第3話 死ぬために戦うな。生きるために戦え。
一歩大きく踏み込んで、角を乱雑に生やした紫肌の《ヴィラン》を斬りつける。
全体重を乗せての横薙ぎは不意打ちのタイミングで入り、《ヴィラン》にクリティカルヒットして斬り飛ばす。
目を見開いて驚く《ヴィラン》たちに向かって、ヤスも槍を突きいれて襲い掛かる!
「瞬光槍!」
槍が光を纏い、一つ目の《ヴィラン》の胸を貫通した。
それに終わらず、次々と老兵どもが左右からも襲撃を仕掛け、《ヴィラン》たちを混乱に陥れていく。
若者たちを庇うように布陣しつつ、《ヴィラン》たちを押し戻していく。
俺も剣を掲げ、魔法を唱えた。
「劫火砲っ!」
剣の腹から魔法陣が展開され、炎のレーザーを放つ。炎は敵を突き刺し、更に地面を爆裂させていく。このまま一時的にも撤退させなければ。
俺は何度か魔法を連打して、息切れを少し起こしながらもナポレオンへ駆け寄る。
「無事じゃあないけど、生きてるな、ナポレオン。今のうちに若者を連れて逃げろ」
手をとって立ち上がらせると、ナポレオンはまだ混乱していた。
「な、なんで……!?」
「決まっているだろう。お前が死ぬ覚悟をしていたからだ」
「で、でも……っ! ノブさん、逃げないと!」
「あのな。いくら引退したっていっても俺たちも《ヒーロー》だ。いつまでも守られっぱなしは性に合わねぇんだよ」
叱る口調で言うが、ナポレオンはまだ納得しない。
分かる。
ナポレオンからすれば、俺たちは老練の元兵士で、新人育成には必須なのだろう。加えて、農作業も苦にしないから、生産面でもまだ活用できる。だからこそ、現役の《ヒーロー》らしく守ろうとしている。
その使命感そのものはいい。
だが、そのために自分の命を犠牲にしようってのはいただけない。
若者には若者のプライドがあるように、ジジイにもジジイのプライドがあるのだ。
「ジジイのために、若者が死ぬのはもう見たくねぇんだ」
「だからって、ノブさんたちはもう、引退してる身じゃないですか!」
「じゃあ今だけ引退撤回だ撤回。現役復帰。はい復帰した。ということで俺たちは今、立派な《ヒーロー》だ。だから《ヒーロー》として命令する。ナポレオン。お前らは生きろ」
強引に肩を押して、退ける。
そろそろ俺も参戦しないといけないだろう。今は勢いに乗れている。ここでどこまで相手の勢いを削げるかが、時間稼ぎの鍵になる。
「ノブさん……!」
「甘く見るなよ。俺は、俺たちはお前たちに、より厳しい道を選ばせようとしてるんだぞ。ここで終わるな。必死に生きて生きて、そして戦って、みんなを守り抜け」
「……!」
ナポレオンの顔色が変わる。
「生きることを諦めるな。《死ぬために戦うな。生きるために戦え》」
真っすぐ睨みつけると、ナポレオンは顔をくしゃくしゃにさせた。
悟ったのだ。
俺が、俺たちが、どんな覚悟を決めているのか。
「もう、ずるい……っ! せっかく、色々、覚悟決めたのに、全部、全部台無しにして、もってっちゃうんだから……!」
「大人ってのはズルいんだよ。歳を重ねれば重ねるだけな」
「……後生だから、生きて、生きて返ってきてください。私に、私たちにあれほど叩き込んでおきながら、自分だけ死ぬなんて……許しませんからね……!」
だらしなく涙と鼻水を垂らすナポレオンの頭を、俺は叩いた。
「あほう。後生一生のお願いっていうのは、後にも先にも一度だけの願いという意味だ。だったら、それは己のために使え。己の生きたいという願いのために使え」
「……師匠……!」
「よーし、分かったならとっとと行け、邪魔だ! 老兵には老兵なりの戦い方ってのがある。お前らにまだ見せたくねぇんだよ。いいから、とっとと行け!」
ナポレオンはまだ何かを言いかけて、ぐっと呑み込んだ。
そして、一度だけ頭を下げてから踵を返す。
「総員、撤退だ! ここでの防衛線は彼らに一任する! 一刻も早い撤退を!」
張りのある声を背中に、俺は混乱の様相を見せ始めている前線へ走っていく。
――ああ、これは負け戦だな。負け戦の臭いがする。
ずっと負けっぱなしの戦場を駆け抜けてきたからこそ分かる。あの時と同じ臭いだ。
けどな。
もう、逃げ惑うだけの俺じゃあない。
「この、ジジイどもがっ! 死にかけの分際でしゃしゃりでやがって! そんなに死にたいのか、あぁん!?」
威勢のいい鱗に覆われた《ヴィラン》が銃に改造したらしい腕を向けてくる。
放たれた閃光を、俺は左斜め下にもぐりながら回避し、地面を蹴ってリボルバー式のハンドガンを抜く。
「舐めるなよ。伊達で戦場を駆け抜けてきたわけじゃあない!」
相手の反応前に引き金を引き絞り、一気に撃ち抜く。胸と頭に弾丸が直撃して、《ヴィラン》は大きくのけ反った。
――ちっ。さすがに貫通できないか。
どうやらかなり固いようだ。白煙をあげながらも、《ヴィラン》は姿勢を取り戻す。
「何が、伊達だってぇ?」
「《劫火砲》!」
相手に付き合う必要はない。
不意打ちのタイミングで、火炎砲を放って直撃させる!
