ロスト・ミレニアム〜文責の転移者〜【適当な小説ばかり書いてたら、創造神にブチ切れられて物語の中に転移させられました】
TAMODAN
第1話 番外編 序章
周りの友達が次々に結婚していって、俺だけが取り残されたような気分になることに、焦りを感じていたわけじゃない。
俺の他にも、何人も独り身の奴はいたし、身を固めて家庭を持ち、子供を育てることだけが、人の幸せじゃないと、幾度となく思い至る度に、何故だか妙に納得してしまって、いつもの仲間と遊びに出る。
カラオケ、フットサル、ドライブ、フィッシング。酒は友達の家での宅飲みが多かったけれど、そもそもがあまり酒好きではなかった。ゲームをしたり、ホラー系のDVDを観ては、その後に心霊スポットに肝試しに行ったり…毎日がそうだというわけではなかったけれど、割りかしリアル充実な日々を送れていたと思う。
一年が過ぎ…そしてまた一年が過ぎ…
年を重ねるごとに、一人、また一人と、段々と一緒に連むメンバーが、減ってゆくのに気がつく。
「悪い、子供が熱出してさ。しばらく看病しなきゃいけないから」
「今日は彼女が来てるんだ。俺は行けそうにないわ」
「仕事で疲れててさぁ。最近、疲れが抜けなくなってきたんだよね」
「夜はちょっと厳しいわ。家庭があるからさぁ。月一くらいだったら、まだ誤魔化せるだろうけどよ」
電話越しに聞こえる、友達の声。
付き合いが悪くなるのも、分からないではない。皆んながそれぞれ、自分の生活があるのだし、そんな中で、守るものもない気楽な友達に付き合えるだけの元気がある奴は、極々希少だ。
それで正しいのだと思う。
誰しも、まずは自分のことを考えるのは当たり前だと思うし、人の事に構って、自分の生活に支障が出てしまったら、元も子もない。連帯保証人になって、自分まで借金を背負ってしまうなんて、いい例だろう。
「退屈なのは、自分だけ」
ため息とともに虚しさを吐き出し、用無しのスマホをベッドの上に放り投げる。
台所から、早く夕食を済ませろという母の大声が響く。
バッグの中から携帯用のゲーム機を取り出し、ベッドに座ると、オンラインのサバゲーを起ち上げてイヤホンをつけた。
バイトの昼休みにサンドイッチを食べてから、何も口にはしていなかったけれど、なんとなく食べる気が起こらない。
母があんなに口煩くなったのは、いつからだろう。少なくとも小学校の頃は、いつもニコニコしている優しい母だったように思う。
高校を卒業した辺りから、段々と小言が増えていったような気がする。早くちゃんとした職につけの一言から始まり、夜遅くまで起きてるんじゃないだとか、彼女の一人もいないのかだとか、結婚というものをどう考えているのかだとか…。
ほっといてくれという話だ。姉貴が結婚して子供を連れて来るようになってからは、更にその頻度は上がっていった。
俺だって何も、好き好んで独り身を貫いているわけではないのに。
…別に、モテないというわけではない。顔はまぁ、イケメンというには何かが足りないだろうけど、至って普通だ。悪くはないと思う。
だからといって良いのかと問われると、自分では決して良いとは言いづらいけれど。
…早く落ち着いて欲しいのだということは分かる。いつまでも一人でフラフラしてて、心配してくれているのだということも。
だけど、誰か良い人を見つけて、結婚して、子供ができて、その責任に縛られるようになった自分を、想像してみて、
…それで正しいのかという、疑問しか浮かばなかった。
そして、一つの答えに辿り着く。
結婚して子供を育てることだけが、人の幸せじゃない、と。
「あ、なんだよ…。フレ、誰もインしてないじゃんか」
フレンドリストにズラリと並ぶ、ログアウトの文字。仕方なしに野良マッチングに入り、チャットをオンにして今晩わと呼びかける。
