第8話
二時間ほど進んだところで、一団は一旦、休憩を取ることになった。
馬を休ませなければならないらしい。ちなみにサソリ型の魔獣は、あれから一匹だけ出て来た。サソリだらけの魔境は、そろそろ終了するとのことだ。
魔境というのは、魔物の発生しやすいエリアのことで、この荒野では主に、サソリの魔獣が発生しやすい環境にあるみたいだ。そういえば確かに、どこかの物語の途中で、そういう場所が出て来た気がする。
魔物発生の原理がどうなっているのか、解明はされていないが…というのは一般論で、実は俺なら、細かく説明できるのだが…無駄に長くなるので、割愛させていただく。魂の循環や磁場、竜脈等が関係しているとだけ言っておこう。母なる神レーラの転生秘術も、その原理が関わっていたりする。
この一団の目的も、ここまでの道すがら聞かせてもらった。ちょっと重い話だった。
まず結論を言うと、この老人や女子供達は、ノウティス領からの難民らしかった。
破壊神ルイスの治める国、ノウティス帝国。破壊神に認められた、一部の特権階級以外の人間は、全て奴隷という身分にある。
この人達は帝国の支配下にある国、イレニアス共和国の、とある地域の住人らしい。
生き残った人々、というのが正確だろうか。
大陸のあちこちに点在する魔境では、常に一定量の魔物が発生するが、ノウティスの勢力下では、それらの魔物は放置されている。よって時折、群れを成した魔物が、魔境付近の町や村に押し寄せて来るらしい。
…俺も、そんなことになってるなんて知らなかった。帝国領の大陸西部の人々は、思った以上に苦労しているようだ。帝国領にはロード協会が存在しないからだろう。
とにかく、魔境から魔物が発生するのは、当たり前のことであり、魔境の場所もある程度は把握されている。レインティアでは、帝国領に存在する魔境の魔物を、討伐するクエストが、定期的に発注されていて、それを受注したアレスフォースの面々は、それなりの規模の討伐隊を結成し、魔境へと赴いた。この街道をずっと西に行った、イレニアス渓谷という場所らしい。
アレスフォースにとっては、然程難しい任務ではなく、過去に何度も達成したことのあるクエストだったそうだが、今回は、過去に例のない数の魔物の発生が、確認されたという。
加えてどこから情報が漏れたのか、ノウティス正規軍の奇襲にも遭い、第二、第三番部隊で編成されたアレスフォースの討伐隊は、ほぼ壊滅。また討伐隊には、付近の村々の男達も、自主的に参加していたことから、アレスフォースを壊滅させたノウティス軍の矛先は、向くべき所に向けられることになった。
生き残ったアレスフォースの面々は、何隊かに分かれ、襲撃を受けた村人達を救出し、こうしてレインティアへと逃亡している最中、とのことだ。
セラお姉さんの一団以外にも、別々の街道を使って、何隊かの荷馬車隊が出たらしいが…そっちはどうなったか、分からないのだという。連絡を取る手段がないからだ。
「帝国領に忍び込んでまで、魔物討伐しなきゃいけないのか。…大変なんだなぁ」
言ってしまってから、もっと別の言い方はなかったのかと苦笑いした。あまりにも他人事すぎる。当事者達の前で、こんな言い方はないだろう。
だけどセラお姉さんは、俺の苦笑いの意図も、察してくれたらしかった。
「もっと早くに、シュウ君に出会いたかったな。マスターロード様が一人でもいてくれたら、違った結果になったと思うし」言って、ちょっと悪戯っぽい笑顔を見せる。
セラお姉さん、ちょくちょく、大人っぽい。俺とそこまで年齢は変わらないように見えるけど、精神的にはかなりの差がありそうだ。
何歳なのか教えて欲しいけど、訊くわけにもいかないものなぁ。彼氏はいるのかなぁ。
「もう二、三時間も進めばエリシャル領に入るから、そこまで行けば帝国の支配圏を抜けるわ。夕方までには、リトの村に着けるはずです」
「そっか。レインティアまでは、どれくらいかかるの?」
「このペースだと…十五日ほどかしら。馬が持てばだけど」
村人に水や餌の世話をしてもらっている馬達を見やりつつ、セラお姉さんは心配そうに眉を潜ませた。
この時代はまだ、馬の走行を補助する魔導具や、馬無しでも移動できる魔導機は開発されていないんだっけ。魔導機なんてレインティア国が滅んだのちの、ずっと後の話だもんなぁ。
最終的には魔導機に乗って空を飛んだり、人型に変形したり、搭乗したロードの神力が十倍以上になって、魔導機に召喚融合して戦えるようになるとか…そんな話をしても、この時代じゃ眉唾物だと思う。セラお姉さんも信じてはくれないだろうな。
まぁ、何世紀も何世紀も後の話だ。鬼が笑うどころか俺が笑うわ。あっはっは。
「シュウさん、姉御、飯ができましたよー」
トニー君が呼びに来た。街道の脇では、石を積み上げただけの即席の竃で、昼飯が作られている。竃は五つ。荷馬車ごとに分けられているようだ。
そろそろ、村人の皆さんとも交流しておきたいんだけどな…。思っていると、セラお姉さんは俺の視線を見て、察してくれたらしかった。
「よかったら、村長さん紹介させてくだ…」
が、空気の読めない奴もいるもので、
「シュウさん! チャージお願いしていいですか!」
両手に空の魔法カードを握りしめたマーク君が、ニコニコしながら走り寄って来て…
パコーン!
