第8話 町を解放せよ! 3

 初めての《ヒーロー》気分に浸っていると、輪っかになり始めていた民衆の中から、誰かが飛び出してきた。


「あの、お願いがあります。このまま町を一気に解放してください!」


 そう懇願してきたのは、ボロボロの格好をした少年だった。その表情は暗い。

 観察すると、周囲の市民が大きく善性に傾いているのに、少年にその様子はない。


「どういうことだ?」


 膝を折って少年の視線に合わせつつ訊くと、少年はぼろぼろ泣き始めた。

 思わずたぐりよせて抱きしめてやると、少年は声をあげた。


「このままじゃ、この。まま、じゃあっ、パパと、ママがっ……!」

「話を聞かせてくれるかな?」


 ナポレオンが優しい表情で頭を撫でながら訊く。

 だが、泣いたせいで声がつっかえてて、上手く聞き取れない。


「あの、たぶんこの子、別の地区の子だと思います」


 助け舟は市民からやってきた。

 顔をあげて、視線だけで続きを促す。


「この町は今、三つの区画に分けられて支配されています。このあたりは先ほど倒してもらったスカルをリーダーとした《ヴィラン》ギャングが支配してます。あとはクルとスルの双子がリーダーの《ヴィラン》マフィアが支配してます。それぞれクルとスルが支配者です」


 なるほど、そういうことか。

 いかに影響力の強い《ヴィラン》といえど、範囲にも限界がある。それを補うため、担当区画を分けて配置したのだろう。しかも《ヴィラン》をチームにすることで、更に影響力の強化まで施してるのか。さらに言えば、そのチーム同士が相乗効果をもたらすようにもしていたんだな。

 よく考えてあるわい。

 薄々感じているが、相手にはかなりの策士がいるようだ。……いや? ん?


「ここの区画はスカルが倒されたことで解放されたんだよな? でも、同じ《ヴィラン》のギャングがいたはずだろう? そいつらはどうした?」


 いくら親玉が倒されたといっても、いきなり区画が解放されるわけではない。支配者がギャングであれば、ギャング全員を倒さなければいけない。

 事実として、俺はスカルしか倒していないし、ナポレオンが捕まえた強盗犯は悪性に偏った一般市民だった。


「あ、はい。あの、天才的に強い、白い人がやっつけました」

「……白い人?」

「ええ。こう、笑うようなマスクを被った……。たった一時間で、スカル以外のギャングを全滅させました。ギャングは数十人もいたんですけど、こう、弄ぶように。それだけでなく、スカルさえ、後一歩のところまで追い詰めたんですが、飽きたっていって……」


 俺は思わずナポレオンを見た。

 教官からも引退してからは五年。その間の新しいヒーローは、俺もすべてを知るわけではない。だが、現役のナポレオンなら把握はしているはずだ。

 ナポレオンも承知しているようで、しばらく悩む様子を見せたが、被りを振った。


「いえ……心当たりはありません。スカルは少なくともAランクの《ヴィラン》でした。たった一時間で数十人もの《ヴィラン》を倒した上で、追い詰めるなんて強さのもった《ヒーロー》で、そんな特徴の人は……」

「いない、か」

「はい。少なくとも記憶には……そもそもAランクの《ヴィラン》に対抗できる《ヒーロー》はそう多くありません」


 それもそうだったな。


「他に特徴は?」

「とりあえずピザが大好きな感じです。後は、男は黙ってメロンソーダだ、って」

「メロンソーダは気が合いそうだな」


 反射的にいうと、ナポレオンから咎めの視線がやってきた。うん、そうだったな。


「とりあえず詮索は後にするか。今は別の地区の解放が優先だ」

「ええ、そうですね」

「クルとスルは、ひどいんだ。ママを人質にして、パパに悪いことを……!」


 泣きながら、少年がようやく訴えてくる。

 なるほど。妻を人質に、悪事を夫に働かせる。そうやって、子には精神的圧迫をかけるし、状況に応じて子にまで悪事を行わせる。《ヴィラン》がよくやる手段だ。手軽に全員を絶望に叩き落し、精神的に疲弊させ、悪性に偏らせることが可能だからだ。


