見てし人こそ恋しかりけれ(2020年スグリ誕)
タイトル通り
本編一部作目閲覧後推奨
それは、スグリの実家があるガッセ村にいた時のこと。夕食時にふと、レイがこんなことを尋ねていた。
「そういえば、ここの庭に立派な木があるけど……あれって、何の木?」
「あれは……さくらの木だな」
「さくら?」
スグリの実家の庭には、樹齢何百年といった立派な樹木が生えていた。それはさくらの木であり、春になると薄紅色の綺麗な花が咲くのだとスグリはレイたちに説明する。レイたちが世界巡礼中に偶然にもガッセ村に来た時はすでに花は散り、青々しい葉桜となっていたため、その景色を見れることはなかったが。
「特定の季節にしか咲かないなんて、なんだか勿体ないですね」
「いや、エイリーク。さくらは散るからこそ儚くも美しいんだ。一年中咲いている花を見ても、そこに感動も何もないだろう?」
毎年咲いて、散るからこそ、来年の花が楽しみになると。スグリはどこか、懐古に目を細めながら話していた。
「そっかぁ……。それもそうだね」
「ああ。今年は見れなかったのが残念だが、いつかまた見たいものだ」
「スグリさんにとって、さくらは特別なんですね」
「まぁ、そうかもしれないな。ガッセ村の見せるさくらの景色は、俺は好きだ」
「いいなぁ。そんなに綺麗なら、俺も見てみたかった」
レイの呟きに、スグリは笑いながら来年な、などと話していた。
******
そして月日は流れ、世界巡礼のすべての任務が終了して間もない4の月14の日。
その日の夕刻に仕事を終えたスグリは、自分の家に帰宅する。帰り道にふと家に視線を移せば灯りが点いていた。そのことに不審に思いながら扉を開けると、中には調理中のヤクがそこにいることに、最初は驚く。
ヤクは今、謹慎中の身だ。それは世界巡礼の折に彼が一悶着を起こしたことへの処分でもある。軍への出向が認められていない中で、自分の家に来るとは。何か火急の用事でもあるのだろうか。
「ああ、帰ったか」
「おう、ただいま……って、何か用があったのか?」
「まぁその、そういうわけでは、ないのだが……。用がないのに、来てはいけなかったか……?」
「そうじゃない。その、謹慎中だっていうのに。誰かに見つかりでもしたらお前」
「案ずるな、変装の術は心得ている。お前が危惧するようなことはしていない」
言いたいことはそういうことではない、と出てきかけた言葉を飲み込む。誰にも姿を見られていないのなら、心配することはないかと諦めた方が早いと判断したからだ。思わず小さくため息が出る。
その時、鼻孔を擽る料理の匂いに視線をキッチンへと向ける。並べられている料理たちは出来立てなのだろう、淡い湯気を立たせている。腹の虫が鳴りそうな気配を察知した。
そんな自分の様子に、ヤクはどこか少し落ち着かない様子で尋ねてきた。
「そ、その。夕飯はまだ、だろう?」
「ああ。それ、作ってくれたのか?」
「まぁその、そうなんだが……湯浴みが先でも構わんが、どうする?」
「いや、折角作ってくれたんだ。出来立てみたいだしな。先に夕飯にする。お前も食べていくだろう?」
「あ、ああ」
「なら、悪いが準備しててくれないか?着替えてくる」
「わ、かった」
いつもと様子が違うヤクに、やはり何かあるのではないかと内心疑問を抱きつつも、まずは着替えて落ち着いてからだと考えを整理する。部屋着に着替え終わりリビングへ戻れば、夕飯の準備を整えていたヤクの姿が目に入った。
並べられていた料理は白米に豆腐の味噌汁、茄子の味噌田楽、タケノコと鶏肉の煮物。どれも、故郷のアウスガールズ南部ではよく見られる料理たちだ。実際、味噌田楽はスグリの好物でもある。しかし珍しい、とも感じた。ヤクが得意とするのはミズガルーズでよく食べられる料理だ。これらの料理はどちらかといえば、スグリの方が作るほうが得意である。まさかヤクがこんなにも、アウスガールズの料理を作れるとは。
まじまじと見ていたことに気付かれたのか、居心地が悪そうにヤクが話す。
「そ、その……。ガッセ村でヤナギさんに、教わったんだ」
「爺にか?いつの間に……」
「べっ、別にそんなことはいいだろうっ!?冷めてしまうぞ?」
「あ、ああ、そうだな。なら、ありがたくいただくとするか」
準備も終わったようだしな、と。椅子に座り二人は夕飯にする。
まずは茄子の味噌田楽を一口。焼かれた茄子の柔らかい食感。噛めば茄子の風味が広がっていく。そこに甘めの味付けの味噌だれが絡み、なるほどこれは酒が欲しくなってしまうような味わいだ。それほど味も濃くもないので、箸が進む。
