第13話 オサム・ダザイという男

 オサム・ダザイ。

 彼の戦闘は、一度だけ目にしたことがある。

 一見すれば怠惰で、陰険で、やる気の欠片の見えない面倒くさがり。戦闘そのものはひたすらに嫌がっていた記憶がある。けど、いざ戦いになれば、凄まじい戦闘能力を発揮する。たったの一度も敵に触れられることなく、全滅させたのだ。

 当時、《ヒーロー》全盛期の時でも主力の一人として数えられていたくらいだ。


 あの恐ろしさを知っているから、余計に思うのかもしれない。


 あいつは危険だ。

 できれば戦いたくないとさえ思っている。


 鼠小僧だって知っているはずだ。


 それなのに、鼠小僧は言ってのけた。攻略する、と。

 つまり何か考えがあるってことか?


「攻略って……作戦はあるのか?」


 問いかけると、鼠小僧は頷いた。


「はい。彼は確かに凶悪極まりない能力を持っていますが――弱点もしっかり存在しています。それは、接近戦です。特に、肉弾戦は貧弱とさえ言えます」

「って待ておい。まさか俺になんとかしろって言ってるのかそれは」

「ええ、そうです」


 笑顔で言い放たれ、俺は顔をひきつらせた。

 作戦の何でもねぇじゃねぇか!


「ふざけろよ、相手はあのオサム・ダサイだぞ!?」

「ええ。生き字引でもありますからね、彼は。とんでもない能力を持っているのに、長年一線に立ち続けてきたからこその老練さも兼ね備えている」

「そうだ。経験値でも俺より上なんだぞ」

「でしょうね。彼が本気の本気になれば、手がつけられない。だからこそ、あのガウェイン卿でも手が出せなかった。いや、今では彼に口出しできる存在は《ヴィラン》でもそうそうはいないかもしれません。まぁ、彼が不安定というのもありますが……」

「気分次第で裏切られたら形勢が偏る可能性がありますからね」


 コーヒーをすすりながら、ナポレオンはいう。


「あべこべな状態ではあるわな……」


 周辺の勢力図への影響力が極大すぎる。たった一人、オサム・ダザイという存在がきっかけで、あっさりと書き換えてしまう可能性があるのだから。

 裏を返せば、オサム・ダザイがまだ戦いを忌避している証拠でもある。

 今現在、ガウェイン卿にちょっとちょっかいを出し続ければその怠惰が許されるのだから、彼からすれば天国みたいな環境だろう。

 それを奪うとなれば、かなりの抵抗が考えられる。


「いや、あべこべっていうか……そうか、奇貨なのか」


 俺の出した結論に、鼠小僧は頷いた。

 今のオサム・ダザイはある意味で中立なのだ。《ヴィラン》でありながらも。


「《ヴィラン》がどう扱っていいか戸惑っていて、ほとんど放置状態で、オサム・ダザイ自身はかなりの不安定。うまくやれば、こっちに取り込めると? だから攻略、か」

「はい。その通りです。彼を我々ヒーロー陣営に引き戻します」

「つまり説得するってことですか?」

「ええ。拳で」

「拳で」

「拳で」


 ぐっと握りこぶしを作った鼠小僧は、俺の反芻をまた反芻した。


「彼は暴力に弱いので。割と殴れば言うこと聞きます」

「なぁ、今すっごい《ヴィラン》ぽい暴論を聞かされた気がするんだが」

「奇遇ですね、私もです」

「しかし、それ以上の善策はありませんし、彼のためでもあるので」


 鼠小僧は苦笑のような雰囲気で言う。どうも色々と調べ上げているらしい。


「いい加減彼にも正気に戻っていただきましょう。それに、我々が勢力を取り戻すためには、彼の力が必ず必要になりますからね。もちろん一筋縄ではいかないのも事実。我々が今まで手出しできなかったのは、単純に彼を殴る力がなかったからですし」

「けど、今なら手が出せる、と?」

「はい。シンさん。あなたなら」


 真っすぐ言われ、ナポレオンからも視線がやってくる。

 ああ、ああもう。そんな目で見るんじゃねぇよ。

 俺は思わず目をそらしそうになって、やめた。

 今まで俺は、期待なんてされてこなかった。当然だ。Cランクで、戦力外通告までされて、それでも撤退戦をただ必死に生き抜いたから経験だけは重ねて。


 でも、そんな俺が今、頼りにされている。


 くっそ。

 これで立たなきゃ、男じゃねぇだろ。

 俺は覚悟を決めて、大きくため息をついた。


「いいぜ、やれるだけやってやる。けど――俺は死ぬつもりなんてねぇぞ。玉砕は勘弁だ」

「もちろんです。僕にプランがありますから」

「プラン?」

「はい。シンさん。あなたの勝率をあげるためのプランです」


 鼠小僧は人差し指で地図を撫でる。

 凶悪な魔物が棲息する森だ。


「我々はここを通って、ガウェイン卿と密かに接触することになります」


 事実上、ここしか使えるルートがないのだから、当然だ。それに最短ルートでもあるしな。危険なのは承知で使うしかない。


「この森を使わない手はありません。ここを通過しながら、シンさんには覚えていただくものがあります」

「覚える?」

「ああ、《技》ですね」


 すぐに思い至ったらしいナポレオンが得心したように手を打った。

 俺も遅れて気付く。そうか、《技》か。


 クルが使っていた、高度技術。


 低ランクである俺には覚えることさえ不可能だと思っていたが、今なら可能かもしれない。使えるようになれば、確かにこの上なく強力だろう。

 圧倒された俺自身だから確信できる。


 あの時は拳という強引な手段でやり返したが、あのオサム・ダザイへは今回、拳は最終手段として使うものだ。

 確実に当てられるタイミングではじめて行使するという、奇襲的な使用が求められるのは鼠小僧に言われなくても分かっている。

 そのためには、拳を使うに至るまでの戦いを繰り広げられなければならなくて、即ち剣や銃が使えるようになっていなければならない。今の俺はバカみたいに身体能力が跳ねあがっているが、それだけではダメだ。


