第14話 森の戦闘

 夜で暗く、湿気った森。一歩進めば、足音が鳴る。

 足音を殺しているが、嫌に耳につくのは、森があまりに静かだからだ。もう少し音や気配があってもいいのに、欠片ほどもない。むしろ怯えている気さえあった。

 理由は単純だ。


 この森の頂点──《ギュスターヴ》だ。


 一匹だけなら討伐すれば済む話だが、厄介なことに《ヴィラン》は複数の雌雄個体を作り出していた。結果、繁殖が進み、この森を実効支配したのである。

 正直、そのおかげでガウェイン卿と交易できているのだから微妙な感情になってしまう。

 いや、ならねぇわ。


 俺はうんざりしていた。


 目の前で威嚇してくるのは、龍の鱗に虎の目と牙、熊の体躯を持つ獰猛な怪物。

 間違いなく《ギュスターヴ》である。


「ギュスターヴが現在どれだけの数棲息しているか正確には判明していないのですけれど……」

「こうもあっさりと遭遇して、しかも囲まれるとは思いもしませんでしたね」


 苦笑する鼠小僧に、険しい表情のナポレオン。

 暗がりで、ほとんど見えない闇の中、俺は周囲を感知してため息をつきそうになる。姿を見せているだけで五匹。だが、茂みの奥には数にして十匹はくだらない数のバケモノどもがいる。


「まぁほら、修行になりますし」

「あのなぁ……」


 とはいえ、やるしかない。

 強さは……──肌で感じる限りはAランクの《ヴィラン》に匹敵する。うっかりすると倒しちゃうんじゃないだろうか。

 そんなバケモノがうじゃうじゃいる森とか、確かに手が出せなくなるわな……。

 俺は剣と銃を抜く。


「剣術も銃術も、必要以上のスキルレベルを保有しているはずです」

「ああ。持ってる」

「そのスキルを最大限に発揮しつつ、必殺技っぽい動きをしてみてください」

「すごいアバウトだな!?」

「なんか連続攻撃っぽいので構いませんので。たぶんそれでなんとかなるはず」

「肝心なところであやふやってどうなんだ!?」

「すごくヒーローっぽくないですかね?」

「ぽいけど欲しいぽいではないな! そういう悪癖とか悪い習慣は滅ぼせ! だから俺たちは負けてきたんだろうが!」

「経験があるだけに、重たい言葉ですね」


 あああ、なんでこんな時にコミカルなやりとりしてるんだ俺はっ!


「シンさん、今は鼠小僧の言う通りに! 今のシンさんであれば、技の一つでも発動すれば《技》は覚えられますから!」


 深刻な表情で、ナポレオンは《六つの銃口》を展開していく。

 まぁ、やるしかないわな。

 俺も覚悟を決めて構えた。瞬間、《ギュスターヴ》が仕掛けてくる!


 じゃっ! と鋭い音を立てて地面を蹴飛ばし、驚く速度と軽やかさで接近してくる。動きもしなやかで、人間のそれではない。これはタイミングが読みづらい!

 反射的に剣を横薙ぎに振るうが、尋常ではない反射で屈み、回避される。

 それだけじゃない。


 ――ぐん。


 そんな音が聞こえるかのような、伸びあがり。

 猛獣の野生。

 凄まじい腕が、迫ってくる!


「くっそっ!」


 態勢を整え、俺は《ギュスターヴ》の拳を二の腕で受け止める!

 鈍い音と、鈍い衝撃。

 破壊の力が伝播し、俺は勢いのまま地面を蹴って勢いを殺す。防御系のスキルも働いてくれたおかげで、ダメージは少なく済んだが、問題はそこではない。


 ――これが、野生のケモノか。


 何度か地面を蹴って勢いを殺して着地し、俺は腕の具合を確かめる。

 大丈夫、動く。

 ぎらりと睨むと、一瞬で《ギュスターヴ》が間合いを詰めてくる。スピードだけじゃない。異常な反射神経と、尋常じゃない身体能力。そして、ただ殺そうとする本能に溢れた攻撃的な野生。それらが一切の予測が通用しない動きに繋がっている。


 これは、俺が苦手なタイプかもしれねぇな。


 俺は経験値が豊富だ。

 だからこそ、相手を見て動きを予測し、攻撃を組み立てる。けど、コイツにはそれが通用しない。つまり、俺の最大の武器である経験が役に立たない。


「ッガァアアアッ!」


 肉弾戦の覚悟をした刹那、魔法が放たれた!

 周囲に電撃が迸り、俺は反応を遅らせて直撃を受ける!


 ……ってぇ!? ちょっとビリってきた!


 バカみたいな耐久力と装備のおかげだろう。

 そうじゃなかったら、一撃必殺もあり得た。


「――魔法まで使うのかよ!?」

「《ギュスターヴ》は龍の血も弾いてますからね」

「厄介すぎる!」


 しれっと《ギュスターヴ》攻撃を回避しながら、鼠小僧は平然と言う。

 ナポレオンの方も戦闘を開始している。こちらは銃を上手く使って相手を寄せ付けないようにしているが、ダメージがあまり通っていなさそうだ。

 龍の鱗に虎の毛皮、熊の皮膚となれば当然かもしれないが。


 おっと、よそ見してる余裕ねぇな!


 相手の攻撃を感知し、俺の知覚が上昇する。

 動きの予測の難しい軌道で迫ってくる《ギュスターヴ》に、俺は蹴りでカウンターを食らわせる。攻撃してくる直前なら、さすがに読める!


