第11話 ナポレオンとヒーロー

 ……え? 強くない? 超強くない? 何アレ。

 さすがAランクの《ヒーロー》である。しかもそれに慢心しないで実戦経験を豊富に積んできてるから、自分の得意を押し付けるのが非常に上手い。しかも相手の呼吸まで乱す術を持ってるから、攻撃させたら手がつけられないな。


 ううむ。立派に育ったなぁ。


 っと、感心してる場合じゃないな。

 俺は周囲を探って、他に《ヴィラン》がいないか確かめる。

 大丈夫、そうだな。


「シンさん」


 ナポレオンが駆け寄ってくる。ちょっともじもじしながら。

 ああ、これ、あれだ。

 褒めて欲しい時だ。訓練生時代からずっとこうなんだよな。本当に分かりやすい。もう訓練生じゃないんだから、とは思うが、ナポレオンはずっとリーダーとして《ヒーロー》を牽引してきたんだ。ちょっとくらい褒められることがあっても良いかもな。


 まったく。仕方のない子だ。


 俺は苦笑しながら鼻で息を吐いて、ちょっと俯いたナポレオンの頭を撫でてやった。


「よくやった。素晴らしい戦いだった」

「……っ! ありがとうございますっ!」


 分かりやすすぎる笑顔だ。

 まぁとびっきりに喜んじゃって。


「とりあえず、周囲に敵はいなさそうだな」

「はい。町の気配も変わったので、おそらく解放されたのだと思います」


 確かに、どことなくどよんとした空気だったのが軽くなってるな。心なしか動きやすい。


「そうか、それならよかった。人質は鼠小僧がなんとかしてくれてるだろうしな」


 たぶんだけど、少年も親に会えていることだろう。

 もう少ししたら後方支援の援軍もやってくるし、直に市民も善性に大きく偏っていくだろう。町の復興も始まるはずだ。

 これで、侵攻される前に、勢力図だけは戻した。

 後は防衛ラインの構築だが、これは俺が頑張ればいいだろう。外から攻めてくる分には、俺も大技が使えるしな。


「すごいですね、本当にこの短時間で町を取り戻すなんて……」

「けど、ここまでだな」


 相手の意表をつく電撃的な強襲。

 この大きなアドバンテージで町を取り戻せたが、いい加減情報は伝わるだろう。そうなれば、相手も警戒してくるし、俺たちとしてもこれ以上相手側へ攻め入るのは危険だ。

 そもそも、相手に攻め入るだけの戦力がないしな……。


「充分だと思います。ほら、町のあちこちで喝采が」


 穏やかなナポレオンの表情に任せて耳をすませると、確かにあちこちで喜びの声があがっていた。ふう、と、俺も緊張の糸がほぐれる。

 ぺたん、とその場に座り込んだ。ああ、疲れた。

 するとナポレオンが懐からドリンクを取り出して差し出してきてくれる。


「お疲れ様でした。ほとんど休みなしで動いてましたからね」

「すまん」


 素直に受け取って、俺はドリンクのキャップを外して一口。美味い。


「これからのこともありますけど、とりあえず、町を取り戻せたことを喜びましょう」

「ああ、そうだな。今は、少しだけゆっくりしようか」


 とはいえ、次からどうするか、はどうしても頭をよぎる。

 しばらくは防衛戦にかかりきるだろうが、直にそうも言えなくなる。《ヴィラン》連中が本気を出して攻めてきた場合、どこまで対処できるかが分からない。


 そもそも、なんで連中が俺たちを本気で攻めてこなかったのか。


 それも、何年、何十年にも渡って。

 もちろんこっちの戦力をひた隠しにしていた上にガチガチに防衛を固めていたせいもあるから、警戒していたのだろうが、それだけではなさそうだ。

 この辺りも探りを入れるべきだろうか。


「シンさん?」

「おう?」

「たった今、ゆっくりしようって言ったばかりですよね? なーんで思いつめてるんですか?」


 ちょっとナポレオンさん? 笑顔が怖いよ?


「あは、ははは、あは……」

「ヒーローさぁああああああああんっ!」


 ごまかし笑いを受けべていると、耳にしたことのある声がした。

 振り返ると、あの泣きじゃくっていた少年だった。

 すごい笑顔で飛んでくるように走ってくる。っていうかこのままだとぶつからないか!?


「おわっと!」


 っていうかダイブしてきたし!

