第10話 人質解放作戦! 2

 ボコボコと音を立てながら、クルは再生して立ち上がる。

 これが鼠小僧のいっていた厄介な部分の最大なんだろう。仲間がいる限り、クルは再生を続ける。そして、周囲にいる仲間は【命そのものを削っているから膨大な魔力を保有する】ため、数十人も集まればほとんど無尽蔵に近い。

 確かに俺もデタラメな魔力を有しているが――勝負したら長期戦になる。


 だったら、どうするか。


 答えは一つ。

 俺はすぐに全身に魔力を迸らせる。


「てめぇ……何するつもりだ? あぁ?」


 荒い息をつきながら、クルは剣を構える。

 剣技を使ってくるんだろう。奴の考えは分かってる。膨大な魔力で押し切るつもりだ。再生するよりも攻撃に使う方が魔力効率は良いからな。


「それを教えるのは、二流のすることだって習わなかったか?」

「無駄だ。すぐに分かる。お前は――」

「お前は? なんだ?」


 クルが動く。

 応じるように敵が動く。やっぱり、一斉攻撃仕掛けてくるよな。


 それを待ってたんだぜ、俺。


 ピンチをチャンスに変える。それも《ヒーロー》だ。

 一斉に積み重なってくる《ヴィラン》の重みに崩れそうになりながら、俺は一気に魔力を解放する。たった今、ついさっき思いついたばかりの必殺技!


「《破城滅闇火》」


 暴走に近い熱が限定空間にのみ解放され、一気に灼熱地獄へと化す。

 音もない。

 ただ光だけが周囲に広がり、群がる《ヴィラン》どもを全部蒸発させた。


 今の俺には、細かい《闇火》のコントロールは出来ない。


 繊細に扱おうとすれば、威力は落ちる。威力だけを求めれば、制御は不可能。一気に広範囲を無秩序に、無制限に焼き払う。

 だったら、一瞬だけだ。

 一瞬で消えてしまう《闇火》を生み出して、ゆっくりと広げる。それだけでいい。


「全滅……!? だがっ!」


 もちろん知っている。

 こいつに操られている《ヴィラン》を始末したところで、そいつらの命そのものである魔力そのものがすぐに消えるわけではない。クルが操作すれば、その魔力ですぐに復活する。


 けど。


 その間、クルは無防備だ。

 俺は無造作に地面を蹴って距離を詰める。素早くクルが反応し、剣技を披露してくるが――遅い。俺は即座に地面を殴って爆風を生んで、クルのバランスを崩す。

 そこへアッパーカットを放ち、その風圧でクルを打ち上げる。

 今度こそっ!


「ぶっ飛べっ!」


 腰だめから突き出した拳から《闇火》を放ち、再度クルを飲み込む!


「っがあああああああっ!?」


 あがる悲鳴。


「あ、ああ、あああっ! 気持ちい、い! 気持ちイイな! 死ぬってサイコーだ!」

「最初から最後まで意見があわねぇな、お前とは」

「あぁ!?」

「死ぬために戦うな、生きるために戦え。それが俺のモットーなんだよ」

「かっはは……クソくらえだな……」


 焔に包まれ、クルは光の粒子になりながら消え去る。同時に解放された《ヴィラン》たちも次々と消えていく。

 


「さて……あっちはどうかな?」


 俺はちらりと見る。ナポレオンとスルの戦いを。



 ◇ ◇ ◇



 息を吸う。息を吐く。

 その一回で、私は落ち着く。

 目の前には強敵。本来、一対一で挑むべき相手じゃない。けど、今はそんなこと言ってられない。町の早期解放は重要任務だと私も思うからだ。

 それに、連中の仲間である《ヴィラン》はほとんどシンさんが引き受けてくれている。相手は今、ほとんど一人みたいなものだ。条件は五分と五分。


「けっけっけ……女とバトるのはいつぶりくらいかなぁ?」


 ずるりとピアスだらけの舌を出しながら、クルは嬉しそうに笑う。

 どうやらもう勝ったつもりでいるらしい。

 落ち目になった《ヒーロー》に負けるはずがないって感じなのかな? 笑えない。


「いつぶりかは知らないけど……今日ここで、あなたは終わるわ」

「いやー強い言葉だな、ナポレオン。お前のことは知ってるぞ?」


 銃を抜きながら、スルは距離を少しだけ詰めてくる。

 どうやら相手も射撃タイプらしい。間合いが似ている。


「新進気鋭、新世代の《ヒーロー》でAランク。優秀な指揮能力でもって、落ち目でしかない《ヒーロー》を常に前線で率いるリーダーの一人。だろう? お前に痛い目を見せられた《ヴィラン》を俺は何人も知っているよ」


 魔力が集まっていく。応じて、私も高める。

 油断するな。シンさんがいつも言っていた。敵は目の前にいるやつだけとは限らない。

 事実、物陰に隠れている《ヴィラン》の気配が幾つか。微かだけど感じる。

 集中していれば分かるけど、激しい戦闘になったら意識を向け続けるのは難しそうだ。だったら、先に叩くか?


