第6話 町を解放せよ! 1
「顔半分隠しただけでも、案外分からなくなるものですね」
俺の顔をまじまじと見ていたナポレオンは、関心しながら言う。
当然だ。特にこのヘルメットは髪の毛も隠すし、ゴーグルが内臓されているタイプだから目も隠れるからな。俺の唇は特徴なんてないから、余計に分からなくなるのは当然だ。それにフェイスが密着型だから、うまくやれば頬のたるんだ肉を引っ張れるから、ちょっとは若く見えるし。
いや、こんなジジイになって何をいまさらとか言うなかれ。
自分の正体を隠すためである。……あくまでも。
「そんなもんだ。それに、コスチュームも一新されたしな」
俺は鼠小僧から支給された最新型のライダースーツを見る。
流線形のラインにそった装甲が各所に配置されているだけでなく、駆動補助までしてくれるようで、本当に動きやすい。
今の連中はみんなこういうの装備してんのか。くそ羨ましいなオイ。
ちなみに外套は似合わないのでどうしたものかと思ったら、サイズ変更できた。今は肩から背中にかけて密着されていて、もう外套の面影さえない。便利すぎる。
「だが、名前は言い間違えるなよ、ナポレオン。俺はノブじゃない、シンだ」
「肝に銘じます……」
「お前はうっかりがあるからな……本当に注意してくれよ」
釘を刺してから、俺とナポレオンは道を進んでいく。
人員の手配や采配を全て鼠小僧に任せたので、俺たちは先行している。駆けつけて来てくれるだろう応援はほとんど後方支援だ。だから、先に最前線となる俺が忍び込んで情報収集にあたって置く方がいい。
ナポレオンは一人にするのが心配だから、とついてきた。
とはいえ、ナポレオンくらいの実力があれば足手まといになることはない。拒否する理由はなかった。
「注意します。でも、嬉しいです。また師匠と共に戦えるなんて」
「ん? ああ、そっか。お前がまだ生徒だった頃、たまたま《ヴィラン》と遭遇戦になったんだっけか」
「はい。あの時の戦いは今でも鮮明に覚えています。私たち未熟な生徒を的確に導きながらも自ら戦線に立って、敵を見事に追い払いましたから。実に鮮やかな手前でした」
「ジジイの小賢しい悪知恵だよ、あんなもん」
「でも、何度も心が折れそうになった私たちを助けてくださいました。それに、一番危ない場面は全部引き受けてくださってたじゃないですか」
ナポレオンは嬉しそうに語る。
そんな昔話をされても、俺は困るだけなんだけどな。むず痒い。
「あの時、何度もおっしゃってくれてました。死ぬために戦うな、生きるために戦え。って。それだけじゃないです。他にも色々と」
「どっちにしろ、褒められた戦略じゃねぇよ」
あの時は俺も必死だったからな。焦った姿を見せるわけにはいかなかったから隠し通したが、俺も限界近かったし。
「まぁ、その時よりかはマシに立ち回れると思うけど……」
「これは、ちょっと予想外ですね」
俺とナポレオンはさっと姿を隠し、目的の町――フラーに辿り着いていた。
長年、《ヒーロー》と《ヴィラン》の抗争の場にあっただけあって、町を囲む壁は高く、幾重にもなっている。綻びたように崩れているのは、それだけ激しい戦いが繰り返されたことを物語っている。
問題はそこではない。
その壁の向こう、町の様子だ。
ちょっと町を見下ろせる場所から様子を見たのだが――。ひでぇな。
俺もナポレオンの表情も渋い。
町のあちこちから煙があがっていて、早くも全体がダウンタウン化しているようだ。
普通、町が占領された後でも、町の治安はすぐに悪化するわけではない。《ヴィラン》の悪影響によって、市民の属性が変化していくのだ。
市民には善性と悪性があり、それぞれ影響を受けることで偏っていく。
当然、《ヴィラン》の影響が強くなれば、市民たちは悪性に偏っていって、治安は悪化していく。
警察組織は腐敗し、ギャングが結成され、マフィアが跋扈し、荒れていく。
時間にして、一週間から一か月程度。
だから、占領されてそう時間が経過していない今ならほとんど大丈夫と思っていたが、もう治安レベルは最悪と言っていい。
「どれだけの《ヴィラン》が入り込んできたんでしょうね」
「――さぁな。つうか、最初っからそういう考えだったんだろう。主力で攻め込みつつ、影響力の強い連中を配置して一気に支配する。中々どうして、取り返すのにも苦労するように策を弄してある」
俺は顎を撫でながら目を細める。
相手は決してバカではない。油断もない。《ヒーロー》側の戦力を十分に分析した上での行動だ。万が一、《ヴィラン》側の大攻勢が敗北したとしても、何かしらの奇策を用いたもので、《ヒーロー》側も多大な犠牲を出しているという算段だ。
だからこそ、防衛の拠点になるこの町を早期占領した。
そうすれば、《ヒーロー》側が取り返すのに時間がかかり、その間にまた《ヴィラン》を派遣してこれば良いのだから。
それだけでなく、兵站の中継基地としても機能させるつもりだったのだろう。あちこちに倉庫らしきものが見えた。
仮に長期戦の様相になったとしても対応できる準備をしていたわけだ。
「……まったく抜け目がないですね」
ナポレオンも気付いたようで、顔をより険しくさせていた。
ぶる、と身震いまでさせている。
分かる。
今回、俺たち《ヒーロー》側は本当に奇跡を起こして、なんとかした。通常であれば、用意周到且つ的確な戦術で敗北していただろう。
だったらその奇跡、活用させてもらうか。
俺の存在は、《ヴィラン》にとって想定外のはずだ。
覚悟を決めて、俺は前に出る。
「シンさん?」
「このまま突っ込む。不意打ちを仕掛けて、一気に取り返すぞ」
「え? 援護を待たないのですか?」
「援護が来る頃には相手も気付くだろ。そうなったら相手も対抗してくるし、市街戦になる。犠牲の可能性も高い。俺が後方支援を要請したのは、ここまで占領されていることを想定していなかったからだ」
「じゃあ、その状態まで取り戻す、と?」
「ああ。情報収集している暇はない。突っ込むぞ」
「分かりました」
俺とナポレオンは一気にダッシュをかける。
監視の目はあるが、ずっとこの町を守ってきたのは俺たち《ヒーロー》だ。その穴も熟知している。縫うようにしてその穴をかいくぐり、俺たちは接近した。
勢いにのって、高く高く跳躍し、壁に飛び移る。
同時に、俺は感知能力を最大限にして周囲を探る。
「――近くに犯罪三件感知。迷ってる暇はないな。いくぞ」
「は、はいっ」
俺は壁を蹴って近くの屋根に着地して、また蹴る。
あそこの、路地裏!