返事はない。完全なる独り言だ。
静かにチャットオフを押し、勝手に目的地設定をする。
ついて来てくれる人は誰もいなかった。
一人で黙々と武器を集め、出会った敵を撃破する。
相手パーティ三人に囲まれたところで、呆気なくキルされる。無言のままゲームを抜けて、ゲーム機の電源を落とした。
途端、部屋のドアがガチャリと開く。
「シュウ、早くご飯食べなさいって言ってるでしょ!」
「ビックリしたぁ! 部屋入るときはノックぐらいしてよ」
「したのに返事しなかったじゃないの。またイヤホンつけてゲームしてたんでしょ。夜中にあんまり大きな声出してると、隣近所からクレームが来るんですからね」
「分かってるから。……ちょっと出掛けて来る」
「出掛けるって、ご飯はどうするの。早く食べないと、洗い物だって片付かないでしょ」
「帰ったら食べるから。ちゃんと洗っとけばいいんでしょ」
スマホと財布をポケットに突っ込み、未だ小言を言い足りない母親を部屋に残して玄関を出る。
向かった先は、近所に住んでいる友達の家だ。母親の小言が煩いときに度々、避難所にさせてもらっている。
「そりゃお前、小言くらい言うさ。母親なんだから。飯ぐらい食ってやれよ」
缶ビールを片手にテレビの前で胡座をかきながら、呆れたように笑う。
その後ろでは奥さんが赤子をあやしながら、片手で哺乳瓶をフリフリと振って、熱を冷ましているところだった。
「いや、あとでちゃんと食うけどさ。食いたくないときに食えって言われても、こっちだって迷惑じゃんか」
「そりゃまぁそうだが…飯ちゃんと食わせるってのも、親の責任なんだぜ?」言って、チラリと自分の娘に目を向ける。
飲んべの親父と目が合った赤ちゃんが、ダバダバと両手をバタつかせた。
小学校からの同級生だった
それでも、たまにこうやって家に来れば、笑顔で迎えてくれるし、月一くらいでは、カラオケや釣りなんかにも付き合ってくれる。
思えば、そういう友達ばかりが、増えたような気がする。昔はいつだって、気兼ねなく、自由に集まって馬鹿やってたものだけれど。
「お前も子供ができて変わったなぁ。親の責任とかなんとか…数年前のお前に聞かせてやりたいよ」
「はは。笑い飛ばされるだろうな。
誰だって、変わってくもんだよ。変わらないのはお前くらいのもんさ」
「いつまでもガキのまんまってか? そうでもないよ。最近は、漫画や小説だって書かなくなったしな」
「細かい作業が面倒くさくなっただけだろ? どうせゲームばっかしてるくせに」ビールをグイッと飲み干し、ケラケラと笑う。
「漫画や小説だって、続けてれば陽の目を見ることもあっただろうに。俺は結構、好きだったけどな、お前の小説」
「あれね。なんかもう…必要ないかな、って思えちゃって」
買って来ていたペットボトルのジュースを一口飲んで、つい流れで取り出しかけたタバコを、慌ててポッケにしまった。
大貴はそんな俺の仕草に苦笑いしつつ、
「面白かったけどなぁ。どっかに応募したりとかしないのか?」
「あれを? ダメダメ。完結してないのがほとんどだよ。そもそも、お前らに読ませるために書いてたもんだし。大衆向けにはできてないんだって」
そういえば、いつの頃からか、小説や四コマ漫画なんかも、全く書かなくなってしまった。
読ませる相手が、いなくなってしまったからだろうか。…それは定かではないけれど、創作の手は、全く止まってしまっている。
他に、面白いことを見つけたから。というのは、正直あるだろう。今では漫画やアニメだって、ネットで簡単に観れるし、ゲームだって、スマホ一つあるだけでも、十分過ぎるほどの時間を潰すことができる。俺がスマホを持つことができるようになったのも、好きなゲームを気兼ねなく買い漁れるようになったのも、学校を卒業して、働くようになってからだ。きっとその辺りを岐路に、色々と変化したものがあるんだと思う。