セラお姉さんのフライパンの餌食になって、泣きながら去って行った。
…マーク君。そういう役どころなわけね。愛すべきアホの子ポジションだ。
いいよ。俺は好きだよアホの子。後でちゃんと優遇してあげるからね。アホの子なくして、世界は救われまい。
昼飯は何かの草と根菜の欠けらと、干し肉の欠けらの入った雑炊だった。食糧はそんなにたくさんはないけれど、この人数であと数日分くらいは残っているらしい。リトの村とやらには、今日中に辿り着けるらしいので、食事面の心配は必要なさそうだ。
うーん。シンプルな塩味が美味い。お腹いっぱいになるほどの量はないけれど、三日間何も食べれなかったことに比べれば、天国と地獄の最下層くらいの差があるだろう。
食べながら、村長をやっていたという白髪のお爺さんと、話をすることができた。
帝国領の町や村の生活は、思った以上に過酷なものらしい。
食事は基本的に一日に一度。それは単純に食糧が不足しているからで、帝国貴族からの指示で、米や麦は栽培されているものの、ほぼ全てが接収されて、帝都へと運ばれているらしかった。
帝国領で裕福なのは、帝都リーベラの上流階級くらいのものだろう。いや、同盟国にグラフト公国があったか。グラフト公国の住民はおそらく、それなりにまともな暮らしが送れていると思う。竜騎士団を擁する大陸有数の強国だ。帝国と同盟しているのが勿体無いくらい、代々厳格で聡明な領主が治めている。特にリデュン・グラフトという公王は、凄まじい英傑で……いや、今の時代には関係ないから、どうでもいいか。
村の成人男性はほとんどが、軍の奴隷兵士として召集され、残ったのは女子供や老人ばかり。だからこの一団にも、成人男性の姿は少ないわけね。
戦力になれる男性が少ないから、食糧にできる魔物を、討伐することもできない。鹿や猪なんかを狩りに行こうとしても、放置された魔物に遭遇して、生きて帰れない。
シィルスティングを扱えるロードの一人でもいれば、話は違うのだろうが、帝国領のシィルスティングは、全て軍が独占していて、一般人にロードは一人もいないという。…うん。それはまぁ、俺の作った設定通りだ。なんか申し訳ない。
男が少なければ、子供も増えていかないと思うが…そこは、まぁ、なんというか。
地方ごとに管理を任された帝国貴族や、定期的に地方を見回る役目の軍隊がいて……あとはまぁ、言わなくていいかな。帝国貴族以外、一般人は全てが奴隷の国だ。そこに人権はない。搾取され、虐げられるだけの存在だ。慰安婦など当たり前だし、むしろ体を売るくらいじゃないと、生きてもいけない環境だろう。
そういえば後のアルディニア公国では、帝国領の住民を密かに支援する運動が広がっていたなぁ。まぁ、これもまた未来の話だけど。
しかしまぁ、ルイス・ノウティスは、それほどまでに人間が嫌いなのかね。かつて創造神ウィラルヴァであった頃に、自分で創造した存在だろうに。もっとも、最初は奴隷のつもりでつくったわけだけど。
ただし、今の奴隷の役割とは随分違うものだ。竜族の身の回りの世話、いわば執事みたいなもので、待遇は悪くなかった。悪かったのは、闇竜や火竜、地竜の一部のうちで、気性の荒い一族に使われた人間達のみで……そこで反乱が興ったことから、全てが狂い始めたわけだが。
創造神ウィラルヴァは三つに分かれ、最終的には、神話の時代は終焉を迎えた。そのときにウィラルヴァの本体であった部分、破壊神ルイスは倒され、千年の眠りにつくことになる。
ちなみに千年というのは、長い時間、という意味で、ぴったり千年というわけではない。千羽鶴と一緒だ。あれも別に千羽じゃなくてもいいらしいし。
とにかく、長い眠りから目覚めたとき、そこにあったのは発展した人間の世界。…腹が立っただろうなぁ。
…そう考えると、破壊神ルイスの心情も、分からないではない。分からないではないのだが、人間を滅ぼして世界を粛清するってのも、あまりに過激すぎるよな。
…ルイスだって、ウィラルヴァの一部なんだよね。ただ倒してしまうんじゃなくて、何か別の方法はないものだろうか。まぁ、滅ぼしたところで、時間が経てば復活してくる奴だけど。
千年置きに繰り返される聖戦。ときにはルイスが勝ち、ときにはウィルが勝ち、太平の世と暗黒時代が、入れ替わり立ち替わり……。お互いに消え去ることなく、時間が経てば復活し、再び啀み合い、争い合う。元は、ウィラルヴァという一柱の創造神。うーん…どうすれば終わらせられるのか。
……………………。無理だ。何も思いつかない。なんも言えねぇ。
…まぁ、今考えたってしょうがないことだな。やめたやめた! それより遊ぼうぜ、子供達!
大人達が食事の後片付けをしている間、子供達と一緒に鬼ごっこをした。
俺が鬼になったとき、リザードランナーというエリマキトカゲ型の魔物が出たので、背中に乗ってアハハハハーと子供達を追いかけ回していたら、血相を変えて飛んで来たセラお姉さんに、フライパンではたかれた。
セラお姉さんの剣幕を見たリザードランナーは、ビクッと身を震わせて、一目散に走り去って行った。裏切り者ぉぉー! 所詮は遊びだったのね!?
ちなみに少し離れたところでは、空の魔法カードを握りしめたマーク君が、体育座りで、恨めしそうにこちらを見つめていた。
…ごめんねマーク君。すっかり忘れていたよ。後でちゃんとチャージしてあげるから。
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