第15話 予定外の嬉しい戦力
「うが、ふが、うががっ!」
必死の形相で、《ギュスターヴ》どもは何かを訴えてくる。俺たちは互いに目線を交換して、やっぱり困惑する。
いや、まぁな?
連中は《ヴィラン》が作り出したキメラだ。何らかの知性を植え付けられていたとしても不思議はないが……でも、野生の獣が逃げるんじゃなくて降参するってどういうことだ。
ううむ、これは意思疎通が必要っぽいな。
俺はまだ整理しきれてないスキルを脳内に並べてリストアップしていく。確か、動物と会話が出来るスキルもあったはずだ。
手信号で攻撃しないように指示を出し、万が一攻撃されても対処できるような距離を保っておく。
ナポレオンと鼠小僧は黙って頷いて、そっと俺の後ろに下がる。
……えっと、あったあった。
俺はスキルを組み合わせ、《他言語理解【人外】》と《魔力言語相互翻訳》を習得する。これならなんとかなるんじゃないか?
それにしてもスキルがまだまだある。
一〇〇人を超える《ヒーロー》の力が集まっているから、っていうのもあるけど、日常生活じゃあ使わないようなものもたくさんある。これはあれだ。
老いらく趣味のひとつ、スキル蒐集が大きく関与してるな。
ジジイどもめ。
いや、俺も人のこと言えないんだけど。農耕系スキルとか、園芸系スキルとかも持ってたりするし。
仕方ない。スキルを手にすれば動きも効果も段違いなのだから。老いた身体には必須なのである。
気を取り直して、俺は声に魔力を乗せる。
『あ、あー、聞こえるか?』
声をかけると、今度驚いたのは《ギュスターヴ》どもだった。
ぽかんとしてから思わず黙りこまれる。
反応からして、通じたっぽいな。
『わ、我々の言語を理解してる……?』
『ああ、理解してる。とりあえずお前らが降参しようとしてるみたいだから、話しかけてみたんだが、降参の表明で間違いないか?』
僅かな硬直。誰からともなく、《ギュスターヴ》たちは何度も強く首肯した。
ちなみに俺の言葉はちゃんと翻訳されて連中にも届いているが、ナポレオンや鼠小僧にも伝わっているはずだ。
『お、お前たちは強い。特に赤いあなたは強すぎる。俺たちは全滅したくない。種まいて子孫残したい』
最後の言葉はギャグか?
『俺たちがお前たちを攻撃したのは、強そうな奴だったから。また、俺たちを殺しに来たのかって慌てた』
『また?』
『俺は三世代目だ。それより前の先祖様はよく戦いに明け暮れていたって。俺たちを勝手に生み出しておきながら、勝手に殺そうとしたって、怒ってた』
なるほど、そういうことか。
訴えを聞いて、俺は納得する。彼らは俺たちを《ヴィラン》の討伐隊と勘違いしたのか。知性はあるのに知識が足りないのは、彼らを兵器化させようとした結果か、実験段階で諦めたから半端になってしまったのか。
どっちにしても《ヴィラン》の責任だが。
『あー。まず、俺たちはすすんでお前らを全滅さでようとはしていない』
とりあえずは俺たちの立場を分かってもらわないとな。
『この森の先にあるジェフリーモンマスに用事があるんだ。そのついでに、強い奴等がいるから、修行するつもりだったんだ』
『なるほど』
『だから俺たちとしても、戦う意思のないお前らと戦うつもりはねぇよ』
そこまで伝えると、連中は何やら相談をはじめた。とりあえず上手くいったか?
小さく安堵していると、鼠小僧とナポレオンの緊張も少し弛緩していた。
ちょっとした休憩もかねて待っていると、予想よりの早く話し合いは終わったらしく、一匹が前に出た。
『決めた。俺たち、あなたについていく』
……はい?
ちょっと待って? え?
俺は混乱しまくるが、必死に自制した。
『ついていく? どういう意味だ?』
『あなたは俺たちの誰よりも強い。だから俺たちはあなたに従う。その代わり、俺たちを守って欲しい』
何いってんだコイツらは。野生か。いや野生だったな。
単純な思考だ。
俺をお山の大将に据えることで、身の安全を図る群れの基本的習性。それを実行しただけに過ぎない。つまりコイツらは俺にリーダーをやれってお願いしてきているのだ。
ぶっちゃけ迷惑でしかない。こんなバケモノどもを部下にして俺は一生を森で追えるつもりなんてない。俺は早速断ろうとして……いや、待てよ?
『お前たちを従えたとして、俺にいったい何のメリットがあるんだ?』
正直に訊いてみる。
『ある。俺たち一族の中の戦士、自由に使える。俺たち、強い』
『自由に。ってことは、俺の命令なら森の外にも出るってことか?』
『そう。森にすむ女子供、老人の安全が保障されるなら』
実に分かりやすい返事だ。
俺は鼠小僧とナポレオンを振り返る。
こいつら《ギュスターヴ》は間違いなくA級の《ヴィラン》にも匹敵する強さを持っている。実際にやりあって分かったが、強靭極まりない身体能力は特筆すべきものがあるし、魔力だって十分にある。
粗削りな状態でこうなのだから、しっかりと鍛えたらかなりの戦力になるだろう。
俺の意志はしっかり伝わったようで、二人とも頷く。
よーし、じゃあ《ギュスターヴ》戦力化計画おっぱじめるか!
