第2話

 気がつくと、真っ白な大地に立っていた。


 いや、大地かこれ? 一応はちゃんと足で立てているものの、何やらふわふわとしていて、現実感がない。


  光のような雲のような何か。まるで水の上に立っているかのような、不確かな感覚。そんな真っ白な大地が、どこまでも続いている。


 上を見上げると、そっちは真っ黒だった。


  夜空のように、どこまでも広がる闇。ただし、星らしきものは見えない。ただただ真っ暗な、宇宙のような空間が広がっているようだ。


 いや、ちょっと待て。覚えがあるぞ、この光景……。どこだったかな…?


 思い出せないけど、まぁいいや。どうやら、不思議な夢を見ているみたいだ。


『夢ではない。よく見てみろ』


 不意に、誰かの声がする。


 同時に、辺りの景色が変化していった。


 真っ白だった大地に影が差し、様々な色が加わってゆく。


  それぞれの色が寄り集まり、それぞれが巨大な竜のような姿を形取った。


  やがてそれらは、再び大地に溶け込んでゆき、瞬間、鮮やかな世界が広がってゆく。


 地と、水と、火と、風と、そして光と闇。


  それらが混ざり合って、大地を、空を、山を、海を、世界を構成する様々な要素が、弾けるように急速に広がり、見渡す限りの自然を創り出していった。


『神話の時代の始まりだ』


 光、闇、地、水、火、風。それぞれの竜神を頂点に、六つの国が誕生する。


  やがてそこから派生して、森竜、飛竜、魔竜ら、様々な竜族が生まれ、育まれた自然の中から、さらに様々な生物が誕生していった。そうして、世界が構成されてゆく。


『こうして世界が始まる。始まりこそは精到だった』


「……………」


 なんだろう。すごく覚えがある光景だ。前に一度、これと同じ光景を目にしたことがあるような気がする。


『当然だ。お前が想像した世界だ。この世界の創造神たる我も、お前の想像物の一つに過ぎぬ』


「はぁ? てか、誰だよさっきから。どこにいるんだ?」


『我はウィラルヴァ。この世界の神』


 途端に、辺り一面が眩い光に包まれた。やがて光が収まったとき、巨大な神竜の姿が目の前にあった。


 全身が金色の鱗に覆われた、神々しい竜神。普通なら腰を抜かしそうなほどの、強烈な威圧感を発しているが、それよりも先に、


「ウィラルヴァ…だって!?」


 聞き覚えのある名前に、驚愕に目を見開いた。


 聞き覚えがあるどころじゃない。


 俺が付けた名前だ。


 俺が長年書き溜めている小説(一部漫画だが)〜ロストミレミアム〜シリーズに登場する、創造神の名前だった。


「ウィラルヴァって、あのウィラルヴァ? この世界に最初に生まれた竜神で、世界を創った創造神で、万物の父…いや母? とにかく、奴隷だった人間に肩入れして、やがて三つに分かれて本来の力を失った……あ、いや、ウィラルヴァって名乗るってことは、今はまだ三つに分かれていないのか?」


『その通り。今は創世の時代。我は全ての力を司っている。故に、お前を呼び出すことも可能だった』


 なるほどね。


 いや今、呼び出したって言った? 俺を? 


 いやいやいや、物語だからこれ。俺の作った設定だから。その空想上の産物が呼び出したって何よ? あ、そうか夢か。夢だこれ。


 なるほどね。 


『勝手に自己完結するでない。相変わらず身勝手な奴だ。この世界は夢ではない。実際に存在する世界だ。我は、お前に、責任を取ってもらうために、ここに連れて来た』


 これはまた可笑しなことを仰りますね、ウィラルヴァ様。存在する世界? いや違いますよ、物語ですよ。小説と漫画ですよ。あとちょっとだけRPGを作るゲームでも構成されております、ワタクシの創作です。


  厨二真っ盛りの頃から、十年ほどに渡って作成された、只の夢物語ですよ。


 ていうか貴方さっきから、ワタクシの頭の中まで読んでません? プライバシーの侵害です断固拒否する!


『物語を完結させよ。書いては投げ出し次の話、その話が終わらぬうちに、また次の話。ウィル・アルヴァの話に始まり、路地裏の英雄アレク・ファインの物語に、シュン・ラックハートの物語。失われし千年王国、ラビニルス王国の反乱も終わっておらぬし、ストリクトの英雄も、中途半端なままだ。このままではいつまで経っても、破壊神ルイス・ノウティスを倒すことは叶わぬ。この世界の安寧は訪れぬ』


 えへへ……これはウィラルヴァさん、きついことを仰る……えへへ。


 確かに、色々と手をつけては、中途半端に投げ出してばかりだったけども…それでも、全部を通して一つの物語であって、全体的に見れば、かなり進んでいると言える…はず。うん。言えると思うよ?


『いつまで待っても終わりを迎えぬ、歴史も定まらぬこの態様を、お前自身の手で終わらせるのだ。なに、最初から最後まで、全てをとは言わぬ。我が最も適切な時代を見定め、そこに送り込んでやろう。お前はそこで為すべきことを為し、破壊神を打ち倒す布石を打つのだ。全ての役割を果たせたならば、元の世界、元の場所に戻してやってもよい』


 いやいや、破壊神を打ち倒すって、無理でしょそれ。設定上、破壊神は決して滅びることのない、それこそウィラルヴァの本体であって……


『ではゆけ。創造主であることに一応の敬意を表し、それなりの力は授けよう。幾多もの英雄たちが果たせなかった偉業も、創造主たるお前ならば、成すことができるであろう』


 ちょっと聞いてます? あ、もしかして頭の中読むのやめろって言ったから、聞こえないようにしてる?


