宵闇に溶ける(コルテ)
※本編一部作目第八十節閲覧後推奨
今回の任務失敗の原因は、ちょっとした不注意からだった。この組織に怪しまれることなく潜入し、組織の人員の信頼を得て、隠れて情報収集をする。そこまでは滞りなく進んでいたのだ。変装術も問題なく発動できていた。
しかしその組織のリーダーの、実は超がつく程の絶倫という性癖までは見抜けなかった。そも事の発端は、そろそろ十分に情報も集まり、カーサに戻ろうと考えていたある日のこと。不意にリーダーから夜の誘いを持ち掛けられた。
通常なら適当にあしらうつもりだったが、どうやらその組織の中でリーダーだけは己を疑っていたのだと。数日間の監視の中で、自分がスパイだと直感的に感じ取ったのだと明かされた。自分がいつも注意しているのがこの、人の直感というものだ。こればかりは魔術でどうこうできるものではない。
「もし本当に僕がスパイだとしたら、どうするんですか?」
だが問い詰められても、あくまで冷静な受け答えをする。動揺を見せてはならないというのが、スパイ任務における鉄則だ。一瞬でも隙を見せてしまえば、相手のペースに流されやすくなってしまう。挑発も含めて笑ってやれば、リーダーは卑しい笑みを浮かべる。
「性欲処理の道具として一日中お前を犯しまくるだけさ。そんでしばらく楽しんだ後、じっくりとヤり殺すまでよ」
するり、と太ももを撫でられる。つまるところ、脅しというわけだ。そうされたくなかったら今夜付き合え、と。分かりやすくもあるが、これはともすればチャンスかもしれない──そう、暗殺するにはうってつけの。
「……分かりました。ですが誘いを持ちかけてきたってことは、ベッドなり道具なりの用意はしてくれますよね?」
「俺のもてなしを受けたいってか?物好きな奴だな、どうせならSMプレイで楽しませてやるよ」
「それは楽しみですね」
そんなやりとりのあと、上機嫌でその場を去るリーダーとは対照的に、自分の心は人殺しの冷たさを孕んでいた。予定よりはだいぶ早い任務の切り上げになるが、致し方ない。己の本当の正体が発覚したわけではない。しかし疑いをかけられた時点で、まだまだ自分の甘さを痛感する。ともあれ、準備に取り掛かることにした──ここまでが、先程の出来事。
今立っている扉を開ければ、組織リーダーの何もかもが終わる。そうとも知らないであろう彼は今おそらく、己の痴態を思い浮かべているのだろうかと考えると吐き気さえ覚えた。心を落ち着かせてノックをすれば、ご機嫌そうな返事が返ってくる。
部屋の中に入れば、既にガウンのみを羽織っていたリーダーの姿。甘ったるい香油の匂いも充満して、むせ返りそうだ。背中越しで扉を閉めて、ベッドに近付く。早速、と言わんばかりにガウンを脱ぎ捨てた男を前に、とある提案を持ちかける。
「僕を好きにしていいのは構いませんが、その前に貴方もSMプレイのMを経験してみませんか?」
「何を言いだすかと思えば、気でも狂ったのか?」
「まさか、僕はいつも通りの僕ですよ。……思ったんですよ、何事も経験じゃないかなって」
「経験だ?」
訝しむリーダーのはだけた胸板を指でなぞりながら、誘うような眼差しで語りを続ける。
「はい。自分が攻められる側を体験すれば、相手が何処を攻められたら善がるとか分かりやすくなるんじゃないかと思うんです。だから……ね?もちろん本番は貴方をたくさん咥えますから」
「……いいように乗せられてる気がしなくもないが、そうしたら存分にヤらせてくれるんだろうな?」
「えぇ……もちろん」
そこまで言うと、渋々ながらもリーダーは提案を飲んでくれた。そこまでいけたなら、あとはこちらのターンだ。リーダーに目隠しをつけて、ついでに手錠をかける。これでもう、簡単に逃げ出すことは不可能だ。
次に用意されていた蝋燭の熱である程度衣服を温め、枕を包む。それを彼の胸辺りに乗せてから、馬乗りになった。
「おい、全然SMプレイじゃねぇじゃねぇか」
「まぁまぁそう焦らないで」
そして、懐にしまっていた愛用のピストルをリロードする。そこまできてようやくリーダーは、己が罠にかけられたことに気付く。暴れ回ろうとするも、手錠も目隠しもされていては思うように動けないだろう。性欲を優先した己を恨むといい。
「ってめぇ!!」
「暴れないでくださいよ。大丈夫、すぐに逝かせてあげますから」
銃口を枕に押し付け、一点を定めて引き金を引く。狙いはもちろん、心臓だ。枕を押し付けた上からでも、その場所は正確に把握している。
ボスッ、と鈍い音が響いた直後。一瞬だけ身体を硬直させたリーダーはすでに息絶えていた。なんとも呆気ない幕引きだ。もっとも暗殺であるから、そうあらなければならないのだが。
今回も銃を使用したが、枕を押し付けた上で発砲したことで、銃声の音を最小限に抑えていたのだ。それにこの部屋は基本的にリーダーのみが使用する部屋ということは、事前の調べで把握済みでもある。発見が遅れることは必然で、なんとも好都合だ。スパイ任務の時に使用する変装術を解き、肉の塊となったリーダーを見下ろす。
「お前なんかに僕を好きにしていい権利なんてない。僕を好きにしていいのは、ただ一人。ヴァダース・ダクター様、ただお一人だけなのだから」
それだけ吐き捨ててから、彼──カーサ最高幹部の一人コルテ・ルネは、部屋はもちろん組織を後にするのであった。
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Twitterの「#字書きは貰ったお題でバトルシーンを書いてみる」というタグでフォロワーさんから「暗殺」と提供していただき、書いたものになります。
それまで暗殺シーンなんて本当書いたことなくて、暗殺ってなんぞやと考えながら書いていたらいつの間にかハニトラになってしまいました。でもまぁこれもある種の暗殺かな、なんて……。
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