 思わずキャッチすると、少年は俺にしがみついてきた。


「ありがとう! 本当にありがとう! ママもパパもかえってきたよ!」

「おー、そっかそっか、それは良かったな」


 信頼してたけど、ちゃんとやってくれたんだな、鼠小僧。

 安堵しながら、俺は少年の背中をあやすようにぽんぽんと叩く。合図が分かってくれたのか、少年はいったん離れてくれた。


「それでね、それでね! よかったらウチにこない!? ママがおもてなししたい、って!」

「おもてなし?」

「大したものは作れないけど、せめてこころばかりのご飯を、だって!」


 俺は思わずナポレオンを見た。こういう場面には遭遇したことがないんだよ。どう対処するのがベターなのか判断がつかない。

 心得た様子のナポレオンは、くすっと微笑んでから頷いた。


「そうですね。お断りするのもなんですから、ご相伴に預かりましょう。お邪魔しても構わないかな?」

「もちろんだよーっ! やったー! こっちこっち!」


 少年は弾け飛ぶようにしてからまた俺に飛び付いてきた。

 元気があるのは大変よろしい。



 ◇ ◇ ◇



「──……ふーん」


 俺様は遠巻きに朱い奴を観察しつつ、ピザにかぶりつく。あ、このシーフード美味いな。チーズの配合が良い。魚介の風味を引き立ててやがる。リピ確定だな。

 よく伸びるチーズを噛みきって、思いっきり咀嚼してから飲み込む。口の中がチーズの脂で満たされると、ぐいっとメロンソーダで洗い流す。

 原始的で痛烈な甘さと炭酸がたまらん。


「ぷはぁっ……げぇっぷ」

「相変わらず下品ですね」


 気配はすぐ隣。ちらりと見ると、もう鼠小僧は隣に立っていた。俺様並みに神出鬼没な奴だ。

 ぎろりと睨んでやるが、布マスクで隠れた顔はおどけているようにしか見えない。


「なんの用事だ? 俺様は男と付き合うシュミはねぇぞ。ん? いやあるか。お前が望むならやぶさかじゃねぇな。ケツ出してみるか?」

「お断りします」

「ノリが悪ぃなぁ。面白くない。ほんっと面白くない。つかユーモアがない。お前の世界は何色だ? 鼠色か? だからこそこそ走り回ってんのか?」

「世界がネオン色にしか見えない貴方に言われてもねぇ……」

「皮肉返しだけは上手いな。お前、ネチネチタイプだろ。中年のオッサンみたいだ。あーなんかベタベタする」

「それはピザのチーズの脂ですね。手をぷらぷらさせないでください。汚い」

「はっ。人間なんて薄皮一枚剥いだら細菌だらけだろうが。キレイぶってんじゃねぇよ。あーでもそういうトコ好き。愛してる。ちょっと愛を語らない?」

「軽薄な愛に用はありませんし、そういうことではありません。それよりも、です」


 鼠小僧は鋭い眼光を見せた。

 はーん。俺様の話には付き合うつもりはないってか。まったく。何を生き急いでんだか。


「どうですか? 彼は」

「あーん?」


 改めて問われて、俺様はもう一度シンを見る。


「まぁ、そこそこイケメンだな? 一晩中抱いてやってもいい」

「本人が聞いたら泣いて逃げ出しそうですね」

「むしろ殺しにかかってくるんじゃねぇの? 俺様そういうのとっても大好き」

「殺し合いが、ですか?」

「分かりやすい愛のカタチだろ?」


 狂ってる。そんな目線がやってきて、俺はゾクゾクした。

 鼠小僧でも、結構イイ感じにできそうとは思ってるけど、誘っても乗らないだろうな、コイツは。身持ちが固すぎる。

 俺様は飽きた。

 イジっても反応が薄いヤツとはあまり話す必要はない。


「あーあー。分かったよ。本題に入ってやるよ。確かに? クソ強ぇのは認める」


 遠くから観察しても分かる強さだ。ガチでデタラメに強い。技術が稚拙にも関わらず、シンプルな強さでクルを圧倒しやがった。

 数十人もの部下を率いた状態のアイツは、かなり厄介だってぇのに。


「けど、チグハグだな」

「さすが見抜きますか」

「どういう経緯で力を手にしたが知らねぇけど、まだ間もないだろう。バカみたいなパワーについていけてねぇ。そのくせ、戦略そのものは練達されたジジィそのものだ」


 一〇〇点満点だったらしい。鼠小僧は小さく拍手してきた。


「ですが、彼ならば計画を遂行できると思いませんか」

「どうだかな」


 これは正直な感想だ。

 技術があのバカみたいなパワーについてきて、かつ、あの織田家特有の能力も自在に操れるようになれば、あるいは、といった程度の可能性だ。

 何せ、相手が相手だからな。


「はじめての好感触な感想ですね」

「あぁ? あー、まぁそうかもな。けど、条件がありまくるぞ」

「ちゃんと覚醒していただきます。それと、仲間集めもね」

「俺様は仲良しごっこは嫌いなんだがな?」

「しかし、今は手を組まなければ勝ち目はないですよ?」


 正論を突かれた。気に食わない。

 舌打ちをすると、失笑された。くそ。


「お前、本当にネチっこいな」

「それじゃあご了解を得たということで。そちらもそちらで仲間を集めてらっしゃるのでしょう? ちゃんと戦力になるよう育ててくださいね」


 そこもお見通しかよ。

 本当にこいつの情報網どうなってんだ? 何? 俺様専用のストーカーでもつけてんの? ちょっと合わせて欲しいんだけど。いい夢見させてやりたいな?


「あーあー、分かった分かった。今だけだぞチクショウが」

「ご協力感謝します」

「けど! これだけは言っておく。俺様は俺様のやり方を貫くし、俺様はどっちにもつかないからな。今回はあくまでも目的が一緒だから行動を共にするってだけだ。勘違いするなよ」

「ツンデレですね」

「あのさぁ、男のツンデレほど見たくないものってある?」

「その意見には賛同ですね。それでは、また」

「ねぇ、デレる前にどっかいくってどうなの? それってどうなの? 確かに俺様も言っちゃったけどさぁ? そういうことじゃないじゃん?」


 しかし、俺様の抗議は誰の耳にも届かない。うん、悲しい。

 盛大にため息をついてピザを一口。冷めてるし。いや、まぁこれはこれで美味いんだけど。


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