第7話
「さて。そろそろ、名前くらい聞かせてもらってもいいかな?」
お口の中に薄い塩味の肉の余韻が残っている。爪楊枝が欲しいなぁ。
というか…訊かれて困った。名前…どうしよう。
本名は、理道秀一、だ。馬鹿正直に名乗ったって、変な名前だと思われる。警戒もされるかも知れない。
ここは偽名を使うべきか。それとも正直に名乗るべきか。身の上はどうしよう。竜神に異世界から連れて来られた、創造主ですなんて、間違っても言えるわけない。
…考えていたら、お姉さんは何やら勘違いしたようで、
「ああ、ごめん。まずはこっちから名乗るのが、礼儀だよね。
私は、セラ・ディズル。レインティアの首都ティアスのギルド、アレスフォースの三番隊長だよ。ランクはC級。アレスフォースは一応、レインティアクランで、ランキング三位のギルドチームなんだけど……聞いたことあるかな?」どこか試すような目つきで、じっとこっちを見つめる。
うーん。聞いたことないギルドだ。セラ・ディズルという名前にも、全く覚えがない。ということは、俺が作ったキャラクター、というわけではないだろう。
…俺の考えた世界なのに、俺の知らないキャラがいるんだな。いや…キャラとか、そんな考え方は、しちゃいけないんだと思う。ウィラルヴァが言うには、この世界は想像や夢ではなく、実在している世界だとのことだし。
どんな理屈でこうなったのかは分からないが、あくまで基礎を作った、程度に考えとくのがいいんだろう。実際その通りだろうし、俺の知らないところでも物語は動いている。
というか、何もかも全てを把握して、描き切れたら、それはもう神の域だ。もっと言ってしまえば……何もかも全てを、余すことなく書く必要はない。描かれていない部分の、面白さというのがある。言い訳じゃないよ。いやホント。
「ええーっと…。ごめんね。ちょっと、詮索するような言い方だったね。知ってても知らなくてもどっちでもいいんだ。ちょっと、自分のギルドを、自慢したいだけだったから」
「え? ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事してた」
シュンとしたようなセラお姉さんの物言いに、ハッとして慌てて言い返した。
いかん。色々考え過ぎて、無口になってしまっている。コミニケーションはキチンと取らんといかんよ。とりあえず、色々と確認しないといけないことがある。
「俺は、シュウ、って言います。どこから来たか、とかは…今は聞かないでいてくれると、助かります。だけど、実は野盗だったとか、ノウティス帝国の脱走兵だとか、怪しい宗教の勧誘員とかじゃないんで、安心してください」
シュウ、だったらこの世界でも、違和感のない名前のはずだ。孤児だったら家名がない人もたくさんいる。当面はこれで乗り切ろう。
セラお姉さんは、ぱあっと顔を綻ばせて、
「シュウ君っていうんだね。よかった。名前を教えてくれるだけでも嬉しいよ」そう言って、他のメンバーに目配せした。
強面のおじさんが、ゴホンと咳払いをする。
「バルート・レイガスと申す。姉御と同じく、アレスフォース第三番部隊所属。D級ロード。腕力と防御特化の剣士系ロードです」言って、仰々しく頭を下げた。
いや姉御って。どう見てもあんたの方が歳上だろうに。
剣士系ロードってことは、剣を主体に戦うロードってことだろう。召喚獣は所有するのみで、召喚や召喚融合はほとんど使わず、常発能力で身体能力を上げて、武具カードを使って戦うスタイル。軍隊の兵士に多いタイプだ。これだとロードとしての才能がなくて、神力が少なくても、ある程度の戦力になる。
そもそも武具カードというのは、軍隊で支給されるシィルスティングであり、一般にはほとんど出回らないものだ。
製造にも運用にも、最もコストパフォーマンスが良いのが武具カードだ。封印されているのは魔導石の埋め込まれた武具で、召喚すると、カードから武具が取り出される。通常の武具と同じように使用でき、熟練者になると、神力を込めることで、斬れ味を増加させたり、威力を上げることができる。
