約束の数だけ満ち足りて(2020年ヤク誕)
タイトル通り
本編二部作目第四十二節閲覧後推奨
世界巡礼が終わって、二年の月日が経とうとしていた9の月の下旬である、ある日のこと。
ミズガルーズ国家防衛軍本部の、騎士部隊部隊長の執務室にはある訪問者が訪れていた。その者の名前は、ゾフィー・クルーク。ミズガルーズ国家防衛軍魔導部隊の副部隊長であり、頭の切れる有能な人物だ。
そんな彼がここ、騎士部隊部隊長であるスグリ・ベンダバルの執務室に訪問する時は決まって、彼の上司である魔導部隊部隊長──ヤク・ノーチェについて相談事がある時がほとんど。特段断る理由もないので、入室を許可する。
入室の許可を得て執務室に入ってきたゾフィーの表情からは、呆れにも怒りにも似た感情が見て取れた。その表情を見て内心、またかと苦笑を漏らしながらもどうかしたのかと説明を促す。
「お忙しいところ申し訳ありません、ベンダバル騎士団長」
「構わんさ。……またノーチェ魔術長のことでか?」
「はい……。ここ最近、また部隊長の悪い癖が出てきまして。私も何度も進言しているのですが、あまり聞き入れてもらえず。恐れながら、ベンダバル騎士団長のお力をお借りしたく、参った次第です」
ゾフィーの言葉に、思わずため息をつくスグリ。
彼の言う部隊長──ヤクの悪い癖とは、一人で仕事を抱え込むことだ。彼自身は部下を信頼しており、それを部下たちも理解しヤクを信頼している。しかしどうもヤクには、他人に甘えることを理解しきれていない面があった。それが故に部下の能力で事足りる仕事でさえも、ついでだからとヤクはこなしてしまう。
それで他の仕事が疎かになるのならば自分が苦言を呈すことで彼も納得し、話は簡単に解決するのだが。あいにくとヤクは、部下の仕事をしながらも己の仕事をぬかりなくこなしてしまう、ハイスペック持ちな人物。なおかつ自他共に認める仕事人間でもある。そんな彼に部下が休んでほしいと言葉をかけても、己のペースで休んでいるからと聞き流されてしまう始末だった。
二年前の世界巡礼後はその悪い癖とやらは鳴りを潜め、ゾフィーの心配の種もなくなっていたように思えたのだが。ここ一年間でまたその癖が頻繁に見られるようになってしまったと、彼は嘆く。
この二年で変わったことといえば、他にもある。それはヤクの弟子であるレイ・アルマが己の目的のために彼と同居していた家を出て、ユグドラシル教団騎士になるために人工島ヒミンへ移住することになった。つまり、ヤクのオーバーワークのストッパーにもなっていた人物のうちの一人がいなくなったのだ。今までは例えばレイが風邪をひいて倒れてしまった時などは、仕事を切り上げて家に帰っていたものなのだが。
なるほどこれは、悪い癖とやらが再発する可能性はあったというわけだ。
「わかった。また俺からノーチェ魔術長に言っておこう。それで聞き入れてもらえないのなら、オーバーワークによる強制休暇申請でも取らせるさ」
「お手を煩わせるようなことになり、申し訳ありません」
「気にするな。お前の苦労を理解できないノーチェ魔術長に非があるんだ。お前は何も悪くない」
「お気遣い感謝いたします。……まったく、私たちを頼っているというのなら、その姿勢を行動で示してほしいものです」
「はは、まったくお前の言う通りだな。……それじゃあ、あとで小言でも浴びせに行くさ」
「はい、よろしくお願いします」
そんなやり取りの後、スグリは宣言通りヤクに苦言を呈し、結局彼に強制休暇申請を出させたのであった。
******
そして10の月14の日と15の日の二日間の休暇という命令を、ヤクは拝命することになった。ちなみに監視役としてスグリも同行することになる。休暇とはいえ、仕事人間であるヤクがしっかり休むとは考えられないという、ゾフィーの提言もあっての監視役だ。そんな対応に不満を隠そうとしないヤクだったが、任務なのだから仕方ないと渋々それを受け入れた。
久々の休暇ということで二人はミズガルーズの繁華街に出かけ、ゆっくりとした時間を過ごした。新しく出来たという料理店で食事を楽しみ、本屋で興味のある本を探してみたり、大通りから少し離れた、街を一望できる高台で街の景色を眺めたりと。14の日の一日はミズガルーズ国家防衛軍の軍人ではなく、ただの青年としての時間を過ごした二人。
そしてその日の夜は、久し振りにお邪魔させてもらったヤクの自宅で肌を重ね合わせた。客人用の大きなベッドで互いに熱を求め、齎される快楽に身を委ねる。散々にお互いの情欲を貪り尽くした二人は、ベッドで抱き合いながら余韻に身を浸らせた。今が頃合いかと、スグリはヤクに声をかけた。
「……それで、ここ最近のオーバーワークの原因は、やっぱりレイのことが原因なんだろ?」
その言葉に一瞬息をのんだヤクだったが、諦めたように体の力を抜く。一言だけぽつりと、わかっていたのかと言葉を零す。