 卑劣だな。


 もちろん見逃すはずはない。

 俺はすぐに少年から居場所を聞き出し、駆けつけることにした。


 場所は町でも北の方――倉庫街だ。


 ここは運河にそって出来た街並みで、大きくて余裕のある建物が続く。それだけでなく、広い資材置き場もある。死角も物も多ければ、当然隠れ家にもなりやすい。

 しかも物流が鈍くなっているだろう現状、人気までないはずだ。

 まさに格好。

 とはいえ、それはこちらも同じ。忍び込むのは簡単だ。警戒はしているだろうが、町を熟知しているのはこっちだ。俺は移動しながら自分に備わったスキルを整理していく。


 数が膨大だから、時間がどうしてもかかる。


 今回やったのは行動系の一部。特に隠蔽系。

 さすがに一〇〇人以上もいると、いくらCランクとはいえ、それなりに揃うからなぁ。重複したスキルは重ねることで上位スキルに進化するし。

 ということで、俺は隠蔽系のスキルを一通り覚えなおした。

 つか、もはや《気配遮断》とか《足音消失》とか、完全に忍者的な何かになってるな。


「さて、と。連中はこの建物の向こう側、だな?」

「はい」


 無声音でやり取りして、俺は壁にはりつく。レンガ作りだからよじ登れそうだな。


「鼠小僧もびっくりな壁よじ登りですね……」

「いやいや、まだまだですよ?」

「!?」


 びっくりして隣を見ると、逆さまのまま壁に貼り付く鼠小僧がいた。

 顔を覆っているから表情は見えないけど、ちょっと嬉しそうだ。


「お、おまっ!?」

「しーっ。声を出さないようにしてくださいね。見つかりますよ?」


 人差し指を立てながら、鼠小僧は言う。


「……一応、俺は《気配探知》も持ってるんだけどな?」

「それを誤魔化す《スキル》もありますよってことです。あ、手配もちゃんと終わってますよ。だからここにいるので。それより、クルとスルと戦うんですよね? ちょっと厄介な感じですよ?」

「お前はまた……どこでそんな情報を手にしたんだ?」

「秘密ってことで。いいですか? あの二人は今、ここに集まっています」


 くいっと指で建物の向こう側を差しつつ、鼠小僧は逆さまから戻る。


「クルとスルは単体ではBランク級の《ヴィラン》です。影響力だけでいえばS級のそれがありますが、直接的な戦闘能力評価はBランクです。しかし、一定数以上の部下がいて、かつ、双子である二人が揃っていると、とたんにAランクになります」

「環境限定強化型、ですか? 指揮官タイプの?」

「近いですね。性格もスタイルも狡猾、ですから」


 ナポレオンの表情が一瞬だけ負けず嫌いのそれに変わる。

 分かる。

 彼女も同じタイプだからだ。仲間がいればいるだけ仲間を強くするし、自分の戦闘能力も上昇する。そりゃあ対抗もしたくなる、か。


「とはいえ、ナポレオンさんとは真逆のタイプ。相手は部下を強くするのではなく、部下から力を奪って自ら強くするタイプな上、部下を操り人形のようにして死ぬまでコキ扱いますからね」