轟音。
爆発の中心から、《ヴィラン》が弾き飛ばされる。火傷は負わせているが、まだ戦闘不能には陥っていない。その証拠に、目が怒りにギラついている。
「だったら何度でも叩き込むまでだ! 《劫火砲》! 《劫火砲》!」
俺はさらに魔法を放ち、追撃を叩きこんでダメージを重ねる。
「《瞬光槍》っ!」
そこにヤスの追撃が重なり、《ヴィラン》は完全に意識を失って倒れ付した。
これ以上の追撃は要らない。俺とヤスはアイコンタクトだけで頷き合い、次の敵へ。
敵は殺す必要がない。
むしろ、重傷を負わせる程度に留めて置く方が効果的だ。負傷した仲間を助けるために、数人の手が割かれるためである。
「よーし、ジジイの往生際の悪さ、見せてやろうかのう!」
「ほれ、ほれほれどーした、小童!」
「老いぼれは目が悪くてのぅ。どこに誰が当たるか分からんぞ?」
他のジジイどももその辺りは良く知っている。
相手を適度に傷つけて、着実に戦力を削っていく。それだけでなく、自分の優位の間合いを保ちつつ、且つ、相性のいい敵を狙っている。相性の悪い敵とあたれば、即座に近くの仲間とスイッチして切り替えているのだ。
この老練されたスキルこそ、
「くそ、戦い方がいやらしい!」
「ああ、気持ち悪い! 鬱陶しい! 見せてやるよ! お前程度じゃ、俺には勝てないってことをなぁ! あああああああっ!」
――大技が来る!
悟った俺が振り返ると、既に準備は行われていた。
「「「封印魔法、《シール》!」」」
三人の魔法使いたちが、力を合わせて術式を展開する!
同時に、大技を使おうと力を溜めていた《ヴィラン》から、魔力が散った。
「んな……っ!?」
驚愕で動きが止まる。
逃さず、俺とヤスが左右から懐に入って剣と槍を振るった。
「がぁあっ……!?」
確かに俺たちは年老いていて、ランクもDからCと低い。B級を主力にしている《ヴィラン》からすれば、弱い相手にしか映らないだろう。
だが、戦い方を工夫すれば、その差は埋められる。
今のもそうだ。大技を使おうとすれば、それだけ大きい隙が出来る。その間に、相手の術を見極めて妨害魔法を展開すれば一時的でしかないが、封印も可能だ。
「ほっほっほ! 戦場での空気は、誰よりも知ってるぞぃ」
「青臭い、青臭いのぅ!」
次々と老兵たちが《ヴィラン》たちを切り崩していく。
時折反撃が飛んできてダメージを負うが、圧倒的にこっちが優勢だ。
――後は、どこまでこれを維持できるのかが勝負だが……――――っ!?
──────空白。
暴風に聴力と身体の自由を奪われる。
何が起こったのか。
理解が追い付くよりも早く、俺はうつ伏せに地面へ叩きつけられていて、老いた全身が衝撃を殺しきれずに激痛を訴えてくる。
落ち着け、冷静に、判断だ。
直撃ではなかった。全身にダメージを負ったのは間違いないが、骨折は免れたようだ。
左の耳鳴りがひどい。
どろりと、耳と頬に生温い血の感触。どうやら左耳の鼓膜が派手にやられたらしい。
「っか、はっ……」
必死に胸を動かすと、嗄れた声が漏れ、空気が肺から漏れていく。ようやく息が吸えた。
真横に傾いた視界が土煙で満たされつつあったが、巨大なクレーターが出来ているのは見えた。
――まさか。一撃で?
本能的に周囲を探れば、近くで戦っていたはずの老兵どもの気配が悉く弱くなっている。
とてつもない破壊力の持つ攻撃に晒されたらしい。
冗談じゃない。体力が八割以上も持っていかれてる!