次にタケノコと鶏肉の煮物も口に運ぶ。タケノコは今の時期の旬だ。しかも煮てもシャクシャク、とした歯ごたえもあってスグリは好んでいる。一噛みすれば、醤油とだしの優しい味わいが口内に染み渡り、安心感さえ覚えた。
「美味いな、これ」
「そうか……良かった。この手の料理はお前の方が得意だからな、自信はなかったのだが。お前にそう言われて報われたぞ」
「はは、そうか。それにしても、久々にお前の料理を食べたような気がする」
「ああ、世界巡礼中だったものな。致し方あるまい」
「まぁな。でもやっと、帰ってきたって実感した。それがお前の手料理なんだから、感謝しないとな」
ようやく一息つけたような気がすると言葉を漏らせば、ヤクは顔を少し赤らめてそれ以上は何も言わず夕飯を黙々と食べていく。そんな彼を愛おしく思いながら、スグリも残りの夕飯を大切に食べていくのであった。
そして二人が食べ終わり、片付けに入ろうとヤクが動こうとしたとき。スグリはある疑問をヤクにぶつけてみることにした。
「それで?本当は何かあったからここに来たんだろ?」
「そ、そんなことは……」
「あのなぁ、ここまでされて俺が気付かないわけないだろう?謹慎中だっていうのに俺の家に来て夕飯まで作って。しかもそれが俺の故郷でよく出されていた料理となれば、何かあるとしか思えないぞ」
「っ……」
「お前、最近嘘が下手になったな?」
にやり、と笑みを浮かべてヤクに答える。スグリのその態度に、ヤクも隠すことを諦めたのだろう。一つため息を吐くと徐にソファの上に置いていたのだろう、紙袋を手にして、スグリの目の前に置く。
「なんだ?」
「……開けてみるといい」
それだけ告げると、ヤクはまた椅子に座りそれ以上口を開く様子がない。開けてみないことには説明しない、とでも言いたいのだろうか。仕方なしにと紙袋に入っていた包装された小包を取り出し、蓋を開ける。
中に入っていたのは、氷のマナで作られた球体に入っている、さくらの花々。しかも薄紅色の花弁は、色褪せることなく記憶の中の桜と同じ色合いをしたまま。取り出して試しに揺らしてみれば、球体の中で花弁はひらひらと、風に舞っているかのように揺らめく。美しい、その一言に尽きるオブジェだ。
「これ……」
「……プリザーブドフラワーと言ってな、特殊な加工方法で生け花を姿そのままに留めることができるものだ。そのままでは色々不都合もあったから、加工後にさくらの花を私のマナで凍結させ柔らかく薄い氷の膜を作り、オブジェにしてみた」
「これを、俺に?」
「その……今日は、お前の誕生日だから。世界巡礼でのこともあって、お前に感謝等々の気持ちもあって何か渡したかったのだが、用意するにも時間がなくて、だから、その……そんなもので、すまないが、ええと……時々それを見てさくらを思い出せたらと思って、いや、あの……」
ヤクの言葉尻が弱くなる。その言葉に対して何も言葉を返さないスグリに居たたまれなくなったのか、ガタッと勢い良く立ち上がるヤク。
「っし、食器を片付けてくる!お前は休んで──」
逃げるように立ち去ろうとしたヤク。しかし彼を逃がしたくなかったスグリは立ち上がると、ヤクを後ろから抱きかかえる形で抱擁した。
「す、スグリ!?すまない、その──」
「そんなもの、なんかじゃない。……俺の誕生日、覚えててくれたんだな」
優しく言葉を漏らせば、ヤクの身体から緊張が解けていくのが分かった。腕に手を添えられ、当たり前だろうという呟きが聞こえてくる。
「ありがとな、ヤク。これは、お前にしか作れないただ一つの最高の贈り物だ。お前まさか、俺の言葉まで覚えていたのか?」
「……お前にとって、さくらが特別な花なのは分かっていた。それにこの時期は仕事も忙しくなって、悠長にさくらを見に行ける時間も、なかっただろう。それに、私たちが何年の付き合いだと思ってるんだ……!」
「はは、確かにな。ああ、本当に。今までで最高の誕生日だ」
「……気に入って、くれたか?」
「当たり前だろう。大切にする」
安心したように、そうかと言葉を漏らすヤク。腕の中で振り返り、ふわりと笑った笑顔にまた愛おしさを感じて。
「誕生日おめでとう、スグリ」
「ああ。ありがとな、ヤク」
そのまま惹かれあうように口づけを交わして。手の中の春が、おめでとうと言っているかのようにゆらゆらと舞うのであった。
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