第10話


「ありがとうございますっ! こんな短時間で二十枚もチャージできちゃうなんて、やっぱマスターロード様はまじぱねぇっす! まじリスペクトっす!」


 感激のあまり下っ端口調になってしまったマーク君が、チャージし終えた簡易魔法を抱きしめながら、嬉しそうに、ぱぁっと笑顔を撒き散らした。


 なぁに。こんなことくらいで、そんなに喜んでくれるなら、お兄さんいくらでも頑張っちゃうよ。


 なんというかマーク君、このメンバーの中では、すっかりアホの子キャラに染まってしまっているが、童顔でサラサラした茶髪の長髪、物腰は柔らかく、無害そうな人懐っこい性格で…セラお姉さんが姉御肌というなら、マーク君は弟肌というべきか。見てると何か失敗しないか、ちょっとハラハラして、守ってあげたくなるタイプだ。


 よし決めた。そもそも俺は、アホの子優遇至上主義者でもある。マーク君、困ったことがあったら、なんでもお兄さんに相談するんだぞ。


「一枚チャージするのに、十秒かからないとか…どんだけ規格外なんすか」


 トニー君が額に汗を浮かべて苦笑している。


 いや、基準が分からないから、凄いのかどうか判断できないんですが。凄いのかね?


 もしかしたら俺は、創造神の加護でも与えられているのかも知れない。そうだとしたら、父なる神の加護や破壊神の加護、女性だけが持つことのできる母なる神の加護とかよりも、ずっと凄い加護を持っていることになる…はず。


 具体的にどんな効果なのかは知らん。父なる神と母なる神の加護、あと破壊神の加護は、ちゃんと設定があるけど、創造神の加護ってのは言葉だけ作っただけで、具体的な効果は考えてなかったんだよなぁ。持ってる人がいなかったし。


 しかし、この感じだと、相当に期待できる効果のようだ。今のところ確実そうなのは、いくらシィルスティングを使っても、神力が無尽蔵だということ。これは有り難い。ちょっと色々と面白い実験ができそうだ。俺だからこそ考えつく方法で。


具体的には、人の身体で一度に使用できる神力には、限界値があるので、それを解消するために…っと、無駄に長くなるなこれ。とにかく、ウィル・アルヴァですら成し得ないだろう、俺ならではの秘技だ。


 ウィラルヴァ様。この下僕めに、なんなりとお申し付け下さい。今なら世界も滅ぼせそうです。いや冗談だけど。


 

 さて。荷馬車隊は帝国領の国境を越え、目的のリトの村が近づいてきた。


 馬を休ませる休憩に入る度に、神力を疑似体力に変換させるエナジーチャージの魔法を使い、全部で十頭いるお馬さんを回復させて回っていたら、セラお姉さんが呆れた目つきでため息を吐いていた。逆にマーク君とトニー君は、尊敬の眼差しで目をキラキラさせていた。バルートのおっさんは、いつも通りの怖い顔だったけど。


 アレスフォースにも同じ魔法を使える上級ロードがいるらしいが、数時間置きに一度使うのが限界らしい。


 いやいや、その人の神力が少ないだけだよ。この魔法を元に、馬の体力維持の魔導具を開発した人とか、騎士団の軍馬を、一気に回復させたりしていたからね? …まだ生まれてもないだろうけど。


 とにかく。馬の休憩時間を大幅に短縮できたこともあり、陽が傾く前には、リトの村に辿り着くことができた。


 いかにも田舎の山村、って感じの村だ。米は作っていないようだが、山を切り開いた段々畑で、ジャガイモやサツマイモなどを主に作っているらしい。


 ジャガイモ買おうジャガイモ! ポテト作るんだ。セラお姉ちゃん、あれ買ってぇ!


 と思ったら、実は現金はそんなに持ち合わせていないらしかった。討伐隊の後続部隊だった輜重隊は、到着が遅れたことで、帝国の攻撃から逃れられたため、荷馬車と馬も用意できて、食糧も多めに分配されたらしいが。なまじ物資が豊富だったため、金銭はほとんど用意してなかったらしい。いま手元にある分は、セラお姉さん達の、文字通りのポケットマネー程度だとか。


 お金がないのかー。と思ってしょんぼりしていたら、難民の村長さんが、村人の何人かを、奴隷としてリトの村に置いていく、という案を出してきた。この村だと待遇も良さそうなので、首を縦に振る村人もいるだろうとのことで…。