レイのこととは、彼がユグドラシル教団騎士本部へ向かう際に起きた出来事だ。彼は出向する前に、世界崩壊のきっかけになる夢を見た。女神の
とは言えだ。たとえその行いが女神の
「……お前の言う通りだ。あの子が自ら選んだこととはいえ、記憶封印の選択は本当に正しかったのだろうかと、心配が尽きない」
「まぁ、お前の場合は特にそう感じるんだろうな」
「記憶とはその人物を構成する大事な欠片だ。それを封印するということは、不安定な存在となる。そんなの、認められるわけがない。そう何度も繰り返した……。最終的にあの子を信じると決めたが……そう簡単に、不安が消えるわけではない」
内に巡る不安を抑えたい表れなのか、ヤクはスグリに一層抱き着く。そんな彼をスグリも優しく抱きしめ、彼の頭をよしよしと撫でる。
「わかっている、この不安は私がまだ弱いから感じるのだと。あの子を信じていると言った自分の言葉が、信じられないからだと。……そんな考えを忘れたくて、仕事に没頭していたんだ……」
「……まったく、この大馬鹿野郎」
ヤクの言葉を聞いたスグリは、こつんと己の額をヤクの額に当てる。彼の後頭部を撫でていた手で己に引き寄せてから、諭すように言葉を紡ぐ。
「二年前から何度も言ってるだろ?あんまり一人で根詰めすぎるな、辛くなったらすぐに俺に言えって」
「あ……」
「お前が苦しんでいるのに何も助けてやれないのは、正直つらいし情けない」
「スグリ……」
「お前は一人じゃない。それは、あの世界巡礼で十分に分かってるだろ?」
「……そう、だな……。すまなかった、スグリ……」
「ああ。それと、ゾフィーたちにも謝っとけ。お前を心配してるのは、俺だけじゃないんだからな」
「ああ、本当に。返す言葉もない」
硬くなっていたヤクの体から力が抜け、リラックスしたことを肌で感じる。一安心したスグリは、思い出したようにそうだと上体を起こす。そして買い物袋からあるものを取り出すと、同じく上体を起こしたヤクに手渡した。
「それ、お前にだ」
「私に?」
「ああ。出してみろ」
ヤクにそう促し、ベッドに腰掛ける。ヤクは疑う様子もなく紙袋から手のひらサイズのケースを取り出し、蓋を開けた。中にはシンプルなデザインの指輪が二つ。それぞれに小ぶりの青い石と緑の石が嵌められている。
「指輪……?」
「まぁ、言ってしまえばペアリングだ。俺とお前で一つずつ」
「何故私に指輪を?」
「ああ、今日がお前の誕生日だからな。もう針も12を過ぎてる。今日10の月15の日はお前の誕生日だろ、だからだよ。ほら、左手出せ」
そう言いながらスグリは青い石が嵌められている指輪を手に取る。ヤクは最初こそ理解していないようだったが、言われたように左手を差し出した。自分よりもすらりとした指だ。スグリはその中の薬指に指輪を通す。
「色々ごたついたり、問題もあってぶつかった俺たちだが……。ようやく改めて親友として、恋人としてスタートできたんだからな。その証だ」
「お前……」
「だからお前に、俺の誓いを捧げる。スグリ・ベンダバルは、いついかなる時でもヤク・ノーチェの隣にいる。お前の不安は、俺がすべて吹き飛ばす。約束する」
そう誓って指輪にキスを落とす。その後ゆっくり顔を上げれば、目の前には顔を真っ赤に染めて、気恥ずかしそうにこちらを睨むヤクの顔が。
「誕生日おめでとう、ヤク」
「お、お前は……!そんな気恥ずかしいセリフを、よくも、その……!!」
「自分でも似合わないと思ってる。けど、本心だ」
「わ、わかっている!お前のそういうところが、その……好いているから……!」
ふい、と顔を背けるが、指輪を嵌められた左手を大事そうに握る。その姿に愛おしさを感じ笑いながら頭を撫でれば、キッと睨まれた。
「わ、私にも誓わせろ!お前ばかり狡いだろう!?」
「え、ずるいとかの問題か?」
「私ばかり誓われるのは不公平だと言いたいんだ!私とて、お前の一番近くにいるんだ。お前の不安は私が砕かんと気が済まん!」
「いやどんな怒り方だよそれ。けどまぁ……悪い気はしないから許すか」
「何故そんなに上から目線なんだお前は!?」
「あーはいはい分かった落ち着け俺が悪かったって」
その後同じようにヤクはスグリに誓いを捧げ、満足そうに息を吐く。それで終わりかと思えば、彼はスグリにもう一度抱き着く。
「どうした?」
「もう一回、私を抱け。お前に焚きつかれた腹いせだ……!」
「煽った覚えはないんだがな?」
「うるさい、私の誕生日なのだから私の我儘を聞いてくれてもいいだろう!?」
「それもそうだな。それなら、満足するまで存分に抱いてやる」
そうして二人は唇を重ねながら、再びベッドに身を沈める。そのまま惹かれあうように、幸せに満ちたプレゼントを求めあうのであった。
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