 固い手応え。


 勢いよく《ギュスターヴ》は蹴り飛ばされてくれるが、簡単に着地した。

 嘘だろ。まるできいてねぇ。


「あ、もちろん打撃無効持ちなので」

「もちろんじゃないだろそのレアスキルはっ!」


 ツッコミをいれつつ、俺は剣を構えて飛び出す。

 ああもう、そういうことだろ!

 こいつは俺が《技》を習得するのに最適な相手ってワケなんだろうが! やってやる!


 俺はその場でくるりと一回転しながら、浴びせ蹴りの要領で軽く跳躍しつつ、斜め上から思いっきり斬り下ろす!


 本能的に脅威を感じたか、《ギュスターヴ》は目を大きくさせながら飛びのいた。そこを狙って、俺は銃で精密三連射撃!

 ガオン、と大きい銃口から魔力の弾丸が吐き出され、《ギュスターヴ》を撃つ!

 頭を狙ったが、さすがに察知されて腕で守られる。


「ガードが固いな。だったら!」


 俺は地面を踏みしめる足に力をこめて。


 ――銃剣技【龍虎】習得しました。


 脳内に、膨大な情報が流れ込んできた。

 これは、この感覚は、間違いない。スキルを習得した時の感覚――【天啓】だ! 一気に俺は《技》を覚える。

 俺の動きが鋭く、加速していく。

 完全に不意を突かれた《ギュスターヴ》は俺の接近を許した。隙だらけっ!


「――吼龍千衝乱こうりゅうせんしょうらんっ!」


 三回転しながら俺は剣を地面スレスレに払い、九つの斬撃をほとんど同時に展開する。それは空気を乱し、真空刃を生みながら一か所に集まり、爆発的な勢いを持って《ギュスターヴ》を上空にたたき上げた!

 そこを狙って、俺は銃を乱射する。


「っぐうぅっ!?」


 今度は、決まった!

 分厚い皮膚を突き破り、血が飛び出る。

 だが、致命傷には至っていない。さすがの耐久力というべきだろう。すかさず俺は追撃に出た。

 ぐっと屈んでから飛び上がり、瞬時に《ギュスターヴ》の上を取った。


天龍虎衝落てんりゅうこしょうらくっ!」


 姿勢を横に倒しつつ二回転、六連の斬撃が重なって《ギュスターヴ》を切り裂きながら地面に叩き落し、そこに銃撃の追撃を加えてから、急速落下、剣を突き立てる!

 咄嗟に《ギュスターヴ》は傷だらけになりながらも起き上がろうとするが、それより速く剣が《ギュスターヴ》の腕を貫いて地面に縫い付けた!


「っがああああああああああっ!?」


 あがる悲鳴。ここだ!


「《闇火》っ!」


 剣から闇の焔が溢れ、凄まじい熱を放ちながら《ギュスターヴ》の全身を焼き払う。

 さすがに内部から焼かれたらひとたまりもない。

 絶叫の断末魔をあげながら、《ギュスターヴ》は真っ黒になりながら絶命した。


 これで、一匹目。


 さっと一目で状況確認。鼠小僧はひょいひょいと二匹の《ギュスターヴ》を相手に避けまくっている。余裕があるな。ナポレオンの方も、《六つの銃口》を自在に操って翻弄し、まったく寄せ付けないで粘っている。

 けど、これは長く持たないな。

 俺は即座に動く。


破虎襲突刺はごしゅうとっし


 地面をひた走り、左から回り込んで一匹に突撃!

 銃撃で足を撃ち抜き、不意打ちのダメージを与えてから一気に急加速、最大速度で突きを叩き入れる!

 ずぶ、と、重い手応えで《ギュスターヴ》を肉厚の刃が貫通する。


 俺はすかさず《闇火》を展開して焼き殺し、残りの一匹を睨みつけた。


 挑発に乗って、《ギュスターヴ》が俺に標的を変える。

 甘いな。

 それが、狙いだ。


「《破城砲》」


 視線をそらされたと同時に、ナポレオンが必殺技を放つ。

 膨大なエネルギーを内包した砲撃が、《ギュスターヴ》を真横から穿ちぬく!


「っぎゃあああああああああっ!?!?」


 直撃を受けては、どうしようもない。

 あっさりと《ギュスターヴ》はその身を焼かれ、全身を炭化させて倒れ込んだ。


 ふう。久々の連携だったけどバッチリだったな。


 俺はにやっと笑いながら親指を立てる。ナポレオンも嬉しそうに親指を立てた。


「よくやった、ナポレオン」

「いえ。ありがとうございます、シンさん」

「あの、息の合った師弟関係は素晴らしいと思うんですけど、助けてくれません?」


 声がかけられて振り返ると、《ギュスターヴ》の攻撃をいなしまくる鼠小僧。放置していても大丈夫な気はするが、一応助けておくか。

 俺は威圧を最大限に発揮しつつ剣を構える。


「ひぎっ! うごごっ! うごんごっ!」


 と、いきなり《ギュスターヴ》の連中が慌てたように飛び出してきて、こぞって両手を挙げてきた。敵意はない。

 あれ?

 っていうことは、これって?

 この急展開にはさすがの鼠小僧も面食らったのか、ぽかんとしていた。確実に隙だらけなのだが、《ギュスターヴ》どもが攻撃を仕掛ける様子はない。


「……あの、これって?」

「降参を示してるっぽいな……?」

「ですよね……?」


 困惑しながらも、俺たちの意見は一致していた。


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