第11話
「通行することができないとは、どういうことですか。通行証は持ち合わせていませんが、私は上級ロードです。リングの照合をしていただければ、身分は保証できます」
特筆する出来事もなく順調だった旅路に、暗雲が立ち込めたのは、リトの村を出発してから、五日後のことだった。
村を出て四日後に、ちょっと大きな町に辿り着き、町毎に設置されているロード協会の集会所で、セラお姉さん達の貯金を下ろし、毛布や上着から食糧に至るまで必要なものを買い揃えたのち、宿で一泊していざ出発、と町の南の関所へと向かったとき、関所の役人に呼び止められたのだ。
この町で買い替えた幌付きの荷馬車から、ひょっこりと顔を出し、関所の門の前で、役人と言い合っているセラお姉さんを見やる。
結構、ガミガミと言い合っている。どうあっても関所を通すつもりはないみたいだ。
本来、上級ロードともなれば、どの国の関所を通る際にも、通行証などという面倒くさいものは必要としない。専用の魔導具でリングを照合し、上級ロードであることを証明さえすれば、特に検閲なども必要なく通行できるはずだった。
それを引き止めるとなれば、ロード協会にケンカを売るようなものだ。ウィル・アルヴァのつくり上げたロード協会は、各国に対して強い影響力を持っている。マスタークラスのロードともなれば、一国の国王にも匹敵する権力を持つとされ、上級ロードであろうと、少なくとも国の勝手な方針でその行動を制限されるなど、あってはならないことのはずだ。
それを定めたのはウィルだけでなく、プレフィス聖王国の聖女王と、四聖公国筆頭アルディニア公国の公王であり、ガルトロス大陸だけでなくストリクト、トラウンスの三大大陸の国々においても、ロードの権威は絶対的に確約されている。…はずだが。
俺が作ったこの世界の設定は、今のところなんの問題もなく、そのまま適用されているように思えたが…ここにきて違いが出てきたか?
そう思っていたら、関所の役人の口から驚くべきことが知らされた。
「ノウティス帝国の遠征軍がレインティアの南方、グラハガ平原を北上しております。すでにエストランドとビズニスの連合軍と交戦中であり、これより南への街道は、全て封鎖されております」
「なっ…!」
セラお姉さんが言葉を詰まらせ絶句した。
はて…? この時代にそんな戦いがあったっけ…。
いや、そういえばノウティスの侵略軍は、数年置きに定期的に北上してくるっていう設定を出した気がする。
この世界の暦は国毎に記録されてはいるが、破壊神が勝利して暗黒時代が訪れる度に、文明がリセットされてしまうため、全体を通しての明確な暦というものは、あやふやだ。今がいつの時代なのかハッキリとは分からないが、少なくともレインティア王国が、こうして存在しているということは……いずれウィル・アルヴァの力を継承して父なる神となる英雄、アレク・ファインが生まれる前、ということになる。この世界の歴史において、割りと序盤の方に当たるのではないだろうか。
このロストミレニアムには、何人もの主人公がいるが、その中でも主軸の主人公であるアレクが誕生するのは、レインティアが滅んでから二年後、だったはず。つまりアレクを手助けするために、アレクを見つけるなら、このレインティアが滅ぶのを待ってから、ということになる。
…そっか。レインティア滅ぶんだっけ。その前にセラお姉さんやマーク君達だけでも、上手いこと逃がしてあげなきゃなぁ。今の時代にそれが起こるなら、だけど。
というか、この分だと、俺がこの世界での役割とやらを果たして元の世界に戻れるのは、相当後のことになりそうだ。何十年もかけての大仕事、くらいに考えておいた方がいいかも知れない。
もっともウィラルヴァが言うには、帰れる場所は元の世界の元の場所、つまり、俺が美女に連れ去られたあのときの、俺の部屋のベランダに、ってことになるだろうから、なんの問題もないけど。