「いやいや、ちょっと待ってくださ…」


『ゆけ、理道秀一りどうしゅういちよ。ごたく並べる暇があったら結果で示せ! いつまでも平和が訪れぬのは、お前のせいなのだ!』


「ちょっ、待てよぅ!」


 問答無用で、俺は光の渦に飲み込まれた。





 うーん。身体がダルい。もう朝か…。


 まだまだ寝足りないが、そろそろ起きなきゃいけない。今日のシフトは朝からだったし、先月は色々と物入りだったから、バイト多めに入れてくれるよう、店長に交渉しなきゃいけないし。


 頰にゴリゴリと、岩の枕が当たる。


  それにしても硬い枕だなぁ。それより、目覚ましが鳴る前に起きれたのだから、さっさと目覚ましを解除しよう。安眠しているときのけたたましい目覚まし音は、正直好きじゃない。軽くトラウマだ。好きなアイドルの歌を目覚ましにしてても、毎日それで起こされたら、大嫌いになってしまう。


 頭元に置いてあるスマホを手で探る。


 あれー? ないなぁ。どこに置いたっけなぁ。これは? なんだ、棒切れか。なんでこんなものが部屋にあるんだよ。ああ、姉貴の子供が悪戯で持ち込んだか。


  それよりスマホスマホ…これは、石だなぁ。ていうか寒っ。なんで毛布被ってないんだよ。枕は岩のように硬いし、びゅうびゅう風が吹いてるし。


 ……ん? なんかおかしくないか?


 ぼんやりと目を開ける。


 目の前には、岩。地面。そして草。草。草。


「な……なんじゃこりゃあ!?」


 気がつくと、辺り一面荒野だった。


「夢じゃなかっただと!?」


 ようやくボケ竜神…じゃなかった。ウィラルヴァと出会ったことを思い出す。


 見渡す限り、荒れ果てた荒野。所々に木が生えているものの、葉は生い茂っておらず、一面に生えた草も、茶色く色褪せている。


 天気は、雲一つない快晴だ。いい天気だ。お日様はポカポカあったかいが、時折吹き荒ぶ風は、ひんやりと肌寒い。


 困った…。ガチで、自分の作った世界に送り込まれてしまったようだ。


 いや、いやいや待て理道秀一。一旦落ち着いて状況整理しよう。お前は賢い子だ。やればできる子だ。


 まず、これは現実なのか?


 頰をつねってみる。力一杯つねってみる。


 …うん痛い。つねるんじゃなかった。マジ痛い。


 よし夢じゃない。そもそも俺は、夢の中で、それが夢だと疑える人間じゃない。


  人間、夢を見ながら夢だと認識できる奴と、夢だと疑うことすらできない奴と、二種類に分かれるらしい。


  俺は後者だ。


 よし、やはり夢じゃない。


 次に考えることは、えっと……


 ピョン、ピョン、ズシン。


「うん? なんの音だ?」


 後方から物音がして、何気なく振り返る。


「キョパ?」


 巨大なウサギが、こっちを見て不思議そうに首を傾げていた。


 え、ウサギ? ウサギというと、あれか? 


 追いかけるのか? 今からこいつを追いかけなきゃいけないのか?


 思っていると、


「ギシャアアアァァ!!」


 巨大なウサギが、途端に凶暴化し、大口を開けて鋭い牙をギラつかせた。


 違う! 追いかけるんじゃなくて、追いかけられるだ!


 慌てて身を起こし、一目散に走り去る。


 ピョン、ズシン、ピョン、ズシン!


 追いかけてくるキチガイウサギ。


 思い出した。確かあれは、ガルトロス大陸に棲息する魔物、キラーラビットだ。ランクはDだったか。そんなに強くはないが、それはロードを基準にした話だ。


 ロードというのは、この世界に存在する特殊な力を持った戦士のことで、魔物や魔獣討伐、あるいは戦争を生業とするツワモノのことだ。一般人ならDランクどころか、最低ランクのGランクの魔物さえ、まともに戦って生き残る術はない。


「くるなぁ! あっちいけぇぇ!」


「キシャァァァァ!」


 よだれを振りまきながら、気狂いさながらに、一飛びずつ確実に迫ってくるキラーラビット。


 誰だよこんな危ないとこに強制転移させた奴は!? もうちょっと考えて転移させやがれカス! ボケ! アホ! お前の母ちゃんでべそっ!


 と、心の中で散々に悪態をついていると、


「ギャアアア!」


 いきなり上空から飛来した巨大な飛竜が、キラーラビットを口に咥え、大空に飛び去っていった。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


 肩で息を吐きながら呆然と、飛び去ってゆく飛竜の姿を見送る。


 助かった。弱肉強食バンザイ。やっぱりドラゴン様は偉大な生き物だよ。


 地面にパタリと倒れ込み、大きく息をつく。


  どこまでも続く高い空に、吹き抜ける風の感触が、これが現実であることを、ただ静かに教えていた。

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