第5話 新たなヒーローとして
一人で物思いにふけっていると、後ろからやってくる気配を感じ取った。
強くなったことで、感知能力も相当高くなっているようだ。
――この感じは、ナポレオンか。
偵察か、それともやっぱり戻ってきたか。
どちらにせよ単独行動はいただけない。特にナポレオンの能力からすると。これは説教が必要かな、と考えている間にも、彼女の気配がどんどん近寄ってくる。
仕方ない。俺はゆっくりと立ち上がる。
「これは……一体……」
呆然とするのも分かる。
S級の《ヴィラン》が
「ノブ……さん?」
名前を呼ばれて振り返ると、最低限のみなりだけは整えたナポレオンがいた。
最初は探るように、やがて俺だとはっきり確認すると駆け寄ってくる。その間に、俺は剣を鞘におさめ、銃を腰のホルスターに差し込む。
「ノブさん!」
「そんな大声で呼ばなくても、ちゃんと聞こえてるよ」
耳をほじくりながらため息をつくと、ナポレオンは安心したのか、胸を撫でおろした。
「良かった……無事だったんですね。というか、これはいったい……《ヴィラン》たちは? 気配がまるでありませんけど」
「全部撃退したよ。ちょっとやり過ぎてな、生き残りはいないはずだ」
「は? 生き残りは、いないって……」
ナポレオンがぽかんと口を開ける。
「それ、全滅させたってことですか!?」
「平たくいうとそうなるな」
素直に認めると、ナポレオンは何かを言いかけてからやめた。
じっと俺を見てから、また周囲を見て。
ごくり、と唾を飲み込んでから、ナポレオンはまた俺に視線を戻す。
「私はノブさんを信頼していますし、嘘をつく理由が分からないので、本当だと信じます。でも、その、知りたいんです。どうやって倒したのですか? ノブさんは、Cランクの《ヒーロー》ですよね? こんな大規模破壊、ましてや、あれだけの大量の《ヴィラン》をどうやって? というか、そもそも今のノブさんはCランクじゃないですよね?」
「話せば少し長くなるんだけどな」
俺は正直に全部話すことにした。
どうして誤魔化しても意味はないし、通常ならありえない状況を、ロクな事情も訊かずにまず信じてくれると言ってくれたナポレオンの疑問には答えてやりたい。
そう。
答えて、やりたいんだ。俺を慕って、俺やジジイどものために、その若い命を犠牲にしようとしてまで守ろうとしてくれた、この子に。
少しばかり時間をかけて俺は説明した。
どうせ時間はあるのだ。
ちょっとくらい長くなってもいいだろう。ヤスや、みんなの最期を、少しでも言葉多く語りたいジジイのしみったれた思いくらい、許してもらいたい。
「そんな……」
ヤスを含めた、全員が犠牲になったこと。
S級の《ヴィラン》が出現したこと。
俺が覚醒して、全員片付けたこと。
「私たちが、もっとしっかりしていれば……」
「あほう」
悔しそうにうなだれるナポレオンの頭を、俺は小突いた。
かなり手加減したのだが、結構響いたらしく、ナポレオンは両手で頭を押さえつつ涙目で俺に抗議してくる。頬もぷっくり膨らませちゃって、まぁ。
久々に見るなぁ、こいつのこの表情は。
俺がまだ新人の《ヒーロー》の教官をやっていた頃、最後の生徒として受け持ったのがナポレオンだった。負けん気が強くて、真っすぐで。こいつは絶対に強くなると思った。
実際、今じゃ《ヒーロー》側の主力だ。