「きゃああっ! やめてっ!」
「うるせぇっ! 黙って大人しくしてろ! すぐ済むからよ!」
「そういってお前、弄んで楽しむつもりだろうが? あん?」
「当たり前だろ。気持ち良くなりてぇだけだからな、ははは!」
さっと三階建ての建物の屋根からのぞき込むと、男が二人、女を襲っている。叫んでも助ける人はいない。それだけ治安が最悪なんだ。
女は警戒しているのだろう、脱がせにくい厚着のようだが、男どもの手にはナイフ。服を切り刻んでさっさとヤってしまおうって魂胆だろう。実にアホらしい。
若いリビドーってのはどうしても抑えきれないもんなのは分かるが、発散する方法が間違ってる。男の野性味はそんなトコで発揮するんじゃねぇっての。
まったくもってガキだな。とっとと始末しよう。
カチャカチャとベルトを外し始めた男の肩に、俺はある程度勢いを緩和させてから着地した。それでも衝撃はかなりのもので、男は地面に崩れ落ちる。
よし気絶したな。
「なんだっ!?」
「なんだ、じゃねぇってぇの。女は玩具じゃない。慈しみ合うパートナーだ」
俺は容赦なく左にいた男の顔面を裏拳で払い、のけぞったところに顔面へ回し蹴りを軽くたたき込んで意識を刈り取る。
攻防とも呼べない戦いが一瞬で終わる。
「あ、あのっ……」
怯える女の人と対峙して、俺は微笑む。
「大丈夫。俺は《ヒーロー》だから。安心して。町を救いにきた」
「……!」
「けど悪い。君のケアをしている余裕はないんだ。あちこちで問題が起きてるようだからな。すぐにもう一人くるから、彼女に任せておくよ。ナポレオン、頼んだぞ」
俺はナポレオンに通信を送ってから跳躍し、左右の壁を蹴りながら屋根に飛びつき、また移動する。今度は、あっちだな。
近寄ると、屋上で集団が一人の男を縛りつけて囲んでいた。すでに男は暴行を加えられているようで、顔面に青あざを作っている。
あーあ。喧嘩するならタイマンで堂々とやればいいのに。
無駄に群れる男は蒸れて臭いだけだぞ。
ということで、とっととこっちも始末するか。一応確かめるが、《ヴィラン》反応はない。どうもギャングのような徒党を組んだ悪性に振り切った市民たちだ。
なら、すぐに終わるな。
彼らは決して強くない。
それこそCランクだった頃の俺でもあっさりと制圧できる。
問題は、殺してはいけないところだ。彼らは俺たちの影響を受けて善性に偏る。そうなると一般市民になるわけで、町の復興には必要な人材だ。
まぁ、さっきみたいに昏倒させていくだけだけどな。
「おら、さっさと金出せや、コラァッ!」
「ひ、ひいいいいっ!」
「今時屋上で集団カツアゲとか、古すぎてカビも寄り付かねぇぞ? 俺でもしないし」
「んだ、てめっ、うぐっ」
背後から忍び寄って一人をヘッドロックで仕留めてから、俺は今にも殴りかかりそうな男の懐に飛び込み、腹に一撃。
残りは、七人。
相手が動き出すより早く、すり抜けざまに一撃を叩き込んで昏倒させていく。手加減が思ったより難しいが、今のところ大丈夫だな。うん。
全員ぶっ飛ばしてから、俺は男を縛りつける縄をちぎる。これで大丈夫。
俺はすぐに男へヒールをかける。
簡単な回復魔法だけど、青あざのケガくらいならすぐに治る。
「ほら、早く逃げるんだ。男には逃げる時も必要だからな」
促すと、男は礼を言いつつ飛び出していった。
さて、残りは、と。
どうやら強盗のようだな。
俺は移動する反応を追いかける。比較的大きい通りを、強盗連中が貴金属を抱えて走っているのが見えた。とりあえず上から奇襲しかけるか。
「俺様のテリトリーで、何ウロチョロとはじめてくれてんだ? あぁ?」
――っ!
ドス黒い声と共に、背後から銃撃。
素早く能力で感知した俺は、振り返りながら剣を抜き、銃弾を弾く。
肌感覚で分かる。
《ヴィラン》だ。
随分と早いご登場だな。
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