だが、不思議と、それだけではない、何かしらの理由が、あるような気もしていた。
「お前にやる気がないってんなら、まぁ仕方ないけどさ。それでも、夢や目標の一つでもあって、それに向かって頑張ってるってんなら、母親の見る目も変わってくると思うぜ」
したり顔で言ってのける酔っ払いの言葉に、若干のウザさを感じる。
「お前まで説教すんのかよ。勘弁してくれって」
これじゃ、なんのためにここに逃げて来たのか分からない。
わざとらしく嫌な顔をしてみせると、大貴はアハハと笑って、
「分かった分かった。しょうがねぇ、じゃあ、カラオケの一つでも付き合ってやるよ!」
「よっしゃ。そう来なくっちゃ!」
子供にミルクを飲ませ始めた奥さんの呆れた視線を感じつつ、俺はグッと大袈裟にガッツポーズをしてみせた。
こうも友達と遊ぶことにも苦労し始めたのは、周りのみんなが、大人になってしまったからなのだろう。
そんな中、一人だけ子供のままの気分でいる自分。
それを大人気ないと一言で片付けられてしまうのは、俺にとってすごく、理不尽なことだ。
それでもすごく平和で、ありふれた日々。
母親に小言を言われるのも、友達と遊びに出掛けるのも、退屈凌ぎにゲームをすることも、全部が平和な証なんだと思う。
バイト帰りに、コンビニで買ったフランクフルトを頬張りながら、家路の途中で街中の景色を見渡す。
派手な明かりに染められた、目がチカチカしてしまうネオン街から、酔っ払いが肩を組んで歩く脇をすり抜け、街灯に照らされた川沿いの道をのんびりと歩く。
忙しなく行き交う人々。ヘッドフォンをつけて自転車で通り過ぎるお姉さん。絶え間なく流れる、車のヘッドライトの明かり。
釣り人が橋の下で、街灯の影になった水面に向けてルアーを投げている。シュッという鋭いロッドの音が風を切り、ポチャリと水の跳ねる音が、小さく橋の下に反響した。
そんな様子を何気なく見下ろしつつ、橋を渡ってアパートへの脇道に逸れると、一気に行き交う人々の姿も疎らになる。
いつもの風景。いつもの日常。
「さて。今日は誰が遊んでくれるかな」
そんなことを呟きながら、食べ終えたフランクフルトの串をバッグに突っ込んで、ポケットから携帯を取り出した。
「………………」
しばらく無言で、アドレス帳の表示されたスマホの画面を見つめる。
そして、そのまま電源を切ると、ポッケに突っ込んだ。
遊んでくれそうな友達が、思いつかなかったわけじゃない。
ただなんとなく、邪魔することが、はばかられただけだ。
もし暇してたなら、向こうから勝手に掛かってくるだろう。そんなふうな思いを抱きながら、帰路を急ぐ。
家に帰ると、用意されてあった夕食に、真っ先に口をつけた。
食べながら母親の小言を聞くのも、相当ウザくはあったけれど、何故だか今日は、それも許容できる気分だった。
言われるがままに食器を片付け、言われるがままに風呂に入る。
いつになく素直な俺の態度に、母は少しだけ怪訝な顔をしていたけれど。
それでも、マシンガン小言は尽きることがないのは、流石の一言だ。
そうして俺は、いつものように部屋に戻り、財布とスマホをベッドの上に放り投げた。
タバコとライターだけを手に取り、ベランダへと向かう。
部屋にも灰皿はあるのだけれど、なんとなく、外で吸いたい気分だった。
ガラガラとベランダの戸を開けて、外へと出る。
そして俺の意識は、そこで途切れてしまった。
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