祈りを込めて(2020年エイリーク誕)

 タイトル通り

 本編二部作目第九十一節閲覧後推奨



















 上質な温泉から上がったケルスは一人、宿屋の休憩室でため息をつく。宿も温泉も素晴らしいものだった。どこにも不満な点はない。彼が悩んでいた理由は、別にある。今日は6の月18の日、その次の日である6の月19の日はエイリークの誕生日なのだ。しかし明日は辻斬りについての情報収集をしなければならない。とても誕生日プレゼントを用意する時間はない。

 とはいうものの、いつもお世話になっている彼の誕生日を祝いたい。時間はもう今夜しかないのだ。それにもかかわらず、何一ついいアイデアが思い浮かばず、ただ時間が過ぎていくことを虚しく思いながら、またため息が一つ零れる。しかしその直後、頬にひんやりとしたものを押し当てられ思わず声を上げた。


「ひゃああっ!?」

「ふぉうわっと!?」


 ケルスの叫び声に合わせるように聞こえた慌てる声に、彼はゆっくりとその正体を見る。そこにいたのは、瓶を持っていたアヤメであった。彼女は目をぱちくりさせていたが、やがて落ち着くと苦笑する。


「あ~、驚かせちゃったっすね。申し訳ないですケルス陛下」

「アヤメさん、お部屋に戻ったのでは?」

「それが……ウチ、グリムのこと怒らせちゃって。無視されてしょぼぼーんしてたので、ちょーっと散歩を……。そしたら一人ため息つくケルス陛下が見えるじゃないっすか。気になってお話ししようかなって思ったら……いやぁ面目ないっす」


 そういうとアヤメははい、と手に持っていたフルーツミルクと書かれていた瓶をケルスに渡す。ちなみに彼女の手には、コーヒーミルクと書かれている瓶が握られている。そのままケルスの隣に座った彼女は、瓶の蓋を開けた。


「ありがとうございます、アヤメさん」

「いえいえなんの~。まずは乾杯しましょうっす」

「ふふ。はい、喜んで」


 ケルスも瓶の蓋を開け、こつんとアヤメの瓶と合わせ乾杯をする。一口飲むと、様々なフルーツのあじわいが口いっぱいに広がる。はぁ、と満足感のため息をつく彼に、アヤメが訊ねてきた。


「それで、一人でこんなところでため息なんてついてどうしたんすか?ウチでよかったら聞きますっすよ~」


 彼女のその言葉に、ケルスは救いを求めるようにぽつぽつと話し始めた。

 明日がエイリークの誕生日だということ。何かプレゼントを渡したいこと。しかし明日は時間がないこと。今日しか時間がないというのに、何もアイデアが思い浮かばず、八方塞がりだということ。


「食事といっても、もうお夕飯はいただきましたし……。何か贈りたいのですが、何にも思い浮かばないんです……こうしている間にも、時間はなくなってくのに」

「ん~。ケルス陛下からのプレゼントなら、なんでも喜んでくれそうっすけど」

「ただあげるだけじゃ、エイリークさんに失礼になってしまいます。日頃の感謝もお伝えしたくて……。だから、適当なものなんて贈りたくないんです」

「なーるほどぉ……。じゃあ、何かエイリークについて気付いたこととかないっすか?どんな小さなことでもいいんすけど」


 アヤメからの質問に、ケルスは考え込む。エイリークについて気付いたこと、と言われても。ここ数日の彼の様子を思い返す。しばらく経って、ふとあることを思い出した。


「そういえば……髪をまとめる紐がそろそろ壊れそうだ、と仰ってました」

「髪紐が?」

「はい。ところどころがほつれて、もうあと何回か使ったらちぎれるかも、と」

「ほうほう、それは有益な情報っすよ!ちょうどいいネタがあるんすけど、せっかくっすから今から一緒に行こうっす!」

「今からでも、間に合いますか?」

「モチのロン!ウチの情報は常に最新版、陛下の不安も吹き飛ばすっすよ~!」

「……!では、ぜひ一緒に来ていただきたいです!」


 救世主現る、といわんばかりに目を輝かせるケルス。そんなケルスを見たアヤメも、どこか楽しそうに彼をある場所へと連れ出すのであった。


 ******


 それから数時間後。すっかり夜になった頃、ケルスは宿屋の部屋に戻る。中ではエイリークが、自身の愛剣である大剣の手入れをしていた。彼はケルスを視界にとらえると、笑って彼を迎える。


