも知れないが。まぁなんとかなるさ。


 とにかく今のところは、この速度だと馬もあんまり疲れないだろうね。三頭体制だし。食糧もたんまりあるし、そんなに急ぐ旅でもない。のんびり行こうぜ。


「シュウ殿、干し芋はいかがですかな?」


 子供達と同様に、最初の頃と比べると見違えるような笑顔を見せるようになった元村長さんが、子供達に配っていた干し芋を、一切れ袋から取り出し、俺に差し出してきた。


「いただきます」和かに受け取る。


「マスターロード様がいらっしゃると、竜の聖域も怖くありませんな。斑天竜だかハンペン竜だか知りませんが、いつでも来いという気分ですぞ」


 あはは。フラグ立てんなじじぃ。


 とはいえ、あちらから出て来てくれるんなら、それに越したことはないんだよね。てか、マリカウルなら絶対に来る。正直、マリカウルには会ってみたい。会って話したいことがいくつもある。


 神話の時代より生き抜くマリカウルなら、今の時代がいつに当たるのか正確に分かるだろうし、今後のことを相談するだけじゃなく、過去のことも聞いてみたい。俺が描き切れなかったシュン・ラックハートの物語が、どういう結末を迎えたのか、マリカウルなら知っているはずだ。もしかしたら、暁光竜ラグデュアルにも会えるかも知れない。


 実はラグデュアル、数ある俺の自作キャラの中で、三本の指に入るほど、お気に入りのキャラなんだよね。性格もいいし、強くて、何よりカッコいい。かつて存在した光の国シャロンの守護神だ。三神と六竜神を除けば、最強クラスの強さを誇る竜帝で、光竜神ラウヌハルトの弟でもある、由緒正しき古代竜だ。


 ……かつて存在した光の国シャロン、か。


 ……そう考えると、ちょっと嫌な予感もするが。


 まぁ、シャロンは滅んだわけではなく、世継ぎ問題でエストランドとレインティアという二つの国に分かれただけだ。


 仮に、なんらかの戦いでラグデュアルが敗れて、滅んでいたとしても、シィルスティングにしたときに七つ星以上の実力がある竜族ならば、いつかは復活する。紛うことなき神の力を有しているのだから。ラグデュアルは、裏設定で存在する九つ星の実力者だ。


 だから会えるさ。運が良ければ仲間になってくれるかも知れない。人間の姿で生きる竜族もたくさんいる。仲間になってついてきてくれたら、めちゃくちゃ心強いんだけどなぁ。


「今度は何を考えているんですか? すごく楽しそうな顔をしてますけど」


 セラお姉さんに言われて、ハッと我に返った。幌を張るために取りつけた荷馬車の柱に、背を持たれたセラお姉さんが、胡座をかいた足首に両手を置いて、微笑みながらこちらを見やっていた。


 …胡座ですか。そこは女の子座りくらいにしとかないと、いつまで経ってもあのフライパンは、凶器としてしか使用されな……なんでもないです。人の視線から心を読むのはやめて。睨まないで。


「大したことじゃないよ。早くマリカウルに会いたいと思って。知ってる? マリカウルってさ、闇竜神の末っ子で、めっちゃモフモフしてて、姉二人と一緒に、影では猫竜三姉妹とか言われてんだ。特徴は竜族でも一、二を争うくらい素早くて、大陸の端から端まで一日で飛んで行っちゃうくせに、人を乗せて飛んだら、その辺の飛竜にも負けちゃう残念な一面もあって、さらに…」


「す、すごく詳しいんですね。シュウ君のそういう知識って、一体どこで学んだんですか?」


 おっと。さり気なく詮索を入れてきたか。…と思った途端、それが顔に出たのだろう。セラお姉さんが慌てて手を振って、


「話したくないことだったら、無理に聞こうとは思いません。差し障りないことだったら」


「別に、隠し事しようとかは思ってはいないよ。ただ…どう説明すれば理解してもらえるか、分かんなくて。首都ティアスに着いたら、セラお姉さんにだけは、全部話すつもりでいるけど」


 身元引受け人になってもらうつもりだしね。上級ロードに保証してもらえれば、ロード協会の試験も受けれるだろうし、そうすればお金の問題も解決すると思う。


 屋内ロード…集会所に入ることが許されている中級以上のロードは、一般人と比べて、桁違いの収入を得ることができる。もう左団扇の生活ができるわけだ。ちょっと楽しみだ。


「私にだけ…ですか? …マーク達には?」


 ちょっと顔を赤らめながら、セラお姉さんがモジモジした。


 あ。勘違いされたパターンだこれ。


「ええっと…もちろんマーク君とトニー君にも、話せることは話すつもりでいるけど、何もかも全ては無理…というか、必要ない気がするなぁ。だけどセラお姉さんには、色々とちょっと、相談したいことがあって」


「相談したいこと、ですか? それは、シュウ君が受けてるクエストについて、ですか?」


 受けてるクエスト? なんのこっちゃ?


 …ああ、なるほど。


 あんな何もない、サソリしかいないような荒野に、マスターロードが食料も持たずに一人でいたんだ。何かしら特殊な依頼を遂行中だった、とでも思っているのだろう。


「いや、特にクエストは受けていないよ。そういうんじゃなくて、身の上について、ちょっとね」苦笑してみせる。


「そうなんですか? じゃあなんで一人であんなところに…。それも話してくれるってことですか?」ちょっと不安そうに、こちらの顔色を伺う。


 うーん。ここで話してしまっても構わないだろうか。…いや、とりあえず無事に首都に辿り着いてからの方が無難だろう。セラお姉さんなら大丈夫だろうけど、不審がられて不和を招いてしまえば、これからの旅路に支障が出る。


 余計な心配事を増やしたくもないからね。


「とりあえずは、無事に首都まで辿り着くことを優先しよう」


 そう言ってニッコリと笑ってみせると、セラお姉さんはやや微笑を浮かべて、コクリと頷いた。


「分かりました。私にできることなら、なんでも言ってくださいね」言って視線を逸らし、なぜか小さくため息を吐く。


 …それってどういうため息なんでしょうか。女心ってホント分からないわぁ。


「……………………」


 …今、知りたかったのかな? 思えば、出会ってからすでに一週間は過ぎている。今ではかなり、いや、めちゃ打ち解けることができていると思うし、それでも事情を話してもらえないとなると、セラお姉さんにも思うところがあるのだろう。


 …創造神ウィラルヴァに、この世界に送り込まれた創造主です。この世界は俺の創作なんです。ちなみにセラお姉さんは、俺が作ったキャラクターじゃないです。全く知らない人です。


 はい。言えるわけありません。


 困ったなぁ。


 と、げんなりして、はぁーっとため息を吐いたときだった。


「シュウさん! ドラゴンです!!」


 トニー君の叫び声が、馬車の外で響いた。

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る