戦慄していると、足音がした。同時に、とてつもない威圧が全身を圧迫してくる。
「雑兵が……」
辛うじて機能している右耳が、深淵のような黒い声を拾う。
軋む首を動かして見上げると、そこには褐色半裸の偉丈夫がいた。雄羊の角を持ち、逆向けの牙が口から飛び出している。その全身から放たれる魔力は、かつて経験したことのない密度と濃度があった。
絶対に隔絶された力。これは、まさか。
おそらく、俺の感覚はあたっている。
S級の《ヴィラン》だ。
A級さえ上回るS級――それこそ災害級の強さを持つ《ヴィラン》だ。どれだけ足掻いても倒すことは叶わないとされるランク。
それだけに数が少なくて貴重な戦力だ。まさか投入してくるとは思わなかった。
裏を返せば、《ヴィラン》側の本気がうかがえる。
「い、いかん、抑えつけろ!」
「なんとか押しのけて、救助を!」
仲間たちが必死に攻撃を仕掛けるが、男には一切通用しない。次々と飛んでくる火や氷、風といった攻撃を微動だにせず全て受け止めていた。
それだけでなく、腕を掲げて稲妻を迸らせ、矢を生み出す。まるで槍のように太い。
「狩りの時間だ。跡形もなく穿ち抜かれろ。神の力を思い知れ」
ただそう告げて、男は身体を捻って矢を投げ放つ!
轟、と風が悲鳴を上げて、矢が炸裂する。
爆音。爆風。
熱と破壊に満ちた風に晒され、俺も煽られて吹き飛ばされる。
――まずい、これは、本当にマズいっ!
攻撃一つ通らない。
それだけでなく、周囲を問答無用で吹き飛ばす破壊力を、短時間で生み出す。これでは妨害もままならない。
ここまで、ここまで力の差があるとは……っ!
爆発が、幾つか重なる。
たったそれだけで、歴戦の
いくつも開いたクレーターは、村の様相さえも激変させていて、まさに地獄だ。
まるで、あの日のような、地獄。
「……ちっ」
記憶がよみがえって、俺は萎縮した自分に舌打ちする。
こんなところで、終わってたまるか。時間だ。時間を稼がねば。
なんとか起き上がろうと、痛む身体を強引に動かす。ひっかくようにして土を握りしめ、なんとか上半身を起こすが、支える腕が震える。
クソ情けねぇ……! 身体一つ支えられねぇのかよ……!
すると、血まみれの手が重ねられた。ヤスの手だった。
ゆっくりと視線をやると、片腕と片足を消し飛ばされ、見るだけでもう助からないと分かるヤスがいた。
胸が、じくじくと鈍痛を訴えてくる。
「……ヤス!」
「よぉ……お互い、派手にやられ、ちまったなぁ……」
血色を失った顔で、ヤスはいつものように人懐っこく笑った。どんなわがままで図々しくても、つい許してしまうような笑顔だ。
「お前っ……」
「ああ、悪い。俺はもう助からないわ。だからよ、もらってくれねぇか」
「もらう?」
「俺はなぁ、ずっと泣き虫の逃げ虫だったんだ。あの時も、ビビっちまって、ションベン垂らして、お前に助けられた。なぁ、覚えてるか、俺はいつも情けなかったんだ」
はらりと、涙が地面に落ちる。
それは俺の涙か、ヤスの涙か。
「それがそのまま強がって、このザマだ。笑えるよな……もう本当に笑えるだろ。なぁ、ノブ。笑ってくれよ」
「ヤス……っ!」
「一度でいいから、誰からも憧れる《ヒーロー》になってみたかったなぁ、ああ、みたかった。だからよ、俺の力をもらってくれねぇか。ノブよ」
「俺が……?」
「お前さんなら、そういう《ヒーロー》になれる。だから……頼んだぞ……俺に、夢だけでも見させてくれや」
重ねられた手が、光を帯びる。
そして入ってきたのは、ヤスに宿る力だった。
「ヤス、ヤス、お前っ……!」
「あぁ? なんだ、泣いちゃうか? 俺のために泣くか? それとも寂しくてたまらないか? んん?」
こんな時にまで、強がりを……! お前ってやつは……!
「うるせぇ、誰がお前のためになど……。この老骨に、余分な水分はねぇよ」
「ああ、そうか。それならいい」
ヤスが笑う。つられて、俺も涙目で笑う。
「……頼んだぞ」
笑顔のまま、ヤスは光に包まれ――粒子となって消えていく。この動かないポンコツでは支えてやることもできなかったのが情けない。
「ヤス……!」
――なぁ、ノブさん。ワシの分も頼むわ。
どこからか、声。これは、確かタイゾウの声だ。直後、タイゾウの力が注がれてくる。
否。それだけではない。
周囲に倒れる老兵たちみんなの力が注がれてくる。呼応して、次々と老兵たちの気配が消えていった。
――頼む。頼んだぞ。と、言い残して。
くそ。くそったれどもが。
自分たちだけ先に逝きやがって。いっつも俺にばっかり負担かけて。あの時もそうだ。必死に逃げて逃げて逃げて生き抜いた地獄の撤退戦の時も、そうだ。
どいつもこいつも。勝手に年老いて勝手に力尽きやがって。勝手に全部託してきやがって。くそジジイどもが。
嫌でも力が湧き上がってくる。
今までに、こんな感じはなかった。今なら、なんでも出来そうだ。
「ああ、くそったれ」
――分かってる。《生きるために戦え》だ。
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