「虫酸が走りますね」

「だからこそ、注意が必要です。一人で先陣切ったら痛い目に遭うかもしれませんよ?」

「……けどよ」


 俺は壁をよじ登りきる。屋上から、そっと覗きこんだ。

 やや広い木材置き場。切られた木々が束になってそこらに置かれてたり、木のコンテナ箱がいくつも積み重なってて、ちょっとした迷路だ。

 見張りが配置されているが、その中心の広場みたいな空間に、一際強い気配を持つ二人を確認した。傍には、人質。

 間違いないな。あの顔面ピアスまみれの銀髪と金髪、そいつらがクルとスルだろう。


 俺は目を凝らす。


 なるほど。確かに、何か視える。

 糸? 魔力の糸のようだな。俺の《感知能力》とその他を全部駆使してやっと見えるくらいだから、フツーのもんじゃねぇな。

 たぶん、あれこそがあの二人の特殊能力なんだろう。


「けど、なんですか?」


 俺の隣に忍び寄りつつ、鼠小僧は訊いてくる。


「……けど、人命最優先。それが《ヒーロー》だろ?」

「昔気質ですね?」

「まぁ、確かに俺は老人だからな? 考えが古いってのは認めるとも。けど、本物の《ヒーロー》ってのは、今も昔もそういうもんだろ? 誰かのために、助けを求める人のために、身体が勝手に動いちまう」

「お人よしですね。否定しませんけれど、なんの策もなしに挑むのは……単なる蛮勇でしかありませんよ?」


 鋭い視線が俺を真っすぐに捉えてくる。

 警告の意味は分かる。

 俺の取ろうとしている行動は一見個人主義に近い。その昔、《ヒーロー》が壊滅状態に陥った状態の気質のようなものだ。新世代である八代目鼠小僧からすれば、忌むべきものなのかもしれない。


 それこそ、余計なおせっかいってもんだ。


 個人主義に陥った結果、どれだけ辛酸をなめたか。俺はその世代そのものだ。

 そんな俺が、アホみたいな個人主義オンリーに走るワケねぇだろ。


「分かってるよ。老獪な戦術ってのを見せてやろう」

「老獪な戦術?」

「俺たちにとって最も重要なのは、さっきもいったが人命最優先だ。イヤな言い方をすれば、そこが一番の足枷になるし、《ヴィラン》からすれば最大の有利要素だ」


 人質の命を盾にされたら、俺たちの自由は一番制限されるからな。


「だから、まずは人質を救助する。この中で一番特攻力があるのは俺だからな。突っ込んで隙を作って人質を奪う。鼠小僧。一番機動力のあるお前が助け出して戦場から離脱しろ」

「戦闘には参加しなくても良いので? 結構厄介な人員ですよ?」

「分かってるよ。《ヴィラン》の中に、一般市民も混じってる。下手に暴れれば、その市民を殺める可能性がある、だろう?」


 鼠小僧は満足そうに頷いている。

 搦め手であり、ある意味奴らも人質だ。本当、イヤミな配置だ。


「シンさんは感知しているようですが、目まぐるしく動けばそれも乱れる。いちいち感知してから動いては、ご自慢の機動力が鈍ります。数では圧倒的に不利ですよ? 囲まれたら攻撃が刺さるかもしれません」

「いくら高い防御力があったとしても、防御力貫通スキルを持ってたら意味ないですしね」


 ようやく追いついてきたナポレオンが、一息つきつつ口を入れてくる。


「分かってるよ。だからナポレオンが来るのを待ってたんだろ」


 俺はにやっとしながらナポレオンの頭をくしゃっと撫でてから耳打ちした。

 さぁ、始めようか。

 俺は膝を立てて、二人に頷きかけてから地面を蹴る。


 瞬間の、移動。


 刹那で敵陣真っただ中に着地する。

 ゼロコンマの沈黙。

 視線がいくつも交差した瞬間、クルとスルが同時に動いた。


「――敵だ、全員で殺れっ!」


 俺は舌をぺろりと出しながら、自分の時間感覚が研ぎ澄まされるのを自覚した。

 攻撃は、全方位、主に銃撃!

 ぎゅるん、とステップを刻みながら身を捻り、迫りくる銃弾の雨を全部躱す。さらに助走を整え、加速。

 銃弾どもが地面に突き刺さる頃にはもう、人質の一人に銃を向けていた《ヴィラン》の手首を掴んでいた。


「悪いな、お仕置きの時間だ」





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