「おかえりケルス。随分と遅かったね」

「はい、ただいま戻りましたエイリークさん。ご心配おかけして、すみません」

「いいよいいよ、気にしないで~」

「そうだ、いいお茶が手に入ったんです。一杯、いかがですか?」

「いいの?じゃあお願いしようかな。ケルスのお茶、美味しいからなぁ」


 楽しそうに笑い、ケルスはお茶の用意をする。その後は穏やかな時間が流れ、あっという間に日付を超えてしまっていた。そこで一息ついたケルスは、意を決したようにエイリークを呼ぶ。


「あの、エイリークさんっ」

「わっ。突然どうしたの?」

「あのですね、これを……受け取ってほしいんです」


 かさ、と小さな紙袋を懐から取り出し、ミニテーブルの上に置く。丁寧に、かつ綺麗にラッピングされた小さな袋。意味が分からない、と言わんばかりにケルスを見つめるエイリークに、彼は告げた。


「それは、貴方への誕生日プレゼントです」

「え……?誕生日?」

「はい、もう6の月19の日になりましたよ。貴方のお誕生日になったんです」

「俺の誕生日……?って、もしかしてこれって……!?」


 言葉の意味が理解できたのか、エイリークの顔には一気に熱が集まったようで、真っ赤になっていた。途端にあわあわするエイリーク。そんな彼に、笑いかけながらケルスは声をかけた。


「そうですよ、エイリークさん。お誕生日、おめでとうございます」

「わ、わぁあ……!ありがとうケルス!開けてみてもいい?」

「はい。その……気に入ってくださるといいのですが……」


 もちろんだよ、と楽しそうに袋を開けたエイリーク。中に入っていたものが袋からするりと落ち、手の上に乗る。それは綺麗に編み込まれた組みひもの髪紐。髪紐は赤い糸とオレンジの糸、そして白い糸で作られていた。見た瞬間、エイリークの目が見開かれる。


「ケルス、これって……!」

「はい。エイリークさん、最近いつも使っている髪紐が壊れそうだと仰っていましたよね。だから僕、作ってみたんです。実はここの宿の近くに、手作りのショップがありまして……。そこでは、手作り体験も行われていたんですよ」


 そう、数時間前ケルスがアヤメに連れられて訪ねたのが、手作りのアクセサリーを販売しているショップだったのだ。種類も様々なアクセサリーが売られているほかにも、そこでは観光客向けにと手作り体験教室も開かれていた。予約なしで作りたいアクセサリーが作れるということで、大人気となっている。

 そこでケルスは自分で髪紐を作り、エイリークに贈ろうと考えたのだ。初めての体験だったが、筋がよかった彼は予想以上の出来栄えの髪紐を作ることができたのであった。


 そのことを話してから、ケルスは言葉を続けた。


「本当は、もっと良いものを贈りたかったのですが……。今の僕に贈れるものは、これくらいしか思いつけなくて」

「そんなことない、嬉しいよ!それに、俺の髪紐のこと覚えててくれたんだね。ありがとうケルス!大切に使わせてもらうよ」

「……!はいっ!」

「しかもこれ、糸の色も綺麗だね!」

「店主の方が直々に染められているそうなんです。色鮮やかで上品で、素敵ですよね。組みひもに使われている糸も、色によって意味があるそうなんです」


 赤色が勇気、オレンジが希望、白が健康。エイリークのこれからをお祈りしていると告げれば、エイリークの顔が真っ赤に染まる。そしてしどろもどろしながら髪紐を差し出し、結んでほしいと頼まれる。


「その……いい、かな?」

「は、はい!僕でよろしければ」


 エイリークが今までの髪紐をほどき、ケルスに背を向ける。ケルスはドレッサーに置かれていた櫛を手に取ると、まずかエイリークの髪を梳かす。毛先だけが真っ赤に染まった、エイリークの髪。不安がないといえば嘘になる。何故ならそれは、もう一人のエイリークの人格がいつでも表に出てこれるという、証になっているのだから。祈らずにはいられないのだ、彼が自分の知っている彼のままでいられますように、と。その願掛けも、この髪紐に込めた。


 赤色の糸を使った理由は、もう一つある。それはケルスが国王ではなく、一人の青年としての祈りでもあった。それが実る可能性はゼロに近いほど低いが。


「エイリークさん……大好きです」


 口の中だけで呟くように言葉を漏らす。その言葉を聞き取り切れなかったエイリークが、どうしたのと訊ねてきた。


「ケルス、何か言った?」

「いいえ、なんでもありませんよ」

「本当?」

「ふふ、本当ですよ」


 組みひもに使われる赤い糸のもう一つの意味。それは、運命の赤い糸。


 どうかこの祈りが届くまで、叶うまで、この髪紐はちぎれませんように。そう祈ったケルスであった。

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