君に送る愛の石(2020年ケルス誕)

 タイトル通り

 本編二部作目第百二十三節・第百二十五節閲覧後推奨



















 ホテルから一人外に出て、医師の街エルツティーンの街並みを歩くエイリーク。部屋から出るときレイには小腹を満たすため、なんて嘘を吐いた。彼の本来の目的は図書館である。それは己の正体を知るためであり、そのために仲間を巻き込むなんてことはできない、そうエイリークは判断した。

 仲間を信頼していない、というわけではない。むしろその逆で、信頼しているからこそ混乱させたくないと強く感じたのだ。今は仲間たち、特にレイを自分のわがままに巻き込みたくなかった。ようやくルヴェルから仲間の大切な人たちを取り戻せたのだ、幸せな時間を過ごしてほしい。そんな優しさから、エイリークは自分の問題は己で解決しようと決めたのだ。図書館に行って、何か分かればいいのだが。


 頭の中で悶々と考えながら商店街通りに入る。医師の街というが意外に観光客も多いのか、そこは賑わいを見せていた。それを横目に歩いていたエイリークに、ある数字が飛び込んでくる。とある店の前に飾っていたカレンダーに記されていた、「7.30」の数字。


 そうか、今日は7の月30の日だったか。頭の中でそう一人呟いた直後、商店街通りのど真ん中で思わず声をあげてしまう。とんでもないことを思い出したのだ。


「……あっ!?」


 彼の声に周りの人たちは訝しそうにエイリークを見るが、その視線に彼は全く気付いていない。口元を押えながら、呪文のようにどうしようと呟く姿は明らかに不審者のそれに近い。

 7の月30の日。その日はエイリークにとって最も守りたい存在である、ケルスの誕生日だ。ルヴェルとの闘いで、そのことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。


 どうしよう、どうする今から何か準備できるものはないだろうか、いやでもそんな急ごしらえのものだなんて、ケルスに失礼になるんじゃないか。

 ぐるぐると頭の中でああでもないこうでもないと、考えが混乱していた。冷や汗もだらだらと流れる。そんな時に肩を叩かれ、突然のことにビクッと体が跳ねた。


「あの、大丈夫?」

「ひゃいっ!?」


 返事を返したが、不意の出来事に声が裏返る。振り返って見てみれば、背後には見知った人物が立っていた。ピンクの髪をサイドテールでまとめている、一見すれば女の子の容姿をしているその人物。今のエイリークにとって救いの人物にも見えたその人に、思わず彼は泣きすがった。


「あれ、エイリーク?久しぶりじゃん!こんなところで偶然だね!」

「そ、ソワンさぁああん!!」

「って、うわ!?ちょ、どうしたのさ?どこか悪いの?」

「そうじゃないけどお助けをー!どうか俺を助けてくれませんか!?」


 その人物とは、ミズガルーズ国家防衛軍の救護部隊に所属している、ソワン・ハートだったのだ。非番なのか軍の制服は着ていなかったが、目の前にいるのは間違いなくソワンである。二年前には、随分と彼に助けられた。そして今現在、どうしようと悩んでいるエイリークにとっては唯一無二の恩人にも思えた。


「助けてって……なにがどうしたの?」

「とにかくお願いします!俺、なんでもしますからー!!」


 エイリークの言葉に反応したのか、ソワンは動揺をぴたりと止める。


「ん?今、なんでもするって言った?」

「します!俺にできることならなんでも!」


 だからお助けを、とソワンの足元にすがるエイリーク。そんな彼を、にやりと人の悪い笑みで見つめたソワンである。己の返答に沈黙していたソワンを不審に思い彼を見上げ、ひゅ、と小さく息をのんだ。何か、嫌な予感が胸を掠めた。


「本当に?ボクのオ・ネ・ガ・イ、ちゃーんと聞いてくれるんだよねぇ……?」

「ハ……ハイ……ナンデモ、シマスデスノデ……」

「じゃあ、助けてあげてもいいよぉ。ちょっと、ボクに付き合って?」

「ひゃい……!」


 エイリークの返事を聞いたソワンは満足そうに笑うと、エイリークの手を引いてどこかへ向かって歩き始めたのであった。


 ******


 とあるカフェの一角で、ソワンが幸せそうに目の前のパフェを頬張る。


「ん~美味しい~!」


 そこは医師の街エルツティーンでも人気の高いカフェであった。特に注目されているのが、複数種類ある色鮮やかなパフェである。その人気は街の外、国境を越えて愛されているものらしい。エイリークはほっと胸を撫で下ろしながら、フルーツジュースを口にした。


「お願いって、パフェを奢ることだったんですね」

「だってここのパフェ前からずっと、一度は食べておきたかったんだもん。なんでもするって言ってくれたんだから、じゃあ人のお金でパフェを食べてみたいなって思ったんだよ~」

「よかった……あんな人の悪い顔してたから、何されるんだろうって不安になっちゃったじゃないですか」


 はあ、と安心からため息を吐く。ソワンはにやにやと笑いながら、手の甲に顎を乗せエイリークを見つめる。


「ええ~?ナニされると思ったの?やだぁエイリークのえっちぃ」

「なっ!?お、おお俺は何にも!」

「顔も真っ赤にしちゃって~。相変わらずむっつりスケベなの変わらないねぇ」

「そ、そんなことないですから!?」

「ふぅん?まぁいいや」


 ソワンは一つ頷いてスプーンを置くと、それで、と話題を変えた。なにを助けてほしいのかと尋ねてきた彼に、エイリークは説明する。

 今日がケルスの誕生日だということ、それを思い出したことがついさっきであること、何かプレゼントを用意したいが、急ごしらえでは失礼なんじゃないか、ということ。胸の内の不安を吐き出すようにエイリークは話し、ソワンは黙って己の話を聞いてくれた。