 いやいや、それはいかんよ。すっかり奴隷気質が身に付いているみたいだ、この人達。


 だが、俺が意見する前に、セラお姉さんが毅然として申し出を拒否した。


「奴隷制度が認められているのは、帝国領だけです。あなた方はもう、奴隷ではありません。しっかりと…特に子供達の人権を、考えてあげてください」


 セラお姉さんは、やっぱり流石だ。伊達に上級ロードをやっているわけではないらしい。


 村長さんはショックを受けたように、しばらく呆然としていたが、ややあってコクリと頷いた。


「ありがとうございます。皆を代表して、お礼を言わせて頂きます」


 律儀に頭を下げる。若干涙目だ。もう奴隷じゃないという一言が、よほど嬉しかったようだ。


 うんうん。よし、こうなったら、俺も一肌脱いであげようではないか。


「何をするつもりなんですか?」


 セラお姉さんが、ちょっと心配そうに眉を潜ませた。


「難しいことじゃない。リトの村の村長さんに、安く食糧を譲ってくれるように、交渉するだけさ。あ、干し肉をちょっと貰っていきますね」


 マーク君とトニー君を呼びつけて、綿密な打ち合わせをする。


「つまり……だから……なわけで」

「なるほど。僕は……して……すればいいんですね」

「俺の役割も……了解。シュウさんが……で……だな」


 三人で集まってヒソヒソと内緒話をする。


 打ち合わせを終えると、マーク君とトニー君と三人で、リト村の村長さんの家の扉を叩いた。


 ずっと後ろの方で、セラお姉さんとバルートのおっさん達が、どこか不安げにこちらを見守っている。


「よし。作戦通りにいくぞ」


「「了解です!」」二人元気に返事をする。


 やがて家のドアが開き、村長さんと御付きの若者二人が、家の中から出て来た。


「これはこれはロード様。話は伺っております。なんでも、帝国からの難民を連れて、旅をしておいでだとか」


 ちょっと頭頂部がヤバくなってきている初老の男が、和かな表情で言った。パッと見、人の良さそうな感じのお爺ちゃんだ。だが、遠慮はしていられない。いけ、マーク君!


「ぁあん!? てめぇ、なに調子の良いこと言ってやがんだぁ?」


 口の中で干し肉をクッチャクッチャ言わせながら、マーク君が下から、村長の顔を睨めあげた。


 途端に後方のセラお姉さん達が、ガクッと膝から崩れ落ちたが、まぁ、見てなさいって。


「は、はい!?」


「誰に口聞いてんだって言ってんだよぉう?   此方におわす方をどなた様だとおもってんだ、ぁあん!?」


 片目をギラっと見開きながら、斜めからグイッと、村長の顔の1ミリ手前に寄って、ガンを飛ばすマーク君。


 よし、初手は完璧だ。続いてトニー君が、


「気に入らねぇっすねぇ兄貴ぃ! こいつら、やっちゃってイイんすよねぇ?」


 エルフみたいに整った顔を、悪っるぅく歪ませながら、干し肉を取り出して、クチャクチャと噛み始める。


「い、いえ、私共は決して、調子に乗ったりしているわけでは…ただ、何かしらロード様方のお役に立てればと…」


「ぁあん!? 兄貴ぃ、こいつ、訳ワカンねぇこと言ってやがりますぜぇ?」


 トニー君が弓武具を召喚して、ペチペチと村長さんの頰を叩きながら、こちらを振り向く。


 さぁ、兄貴の出番だ。待たせたな。


「まぁまぁ二人とも、ここは俺の顔を立てて、堪えてやってくれたまえ」


 真打ち登場とばかりに、片手を上げて、二人を後ろに下がらせる。


「チッ…! 兄貴がそう言うんじゃあ仕方ねぇなぁ!?」


「お前ら、俺らの兄貴はマスターロード様だからなぁ!? 適当なこと言ってんと、マジブッコロされっぞ!?」


「ま、マスターロード様!?」


 驚愕に目を見開いた村長と若者二人が、慌ててその場に両膝を着いた。


「まぁまぁ、そう畏まらないでくれたまえ。何、オレ達も悪魔じゃないんだ。そう無茶なことを言うつもりはない。だが、ね…あんまり足元見てるようだと…」


 ここでリングから一枚のカードを取り出し、カードに写ったシィルスティングの姿と、八星の数を見せびらかすように、三人の目の前でヒラヒラさせた後、やおらその手を明後日の方向に向けて、