「お前がいるせいで、こっちの侵攻作戦は遅れを取っていたし、苛立ったから、とうとうオーリーオーン様自ら行動を起こすことになった。今頃、本土まで焼かれてるんじゃないのか? お前がいない《ヒーロー》なんて有象無象だろう」

「そうやって私の動揺を誘っているのか?」

「事実を言っているだけだ。まぁ、いくらお前でも、オーリーオーン様と戦えば消炭になるしかないだろうけどな。いくらAランクっていっても、お前は所詮指揮官タイプ。直接の戦闘能力はそこまで高くあるまいっ!」


 射撃。

 魔力の弾丸が吐き出され、私は素早く射線から逃れる。わずかな物音と共に、数人の鱗肌の《ヴィラン》が飛び出してきた。

 やはり、同時に攻撃を仕掛けてくるか。


 この、私に。


 スルのいうことは、事実でもある。

 確かに私は、指揮官タイプだ。仲間が必要だ。そして今、その仲間は少ない。けれど。

 だからって一人で戦い抜けない程、甘い修行をしてきたわけじゃない。


 私は、ノブさん――いや、シンさんの一番弟子だ。


 誰よりも高潔で、誰よりも強い志を持っていて、誰よりもお人よしで、そして《ヒーロー》な、あのシンさんの。

 そのシンさんに、今、私は任されている。

 これ以上奮い立たない理由なんてあるだろうか。あるはずがない。


「だったら、試してみなさい」


 私はマントを翻し、背中に忍ばせていた六丁の折り畳み式マスケット銃を展開する。

 空中に浮遊したそれらは、それぞれ独立機動を描いて《ヴィラン》たちの頭部を撃ち抜く。これが専用武器、《六つの銃口》だ。

 私の魔力が続く限り、私の周囲に常時展開し、弾丸を放つ。連射能力は高くないが、射程、威力ともに高い。


「さすが砲撃の名手だなっ! いい武器にいい狙いだ。だが、その程度だ」

「強制再生……」


 魂そのものを魔力に変換させているのか。

 完全に傀儡化させているからこその芸当ね。正直、最悪としか思えないスキルだけど。

 けど、そのスキルだけに溺れてるコイツらに負けるつもりはないっ!


 私は知っている。次に奴がどんな手を打ってくるか。


 再生した《ヴィラン》が、自らを肥大させながら突撃してくる。

 自爆攻撃。

 即座に見抜いた私は、間合いを詰められるより早く銃に命令を下す。

 三つずつ三角形に固まった銃をそれぞれ回転させ、高速で弾丸を吐き出させる。簡易式ガトリングだ。


「――ほうっ!」


 強威力の弾幕に《ヴィラン》が蜂の巣になっていく。

 その間に、私はハンドガンを抜いた。応じるように、スルも両手のハンドガンを構えて撃ってくる。いい狙い!


 私は左へ回避運動しながら、スルを狙い撃ちする。


 射撃の腕そのものは、互角。

 けど、弾幕ならこっちの方が上。一気に押し切る。相手もそう読んでくるだろう。だから、私は違う作戦を取る。私は指揮官だ。直接戦うより、作戦で敵をねじ伏せる!

 敵に気づかれないよう、ほんの僅かだけ私は射撃の手を緩める。


「撃ち合いをするか!? 互いのプライドをかけて!」

「あら。《ヴィラン》にもそんな高尚なプライドあったんだ? 人殺ししか能がないクセに」

「安い挑発だっ!」


 射線が交差し、互いに回転しながら撃ち合う。その間に《ヴィラン》が再生してまた私を狙ってくるが、すぐに六つの銃口が許さずに撃ち抜く。

 拮抗しているようで、終わりはすぐにやってきた。

 鋭い射線が、私のハンドガンを撃ち抜いて弾いた。


「取った!」


 スルが笑う。

 刹那。

 予測していた私はその弾け飛んだハンドガンをスルに向けて蹴飛ばす!


「――は?」


 迫るハンドガン。私は指を鳴らす。


上級魔術炎帝爆雷


 ――豪。

 ハンドガンを種火に、容赦の無い焔の獅子がスルを飲み込む!

 一瞬で火だるまになったスルは、自ら地面を転がり、さらに魔力を迸らせて炎を散らせた。だが、それは致命的な隙だ。

 素早く私は残ったハンドガンでスルの手足を撃ち抜きつつ、接近する。


「ぐあぁっ!」


 苦痛の悲鳴。

 分かっているように、数人の《ヴィラン》たちが盾のように立ち塞がってくる。

 すかさずガトリングで排除しつつも、私は隠し札を切る。懐に忍ばせておいたのは、鞭蛇腹剣だ。抜き放ちながら、蛇のようにうねりながら剣は《ヴィラン》をすり抜け、スルの心臓を突き刺す。


「ぐっ……!?」


 ばたばたと糸が切れた人形のように《ヴィラン》が崩れ落ちる。


「私はナポレオン。誰よりも、あの人の意思を強く宿すもの」


 マントをまた翻す。呼応して、《六つの銃口》が互いに銃口を向けながら咲く花のように展開し、回転する。

 勝負は、この一瞬でいい。


「最後のはなむけよ。受けなさい。《破城砲》」


 銃口から閃光が迸り、互いに衝突。膨大なエネルギーは稲妻のように焔を帯び、大砲と化してスルを飲み込んだ。

 轟音。

 落雷にも似た音のそれは、あっさりとスルを消炭にさせた。


「新世代の《ヒーロー》を、舐めないで頂戴」



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