同時に不器用で色々とヘタクソだったから、色々と叩き込んだ。その頃は、良くこの表情を浮かべられてたもんだ。
「そういう自分の無力さを嘆くのはな、無為に犠牲になった人たちを前にするもんだ。今回は違うだろ。こうなることを分かってて、俺たちは挑んだんだ。ジジイのプライドにかけて、若いお前らを死なせるよりは、老い先短い自分たちが犠牲になる方が将来のためになるって信じたからだ」
ぐっ、と、ナポレオンはふくれっ面のまま押し黙る。
「俺たちは人生を長く生きた。けどな、だからって死にたいワケじゃねぇ。死にたがりなんかじゃねぇんだよ。自分で終わりを選択するってのは、どんな年齢でも、どんな立場でも怖いんだ。それでも俺たちは選んだんだ」
それを選択できたのは、俺たちが《ヒーロー》の栄華と傲慢の時代から、必衰の理よろしく転げ落ちた地獄を味わってきたからだ。
その上で、平和を僅かでも堪能させてもらったからだ。
「お前はその思いを踏みにじるのか?」
「い、いえ、そんなつもりは……」
「ないのは分かってるけどな、なんでもかんでも背負いすぎなんだよお前は」
俺はもう一度、ナポレオンの頭を小突く。
「ったく。そんな聞き分けしないヤツはもう一度教育が必要だな?」
ふっと微笑むと、ナポレオンはぽかんと目を大きくさせてから、一気に顔を紅潮させてから緩めた。とても嬉しそうに。
喜びすぎだろ、というよりも早く、ナポレオンは俺に飛びついてくる。
「師匠! それじゃあ……!」
「現役復帰するっつったろ? 厳しくするから覚悟しろよ」
「ノブさん……!」
どこまでやれるかは分からないが――やれるだけはやってみていいだろう。
とはいえ、問題は山積みだ。
すぐにでも色々と解決に動かないといけない。あんまりのんびりしてる暇はないな。
俺はすっかりボロボロになった村を見渡す。
ここの畑もすぐに再建させないといけない。ここの食糧生産力はバカにならなくて、食糧事情に影響を及ぼす。当然、ナポレオンをはじめとした《ヒーロー》たちも知っているはずだ。
「ナポレオン。お前への指導をやりながら、とにかくやることやるぞ」
「はいっ!」
「まずは村の復興からだ。最優先で最大限の耕作班を寄越すように通達。それと、連中がまた攻め込んでくる前に、一気に今回の戦いで奪われた村と街を取り戻すぞ」
「分かりました。部隊の編成ですね」
「斥候が欲しいところだが、そんなこと言ってられないからな。俺が最前衛になって特攻して道を切り拓く。だから主に後方支援系で固めるように。あと、取り返したら城壁の修復もさせるから、修復部隊も編成しろよ。それとナポレオン、俺をお前の副官にしろ」
「え? 私の、副官に?」
「その方が、お前の能力が少しでも高まるだろう」
ナポレオンの能力の一つに、《大陸軍の
これは彼女専用の能力で、部下が多ければ多い程、自身の能力が上昇するというもの。また、直接指揮下にある部下たちの能力も引き上げる。
ナポレオンが指揮官として優秀な性能を持つ証明だ。
同時に、この能力を上手く活用させてやらないと、ナポレオンはその力を存分に発揮できない。今の現状がそうだ
「それはそうですが……」
「異論ないならとにかく急げ。時間との勝負になるぞ」
「……さすが歴戦の猛者。素晴らしい手並みです」
拍手と共に気配が生まれる。
誰だ?