『いいだろう。基本的にこの森は交易路にしか使わないから、こっちからお前たちには手を出さないように言い伝えておく』
と言っても、基本的に交易路を使うのは一般市民だしな。
一般市民の間には《ギュスターヴ》が脅威の象徴だと浸透している。誰も手を出すことはないだろうが、《ヒーロー》の中には無謀なヤツがいるかもしれないからな。ちゃんと浸透させておこう。
このあたりは鼠小僧にお願いしておけば良い。
問題は訓練メニューだな。
俺はまた脳内のスキルを整理して、《ギュスターヴ》のステータスが見れるようにする。
仲間ならどうやら確認できるようだ。
えーと……。
なるほど。やっぱり身体能力はバカみたいに高いな。というか、基礎能力全般がチートレベルにバカ高いな。けど、知性が中途半端だからか、スキル関係が足りてないな。
となると、スキルを教えられる教育係が必要だな。
「なぁナポレオン、うちにスキル特化の教師っていたっけ?」
「……格闘系や肉弾戦のスキル、ですよね? 確か数人いたと思いますけど、シンさんが教える方が良いのでは」
「俺がやったら森から出られなくなるだろうが」
「……あっ」
おいマジな天然かよ。
ジト目で咎めの視線を送りつつ、俺はため息を漏らす。
『じゃあまず、俺たちはお前たちを鍛えようと思う。強くなれば、それだけ縄張りも守りやすくなるだろうしな』
後は知性と知識を高めて欲しいから、そっち方面の教育係も送りつけよう。こっちは一般市民に教師がいたはずだから、彼らに委託しておけばいい。ちょうど町も解放したばかりだしな。
後は連絡手段だな、そういう部分も話し合いで(というか、ほぼ俺の指示通り)サクサクと決めていく。
それらを整えてから、俺たちは《ギュスターヴ》の群れといったん別れる。
向かうのはジェフリーモンマスである。
食糧確保のための狩りをしてから、しばらく歩いて森を抜けると、いよいよ坂道だ。
さすが丘陵地帯だけあって起伏が結構キツい。この頂上にある要塞都市が、ガウェイン卿の治める都市だ。渡りは既につけてあるので、俺たちはすんなりと進める。
「それにしても、シンさんはすごいですね!」
さくっと魔法で焼いた肉をかじりつつ、ナポレオンはいきなり褒めてくる。
うん? 確かに俺は料理スキルがかなり高いからな。塩とハーブ、最終した果物で味付けしただけだけど、かなり美味しく仕上がってるし。
「何がだ?」
とりあえず質問すると、ナポレオンは嬉しそうに笑う。
「さっきの《ギュスターヴ》ですよ。撃退するばかりか、従えるなんて」
「そうですねぇ。これには僕も予想外でびっくりです」
「びっくりか?」
口を揃える二人に、俺は首を傾げた。
「そりゃそうですよ。だって、撃退していくしかないと思ってたのに、まさかまるごとこっちの陣営に組み入れちゃうなんて。びっくり以外の言葉が出てきません」
「特に《ギュスターヴ》は《ヴィラン》が生み出した負の遺産ですからね」
なるほど。そもそも利用価値がないと思ってたパターンか。
これが若さなんだろうか。でも、発想って若者の方が柔らかい気がするんだが。
「俺はジジイだからな。少しでも楽したいんだよ。それに俺たちは人手不足だろ? 少しでも戦力になるなら、取り込んでいくのは当然だろうし、鍛えれば強くなるなら猶更だな。もったいない精神ってやつだな」
「ううむ、勉強になります」
「いや、ナポレオンさん。そんな真剣に学んでばかりいたら、老成しますよ?」
「えっ」
すごく嫌そうな顔された。んでもって頬とか撫で始めるし。
つか、そこは嫌なんだな? いや、そもそも老成と老けは違うからな?
「茶化されてるだけだからな? 単純すぎるぞ、ナポレオン」
「ええっ!?」
「あはは、本当にからかい甲斐のある人ですねぇ」
顔を赤くさせるナポレオン。ああもう、可愛いけどさ?
俺はぷうと頬を膨らませたナポレオンの頭を撫でてやった。
「っと、そろそろつきそうですよ」
本当に良いタイミングだな。全部計算か?
俺は密かに鼠小僧をジト目で見つつ、前を見る。
目の前に現れてくるのは、巨大で分厚そうな城壁。しっかりと魔力も感じるので、魔法に対する防御力もかなり高そうだ。
試しに感知してみると、あちこちで質の高い魔力や気配がある。
かなり練達された《ヒーロー》たちがいる感じだな。個々の強さはナポレオンに及ばないが、集団戦闘となれば、かなり強力そうだ。
ってことは……ほぼ難攻不落かな?
「じゃあ、行こうか」
さてさて、ガウェイン卿、どんな人物かな?
信忠の野望~引退した弱小爺ヒーロー、世界を救う~ しろいるか @shiroiruka
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