…本当に大丈夫かそれ? 年齢とかもちゃんと元通りになってるんだろうな? いや、ウィラルヴァならそれくらいのことはやってのけるか。信じる信じないという問題でもない。ウィラルヴァは万能だ。俺がそう設定したんだから。
…万能なのなら、自分でここに来て問題解決しろよ…と言いたいが、そうか。この世界にウィラルヴァが干渉できるのは、自身が存在していた神話の時代までなんだ。破壊神、父なる神、母なる神の三神時代である今の世界には、ウィラルヴァの力は及ばないんだっけ。そういう設定にしたんだった。
仮に強引に転移することができたとしても、同一人物…もとい竜物が存在するという矛盾が生じ、反発し合い、ウィラルヴァ、ウィル、ルイス、レーラ全員が、次元の彼方に弾き飛ばされてしまう。この星の絶対神であり分身である彼らがそうなってしまったら、同時にこの世界も引き裂かれるようにビッグバンを起こして、消え去ってしまうのだ。それはこの世界が誕生したことにより生じた規定のルールであり、ウィラルヴァにも曲げることのできない、絶対の理だ。
我ながら難しい設定を考えたものだ。…そうでもないか。要は、同一の存在は同時に存在できない、っていうだけの話だ。まぁ、それはともかく、
自分では干渉できないから、俺が呼ばれたんだろう。あるいは、創造主、であることから、俺にだけは特別に、送り込むことができたのかも知れない。俺だけが特別に次元を超えて、この時代にやって来ることのできる、唯一の存在なのかも知れない。これは推測にしか過ぎないけれど。
そうなると、マジでこの世界って一体なんなんだろう。なんで存在しているのだろう。サッパリ分からない。ハハハハハ。
物語を不完全にした責任を取れってなんですか。それって向こうの世界で、小説とか漫画とか設定集とかを書き終えれば、済む話なんじゃないですか? ああ、書くわけないか。俺だもん。だから無理矢理にこの世界に引っ張って来たわけですね。色仕掛けまで使って。なんて悪質な美人局だよこの人攫いが!
…と。そろそろ話を戻そう。ここで文句を言っても始まらない。言うならウィルか破壊神に出会ったときにでも言ってやろう。そうしよう。
えーと…そうそう、レインティア滅亡に関しては……実は明確に物語にしたり、詳細に設定集に書き綴ったりしてあるわけではないが、レインティアがどのようにして滅ぶのかだけは分かっている。
暗黒竜の降臨だ。
……………いやいや、中学時代の俺よ、なんてアホな設定してくれてんねん! 暗黒竜ってなんだ。どこのラスボスだ。ファ◯シオンか? ファル◯オンが必要なのか? ねぇよそんなもん! ウィラルヴァの牙をへし折って作れるというんなら、喜んでへし折りに行くわ!
いやまぁ、正確には、暗黒竜の降臨によって弱体化したレインティアを、これ幸いと攻め込んだノウティス軍があっさり占領する、っていう流れだったけど。
というか、本当に暗黒竜って何者なんだろうか。確か、いずれはその辺りのことも物語にしようと思ってはいたのだけれど、結局一文字も書くことなく今に至っている。
……そういうとこやぞ。俺。
ため息が出る。頭の中で美女ウィラルヴァが、ジト目でこちらを睨んでいるのが見えた。
こっち見んな。
と、
「今度は何を考え込んでいるんですか?」
「えっ…?」
ふと、我に返ると、いつの間にか馬車へと戻ってきたセラお姉さんが、どこか面白そうな顔つきで、俺の顔を覗き込んでいた。
不意を突かれて、言葉が出て来ずに戸惑っていると、察したセラお姉さんが、
「シュウ君ってときどき、やけに真剣な顔で物思いに耽ってますよね。色んな表情してて、見てて面白いです」
クスクスと笑う。
…そうだっけ。
いや、その通りだろうな。思えば出会った当初から、ずっとそんな感じだっただろう。
よく見るとセラお姉さんだけじゃなくて、マーク君や子供達までも、ニヤニヤした目つきで俺を見ている。
めっちゃ恥ずいんですけど!?