警戒を持って振り返ると、正体はあっさりと姿を見せた。
灰色に近い黒装束を纏った男。敵意はなく、片膝をついて頭を下げているが、しっかりと間合いは取っている。その抜け目なさと、鋭い眼光と佇まい。
間違いない。彼を知っている。
「鼠小僧、か?」
「ご名答。さすがですね。私は八代目の鼠小僧です」
「八代目か!」
「はい。七代目様ももう良い年齢ですから」
懐かしさに、俺は目を細めてしまった。
鼠小僧は代々、《ヒーロー》に属してきた。珍しい世襲制の《ヒーロー》であり、最古参でもある。
直接的な戦闘能力こそ高くないが、隠密行動特化した能力は情報収集能力に長けるだけでなく、情報の素早い伝達、時には敵の攪乱まで見事にこなしてみせた。
いわば裏方敵役割ではあるが、《ヒーロー》側からは重宝されてきた。
特に六代目は能力が高く、戦闘にも秀でていたため大活躍していたが、あの最悪の事件に巻き込まれて絶命、ズタボロになっていた戦線を立て直すため、五代目が急遽七代目として復帰し、今日まで活躍していた。
だが、やっと五代目が認める人材が出てきたのだろう、八代目になったようだ。
確かに、この男、できる。
六代目と比べるにはまだ若すぎるが。
いや、六代目と比べても、策士の雰囲気がある。
「ただ挨拶にきたってワケじゃあないよな? ずっと観察していたのか」
「ええ。ナポレオン様が単独行動をしそうだったので。最悪の場合、止めるつもりでした。ですが、その必要もなく、あなた様が《ヴィラン》を殲滅してしまいましたけれど」
「そうか。それならば話は早い。手配を頼めるか。お前に動いてもらった方が色々とスムーズなはずだ」
「はい。承知しております。手配は全てこちらに任せていただければよろしいのですが、それ以上に懸案があります」
「懸案?」
「ずばり、ノブ様。あなたにございます。事情が事情なので仕方ないとは思いますが、あなた様がそこまで強くなられた理由を開示するわけにはいきません。特に敵方へは」
指摘されて、俺も気付いた。
そうだ。俺は元々Cランクだった。にも関わらず、S級の《ヴィラン》を倒せるまでになっている。これは当然、一〇〇人以上もの犠牲があったからだ。
「例え雑魚でも、それだけの数が一つに集まれば凶悪な力を得る、という事実か」
「はい。もちろんそのためには様々な条件もまた必要ですが……ですが、間違いなく低ランクの蟲毒化が始まります。《ヴィラン》も……《ヒーロー》も」
分かる。
実際、そうなっていくだろう。低ランクに人権はないに等しいからな。事実、《ヒーロー》側もそういう風潮だった。
違うんなら、俺は戦力外通告なんて受けなかったんだしな。
そして、少しでも戦力になる可能性があるなら、と、追い詰められた善意の強迫観念から実行するだろう。互いに始めたら、人口勝負になる。言うまでもなく《ヴィラン》の方が多いのだから、《ヒーロー》側はますます苦境に立たされるだろうし、より戦いは過酷に凄烈になっていくことは容易に想像がついた。
ナポレオンも重い至ったらしく、顔を青くさせていた。
「最悪の地獄絵図だ……」
「はい。特に我ら新世代は余裕がありませんからね。特に今回、我らはその脆さを露呈してしまった」
「……《ヒーロー》側に、S級の《ヴィラン》を止める人材はいないのはもちろん、本当に数で攻め込まれたら、成す術がない」
鼠小僧は頷く。
「であれば、ノブ様のことが知れ渡れば、止める術はなくなるでしょう」
「じゃあ、師匠は表舞台には出せない?」
「いえ。これだけの戦力を隠すなんて余裕もまた、我らにはありません。ですから」
鼠小僧は指を鳴らし、空中に何かを出現させて、投げ渡してくる。
それはハーフフェイスヘルメットだった。触った感触は硬いのに伸縮性があり、マスク感覚で使えそうだ。ちょうど顔の上半分と頬を覆う構造になっていて、ベルトは顎の保護を兼ねつつ顎下で止められる。
紫と朱色を貴重としていて、額には大きく漆黒の光沢ある『織田瓜』が刻まれていた。
「新しく生まれ変わってください。新しい《ヒーロー》として」
その言葉に、俺は笑みを隠せなかった。
正体を隠す。
いかにも《ヒーロー》らしいじゃないか。気に入った。とても気に入った。
「願ってもないことだな。そうだな、それじゃあ――安直だが、これから俺はシンと名乗ろう」
「ええ、それが良いと思います。設定はそうですね……戻ってきた幻の英雄……シンで」
「面白いな、採用だ」
俺はヘルメットを装着して、にやっと笑った。
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