第7話 町を解放せよ! 2

「おい、何か言ったらどうなんだこの赤野郎がぁああああっ!」

「赤じゃねぇ、朱色だアホウ」

「一緒じゃぼけぇええええええっ!」


 吠えながら、スカルフェイスのフードジャケット男が突っ込んでくる。ベルトだらけのシルバーって、いかにもパンク系の《ヴィラン》だな。

 見た目の威圧感は十分だが、どう戦ってくるか。

 目に見える獲物はハンドガン。

 だが、思いっきり接近してくるってことは、インファイターか?


 分析しながらも、俺も迎撃態勢を整える。


 相手が《ヴィラン》なら遠慮はいらない。

 俺は剣を構えた。

 直後。

 ほとんど無造作に《ヴィラン》は俺に銃口を向けると、間髪おかずに撃ってくる。それも一発じゃない。二発、三発! はっ、容赦ないねぇっ!


 意識が加速する。


 周囲が遅くなった感覚の中、弾丸がハッキリ見えた。

 これが《武士の直感もののふセンス》の真骨頂だ。攻撃を感知すると、世界がスローモーションに感じるくらい、知覚が鋭くなる。呼応するように、身体能力も引き上げられる。俺は即座に反撃に出た。

 ぐっと腰を落とし、低い姿勢で加速しつつ弾丸をかいくぐりながら、正面から突撃。

 一気に間合いを詰める!


「この俺様相手に突っ込んでくるとは、バカかぁ!?」


 嘲るように男は、腕を肥大化させた。

 なるほど、そういうことか。肉体強化系か!

 スタンプのように振り落してくる腕を、俺は左へ回避する。カウンターでガラ空きの脇腹にミドルキックを叩き込む。だが。


 手応えが、ない?


 違和感。

 咄嗟に俺は後ろに飛びのく。直後、肥大化した腕が横薙ぎに払われた。空気を唸らせ、衝撃で屋根を壊していく。破壊力は抜群のようだ。

 飛び跳ねていく瓦礫を挟んで、俺と《ヴィラン》は睨み合う。


「――はっ。俺様に攻撃がきくと思ったか? あぁん?」


 余裕の表情の《ヴィラン》が銃でまた狙ってくる。

 俺は即座に剣で銃弾を弾きながら、また懐へ飛び込んでいく。

 一瞬で間合いが詰まり、今度は剣を横薙ぎに。同時に三つの斬撃が解放されるが、その全ての手応えが、甘かった。

 なるほど、そういうことか。


「甘ぇっ!」


 衝撃が吸収されたところを、カウンターで蹴りが俺の顔面に入る。

 ダメージはない。どころか、微動だにもしない。

 武道的な蹴りならいざ知らず、こんな素人が力任せに放った蹴りなんて、今の俺に通用するはずがない。


「何……!? 俺の《フールファットマン》で強化した蹴りを……?」

「あのな、二流の《ヴィラン》さんよ」


 俺は足を払いのけ、さらにハンドガンを掴んで握り潰す。


「そんな簡単に自分の能力をバラすもんじゃねぇぜ。お前の能力は脂肪を自在に操る能力だろ? 筋肉に変換したり、逆に脂肪を集めて、攻撃を吸収したり。まさか斬撃まで防ぐとは思わなかったけど、まぁ、なんだ」


 バラバラとゴミクズになったハンドガンの破片を捨てながら、俺は前蹴りを《ヴィラン》に食らわせる。

 本能的にだろう、身体を肥大化させて《ヴィラン》は衝撃を殺すが、俺の狙いはそこだ。

 ぶよん、と食い込んだ足を始点にして飛びあがり、膝を《ヴィラン》の顔面に叩き込む!


「がぁっ!」


 更に後ろに下がりがてら、サマーソルトキックを見舞って顎を跳ね上げた。

 身体が浮いた。今が好機。

 俺は着地と同時に飛び込み、剣を振るう!

 三つの斬撃が同時に解放され、《ヴィラン》を高く打ち上げた。そこへ、俺は銃を構える。同時に魔力を集中させ、炎を宿した。


「市街地じゃあ、巻き込んじまうからな」


 俺の必殺技は市街地じゃあ使えない。まとめてぶっ飛ばしてしまう。

 だから、空に向かって撃つ。

 っていっても、【緋咎闇滅火焔砲ブラッディ・フレア】は使わないけど。あれ、消費も結構激しいんだ。だから、別の技を使う。


「《闇火砲》」


 豪。

 銃口から黒い稲妻が迸り、紫の焔が渦を巻いて放たれる!

 それは瞬時にして《ヴィラン》を呑み込み、空へ突きあがっていく。


「っがああああああああああああっ!?」


 全身を焔に焼かれながら、《ヴィラン》が堕ちてくる。

 手加減しすぎたらしい。

 この《闇火》の力加減はかなり難しいな。練習しておかないと。


 通りに落下した《ヴィラン》を見て、みんなが慌てて逃げだしていく。みんな、くちぐちに「うわあああ、スカルだ!」「逃げろ! 殺される!」「ひいいいっ!」と怯えまくっている。

 なるほど、この短期間でかなりの恐怖を振りまいているらしいな。

 ってことは、あいつはこの辺り一帯に悪影響を与えている《ヴィラン》で間違いないだろう。とっとと倒して市民を解放しなければ。


「ぐはっ……! て、てめぇっ……!」


 地面を転がりまくっても火は消えない。仕方なくか、《ヴィラン》は起き上がった。

 足取りが鈍い。もう少しか?