「そ、それより、どうなりました? 街道が封鎖されてるって言ってたけど」
よし。うまく話を逸らした。
セラお姉さんは途端に暗い顔をして、はぁーとため息を吐いた。
「どうあっても通す訳にはいかないそうです。グラハガ平原一帯が、軍の管理下に置かれていて、軍事作戦以外の行動は規制されているらしくて」
軍事作戦ねぇ。ちょっとそっちも気になるけれど、今は子供達を首都ティアスに送り届けるのが先決だろう。エストランド軍だけじゃなく、東大陸で最大の軍事国家である、守護国ビズニスも出張って来ているらしいし、ほっといても大丈夫だ。
「街道以外に道はないの? というか、レインティアの首都って国の中央にあるんだよね? なんで南下する必要があるの? 真っ直ぐ東に行けばいいのに」
ふと気になって尋ねると、馬車の中にいたバルートのおっさんが、珍しく口を開いた。
「ここから東方には、北から南にマリーフィード山脈が連なっております。場所によっては然程険しくなく、無理をすれば馬車の通れる箇所も御座いますが、そこは
相変わらずの仰々しい口振りで言って、軽く頭を下げたあと、それまで通りに口を真一文字に結び、怖い顔で黙り込んでしまった。
そんなおっさんの周りには、子供が一人も寄りついていない。……気持ちは分かるよ。
「竜族の縄張りねぇ…。聖峰ヴェルフィート山脈みたいに、竜族の聖域ってわけか。見つかったら喰われちゃうね」
「それ以前に、竜といえば神族ですからね。恐れ敬って、誰も立ち入ろうなんて考えませんよ」マーク君が捕捉する。
なるほど。だから街道も、山を突っ切るわけにはいかず、遠回りする形でぐるっと延びているのか。面倒くさいなぁ。
…待てよ? 斑天竜マリカウルって言ったか今?
「マリカウルって言ったら、あれか? 身体中が鱗じゃなくて、長い毛で覆われている獣竜で、白い体毛の中に、大きな黒い斑点みたいな部分が所々にある、神話の時代より生き抜く古代竜で…」
「流石に博識ですね。古代竜であるかどうかまでは分かりませんが、確かに、白い体毛の中に大きな黒い斑点がある、美しい竜だと噂されています。猫で言うならトビ柄ってやつですかね。乳牛と言った方が、分かりやすいかも知れませんが」トニー君が割り込んできた。
ほほう。マリカウルですか。間違いないみたいだ。
よく知っている。俺が作ったキャラクターだ。闇竜神ダグフォートの三女で、かつてレインティアとエストランドが一つの国だった頃、輝ける王国、光の国シャロンの王太子シュン・ラックハートは、マリカウルの恋人、もとい恋竜である
勝ち抜いている辺りで書くのやめたなぁ。
…ま、まぁとにかく。暁光竜ラグデュアルも斑天竜マリカウルも、悪しき竜ではない。どちらかと言えば善竜で、理由もなく人を襲ったり、ましてや食べてしまうような野蛮な奴ではない。
つまり、話せば分かる奴だ。
「よし。そうと決まれば、早速山越えの準備をしよう!」
勢い込んで言った俺の言葉に、その場にいた全員が「ええっ!?」と驚きに目を見開いた。
「な、なんでもう決まっちゃってるんですか!? 名付きのドラゴンですよ!? 魔物や魔獣はともかく、その上位存在である神獣よりも恐ろしい、知恵ある竜族…神なんですよ!?」
セラお姉さんが慌てふためいて、俺の両肩をガクガクと揺すった。
「だ、だいじょぉぶだよセラおねぇさぁん」
めっちゃ声がぶれる。ちょ、首もげるからやめて。
「大丈夫なわけないでしょう、何を考えてるんですか! いつもいつも何か深く考え込んでて、それが渋くてちょっとカッコいいかなと思ったら、途端に突拍子も無いことをやり始めて! こないだだって村長さんを脅迫して、山一つ吹き飛ばすし、その前だって狂暴な魔物を手懐けて、笑いながら子供達を追いかけ回しているし! 子供達があれが普通で、魔物なんて怖くないと勘違いしたらどうするんですか!? 責任取れるんですか!? そもそもシュウ君は危機感が…」
「あ、姉御! それくらいにしてあげて下さい、シュウさんの首がヤバいことになってます!」
マーク君とトニー君が必死になってセラお姉さんを引き剥がしてくれて、俺はどうにか命拾いした。
まじ助かった。セラお姉さん、上級ロードだけあって、素の腕力は俺よりもあるっぽい。怖いよぉ。これじゃ嫁の貰い手が…おっと。
「いてて……と、とにかく、マリカウルなら大丈夫。俺に考えがあるから。安心してドーンと任せといて!」自信満々に胸をドンと叩いてみせる。
「……………………」
…あれ? なんでみんな無言なんだろう。
釈然としないながらも、取りあえずその場は、山越えをする方針で固まった。
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