「だから実をいうと、自信がなくて。何か贈り物をしたいけど、それは自己満足なんじゃないかって。俺からのプレゼントなんて、もらっても嬉しくないんじゃないかなぁなんて思ったら……」


 はぁ、とため息を吐くエイリークに、まずソワンは一言。


「前から思ってたけど、超ド級のヘタレだね」

「へっ……!?」

「それに加えて根性なしの意気地なし、三重苦にもほどがあるでしょ」


 容赦ないソワンの言葉。鋭いナイフがぐさぐさと突き刺さってくるようにも思えたエイリークは、しかし言い返すことができずにテーブルに顔を伏せた。反論したくても、図星なだけに反論ができない。しくしくと泣き始めるエイリークに、まず深いため息を吐いたソワンが言葉を続ける。


「ケルス陛下が、エイリークからのプレゼントを喜ばないわけないでしょ。そもそも損得を考えるお方じゃないってのは、エイリークだってわかってるんでしょ?」

「それは、まぁ……」

「それに、急ごしらえとかそんなの関係ないと思うよ。贈り物を送るっていう、その行動に意味があるとボクは思うけどな。高価なものとか安いものとかは関係なくて、その人から貰ったってことが、そのまま思い出になるんだから」

「そんなもの、なんでしょうか……?」

「エイリークは難しく考えすぎなの!もっとこう、自由にしてみてもいいんじゃないの?そっちの方が、ケルス陛下だって嬉しいと思われるはずだよ」


 溶けかけたパフェのアイスを頬張りながら、ソワンはアドバイスを告げた。エイリークは彼の言葉を自分の中でかみ砕きながら、改めて考える。


 もっと自由にという彼の言葉が、なんだかとても救いのように聞こえた。考えてみればエイリーク自身も、ケルスが国王様だから今まで守ろうとしてきたわけではない。ケルスその人に好意を抱いたから、守ろうとしてきたのだ。

 そのことを思い返すと、心にすとんと落ち着きが戻ったように感じた。難しく考えることなんて、はじめから必要はなかったのだ、と。心なしか晴れやかな表情になった己に気付いたのか、ソワンがにっこりと今度は人のいい笑みを浮かべる。


「どうやら解決したっぽい?」

「はい、ありがとうございます。なんかいける気がしてきました」

「そう、ならよかった」

「あの、相談ついでにもう一つ助けてもらっても……?」


 おずおず、といった様子で尋ねてみる。ソワンはそのことが分かっていたのか、くすくすと笑いながら答えた。


「はいはいわかってるよ、プレゼント選びを手伝ってほしいんでしょ?」

「すみません、ありがとうございます。助かります」

「なんの、お安い御用だよ。もう一つパフェ奢ってくれるならね?」

「まだ食べるんですか!?」

「甘いものは別腹なの。すみませーん!」


 ワクワク、といった様子で店員を呼ぶソワンとは対照的に、財布が軽くなってしまうなと別の意味で泣きそうになるエイリークであった。


 ******


 その後図書館で用事を済ませたエイリークは、合流していたケルスとともにホテルへと向かっていた。気になった本は図書館から借りることができたので、それらの本を手にもって。


「それにしても、エイリークさんはひどいです。仲間なんだから、もっと僕たちを頼ってほしいです」

「ごめんねケルス。俺、ちょっと独りよがりになってたね」

「ですが、エイリークさんはちゃんと話してくれました。だから、許しますよ」

「ありがとう」


 ホテルへの帰路につきながら、エイリークはポケットに入れておいたある包みを取り出す。ソワンに手伝ってもらいながら選んだ、ケルスへの誕生日プレゼント。先を歩いていたケルスを見つめてから、彼を呼ぶ。


「ケルス」

「はい、どうされたんですか?」


 ふわりと笑いながら振り返ったケルスに、丁寧に放送された包みを差し出す。突然のことに、ケルスは不思議そうに首を傾げた。


「エイリークさん?」

「これ、ケルスにあげる。今日、誕生日でしょ?だからその、誕生日プレゼントってことで」


 気恥ずかしくなって照れ笑いしながらも、包みをケルスに渡す。一方包みを手渡されたケルスは最初こそ驚いた表情を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「あ……ありがとうございます!とっても嬉しいです!」

「ほ、本当に?」

「当たり前じゃないですか!すごく、嬉しいです」


 満足そうに笑い、包みを抱きしめるケルス。エイリークを見上げながら開けてもいいかと尋ねてきたので、当然いいよと答える。返事を聞いたケルスが、ワクワクといった様子で包みを解いていく。そして、包みから出てきた箱の蓋を開けた。

 その長細い箱の包みに入っていたものは、ケルスの瞳の色を同じ色の石が使われているペンダント。夕日に照らされて輝くそれに、ケルスは綺麗とうっそり呟く。


「それ、エメラルドのペンダント。一応その、幸運とか幸せって意味が使われてるものを選んだんだ。ケルスに幸運が訪れますようにって、願いもかけてるけど」

「ふふ、ならもうそれは叶いましたね!」

「え?」

「だって僕、エイリークさんからこんな素敵なプレゼントをいただけて、今とても幸せですから!」


 花のような笑顔とは、このような笑顔のことを言うのだろうなと言わんばかりに幸せだと笑うケルス。そんなケルスを見て、胸に温かいものが宿る感覚を確かに覚えたエイリークである。ケルスの笑顔に負けないようにと笑い、言葉を続けた。


「誕生日おめでとう、ケルス」

「はい!ありがとうございます、エイリークさん!」


 楽しそうに笑いあう二人。その姿を夕日が静かに照らし、見守るのであった。

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