武具が壊れたら、カードに戻すことで、所有者の神力を消費し、再生させることも可能だ。刃毀れ程度なら、大した神力を消耗せずとも、新品同様に直すことができる。
召喚獣のシィルスティングに比べ、製造も楽だ。わざわざ魔獣や神獣を、封印しに行く必要もないのだから。
──全世界のギルドチームを統括する組織、ロード協会が、武具カードの製造方法を各国に譲渡したのは、ロード協会という組織が大きくなり、各都市ごとに設置されたギルドの集まり、クランが、軍隊並みの勢力を持つようになった頃のことだった。
シィルスティングの製造技術は、プレフィス聖王国とアルディニア公国が、ほぼ独占していて、ロード協会の本部も、アルディニア公国の首都リディアに存在している。
父なる神ウィル・アルヴァが、その二カ国を中心に活動していたことが、その大きな要因である。
シィルスティングもロード協会も、ウィルがつくりあげた、破壊神ルイスに対抗するための力であり、それは決して私利私欲のための組織ではなかったのだが、ロード協会の影響力が大きくなるにつれ、それを面白く思わない連中も出て来た。
プレフィスとアルディニアを除いた、各国の王族、そして貴族達である。
当初ウィルは、自らが人に与えた力であるシィルスティングを扱う戦士達、ロードを取りまとめ、各国の軍隊と協力して、対ノウティス帝国の防衛戦を敷いていた。
それぞれの国には、国の所有する軍隊と、ロードの運営するギルドの、集合体であるクラン、二つの戦力があり、それぞれの実力が拮抗していた頃までは、まだ、その関係性は良好なものだった。
やがて時代は流れ、ロードが人々の憧れの職業となり、その数も実力者も増えてくるようになると、クランは、軍隊以上の強力な力を持つようになる。
各国が非協力的になることを怖れたウィルは、シィルスティングの製造技術のうち、武具カードの技術を、各国に譲渡した。これにより、軍の一般兵にも、武具カードが支給されるようになる。契約により武具カードは、ロード協会で製造することができなくなったが、製造される各国から、資金を得ることができるようになった。
それによる収益は、ロード協会全体の収益の、30%にも及ぶ。
元々武具カードは、正規のロードからは、敬遠される傾向にあった。神力が強ければ、わざわざ武具カードを使用するよりは、召喚融合を用いた方が、威力も上だ。当然の傾向と言えよう。
だからといって王族や貴族達は、残り物を掴まされたなどと、不満を溢すことはなかった。事実、武具カードの導入で、軍の戦力は格段に上昇し、才能や金銭面の問題で、賞金稼ぎロードになることを諦めた若者達が、軍へと流れてくるようになった。
お互い、ウィンウィンの関係になれたのだ。これにより、国軍とクランとの不和は解消された。
とまぁ、このような経緯があるわけだが…この設定考えたのっていつだったっけ。まだ学生だった頃だと思うけど、結構覚えてるもんだなぁ。
記憶力いいのかも知んない。三日前の晩飯がなんだったのかも、覚えていないけれど。
「えっと…僕も自己紹介しても、よろしいでしょうか?」
言われてハッと我に返った。見ると、俺と同い年くらいに見える男二人が、不安そうにこちらの様子を伺っていた。
「あ、どうぞ。すいません、ちょっと色々と、思うところがありまして」苦笑してみせる。
「そうですか。何かしら事情がおありなんですね。マスターロード様がこんな所に、一人でいるのですし」
気弱そうな、茶髪で長髪の男が、アハハと乾いた笑いを浮かべる。
いや、マスターロードじゃないんだけどね。まぁ、そう思わせるだけの働きはした自覚はあるけど。無登録の違法ロードですよ。言ったらめんどくさいことになりそうだから、言わないけど。
あ、茶髪の兄ちゃん、セラお姉さんにフライパンで叩かれた。
うわー。痛そう…。
なんか色々気を遣わせてるみたいだ。そりゃそうか。マスターロードって、普通のロードからしたら雲の上の存在だもんなぁ。英雄戦士とか言われてるくらいだし。
おそらく、俺から話さない限りは、素性については、無闇に聞かないということになってたんだと思う。マスターロードという単語も、タブーだったのだろう。