 俺も屋上から通りへ着地して対峙する。


「腐れヒーローの、分際、でぇ……っ!」

「ああ、確かに腐りかけっちゃあ腐りかけだな。認めてやるよ。けどな、それだけに経験は豊富だぜ。老練ってやつだな」

「ざけんなぁあああっ! 《氷凍舞》っ!」


 吠えながら、《ヴィラン》は頭上に氷点下の液体を出現させ、自ら浴びる。威力が弱かったのもあるだろうが、さすがに火も消えてしまう。

 とはいえ、代償に氷漬けになったけど……。あ、やっぱり。

 予想通り、《ヴィラン》は自分の筋肉を肥大化させ、強引にその凍結を破壊する。凍傷になっていそうな部分がある。痛そうだ。だが、怒りで忘れてるな、これは。

 白煙をあげながら、顎にだらだら垂れた血をぬぐい、《ヴィラン》は迫ってくる。


「あーあー、アツいことだな。悪いことじゃあないが、それで周りが見えなくなるというのなら、お粗末なことだぞ?」

「ごちゃごちゃうるっせぇんだよっ!」

「反抗期まっしぐらだな。その有り余った力、もうちょっと別の方向に使えばいいのに」

「うぜぇっ!」


 吠えながら、《ヴィラン》は氷の液体を飛ばしてくる。

 すかさず俺は焔を展開して氷の液体を拒否。赤と水が衝突し、爆音を撒き散らしながら霧を周囲に撒いた。間髪おかず、銃撃。

 予備を持っていたか。


 ――やるな。


 霧を引き裂く弾丸の軌道を見抜き、俺は左右にステップを刻んで躱す。そんな俺の右から、巨大化した《ヴィラン》が殴りかかってきた。


「終わりにしてやんよぉおおおおっ!」

「断る」


 相手の動きがスローモーションになる。

 さて。

 相手は強固な肉体だ。斬撃でさえ防ぐ。顔面や関節を狙えばダメージは期待できるが、相手も警戒しているな。叩き込んでも、決定打にはなりにくい。

 ならば。


 俺は素早く利き足をスイッチして横に構え、掌に力を宿す。


 大振りに殴りかかってくる一撃にあわせて飛び込み、鳩尾に掌底を捻りを入れながら叩き込んだ。

 同時に、その掌で焔を炸裂させ、衝撃波を放つ。

 二重の衝撃波は予想通り相手の筋肉を貫通し、内臓をシェイクする!


「うごぉええぇっ」


 吹き飛ばされながら、《ヴィラン》は身体をくの字に曲げて苦悶する。

 よし、効果あり!

 手応えを感じながら、俺は追撃に出る。今の一撃でコツは掴んだ。両手両足に魔力を収束させ、《闇火》を纏う。そこをさらに意識を集中させ、ガントレットのように変化させた。


 できた。市街戦用、格闘装甲!


 俺は今まで低いステータスの関係で接近戦は拒んできた。なるべく銃撃戦を挑み、どうしても接近戦になるなら剣で牽制する。もちろん必要に応じて格闘も覚えてはいたが……ここまで激しく動ける今なら、いける。

 ぶっちゃけ、全盛期よりも遥かに動けるからな!

 俺は地面を蹴って相手に追いつく。

 きゅっ、と腰を落とし、身体をくの字に曲げたことでいい位置にあるこめかみに左フックをいれ、さらに右斜め下からの変則アッパーカットで顔面を叩き上げる。


 弾かれたように跳ね上がる顔面。


 つられるように上半身も伸びる。チャンス!

 俺はそのまま一歩だけステップを刻み、相手に背中を向けながら軽く跳躍、空中で一回転させて勢いの全てを乗せた浴びせ蹴りではねあがった顔面を蹴り潰す!


「ぐびゃあっ!」


 景気のいい破砕音。

 直撃を喰らった《ヴィラン》は後頭部から地面に叩きつけられ、大きくバウンドする。

 普通なら昏倒してるところだが。

 ぴくり、と《ヴィラン》の指が動く。拳銃は、まだ離されていない!


「死ねえええええええええっ!」


 弾丸が放たれる。遅くさえ見える弾丸を見切り、俺は首を横に傾けて回避、距離をつめた。


「なっ……!?」

「この町を、返してもらうぞ《ヴィラン》っ!」


 俺は焔を宿らせた剣を振るい、三つの斬撃を使って《ヴィラン》を高く打ち上げる!


「《闇火砲》っ!」


 今度は力をこめて。

 放った黒焔は、あっさりと《ヴィラン》を呑み込み、跡形もなく消し去る。


 落ちたのは、沈黙。


 ふう、と息を吐いて銃を下ろすと、喝采が沸いた。


「うオオオオオオオっ! すげぇ、あのスカルをあっさり倒しちまった!」

「なにものだあの《ヒーロー》はっ!」

「かっけぇ! 超かっけぇ!」

「これで、この町は助かる!! うわああああっ!」


 俺は面食らってしまっていた。

 あちこちからの喝采、歓声。そんなのを浴びたのは初めてだからだ。あれ、これどうしたらいいんだ?


「手をふって声援に答えてあげればよろしいかと思いますよ、シンさん」

「ん? あ、ああ、そうか」


 逃がしてしまった強盗をしっかり捕まえていたナポレオンが、微笑みながら俺の隣に立って例を見せてくれる。さすがA級。実に慣れてる。

 俺もそれにならって、手を振った。

 わぁ、とさらに歓声が大きくなって、俺の胸にじんわりとしたものが浮き上がる。


 ああ、そうか、これだ。これが、《ヒーロー》だ。







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