「幸い、私もナポレオンさんも《技》を使えますから、この道中で覚えていただきます」

「森って、距離にして大体二十五キロくらいだろ? 一日もなく踏破できるぞ。そんな短期間で習得できるもんなのか?」

「大丈夫でしょう。素地はしっかりとあるようですから、きっかけさえ掴めば」


 にこっと目が笑っている鼠小僧に、当然だと言わんばかりに自信満々に頷くナポレオン。いやまて。鼠小僧は何かしら意味があるだろうが、ナポレオン、お前は絶対今、意味の分からない信頼感で頷いただろ。

 咎めの視線を送るが、ナポレオンは胸を張るだけである。

 ちくしょう、胸の存在感がS級だ。


「分かった。そのあたりは信じる。それで? 俺が習得した後はどうするんだ」



「まずはガウェイン卿と接触して協力を取り付けます。ガウェイン卿の協力を得て、アプルニアににいる《ヴィラン》を誘い出し、引き付けてもらいます。その間に我々はアプルニアへ侵攻、一気に彼を攻略します。そうすれば、町も解放されますし、オサム・ダザイを善性に戻すことが可能です」

「後は再びジェフリーモンマスへ戻って《ヴィラン》の掃討をして合流、ですか」

「はい。それが我々の基本プランになります」

「なるほど……」


 背中の心配さえなくなれば、ガウェイン卿も動けるようになる。そしてオサム・ダザイを上手く使えばこのあたり一帯の勢力図塗り替えられる。

 まさに鼠小僧の思惑の通りになる。


 これが、反撃の狼煙になる、か。


 ぞくっとした。

 俺たち《ヒーロー》が、もう一度。


「それで? いつ出るんだ?」

「準備が出来次第。こういうのはスピードが勝負ですからね」

「俺はいつでもいいぞ。体力も戻ったしな」

「私も大丈夫ですが、今は夜ですよ?」

「ええ、その方が効率的ですから」

「うん?」


 鼠小僧は俺たちの返事を予想していたように、もうリュックを背負っている。奴こそ準備万端じゃねぇか。


「夜の方が、魔物と遭遇できますからね。《技》の習得には、実戦あるのみです」


 俺は顔をひきつらせた。

 おい。まちなされ? そこの若人よ。


「お前、森に棲息する魔物が何なのか、知ってるよな?」

「当然です。かつての《ヴィラン》どもの実験失敗作――龍と虎と熊のキメラ。その凶暴性とそれに似合うだけの強さを誇る怪物。《ギュスターヴ》です」

「そんなバケモノとやりあえってか?」

「はい」


 あ、本気だ。

 俺は遠い目をしながらこれからを憂う。

 お爺ちゃんになんてことさせるんだろうね? 最近の若者って俺ら以上にスパルタじゃないかね?



 ◇ ◇ ◇



 かつん、と、キセルが鳴る。

 灰が落ちて、匂いが立ち込める。うぜぇ、殺してやろうか。


「ガウェイン卿を動かして、オサム・ダザイの攻略か……それで、吾が輩にその情報を流してどうするつもりだ?」


 俺様が機嫌を損ねているのにも気付かず、おっさんはふてぶてしい態度で睨んでくる。

 その態度も色々と殺意がみなぎるが、まぁあれだな。

 不遜こそが《ヴィラン》っちゃあ《ヴィラン》らしいし、構わないか。


 俺様は殺意を愛しておさめてやることにした。


 今、問題とすべきはそこじゃないしな。

 俺様は俺様らしく動くし、俺様は綺麗な花火が見たい。


「どうもしねぇよ。俺様なりのバランス調整っていうの? ほら、俺様はどっちにも転がらないからサ? 永世中立ってやつ」

「物騒極まりない永世中立だな」

「失礼だな。俺は全博愛主義者だぞ? あんたも望むなら、一晩くらいは相手するぜ? 俺様のテクニックにもう戻れなくなるだろうけどな」

「断る」


 苦虫を潰したかのような表情で言われた。俺様悲しい。


「まぁいい。我々としては、ガウェイン卿を殺せるなら文句はないからな」

「あ、じゃあ動かしてくれるんだ? 俺様超嬉しい。愛が溢れてくるぜ」

「気持ち悪いやつめ」

「最高の誉め言葉をどうも。濡れちゃうぞ?」

「フン。まぁいい。とにかくぽっと出の《ヒーロー》がどれくらいのものか知らんが、あのオサム・ダザイには叶うまい。よしんば善戦したとして、長期戦は避けられん。その間に一気に連中を攻め落とす」


 ──……そうすれば。


「不穏要素を潰せれば……我の悲願はより達成しやすくなるだろう」


 ああ。いい。いいね。これだよ。


 さぁ、あがいて見せろよ。そして見せてくれ。俺のこの狂った愛を受け入れられるかどうか。本当に俺様が信じるに値する価値があるかどうか。


 なぁ。赤いカミツレ。


 真っ白で空っぽで空洞に俺様に、何を注いでくれるんだ?


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