ていうかセラお姉さん、そのフライパンどこから……ああ、シィルスティングなんですかそれ。カードになってリングに戻っていきましたね。
え。フライパンのシィルスティングなんてあったんすね。その発想はなかった。
眺めていると、セラお姉さんがちょっと顔を赤らめながら、
「花嫁修行の一環で、特注したんです」と説明してくれた。
特注ですか。そうですか。叩いても痛いだけで怪我はしない。それはまた素晴らしい効果ですね。
なんだろう。触れちゃいけない、禁断の領域な気がする。黙っとこう。
「ぼ、僕は、魔法主体のロードです。名前はマーク・ティフォン。アレスフォース所属の、D級ロードです」茶髪君が、涙目で自己紹介してくれた。
「ティフォン…ってことは、生まれはアルクフルト公国ですか?」
問いかけると、マーク君は嬉しそうに笑顔を見せた。
「そ、そうです! 一応、貴族の生まれで……とはいえ、末端の末端なんで、爵位なんて夢のまた夢ですけど」ちょっと自嘲気味に頭を掻く。
ティフォンといえば、アルクフルト公国の公爵家の家名だ。フラット・ティフォンという英雄戦士がいたんで、よく覚えている。
といっても、レインティア国がまだ健在しているってことは、フラットが生まれるのは、まだまだ後の時代だろうけど。
魔法主体のロード、ってことは、簡易魔法を中心に戦うってことだ。てことは、神力はそんなに高くないってことになる。
「簡易魔法、まだ余裕ありますか? 良かったら、チャージしてあげましょうか?」
念の為に聞いてみたら、マーク君をはじめ、全員が驚いた顔をした。
え? 何か変なこと言った?
「チャージしてくれるんですか!?」
いや、そりゃするでしょう。しばらくお邪魔させてもらうつもりだし、魔法が切れたって、戦力外になってもらっては困る。
ちなみに使用後の簡易魔法をチャージするには、対応した永続魔法、もしくは召喚獣を使用する。使い終わった空っぽのカードに、魔法を封印すればオッケーだ。
ああ、そうか。それをやるには、ソゥルイーターや調律の魔神などといった、封印能力を持つシィルスティングが必要なんだっけ。
それなりのレアカードだ。だから驚かれたのか。
「ええ。良ければ後で、空のカードを渡して下さい。あ、お金はいらないんで」和かに笑ってみせる。
うん。マーク君のハートは、ガッチリ鷲掴みできたみたいだ。すごく嬉しそうに頷いている。チャージして欲しいのは、一つ星の火弾と、二つ星の雷撃波らしい。どっちも問題なくチャージできる。二十枚か…。数は多いけど、低級魔法だし、神力も問題ないでしょう。
「さ、流石ですね。…あ、自分は弓が得意です。ビズニス製です。名前はトニー。同じくアレスフォース所属、E級です」
お。ファミリーネームなしですか。突っ込んじゃいけない部分ですね。
ギルドに所属できるのはE級、つまりは中級ロードから。F・G級は下級ロードで、主に雑用担当だ。C・B級が上級ロード。A級以上がマスタークラスだ。ちなみにギルドマスターとなってギルドを運営できるのは、上級ロードからだ。
弓が得意、ってことは、バルートのおっさんと同じく、武具主体のロードってことで、間違いないだろう。
金髪のオールバックで、なかなかのイケメンだ。色白で、笑顔も嫌味がない。
モテるんだろうなぁ。いいなぁ。
弓がビズニス製っていうのは、守護国ビズニスで製られた武具カードてことだろう。きっと弓のどこかに、ビズニスの紋章が刻まれていると思う。元軍人だったってことだ。
ロードに歴史あり、だな。
「ところで…皆さんは、どこに向かってるんですか? この一団は一体…」
セラお姉さんに視線を戻して問いかけると、それまで和気藹々としていた場の雰囲気が、一気に暗くなった。
あら。なんか地雷踏んじゃった。
俺ってこんなに会話が下手だったっけ…。
とりあえず、俺も一緒に暗い顔をしておきます…。
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