「出よ最強の光竜、白銀竜ランファルト! 全てを灰塵と化せ、白銀の咆哮グランツゴッドバースト!!」


 召喚された白銀に輝く、光竜ランファルトが、ちょっと遠くにある高い岩山目掛けて、身体の色と同じ、白銀のブレスを吐き出した。凄まじい輝きを放ちながら、撃ち出された白銀の光線が、岩山の上部に衝突し、囓られたあんぱんのように、ポッカリと岩山の上部を消失させる。


 これぞ、史上最強のシィルスティングと名高い、白銀竜ランファルトだ。かの大英雄、父なる神ウィル・アルヴァの切り札としても有名である。


「あ…あ…あ……!?」


 あんぐりと口を開けて、あ、しか言えない村長と御付きの二人。


 ふふふ。グゥのねも出まい。ここまでは予定通りだ。


 あ、いや、マーク君とトニー君の二人まであんぐりと口を開けて、咥えていた干し肉の欠片を、ポトポトと落としている。


 もったいないなぁ。とりあえずは見なかったことにしよう。


「これで分かっただろう? あまり調子の良いことばかり言ってると、こいつをお前らの村へ向けて撃ち込んでもいいんだぜ?

 さぁ、分かったら、さっさと食糧を…」


 と、そこまで言ったとき、


「何やっとんじゃ、このごろつき三バカトリオがぁああっ!!!!」


 パカーン! ポコーン! バコーン!


 凄い勢いで走って来たセラお姉さんの、怒りのフライパン三連撃が炸裂した。

 



 

「ほんっ…とうに申し訳ありませんでした! この件につきましては、アレスフォース第三番部隊隊長の、このセラ・ディズルが責任を持って、後日必ず相応の補償をさせて頂きますので、どうか今日のところは穏便に…」


「あ、いえ、そのように恐縮されても、逆に困ってしまいます。どうかお顔をお上げください。あの山には人も住んで居りませんし、補償など必要ありませんので」


 ペコペコとお辞儀を繰り返すセラお姉さんを、村長さんがオロオロしながら、慌てて宥めている。


 俺とマーク君とトニー君は、村長さんの家の玄関脇で正座。


 …この待遇は納得いかない! もうちょっとで交渉も成功するところだったのに! 抗議すると、セラお姉さんがキッとこちらを睨みつけた。


「あれは交渉じゃなくて脅迫です! マスターロード様だからって、なんでも許されるわけじゃないんですからね!」


 そのマスターロード様を正座させるのは許され…あ、いや、なんでもないです。そんな怖い目で睨まないで。それはそれで可愛いけれど。


「お、おかしい。こんなはずじゃ…」


「そうですよね。全部作戦通りに進んでたのに…」


「俺の弓での脅しも上手くいってましたよね。もうすぐタダで食糧が手に入るところだったのに…」


「そこ、うるさい! しばらく黙ってて!」


 村長と交渉中のセラお姉さんに怒鳴りつけられて、慌てて背筋を伸ばして、ビシッと正座する三人。


 気持ちは分かるぞ二人とも。必ず挽回するチャンスはやってくる。今は耐えるんだ。


 小声で告げると、マーク君とトニー君は、俺を信じ切った目でコクリと頷いた。


 やがてセラお姉さんの交渉も上手く進み…というよりリト村の村長さんは、最初から食糧をタダで譲ってくれるつもりだったらしい。それどころか、数人程度であれば、難民の受け入れも可能だとのことで、長旅に疲れていた老人や子供たちの内の何人かが、この村に残って農民として生きてゆくことになった。


 それでもまだ、子供を中心に二十人くらいの難民が残っている。セラお姉さん達の拠点である、レインティアの首都まで辿り着ければ、住む場所も仕事もなんとかしてやれるらしいが。


 まぁ、帝国領は突破したんだ。ここから先で危険なのは、魔物や野盗の集団くらいのもので、俺達がいればどうとでもなるだろう。


 ロード協会の集会所がある町に着ければ、セラお姉さんの貯金を引き出すことも可能だろうし。

上級ロードだから、それなりにお金持ちのはずだ。


 というか、お金! なんとか稼ぐ手段を見つけないとなぁ。


 いっそロード協会に所属するのも手だ。いきなりS級の試験を受けても、俺なら合格できそうな気がする。


 いや…試験を受けるために、身元を証明しないといけないか。一番マズいのは、帝国の脱走兵だとか、スパイだとか疑われることだ。絶対捕まる。…困ったなぁ。


 まぁ…なんとかなるか。生きてさえいければ、なんとかなる。そういうもんだ。


 考えすぎも良くない。気楽に考えて、俺はふうっと一つため息をついた。

 

 それがいかに平和な世界で生きてきた者の、おめでたい思考かということに、微塵も気づくことのないままに。

 

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